プノンペンにある衣料品卸市場。
ドーム状の建物の中には小さな衣料品問屋が無数に並ぶ。
そのスペースの一角にコーヒースタンドをオープンさせる
べく動き出したデビットと彼の仲間達。
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「ここにコーヒー豆を入れたケースを並べよう」
「椅子を数脚置くのはどうかな?」
集まったデビットと彼の仲間たちがその場で店の間取り案
を出し合う。
真剣で熱く、そして楽しげだ。
「ハロー」
一人の中年女性がデビット達に声を掛けた。
「オ~、ハロ~~~!元気だった?」
デビットが振り向き、笑顔で挨拶を返す。
そして「この女性がこのスペースのオーナーさん。こちらは僕
の友達。日本人です」
と軽く紹介してくれた。
「へぇ~!日本人ですか!初めまして。日本人とお話しするの
は初めてよ」
「ありがとうございます。お会い出来て嬉しいです」
中華系なのだろう。
彼女も中国語を話していた。
彼女の話ではここは半国営のマーケット。
最近、ここを借りていた問屋さんが撤退し、新しい借り主を探
していたところ、デビット達がコンタクトしてきたとのこと。
オーナーを交えてコーヒースタンドの話を進めるデビットたち。
賑やかだ。
と、そこへ制服を着た男たち数人が現れ、女性オーナーに声を
掛ける。
盛り上がっていた会話が一気に冷める。
カンボジアの言葉を多少理解出来るデビットの顔が曇り出す。
何があったのだろう???
言葉は分からないけど、どこか冷たい命令口調の男達。
彼らが立ち去ったあと、「くっそ~!」とデビット。
デビットに近寄って
「どうした。何か問題か?」と聞くと
「うん。あいつらここを管理している役人なんだけど、この
建物内は物販専用のスペースだから、飲食系の出店は出来
ないって言われちゃったよ。良い案なんだけどな~」
悔しそうだった。
スペースの権利を持つ女性が
「ごめんなさい。もっと慎重に調べるべきだったわ」とデビッ
トたちに謝っていた。
「いいよ。大丈夫。この近辺に出店出来るかも知れないし。ま
た儲け話が思い浮かんだら相談します」
デビットそう返事をして、私たちは市場を後にした。
数分前まで希望に充ち満ちていた彼らから笑顔が消えていた。
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カンボジア滞在中、プノンペンからシェムリアップへバスで移
動し、アンコールワット観光に出かけたりしているうちに、帰
国日前日になっていた。
デビットに食事に誘われ、プノンペン最後の晩餐に出かけた。
訪れたのは最近オープンしたシンガポール人経営のレストラン
だった。
「デビット、ありがとう。素晴らしい滞在になったよ」
「お礼なんて要らないよ。俺も久々に心の底から楽しめたよ。
次はいつ来る?」
「ははは、今夜帰るってのももう次の話かよ。まだ分からない
な。でも、また来るよ」
「おう。いつでも連絡してくれよ。待ってる。」
カンボジアというアウェーの地で人脈を広げつつあるデビット。
台湾に居た頃も豪快だったけど、彼にはこの東南アジアの新興
国での生活の方が合っているようだった。
そこで私は聞いてみた。
「もう台湾へは戻らないの?」
「あぁ。もう台湾には隙間がないよ。窮屈なだけだよ。俺は戻
らない」
「そうか。ご両親も理解はしてくれてるの?」
「うん。この前の旧正月、両親をこっちへ呼んで俺の仕事を見
てもらったんだ。俺、一人っ子だから親の事は心配だけどさ。
俺の人生だから台湾には戻らないって伝えたんだ」
誰かの為にではなく自分の為に生きる。
自分の人生だから。
「じゃあさ、リサはどうするの?今のまま数ヶ月に1度、台湾
に帰国した時に会うスタイルでいくの?」
デビットの恋人、リサの事が頭に浮かび、デビットに聞いてみ
た。
「う~ん。。。。。」
あれ?
