台湾喜人伝 4話 チェンの教え子 アーピー 2

台湾の親友チェンと彼の元教え子のアーピー。
今回はアーピーの大学試験日に何が起こったのかを書こうと
思う。


新竹にある大学の終始試験日。

当事者のアーピーと彼の両親。
そしてなぜかチェンとアーピーの彼女も一緒に試験会場にいた。


チェンとアーピーの両親は心配で仕方がない。
「あんた、本当に大丈夫なの?」
アーピーのお母さんが心配で何度もアーピーに話しかける。

「気まってんだろっ!こんなの楽勝なんだよ!」
いつものようにアーピーの強がり炸裂。

でも、挙動が不審でたばこに火を付けてばかり。
一目で緊張しているのが分かったそうだ。


「受験生のみなさん、指定のクラス、席にお座り下さい。15分後
 にテストが始まります」

アナウンスが流れ、受験生たちは校舎内へ移動していく。

「頑張るんだよ」
「頑張って!」
「緊張するなよ」

チェンやアーピーのお母さん、アーピーの彼女が声援を送る。

「大丈夫だって言ってんだろ!俺様を誰だと思ってるんだよ!」
粋がるアーピー。
でも、顔が明らかに引きつっている。

「あ~。あ~。」
アーピーのお父さんだ。
お父さんは口が不自由だった。
大学の校舎を指さし「早く校舎に入れ」と言っていたのだろう。

「分かってよ!行きゃあいいんだろ?行ってやるよ!楽勝だって
 ~の!」
と口だけは威勢の良いアーピー。
途中なんども振り返り、なかなか校舎へ入らない。

「早くしないと試験が始まりますよ!」
大学の職員に促され、渋々と校舎へ向かうアーピー。
校舎に入る前、まだみんなの方を振り返った。

だっ、大丈夫なのだろうか???
不安でしかない。


みんな同じ気持ちだった。。。。


学科試験は3教科。
午前中で終わり、アーピーが校舎から出てきた。
ややがに股で虚勢を張っているのが伝わってくる。

「どうだったの?」
不安で仕方がないアーピーのお母さんが口を開いた。

「楽勝だよ、あんな低レベルな試験。大したことないな、大学
 なんてさ」

うそぶいているけど、顔は緊張したままだ。

午後は面接と体育。

面接は英語で行われるという。
アーピーにはハードルが高い。
英語で質問されて、ちゃんと答えられるのだろうか?

話を聞いて驚いたのだが、この大学の面接試験。
子供と一緒に親も入室を許可される。

もちろん答えを言うことは禁止されている。



「次の方、どうぞ」
大学職員がアーピーを教室へ入るよう促す。

「ハイヨ~」
「この馬鹿息子、なんですかその答え方は!」アーピーのお母さん
が注意する。

「お静かに願います!」
大学職員に注意されてしまった。

アーピーががに股で教室に入り、面接官と向かい合って席に付く。
その姿を少し離れたところからアーピーの両親となぜかチェンが見
届ける。

英語での面接。
午前中の試験だってほとんど回答出来ていないだろうに。。。これ
は拷問でしかない。。。チェンはそう思ったそうだ。



面接が始まった。

「あなたの名前は何ですか?」
「どこから来ましたか?」

思ったよりもかなりレベルの低い質問。

「あ~」
「う~」

自分の名前と住んでいる街の名前だけは何とか答える事が出来たアー
ピー。

徐々に質問のレベルが上がり出す。
そして当然のごとく、全く答えられないアーピー。

「あ~」
「う~」
を繰り返すばかり。

「君、焦らなくても良いんだからね。ゆっくり考えて、ゆっくり答え
 なさい」

そう言われて更に焦り出すアーピー。
「あ~」「う~」さえも出なくなってきた。

「きっ、君。。。」今度は面接官が焦りだしている。

「よっ、よし、ちょっと内容を変えようかな。緊張して普段の力が発
 輝出来てないんだね」
優しい面接官!

「私に続いて言ってみて、ペアレンツ(Parents)。ハイ、どうぞ」

もはや面接ではなくなっている。。。。

「ペッ、ペッ、ペッ。。。」
焦るアーピー。
口が全然回らなくなっている。

「きっ、君、焦らなくて良いんだからね。ゆっくり、ゆ~~くりで大
 丈夫だよ」
想定外の展開に試験管も対処に困り始めた。

「ペアレンツ」
「ペッ、ペッ、ペッ」

「ペアレンツ」
「ペッ、ペッ、ペッ」

「ペアレンツ」
「ペッ、ペッ、ペッ」

エンドレスなやり取りが続く。

「ペアレンツ。焦らないで。どうぞ」

「ペッ、ペッ、ペッ。。。。。」

ダメだこりゃ!!!

一同がそう思った瞬間

「パパ、ママ!」

ヘッ????
パパ、ママ????

意味は合っている。
けど面接官が聞きたかったのはそれじゃない。

緊張と焦りで口が回らなくなったアーピー。
言いやすくて意味は合っているパパ、ママと叫んだのだ!



