台湾喜人伝 10話 サイレントアサシン

「アウチ!」

旧正月。
街のあちらこちらで爆竹の炸裂音が鳴り響く中、1人のアメリカ人が
お尻を手で押えて座り込んで。
苦痛に歪む顔。

「どうしたの?ねぇ!あなた!大丈夫?」
台湾人の女性が引きつった表情でアメリカ人の腕や背中をさすっていた。

爆竹の炸裂音が街の空気を切り裂くように響き渡っている。
まるで戦場のようだった。

お尻からゆっくり手を離し、自分の顔に近づけると手の平には血が付い
ていた。

「オーマイガ~ッ」
うめくように言葉を発したのはジョージ。

彼を介抱しているのは台湾人でジョージの奥さん。

2人は台湾で出会い、ジョージが台湾に移住し2人でアメリカから衣料
品を輸入販売する会社を経営していた。

ローカルなものが主流の台湾マーケットにアメリカのブランド品を輸入
していた彼らのビジネスは当時の若者達の支持を受け、急速にマーケッ
トを拡大していた。

そんな彼らに放たれた1本の矢。
一体誰が。。。。


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「あいつら。。。気に入らね~な」
「そうだそうだ。ここはアメリカじゃねぇ~。台湾なんだよ!」

屋台のような料理屋で台湾料理を喰らいながら不満をぶちまけている男達
がいた。

「あいつらが来てからというもの、俺たち台湾人のビジネスに影響が出て
 いる。みんなも知っている阿山、あいつ、来月で店を閉めるらしいぜ」

「それもジョージのせいだ。あいつさえいなけりゃ。。ケッ!」

「大体あの女はよ~。なんで台湾人なのにアメリカ人と結婚して、アメ
 リカ人の応援をしてるんだよな~」

「そうだそうだ!」

この男達。
地元ローカルで生まれ、育ち、ビジネスをしている連中だった。

普段はにこやかな台湾人もいざ競争相手やよそ者に対してはかなり手厳
しい。
時には異常なほどの競争心。。。いや、憎しみを持ってしまう場合もあ
る。

仲の良かった友人たちが同じようなビジネスを立ち上げ、その後疎遠に
なり、敵対していく過程を何度も見てきた。

そして、彼らを怒らせると怖い。

ビールを煽りながら大声で気勢を上げる男達に混じって、1人の男が黙
って彼らの会話を聞いていた。

そして。。。。事件は起きてしまった。


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事件当日。
台湾の旧正月。

台湾の爆竹は日本のそれとは比べものにならないくらいの火薬の量だ。

爆竹そのものの大きさも炸裂したときの音も、日本のものとは比べもの
にならないくらい格段に大きい。

1発ずつ鳴らすのではなく、大量の爆竹を1度に慣らす。
まるで爆弾のようだ。

耳を押えてないと鼓膜が麻痺する。
少し離れた距離に居ても、爆発の際の衝撃が皮膚に突き刺さるように
痛い。

ジョージも妻と家族を連れ、あちらこちらで鳴り響く爆竹の轟音に耳を
塞ぎながら街歩き。

例年同様、騒々しい台湾の旧正月を楽しんでいた。

1人の男に後をつけられていることも知らずに。。。。


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屋台が連なる道。
幅が広くないので人々の距離が近い。

うまく前進出来ず、かといって後戻りも出来ず。
ジョージたちは人の流れに身を任せてゆっくりと歩き、時々立ち止まっては
屋台をのぞき込んだりしていた。

やや人の流れが動き出したときだった。

1人の男が静かにジョージとの距離を縮める。
上着のポケットから手を取り出す。
手にはアイスピックが握られていた。

サクッ!
その男の手に握られたアイスピックがジョージのお尻に食い込んだ。

「アウチ!」

お尻を押え座り込む込むジョージ。
驚く彼の妻。

そして人の流れに紛れてその場を無言で立ち去る男。

爆竹と人混みの中。
座り込んだジョージに気が付いた人は少なかった。。。。


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その男はチェンの家にいた。