言葉にしづらそうだな。
どうしたんだろう。
「俺さ、こっちの女性と付き合い始めちゃったんだ」
「えっ。。。。?そうだったんだ」
「しかもさ、もう子供もいるんだよ」
「え~~~~~!?子供がいるの???」
「うん」
下を向くデビット。
「おいおいおい本当かよ」
「そうなんだ」
「その話はリサにはしたんだよな?」
「した。。。。いや、出来なくて黙ってた。しばらくは
二叉してたんだ」
海外で働く男にはありがちな出来事だ。
「ある日さ。リサをこっちに呼んだんだ」
「ちょ、ちょっと待って。その時はすでに。。。?」
「うん。こっちの女性との付き合い始め、すでに子供も生まれ
てた」
「それは伝えられなかったの?」
「うん。出来なかった。。。」
デビットは視線を下に向けたままだった。
「出来なかったって。。。」
私は言葉を失った。
「でもさ、女の勘って凄いよ。台湾に帰国したリサからメール
が来てさ、別れようって言われた。。。多分、察したんだと
思う」
「その女性に合わせたりはしてないんだろ?」
「うん。話さえもしていないよ。でも、分かったみたいだった」
しばらく沈黙が続いた。。。。
「こっちの女性とは?」
「結婚はしていないし、一緒に生活もしていないよ。でも、子供
がいるからね。面倒を見なくちゃ」
「プノンペンに住んで人?」
「あぁ。ほら、先日のパーティの日にさ。お菓子を買いに行った
店、覚えてる?」
「あの小さな駄菓子屋さん?」
「そう。あの店で働いてる子がそうなんだよ」
「えっ?そうだったの?」
「うん。そして手を振っていた子供。あれが俺の坊主だよ」
驚きのあまり返答に窮した。
デビットが続ける。
「俺もそんな気はなかったんだよ。でもさ、こっちの女性って優し
くてさ。食事を作ってくれたり掃除や洗濯も好きみたいでさ。台
湾の女性もいいけど、台湾の子は外で仕事するのが好きじゃん。
あまり家事はしてくれない。台湾にいる時はそれが普通だと思っ
たんだけどさ。。。こっちの人と接するようになると、あぁ。。
いいな~って思えてきちゃってさ」
確かに台湾女性は家にいるよりも外で働く事を希望する子が多い。
家にいる時間が少ない分、食事は屋台で買って帰ったりする習慣が
ある。
カンボジアの女性は台湾の女性より家庭的らしい。
デビットはそこに惹かれたようだった。
「じゃあ、リサとは。。。?」
「うん。会ってない。というか。。。会ってくれないよね。何度か
電話やメールをしたけどさ。。。。あ~、リサ。。。良い女だっ
たなぁ~。。。」
リサの事が忘れられず、今でも彼女の事を想い続けている様子。
「カンボジアでは今の家庭。台湾に帰国したらリサ。これが理想だ
ったんだけどさ~。リサの事は今でも好きだよ。。。でもさ、も
うどうにもならないだろ。。。俺、馬鹿な事しちゃったかな?」
真面目な顔で話すデビット。
「う~ん、でも、あのカンボジア人女性の事は好きなんだろ?」
「うん。好きだよ。でもなぁ~~。。。話しをしていて楽しいのは
やっぱりリサなんだよ。俺、しくじったかな。。。リサ、もう会
ってくれないよな~。。。」
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デビットの側にはいつもリサがいた。
私が彼らに出会った時からいつも2人は寄り添っていた。
一緒に笑い
一緒に仕事して
一緒に食事して
いつも2人は一緒だった。
2人の間には誰も入り込む事は出来ない。。。そんな確かな絆が
あったはず。
それが今では。。。。。
私がカンボジアを訪れてから1年半が経過した。
デビットからは時々ラインで連絡が来るけど、リサの話はしなくな
っている。
SNSでつながっているリサとは時々連絡を取り合っているけれど、デ
ビットと別れた事、今はデビットに対してどう思っているのかを聞い
た事はない。
確実なのは2人とも元気でそれぞれの人生を歩み始めているというこ
とだけ。
時々、また3人で会える日が来ないなか?
なんて思ったりするけれど。。。難しいかな。
おわり