「そ、そうだね。意味は合ってるね。よろしい。これで面接
 試験を終わりにします」
笑顔の面接官。

完全に終わった。。。。

一同、肩を落として教室を後にした。

つづく











台湾嬉人伝 3話 チェンの教え子 アーピー 1

初めて台湾を訪れたときに出会ったチェン。

彼との交流はその後も続いていた。

チェンに会う為に台湾へ行く度に、彼の友達や仲間、そして
教え子達との出会いがあった。

今回は彼の元教え子の1人であるアーピーのエピソード。

チェンは心優しい公立学校の教師の顔を持ちながら、学校には
内緒で室内デザインのオフィスを経営していた。

公務員の副業はもちろん禁止されている。
多分、仲の良い教師の何人かは彼が副業を持っていることが知
っていた。
そして学校にバレないようサポートしていたと思う。

経営しているオフィスの景気は良く、順調に売上を伸ばしてい
たので、他の教師と比較すると収入面ではかなりの余裕があっ
た。

しかし物欲のないチェン。
余ったお金は彼流のやり方で社会還元していた。

担任するクラスで学費や給食費の納付に苦労している家庭に対
して、彼がそれらの納付を全て引き受けていた。
学校には内緒のようだった。

毎年1~2人の生徒を選び、親に会い、補助する価値があると
思った家庭に対して補助の申し出をしていた。

また卒業後、性格的に既存の社会に馴染まない子供を自分のオ
フィスで働かせ、経験を積んだ後、知人の会社などへの就職を
斡旋してもいた。

もちろんコミッションなどは受け取らず。

一緒にいて楽しいのはもちろん、私は彼の献身的な態度と行動
に対して尊敬の念を抱いていた。

そんなチェンの教え子の1人、アーピー。
ヒョロヒョロで頼りなく、喧嘩の強い友達と一緒の時は威勢が
良く、1人だとおどおどしている。まるで漫画から出てきたよ
うな弱虫君。

口が悪く生意気だけど、なぜか人気者。

彼と最初に出会ったのは彼が高校2年のころ。
チェンが開催する私の歓迎会にちょっと年上のアーシーと
一緒に参加していた。

飲み会の席で高校生なのに酒を飲み、たばこを吸う。

チェンはそんなアーピーの姿を見せて、特に注意する素振りも
見せなかったし、気にもしていない様子だった。

やがて高校を卒業し大学へ進学。

車の免許を取り、大好きな日本車を乗り回すようになっていた。
あの車はどうやって買ったのか???
彼の過程はチェンが補助をしていたはずなのだが。。。

その大好きな日本車で私を空港に迎えに来てくれたり、新竹市
内の移動の際は必ず運転手として活躍してくれたり。
チェンが私と過ごす時は、アーピーが運転手としてサポートし
てくれていた。

チェンの頼み事なら何でも引き受けていた。
チェンや相棒のアーシーと一緒にいるのが本当に楽しそうだっ
た。
彼にとっての居場所だったのだろう。

頼りにはならないけど愛嬌があり、どこか憎めない。
チェンが買い物をする際には必ず側にいて、会計はチェン任せ。
チェンもそんなアーピーが可愛いようで、食事をおごったり、
服を買ってあげたりしていた。

適当で弱虫で中行きなアーピにはすっごく可愛い彼女がいる。

性格が良くしっかりものの女の子がなぜ。。。なぜアーピーの
彼女なんだろう?
男と女は分からないものだ。

チェンと行動する時はいつもアーピーが運転を担当してくれる。
でも、ちょくちょく道を間違えるし、一方通行を逆走する。
対向車からクラクションを鳴らされることはしょっちゅうだった。

そして致命的な問題が。。。。
彼は車のバックが出来ないのだ。

前進したりカーブを曲がる事は出来るのだかバックが出来ない。
車を駐車する際はいつもチェンに運転を代わってもらう。

「も~~~」とチェンが言いながら運転を代わるのが面白かった。

日本より遙かに短時間で免許が取れるらしいけど、バックが出来な
いアーピーはどうやって試験に受かったのだろうか?

そしてこんなエピソードもある。

私が日本から来ている日本人だと言うことは当然知っているのだ
が、日本がどこにあるのかは知らない。

チェンが世界地図を広げ、「日本はどこ?」と聞いた事があるそ
うなのだが、オーストラリアを指さしたそうだ。

チェンは笑いが止まらなかったそうだ。
そして飲み会の席では必ずその話をする。
集まったみんなは大爆笑。

だって台湾のすぐ近くには沖縄があり、そこはすでに日本。
ほとんどの台湾人はそんなことは知っていて当然なのに。。。

そんな彼は大学生。

一体どうやって大学生になれたのか???

1度チェンに聞いてみたことがある。

「チェン、アーピーなんだけど大学生だよね?」
「うん、そうだよ」

「こう言っては何だけど、彼の。。。。」
「はははは。頭が悪いって言いたいんでしょ?」

直球だなぁ~

「彼の入試試験の際、彼の両親が心配だと言うので私も一緒に大学
まで行ったんだよ。そのときに話をしようか」

チェンが笑いを堪えながら話してくれた。

台湾嬉人伝 2話 歓迎会 2

久々に訪れた台湾。
そしてチェンとの再会。

その夜に開かれた私の歓迎会は街の警察署に勤務する
警官達の集まりだった。

大声を張り上げながら歌う警察官たち。
肩を組み、左右に揺れながら台湾の古い歌を歌って
盛り上がっている。

ウィスキーなども用意されていたけど、ほとんどの人が
ビールを飲む。
台湾ビールが人気。

当時はビールをトマトジュースで割る飲み方が流行って
いた。
「これを飲むとゲップが出ないから」とチェンは話して
いたけど本当なのかな?

飲んでも飲んでも、飲み干しても。。。。ビールが次から
次へと運ばれてくる。

顔色ひとつ変えずに飲み続けている者。
べろんべろんになっている者。
大声で冗談を言い合っている。
賑やかな場だ。

「日本朋友!」とガラスのコップとトマトジュースで割っ
たビールが入ったピッチャーを持ってくる警官達。

仲良くしたいけど、そんなに飲めない!

「カンパイデショウ!」(乾杯という日本語を知っている台湾人は多い)
と誰かが私の肩を叩く。
振り返るとチェンの元教え子だ。

「無理だよ。飲めないよ。」と日本語で言いながら、両手
を彼の前に尽きだし、飲めないアピールをした。

「カンパイデショウ!ダイジョウブ ダイジョウブ!」

さっきまでキリッとした表情だったのに。。。。完全に酔
ッ払っている。
全くの別人になっている。
怖っ!