私の友人、チェンの家だ。

チェンは友人を誘い、お酒を飲みながらポーカーゲームを楽しんでいた。
旧正月、家族や友人が集まりギャンブルを楽しむ。
中華系社会では一般的な過ごし方だ。

「あ~~~。あ~~~~。」
その男が突然声を上げる。

そしてポケットからアイスピックを取り出す。
彼の手に握られているアイスピックを見たチェン達は静まり返った。

この男が何かをしたらしい。。。

不慣れな手話でチェンがその男に話を聞く。

「さっき、ジョージを刺してきた。懲らしめてやったんだ」

愕然とするチェン。

「刺してきたって。。。。まさか殺したりはしてないだろうな?」
チェンが手話での聞き取りを続ける。

「殺したりはしない。お尻を刺してやったんだ。天誅だよ」
男は自慢げに手話で答えていた。

「な。。。なんて事を。。。」
チェンは力を失い天井を見上げた。

刺した箇所から命には別状はないと思った。

しかし。。。。今頃警察が捜査を始めているのではないか。。。
大変なことになる。。。

チェンの予感は的中した。
それはそうだ。
この男は人を刺してしまっているのだから。

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通報を受け動き出した地元警察。

その警察の動きは元教え子を通してチェンの耳にも入ってきた。

「あのジョージが刺されちゃったんですよ~。びっくりです。犯人ですが?
 まだ捕まっていないんです。人が多すぎて逆に目撃者がいないと言うか。。
 旧正月で賑わってますし。。。犯人というか目撃者を探すのに苦労していま
 すよ」

「そうなんだ。旧正月なのに物騒だね。じゃあ、ハッピーチャイニーズニュー
 イヤー!」
チェンはそう言って電話を切った。

旧正月を祝うどころではない。

何とかしなければ。。。

チェンは携帯を持ち、電話を掛ける。

「はい。もしもし」
「こんばんは。チェンです。」

相手は警察署長だった。

あの派手な飲み会でお金を店に支払わずに済ませてしまった。。。あの署長
だ。

チェンは事情を説明した。
犯人の事も素直に話をした。

そして。。。

「よし分かった、俺が何とかするよ」
と署長が答えて電話を切った。

翌日。。。捜査は打ち切られた。。。。犯人不明のまま。
公には犯人捜しは続いていたけれど、捜査は打ち切られていたのだ。

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ジョージを刺した男。
サイレントアサシン。

正体はアーピーのお父さんだった。

あの日の屋台での食事会にアーピーのお父さんもいた。

話す事が出来ないお父さん。

いつも身振り手振りで「あ~~~。う~~~」と言うだけだった。

しかし人の会話は理解出来る。。。らしい。

仲間たちと酒を飲みながら、怒りをぶちまける飲み仲間達の話を聞いていた。
腹を立てている仲間たちを見ているうちに怒りが湧いてきたようだ。
そして。。。ジョージを刺してしまった。

アーピーのお父さんの仕事には何の関係もないジョージ。
そのジョージを刺してしまったのだ。

なんとも理不尽な出来事。

チェンは「勘弁してくれ」というような表情で私に話をしてくれた。

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アーピーのお父さん
ちょっと変わった人だけど、私が台湾に行くと家に招待してくれ、小さな中国式
茶器でお茶を入れてくれる。

「美味しい!」と言ってお茶を飲む私の姿を見ては、私を指さし嬉しそうな笑顔
で親指を上に上げるお父さん。

短気で喧嘩っ早い雰囲気があったけど。。。。まさかアイスピックで。。。

職を転々としていたお父さんをチェンが仲介。市内の公立高校で用務員としての
職を得た。

しかし1年も経たずして学校と喧嘩。

チェンもお父さんに対して腹を立てていて、それ以来会っていないという。

おわり。






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