衝撃が走った。
身体が震えた。
私が最初にその女性を見たとき。
心の底から「美しい」と思った。
麗しき人よ。。。。
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人が横一列で3人並ぶのがやっとの路を通り、いつものように
デビットが待つ店に向かって歩いていた。
私の視線の先に1人の女性が立っていた。
ティースタンドでお茶を買っていた1人の女性。
まるで光の羽を身に纏っているかのような、圧倒的な美しさだ
った。
お茶を受け取った女性が私の方へ歩いてくる。
胸の鼓動が鳴り出した。
ほっそりとした華奢な身体。
長い黒髪。
大きな目。
当時日本でも人気があった台湾出身の芸能人、ビビアン・スー
をもう少し大人にしたような雰囲気だった。
「いかん。。。。視線を外せ。。。」
そう思うえば思うほど、視線が動かなくなる。
多分歩き方も不自然になっていただろう。
「いいや。もう見とれてしまえ!」
どうでも良い覚悟を決めた。
私の視線に気が付いた女性も視線を返してくれた。
そしてすれ違いざまに少し微笑んでくれた。
「お~!可愛いなぁ~~!」
勝手に舞い上がる私。
単純である。
振り返り、彼女の後ろ姿を見送る。
少し歩いた彼女は小さな店に入って行った。。。。
彼女の横顔を隠す長い黒髪が揺れていた。
本当に美しかった。
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不思議なもので、その日以降、その女性とすれ違う事が多く
なった。
すれ違う時は小さな笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げてくれる。
私も笑顔で頭を下げる。
挨拶は交わさず、視線を合わせて頭を下げるだけ。
手にはいつもお茶を持っている。
そのお茶はあの日、私が初めて彼女を見かけた日と同じティー
スタンドで買っていた。
そしてそのティースタンドのオーナーは私の知人だった。
ティースタンドの前まで行くとカウンターに近づく私。
「ねぇねぇねぇ!」
と私はティースタントの若いオーナーになれなれしく声を掛けた。
「なんだよ~。まだ台湾にいるのかよ~。さっさと日本に帰れよ」
笑顔でいつもこんなことを言うオーナーとは結構中が良い。
「今、この今にも潰れそうな店でお茶を買った人なんだけどさ」
「お前!大繁盛してる店に向かって何だよ!(笑)うん?あの子
のこと?」
「そうそうそうそう!知ってる子?」
「う~ん、毎日この時間に俺の店でお茶を買ってくれるから、顔
くらいは知ってるよ。あの子も俺に惚れてるんだろうな」
かなりのイケメンで、このオーナー目当てにお茶を買いに来る子
は多いのは事実だ。しかし、今の発言だけは認められない。
「軽い会話を交わす程度で深くは知らないよ。ほら、あそこの小
さな店。。あの店を経営してる子だよ」
この小さな路には若い子たちが経営する小さな店が多数並んでい
た。
あの女性はそのうちの1軒を経営している女性オーナーだった。
「小さな店だけど固定客が付いてるからね。大儲けまではしてな
いと思うけど、日々の暮らしには困らない程度に稼いでいるん
じゃないかな?」
「へ~」
彼女が経営する小さな店を見つめながら、オーナーの話を聞いて
いた私に
「あ~。お前!まさか。惚れたんだろう?止めとけ止めとけ!あ
んな綺麗な子、俺以外に誰が口説けるんだよ」
そんなことを口にしても嫌みが全くないくらいのイケメンだ。
そこは認めるしかない。
「いや。彼女は日本に来たい筈だ。日本人の俺にも意外とチャン
スはあるかも知れないぞ!」
それを聞きいていたイケメンオーナーが
「お前、馬鹿だろ!」と笑う。
いつもこんな感じだった。
でも、今日は心の大部分をあの女性の笑顔が占めていて、オーナ
ーとのやり取りも、心、ここにあらず。
そんな感じだった。
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その後もその女性とは毎日道ですれ違う事が多くなった。
ティースタンドの近くやスーパーマーケットでも会う。
いつも笑顔で頭を下げてくれる。
声を。。。聴いてみたい。
会話を交わしてみたい。
そう思った私はある日、声を掛けてみることにした。
ティースタンド近くの道を歩いていると、いつものようにお茶の
入った紙製カップを持った彼女が歩いてきた。
「どうする。。。どうする。。。明日でもいいかな。。明日の方が
良いかな。。。?」
すぐに逃げ道を作りたくなる自信のない私だ。
「逃げちゃだめだ。。。逃げちゃだめだ。。。」あるアニメの台詞
が頭を過ぎる。
「え~い!もう話しかけちゃえ!」
瞬間的に決意を固め、声を掛けてみた。
「おはよう!」
いつもは軽く頭を下げるだけで通り過ぎていた私が声を掛けたので、
一瞬彼女が驚いた表情を見せた。
すぐに笑顔になり「おはようございます」と挨拶を返してくれた。
「はぁ~良かった~~~」心が緩む。緊張が取れる。
「いつもあの店でお茶を買ってるの?」
「はい。そうですよ」
「そうなんだ」会話が続かない。。。
「俺、日本人なんだけどさ」
とどうでもよい会話を切り出す。
「はい。知ってますよ」
「えぇ?そうなの?知ってるの?」
「はい。もちろんですよ」
「どうして?」
「どうしてって。。。あなた、この界隈では少し有名ですから」
この見た目と変な発音の中国語を話すからだろうか。。。確かに道
を歩いていると知らない人から日本語で挨拶されたり、話しかけら
れたりすることが多かった。
「そうなんだ!俺、ちょっとした有名人なんだね」
「はい」ニコニコしている。
かっ、可愛いなぁ~~
「私はほら、あそこにある小さなお店を経営してるんです」
彼女が細くて長い指をさした先には彼女が経営する小さな店があっ
た。
「うん。知ってるよ」
「えっ?知ってるんですか?」
「はい、あなたはこの界隈では少し有名人ですから」
と先ほど彼女が発した言葉と同じ台詞を返した。
「ははははは」
「ははははは」
なんか和んでる。
少し距離は縮まったかな?
「楽しい人なのですね。そう噂では聞いてましたけど」
「ははは。みんな、俺の悪口ばかり話してるんでしょ?」
「そんなことないですよ」
「そうかなぁ~~?まぁ、でも君を信じることにしよう」
「はははは」
「はははは」
口元を隠しながら笑う彼女は。。。とても美しかった。
「そろそろ店を開けなくちゃ。。。ごめんなさい。行き
ますね」
えっ?もう行ってしまうの?と思いながら
「う、うん。ありがとう。ごめんね、急いでたんじゃな
い?」
「いいえ。大丈夫ですよ」
「良かった。楽しかった。ありがとう」
「私も。ありがとうございます」
手を振り、彼女は小さなお店に向かった。
うん。
話しかけてみて良かった。
しっかし可愛いなぁ~~
短い時間だったけど、少し距離が縮まった。
もっと仲良くなりたい。
はてさて、何か良い方法はないものか?
ヘルプしてくれる人はいないかな。。。?
いた!
あの男だ!
つづく