仕方ないなぁ。。。と彼が手に持つグラスを受け取り、ビ
ールを一杯飲み干す。

「一気!一気!一気!」彼が騒ぎ始めた。

逃げる私、追いかけてくる彼。
警官達は大爆笑だ。

最後は捕まり、2杯一気させられた。
ったくも~~~。

2時間ほどが経過したとき、署長が手を叩き、何か大声で
叫んだ。

警察官達は歌うのを止め、騒ぐのを止め、署長の言葉に耳
を傾けた。。。相変わらず大音量のカラオケは流れたまま
だった。

「はぁ~、ようやく終わるみたい」とチェン。

楽しくて嬉しいけど、大音量が鼓膜を襲い、大声での会話。
普段は飲まないビールを飲まされて、ちょっと疲れていた。

「疲れたんじゃない?」とチェンが聞いてきた。
「そうだね~。でも、嬉しかったよ。初対面の人ばかりだ
けど、こんなに盛大な飲み会を開いてくれて。」

チェンが笑顔を見せた。

再び署長が大声を出すと、いままで部屋でお酒をついでい
た女性スタッフが部屋から出ていった。

チェンが「ママを呼びに行ったんだよ」と通訳してくれた。

会計だ。

台湾では客人には絶対にお金を払わせない。
ほとんどの歓迎会ではチェンが支払いをしている。
今回もチェンが財布を手に取った。

これだけの大人数が飲みっぱなし。
たくさんの空き缶が部屋のあちらこちらに転がっている。
一体、代金は幾らになるのだろう。
いつもいつも会計してくれるチェンに申し訳ない気がして
きた。

突然、警察署長が大声でチェンに何かを言っている。
チェンが何かを言い返す。

喧嘩ではなく、この場の支払いをどちらが持つかの押し問答
のようだった。

台湾では割り勘の習慣はなく、その場にいる年長者や裕福な
者が支払いを受け持つ。
メンツがあるので支払いを渋ることはなく、気前よく財布か
らお金を出す。

何回かのやり取りのあと、チェンが「謝謝」と言って財布を
仕舞った。

「今夜は署長が場を仕切ったから払わなくていいって言うん
だよ」チェンが申し訳なさそうな表情をした。

私も署長とは面識がないのになぁ~。
私も申し訳なくなってきた。

部屋のドアが開いた。
店のママさん登場した。

綺麗な黒いドレスと束ねた髪。
とても雰囲気のある人だった。

署長の横に座る。
署長が大きな声で周囲に聞こえるよう何かを話し出した。

他の警察官たちは黙って署長の言葉を聞いている。
ママもこくりこくりと何度か頷いていた。

「 OK !」
と話を切り上げた署長が立ち上がる。

頭を下げるママ。

署長が部屋を出る。
他の警察官達も後に続く。

あれ?
支払いは????
もしかすると今夜はツケにして、後でママが警察署に行って
集金するのかな?

そんな私に向かいチェンがこちらに顔を向けながら話し始めた。
「お金、払わないみたいだ」

えっ?
お金を払わない????

あれだけ飲んだビール代を。。。払わない????
どういう事なんだ????

「払わないの? どうして?」
と私が聞くとチェンが会話の内容を話してくれた。

台湾の飲み屋さん、特にちょっと高級な飲み屋さんは地元の極道
につけ込まれたり絡まれたりすることが多いそうだ。

それを避ける為に極道者のボスに月々お金を払ったり、接待した
り結構な手間とコストが掛かる。
詳しくは知らないが、以前の日本も同じような習慣があったのだ
ろうか?

でも、「この店は警察署長が通う店」との評判が広がると、極道
達は店に来ない。

要は「俺がこの店を守っている。その俺が支払いをする必要があ
るのかい?」とのやり取りをしていたようだ。。。。

なんともエゲツない。

台湾では
極道は「黒道」
警察は「白道」
と呼ばれ、どちらも同じようなものだと皮肉交じりに語られる事
がある。

「ここは台湾。こういうもんなんだよ」とチェンが申し訳なさそ
うな表情を浮かべた。

2人で店を出ると署長を始め、他の警官達が我々を待っていた。

「謝謝」と私がお礼を言うと笑顔を見せた署長。
お迎えのパトカーが来ていた。

「チェン、送ろうか?」と署長が声を掛けると
「いえ、車があるので大丈夫です」とチェンが答えた。

普通に答えているけど、チェンも相当飲んでいた。
教師が酔っ払い運転。。。

「そうか。じゃあお先にな。日本朋友!再見!!」と署長が別れ
の挨拶をしてくれた。

「再見 台湾朋友!」と答えると「ワッハッハツ!」と大声で署
長が笑っいながら迎えのパトカーに乗り込んだ。

周囲にいた警官達が「この日本人、署長相手に冗談言ったぞ」み
たいな顔をしていた。

署長を乗せたパトカーがゆっくりと走り出す。
我々全員でそのパトカーを見送った。

プライベートな飲み会なのに送り迎えはパトカー。。。。
ちょっと乗ってみたかったかも。

と、突然後ろから「ダイジョウブデスカ!」と背中を叩かれた。
「痛っ?」と振り返るとチェンの元教え子がいた。

相当に酔っていて、足下がふらついている。
しかも声がデカい!
力も強い!

大丈夫ですかって、お前が大丈夫じゃないじゃんか!

元教え子がチェンを会話を交わし、敬礼をした。

1人では歩けない状態だ。
仲間のバイク。。。これも警察のバイク。。が彼の近くに止まり、
仲間の警官が彼をバイクの後部座席に座らせた。

飲み過ぎて身体がグニャングニャンで危ない。
「ダイジョウデスカ!」
この台詞を何回も繰り返している。

もう行け行け!
とチェンが促すと、彼をバイクの乗せた同僚がチェンに挨拶をす
る。
彼もかなり酔っているけど大丈夫なのかな?
まぁ、チェンの元教え子よりは飲んでないから。。。大丈夫な訳
ないな。。。

べろんべろんに酔った警察官を乗せたバイクが走り出す。
しかもヘルメットを被ってない。
警察に捕まったらどうするんだろう?

酔っ払い2人を乗せたバイクが走り去って行く。

「チェン、あの2人、大丈夫かな?ちゃんと家に帰れるか心配だ
よ」と言うと、チェンが笑い出した。

「なんで笑ってるの?」
「ははははは。彼ら、これから出勤だよ。夜勤担当なんだってさ」

はっ???
仕事に。。。。ならんだろう。。。。

今では台湾の道路交通法が厳しくなり、ヘルメットを被らないと
すぐに逮捕されてしまうけど、当時の台湾は大らかだった。

でも、交通事故が多かったので、たくさんの命も失われていた。

チェンの教え子であり、私の友達だった人も亡くなっている。

それ以来、チェンと彼の友人知人たちは酔っ払い運転をしなくな
った。

台湾喜人伝 1話 歓迎会 1

初めての海外出張で訪れた台湾。

初めて訪れた台湾。
現地の人々と触れ合い、すっかり台湾が好きになってしまった私。

会社を退職した後も、多い時で年に数回、今は数年に1度は現地を
訪れている。

今では台北その他の街にも友達が出来、1度の訪問で全ての友達に
会うのが不可能になっている。

今回はサイ社長の息子、ベイビーが通っていた専門学校で教員とし
て働いていたチェンとその仲間とのエピソードだ。

会社を辞めた後も、チェンには時々電話をしたりして友情を深めて
いた。

「こっちこっち!」
新竹駅前のロータリーに車を止めたチェンが大きく手を振っていた。

「お~!久しぶり~!元気そうだね」
「うん、お陰様で」と笑顔を見せるチェン。

「とりあえず車に乗って。ウチへ行こう」
「ありがとう」

チェンが運転するボロボロのBMWに乗って、新竹駅からチェンの家へ。

チェンは専門学校をから公立高校の教師になっていた。
そして学校には内緒で内装デザインのオフィスを開いていた。

公立高校の教師なので公務員。
台湾でも公務員の兼業は禁止されているのだが、これまでのところ公
になることもなく、仕事を両立しているそうだ。

久々の再会。
あれこれ話をしている間にチェンの家に到着。

「今回も泊まっていってね」
「うん。ありがとう。いつも悪いね」

チェンは古い一軒家を購入。
内装は彼自身でデザイン設計し、仲間の大工たちに仕事を依頼してい
てこの家をリノベーション。材料は自分の仕入ルートを活用し、内装
に使う備品や装飾品はタイで買い付けている。

シックな室内に東南アジアの装飾を使う仕事が地元のお金持ちたちに
好評で、広告宣伝することなく口コミで次から次へと仕事が舞い込ん
でいるそうだ。

3階建ての一軒家に1人で住んでいるチェン。
ゲストルームもあるので、毎回ではないけれど、私はチェンの家に泊
まらせてもらう事がある。

日本から背負ってきた大きなリュックをゲストルームに下ろすと、
「今、お茶を入れてるからさ。リビングでゆっくりしよう」とチェン
が声を掛けてくれた。

顔の広いチェン。
お茶に詳しい知人が季節毎に美味しい茶葉を持ってきてくれるそうで、
彼の家でお茶を飲むのが密かな楽しみになっていた。

チェンの家の1階、広いリビングでお茶をしていると、チェンの携帯
が鳴った。

「19時に店に集まるみたい。その前に食事していこう」とチェンが
席を立った。

私が台湾を訪れる度、チェンと彼の友達が歓迎会を開いてくれる。
毎回顔を合わせるうちに仲良くなった人、初対面の人。
総勢30名くらいが集まる、ちょっとしたイベントだ。

今夜の歓迎会はいつもとは違ったメンバーになるとチェンが話してい
た。

再びチェンの車に乗り込み、市内にある日本料理屋で晩ご飯。

地元の人向けの日本料理屋は台湾人好みの味になっている店が多いが、
この日本料理屋では日本と同じ味が楽しめる。

チェンと出会った頃、何度か連れてきてもらった事がある。
日本料理屋なのに誰も日本語を話せない。
古くて狭い、でも美味しい。

板前さんとチェンが楽しそうに会話している間、私はパクパクと口を
動かす。

まだ電話が鳴る。
台湾人はせっかちだ。

「もう集まってるみたいだ。もう少ししたら行ってみよう」

食事を済ませ、会計を済ませ、私とチェンは歓迎会の会場へ向かった。

店は住宅街に近い場所にあった。
店とは言うものの一軒家だった。
看板も出ていない。
庭付きの大きな大きな一軒家。

入口でチェンが呼び鈴を押すと、大きな扉が開く。
男性スタッフが扉を開けてくれた奥で、女性スタッフが2人笑顔で挨拶
をしてくれた。

大きな一軒家を改造した店。
ちょっと高級な雰囲気だと思いながら歩いていると中国語の歌が漏れ聞
これてきた。

住宅地に近い立地ということもあり、各部屋は防音になっているようだ
った。

「こちらです」と女性スタッフが振り返り、ドアを開けてくれた。

同時に大音量の歌声が飛び出してきた!

部屋の中には男、男、男。
広い部屋に男が30人ほど。

チェンの姿に気が付き、歌声が止み、カラオケの音楽だけが流れ続ける
室内。

全員が立ち上がり、一斉にチェンに話しかける。
大声で冗談を言い合う。

「私の友達の日本人です」とチェンが私を紹介してくれた。

オ~~~~~ッ!
歓声が上がる。
とても歓迎されている。
怖いくらいだ。

「まずは一杯!」
一人の男がコップを2つ持ってきて、私とチェンの為にビールを注いで
くれた。

一気!一気!一気!
どこからともなく始まる一気コール!

日本のお笑いタレント、とんねるずは台湾でも大人気だった。
彼らが歌う歌は台湾でも大ヒットしていた。

その影響があって一気コールは台湾人の間でもブームになっていた。

ジョッキではなく小さなコップでの一杯。
普段はビールを飲まない私でも楽々飲み干せる。。。でも、ビールが
苦手な私には苦手だった。

私とチェンがビールを飲み干すと同時に一人の青年が近寄ってきた。

チェンに挨拶をしている。

中肉中背だがきりりとした目元。
直立不動でチェンの言葉を聞いている。

「初めまして」
その彼が笑顔で挨拶をしてくれ、席へ案内してくれた。

「彼は2年前に学校を卒業して、今は街の警察署で勤務する警察官だん
だよ」チェンが紹介してくれた。

絵に描いたような好青年(古い言葉だ)
日本のイケメンとは違う、どこか懐かしい感じのする好青年なのだ。

警察官だけあって言葉もハキハキ(何を話しているのか分からないけど)
初対面だけど頼りがいがある。
好印象だった。

奥に座る年輩の男性が手を上げるとチェンと私はその男の元へ。

挨拶を交わす。
笑顔の奥に威厳のある顔立ち。
話し方も落ち着いている。

「彼はこの街の警察署の署長さんだよ」とチェン。
「えっ?そうなんだ!」

「うん、そしてここにいるみんなは警察官。今日は警察官ばかりの集まり
なんだよ」とチェンが説明してくれた。

警察官ばかりが約30名。
暑苦しいなぁ~(笑)

再び始まる大音量のカラオケ。
チェンとの会話が成立しないほどの大音量。

耳が壊れそう。
でも、彼らの楽しそうな笑顔を見ていると、私も楽しくなってくる。
交わされている言葉は相変わらず分からないけど、自然と笑顔にな
っていた。

肩を組んでカラオケを熱唱するグループ。
ビールの一気飲み対決しているグループ。
腕相撲をしているグループ。

台湾人の男はいつまで経っても高校生のよう。
あっ、高校生は酒飲めないや(笑)

これが台湾の宴会だ。
宴の始まり。
飲み会始めだ!

台湾の思い出 さらば台湾 再見 2 出張という名の一人旅 最終話

翌日は11時半にサイ社長が迎えに来てくれる事になっていた。

最終日だからティーシャツに半ズボンじゃなくて、キチンとした格好
でお邪魔するかな。

意気込んでクローゼットを開け、台湾に来る時に着てきたシャツとパ
ンツを取り出し準備を進めた。。。あれっ????

キ、キツイ。。。パンツがキツい!!!!

約3ヶ月の台湾滞在中、毎日のように中華料理を食べていたので身体
が大きくなってしまったのだ!

帰国後、体重を計ったら6キロほど増えていた!

中華料理恐るべし。

仕方なくいつものティーシャツと半ズボンでサイさん家族とのランチ
へ。

時間より少し遅れてサイ社長が迎えに来てくれ、車に乗ってサイさん
の家に向かう。

真夏の台湾にやってきたのが夏。
今は10月下旬。
南国の台湾も10月になるとやや肌寒い日もある。

車の窓を開けて外の空気を感じながら車窓から街や田畑を眺める。

今日でお別れか。。。

すぐにサイさんの家に到着。
車を止めたサイ社長が「ドウゾ」と日本語で家に入るよう促してくれ
た。

玄関から居間へ。
特に仕切りがある訳でもなく、そのまま大きな丸テーブルに座った。

いつの間にか私の座る席も決まっていた。
毎日毎日、真面目君が来た日以外はサイ社長の家、このテーブル、こ
の椅子、この位置でお昼をご馳走になっていた。

それも今日で終わりだ。

奥さんと娘さん2人で料理を作り、出来上がったものからテーブルに
運ばれてくる。

いつもと変わらない台湾の家庭料理だ。
そして大好物の水餃子も作ってくれていた。
単なる偶然かも知れないけど。

簡単な会話をしながら舌鼓を打つ。
美味しい!

「サイ社長の家の水餃子。本当に美味しい。大好きだよ。水餃子の店
でも出してみたら?」と冗談を言いと。

「やってたんだよ、料理屋」

「えっ?」

サイ社長が珍しく冗談を言っているのかと思ったが、冗談を言う人で
はない。顔は至って真面目だった。

「ちょっと待ってて」と席を立つサイ社長。

しばらくすると立て看板を持ってきた。

料理の写真やメニューが印刷された立て看板だった。

水餃子も印刷されてる!

「本当に????」

「うん。この工場を始める前、ウチは料理屋だったんだよ」

絶句した。

料理屋さんが転職して工場経営。。。全然違う分野への転業だ。

お金が好きな台湾人。
そして日本ほど社会が安定していない台湾では、旬な商売、儲かる
商売にサッサと転身してしまう人が多い。

実直なサイ社長でさえそうなのだ。
でも、異分野への転業でも支えてくれる人と情報、真面目に仕事を
していれば、運と仕事を引き寄せる。

片田舎の小さな工場が私の所属する会社との取引を成立させ、日本
最大手のコンビニエンスストアへ商品の供給をしてしまうのだから、
人生って面白い。

「今日、キチンとした格好で来たかったんだけど、服が入らなくな
ちゃってさ」私が言うと

サイ社長の奥さんが
「あなたがどんどん大きくなるのが面白くて、黙って見ていたのよ」
と大笑い。

「なんだよ~、酷いなぁ」

サイ社長の娘さんも大笑いだった。

3ヶ月で6キロだ。
そりゃ大きくなるのが分かるよなぁ~。
ラフな格好をしていたので自分では全然気が付かなかった。

食事が終わり、ホテルへ戻る時間が迫っていた。
タクシーを手配して台北のオフィスへ行かなければならない。

もっと一緒に居たい。
夕方までいろいろ話していたい。
でも、台北でも仕事があるのだ。
行かないと。

「そろそろだね。ホテルまで送るよ」とサイ社長。
「うん、ありがとう」

奥さんと娘さんとは工場でお別れ。
「ありがとう。ベイビーにも宜しく伝えておいてね!」

「ハイ。アリガト」奥さんが始めて日本語を話した。

「謝謝 再見」
私は中国語で挨拶をした。

笑顔で手を振ってくれた奥さんと娘さん。

サイ社長が車のエンジンをスタートさせる。
ゆっくりと車を走らせる。

奥さんと娘さんの姿がどんどん小さくなっていった。

サイ社長が運転する車内では特に会話をする間もなくホテルへ到着。
昨日と同じだ。
話そう、話したい。
そう思うと言葉が浮かばない。

ホテルに到着した。

「再見!」サイ社長が右手を差し出す。
「再見!」私がその手を握り返す。

車から降りて、再度「再見!」と笑顔で挨拶を交わす。
笑顔のままサイ社長が車をゆっくり発進させた。

ホテルの前でサイ社長の車が見えなくなるまで見送った。

長かったようで短かった竹南ノ夏が終わろうとしている。

出会ったみんな、ありがとう。
みんなとまた会いたい。

あ~、真面目君だけは別だけど。。。。

また戻ってくるよ!

初めての台湾。
初めての海外出張。
異国の田舎町で孤軍奮闘した日々が終わりを告げた。
いた、孤軍奮闘したのは最初だけ。
最後はひとつのチームになっていた。
一体感を感じるようになっていた。
私は半分台湾人になっていた。

会社の仕事。
会社の命令で来た台湾。
こんなにこの国の事が好きになるなんて思ってもみなかった。

ありがとう、みんな!
ありがとう竹南
さようなら竹南

いつかまた。。。。きっと。

劇終

台湾の思い出 さらば台湾 再見 1 出張という名の一人旅 35話

小野田社長からのお誘いを断り、再び工場での仕事に集中する。

日本での発売日が決まっていて、国内問屋、物流会社とのスケジュールも
決まっているので、遅れる事は許されない。

土壇場で不良品などが出ないよう、出来上がった商品はもちろん、そこで
働く人たちにも目を配る。
私同様、ちょっと飽きっぽいところのある台湾人。
木が抜けないよう適度に声をかけたり、冗談で笑わせたりしながら、私も
検品を続ける

会社に入社したばかりの新米社員が入社40日後に命じられた海外出張。
出張先は初めて訪れる台湾。

その台湾の田舎町、竹南。
街にはコンビニが数軒、マクドナルドなどのファストフォード店はなく、
地元ローカルな店があるばかり。

住宅街と田畑に囲まれたこの小さな工場で製造されたクリスマスツリーが
日本の大手コンビニエンスストアの店頭に並ぶのだ。

それを思うと改めてプレッシャーを感じる。

輸送中の衝撃で商品が壊れないか?
箱詰めした商品を一定の高さから落として耐久性を確認する。
落としては開封し、商品が破損していないか?
ICから流れる音楽に問題ないかもチェックした。

サイ社長やパートのおばちゃんたちも真剣な顔でその様子を見つめて
いた。
「日本の品質管理はここまでするのか?」
サイ社長はそう思ったと後日語っていた。

印刷された商品説明文に間違いや印刷不良がないかも再度確認。

工場からの出荷日が迫るにつれ、作業量が増え、工場内の緊張感も高ま
っていった。

一方で仕事に関わってくれた地元のメーカーさん達が別れの挨拶に来て
くれる。
ICチップの社長さんには映画に連れて行って貰ったけど、字幕なしの香
港映画の内容は全然分からなかった。

印刷屋社長さんと彼の家族には地元のお祭りや山の上の料理屋へ連れて
行ってもらった。
小さな娘さんに懐かれてしまい、別れる度に大きな声で泣かれた。

元日本人のおじいちゃん達の家には時々お邪魔していた。
いつも優しい笑顔と大きな声で迎えてくれた。
台湾の田舎で日本語が通じる。
私にとって癒やしの時間だったし、おじいちゃん達にとっても懐かしい
日本語を使える滅多にないチャンス。
子供や孫を呼び寄せては、日本語を話す勇姿を見せていた。

途中で連絡が取れなくなってしまった南国美少女。。。どうしているだ
ろう。。。?
結局再会する機会には恵まれなかったけど、竹南のどこかで元気にして
いるのだろう。
希望する台北の大学に無事入学出来る事を祈った。。。けど、心残りだ
ったなぁ~。

工場での生産が無事に終わった。

後半は生産ピッチを上げる為、残業までして頑張ってくれたパートさん
たちには本当に助けられた。

商品を全て箱に入れ、工場に来た運送屋のトラックに箱を詰め込む。

サイ社長から「力仕事は手伝わなくて良いよ。疲れただろうから座って
みてれば」と言われたけど、最後まで手伝った。
そうしたかった。

これがサイ社長やパートさんたちとの最後に仕事になってしまうのだか
ら。。。

最後の1箱をトラックに載せる。
サイ社長がトラックの運転手に話しかけ、運転手はこちらに手を振りト
ラックに乗り込んで行く。

「無事、港まで届きますように」
心の中でそうお願いした。

全ての仕事が終わった。
サイ社長とがっちり握手。
普段は大人しいサイ社長が大きく目を見開き、本当に嬉しそうな表情
を見せてくれた。

夕陽が傾き出していた。
退社時間だ。

工場を後にするパートのおばちゃん達1人1人にお礼を言って見送っ
た。
お礼と言っても「謝謝」としか言えなかったけど。

みなさん
「これからも頑張ってね」
「またここにおいでよ」
「アリガトウ」(日本語で)
と労ってくれた。

異国で異国の人達との
一体感と達成感。

いや、異国だからこそ感じるのかも知れない。

工場を後にする時、サイ社長が「明日はもう台北へ行くの?何時?も
し時間があるなら、ウチで最後の水餃子を食べていってよ」

「えっ?いいの?竹南を午後出れば良い事になってるから」
嬉しかった!

「よし、じゃあお昼にしよう。ホテルへ迎えに行くよ」
とサイ社長。

最初は言葉も通じず、意思の疎通が出来ず、ちょっと険悪な雰囲気に
なってしまったこともあったけど、今では気さくに言葉を交わせる関
係になっている。

毎日工場への通勤に使っていた自転車はサイ社長の家で預かってくれ
ることになった。
「もし、来年も来るようなら必要になるでしょ?」とサイ社長が申し
出てくれたのだ。

そして宿泊しているホテルまで車で送ってくれた。

もっと話したいのに言葉が出てこない。
それはサイ社長も同じようだった。

ほとんど会話もないままサイ社長の運転する車がホテルに着いた。。。
着いてしまった。

車を降りると車内から「明天見」(また明日)と声を掛けてくれた。

「ハイ、明天見!」と手を上げて答える私。

サイ社長の車が動き出す。
サイ社長の車が見えなくなるまで見送った。

疲れていたけど、すぐにホテルの部屋に戻りたくなかった。
竹南最後の夜。
良く買い物したスーパーや小売店の人達の顔を見に行く。
話せる余裕がありそうな人には声を掛け、日本に帰る事を告げる。

「再見!」
みんな笑顔でそう言ってくれた。

ホッとした、と同時に疲れを感じた。

「そろそろホテルへ戻るかな」

竹南にしては賑やかな通りを歩き、ホテルへ戻った。
いよいよ明日、竹南を後にする。

つづく

台湾の思い出 香港社長 5 出張という名の一人旅 34話

台北のステーキハウス、そしてホテルのラウンジへ

香港でオフィスを構える小野田社長との出会い。

そして香港から台湾の片田舎にある小さな工場へ電話を
かけてきてくれた小野田社長。

飛び上がるほど嬉しかった。

「ほいで給料やけど、今の倍までは出せんけど、1.5倍だったら
出すよ。基本、勤務地は香港や。俺の片腕になって香港と中国
を駆け回ろうや」

憧れの香港の地。
そして給料アップ。

頭の中でミスターブーの主題歌が流れ出す。。。

でも、、、、行けない。
香港へは行けない。。。

自分の中には今いる会社を退職し、自分で会社を設立する計画が
あり、すでに準備を進めてしまっていたのだ。

そして旗揚げに参加してくれる相棒もいた。
国内にいる相棒が会社設立に向けた準備を単身進めてくれていた。

まだ時間はあったものの、小野田社長の会社に移ったとしても働
ける期間は1年強しかない。

私を引き抜くとなると、長年続いた私の上司や私が所属している
会社の関係にも影響が出るだろう。

小野田社長がそこまでのリスクを取り、私を引き抜き、それを足
蹴にして時がきたらサッサと独立するという訳にもいかない。

迷惑をかけてしまう。。。

小野田社長には魅力を感じていたし、仕事もやり甲斐がありそう
だった。

もし事情を話し、私が独立するまでの短期間でも構わないと言っ
てくれたとしても、今度は私が香港での仕事に魅了され、独立の
道を諦めてしまうかも知れない。

「どや?来てくれるよな?一緒に仕事しようや~」
小野田社長の言葉が続く。。。揺らぎ始める自分の心。。。。

「す、すみません。せっかくの有り難いお話しなのですが。。お
受けすることが出来ません。。。。」

「なんでや~。今の会社の事が気になるなら、俺に任せてくれや
。絶対君に嫌な思いはさせないから」
とまで言ってくれた。

「すみません、事情は今ここでは話せないのですが。。。今回の
話は。。。すみません」

しばらく沈黙が続いた後。。。

「はっはっはっはっ!そうか~。フラれてしもうたな~」小野田
社長が大きな声で笑いながら話し始めた。

「すみません。せっかく良いお話しをいただいたのに。。。」

「気にするなよ。そういう頑固なところも良いんやけどな。しゃ
~ないわな。君には君の人生がある。今回は諦めるわ」

「ありがとうございます」

「もし会社を辞めるような事があったら、すぐに連絡くれや。そ
こまでいかんでも、相談事があったら連絡してくれや。そして
香港、絶対来いよ。待ってるからな」

泣き出したかった。
本当に有り難くて有り難くて。。。有り難さを突き抜け、大きな
声で泣き出したかった。

「はい。香港、必ず行きます!約束します。ありがとうございま
した」

「おぅ!驚かしてごめんな。また美味いもん食べ行こうや。ほな
な~」

小野田社長が電話を切った。

断ってしまった。
あんなに良い条件を出してくれたのに。。。断ってしまった。

ちょっと後悔した。

でも、自分の夢がある。
そしてすでに動き始めていた。
相棒を裏切る訳にはいかない。

これで良かったのだ。

数年後、私は会社を辞め、予定通り相棒と会社を設立。
会社を立ち上げたものの経験不足がたたり、売上を上げ、会社を
軌道に乗せ、安定させるまでかなりの時間が掛かっていた。

悪戦苦闘が続く中、都内にある大手ディスカウントストアとの取引
が決まり、売上が伸び、会社に安定的な利益が出るようになってい
た。

そのディスカウントストアの担当者から、店舗数のスケールメリッ
トを活かし、今後は海外からの直輸入を増やしたい。中国か香港に
知っている日本人はいないか?との相談があった。

ミスターブー!
小野田社長しかいない!

「知り合いが香港で会社を経営しています。彼と連絡を取ってみま
す」

ディスカウントストア担当者にそう答え、すぐに小野田社長の携帯
へ電話した。

そして2ヶ月後、ディスカウントストア担当者と社長の息子さんを
コーディネイトする形で初めて香港へ飛んだ。

ゴミゴミとした町並み。
飛び交う言葉。

時代が経過していたけど、ミスターブーのオープニングで観た、香
港の喧噪の中を歩いていた。

小野田社長のオフィスは港を見下ろす高層ビルにあった。
ビルの入り口、各階のエレベーター付近にはガードマンが立ってい
た。

ドアのベルを鳴らす
ゆっくりとドアが開いた。

現地香港の女性が微笑みながら英語で迎えてくれた。

そして。。。「お~よう来たな~。何年ぶりやろか」
あの笑顔。
ミスターブーのそっくりさん、小野田社長が大きく手を広げて「さ
さ、入れや!待ってたでぇ」と笑顔で立っていた。

久々の再会だった。

オフィスは広く、大きな窓から港が一望出来た。
同行したディスカウントストアの2人もちょっと驚いていた。

その日は商談を交えながら、昼食と晩ご飯をご馳走になった。

当時、小野田社長の会社は飛ぶ鳥を落とす勢い。
業界2番手、3番手のコンビニチェーンと取引のある業者と組み、
販路を拡大、自社商品を開発、それをベースにキャラクター商品
の版権も獲得していた。

大阪の冴えない小さなメーカーさん。
お父さんが毎晩会社の金庫からお金を持ち出してしまい、いつも
会社の金庫にはお金がなかったと話していた。

それが今では香港にオフィスを構え、小野田さんは中国、香港、
大阪を駆け巡る忙しさ。
社員もどんどん増えていた。

もし小野田社長に世話になっていたら。。。。そんな事も脳裏を
過ぎったりもした。
でも、時間を逆行させる事は出来ない。

残念ながら取引の話はまとまらなかった。
「いつでも連絡してや。こっちの人間も紹介したるからな。頑張
りや!」

忙しい時間を半日も割いてくれた小野田社長。
本当に有り難かった。

小野田社長とはその後も何度がお会いする機会があった。

その後も彼の会社は成長を続けていたのだが、片腕だった弟さん
が病気で急死された。

そして大学を卒業した小野田社長の息子さんが会社に入ると、社
内の雰囲気は一変したという。

息子さんの横暴な態度に嫌気がさした社員さん達が大量に退社し
てしまった。

息子さんは小野田社長が海外から帰国している間だけ真面目な仕
事振りを装っていた。

また大学時代の学友数名を会社に入社させ、益々独裁的な立場を
固めていったそうだ。

誰もそのことを小野田社長に告げ口出来ない環境になっていた。

現在でも会社は残ってはいるものの、良い噂は聞かなくなってし
まった。

私も小野田社長の会社に転職していたら今頃は。。。

人生は長い。
そして未来のことなど誰にも分からない。

自分の人生は自分で開拓していくのがベストなのだろう。

このエピソードを書きながら、そんな思いが頭を過ぎった。

台湾の思い出 香港社長 4 出張という名の一人旅 33話

台北で出会ったミスターブーにそっくりな香港社長こと
小野田社長。

その仕事っぷりは逞しく、またどこか爽やかな風を纏
っていた。

上司から「台北で会おう」との電話を受けた際、面倒
臭いとしか思えなかったけど、小野田社長との出会い
はとても価値のあるものだった。

台北から竹南へ向かう急行列車の中。
香港のオフィスで忙しく働いている小野田社長の姿を
想像した。

「香港かぁ。。。いつか行ってみたいな」

香港。

ブルース・リーやミスターブーが好きだった私には特別
な場所でもあった。

ゴミゴミとした街中で忙しく動き回る香港の人達。
活気がありそうだなぁ。

帰国後、もしまとまった休みが取れそうだったら行って
みようかな?
台湾に来てからほとんど休んでないし、有給も全然消化
出来てない。4~5日、週末も入れれば3日くらいなら
会社も休めるかも知れないな。。。勝手に想像を膨らま
していた。

昼前に工場へ到着。

到着と同時にサイ社長が「ご飯、食べよう」と笑顔で迎
えてくれた。

小野田社長との出会い。
興奮冷めやらない私は誰かに話したくて仕方がなかった。
でも、それをサイ社長に話すほど中国語が上達していな
かった。

美味しい水餃子をほおばりながら、香港を闊歩している
自分の姿を想像した。

小野田社長と出会ってから10日ほど経過したある日。

工場の電話が鳴った。

サイ社長が受話器を取り、「ホ~ホ~」と頷き、私に受
話器を渡す。

上司かな?と思い電話に出ると。

「お~、元気でやってるかい?俺や俺、小野田や。覚え
てる?」

なんと小野田社長からの電話だった!

「はい。もちろんですよ。忘れる訳ないじゃないですか!」

「ホンマかいな~」
と小野田社長。

「あの日はありがとうございました。とても刺激になりま
した。実は社長の話を聞いたら香港へ行ってみたくなり
まして。。。帰国したら会社に休みを申請してみようと
思ってるんですよ」

私は夢中で思いを告げた。

「ホンマか!嬉しいな。1度、見においでよ」
「いいんですか?はい!ありがとうございます!」

「で、いつにする?」
「えっ?とりあえず会社に休みの申請をして。。。」

「もし良かったら来週にでも香港に来ないか?2~3日後、
何だったら明日でもいいよ。俺がチケット買うからさ」

そ、そんなに早く???

行きたい。
今すぐにでも飛びたい!
でも、仕事がある。

そろそろ仕事も終盤。
出来上がった商品を陸送会社へ渡し、船会社へ運ばなければ
ならない。

「ちょっと仕事が。。。もうすぐシッピングなので現場を放
り出す訳には。。。」

「香港、見にこいや~。2人で中国国内の工場も見に行こう
や。君に見て欲しいねん。見て、判断して欲しいねん」

判断????

小野田社長の言う「判断」の意味が分からなかった。

どう返事をして良いのか分からず、しばらく無言でいると

「いやな、君と会ってから、君の事が気になって仕方がない
ねん。もし良かったら香港へ来て欲しい。そして俺の片腕と
として、この香港で一緒に働いて欲しいんや」

えっ??

「そ、そんなこと。。突然言われても。。」

「そやろな。でも、俺から君の上司には話をつけたる。心配
すんな。俺とあいつの仲や。あいつを納得させたる」

嬉しかった。
飛び上がりたいほど嬉しかった。

小野田社長の下、香港で仕事が出来る。
そのチャンスが舞い込んで来たのだから。

つづく

台湾の思い出 香港社長 3 出張という名の一人旅 32話

台北で私の上司に紹介されたミスターブー。。。
いやいや、小野田社長に誘われて、ホテルのラウンジで
話をうかがうことに。

大阪の本社は弟さんに管理を任せ、単身香港でオフィスを
開き、中国での生産に乗り出しているという話だ。

「ウチは大阪で代々続くおもちゃメーカーなんよ」
小野田社長の話が続く。

興味深い話に私の興味もかき立てられた。

「2年ほど君の会社にお世話になって、その時に散々遊んだ
からな~。もう遊びはいらん。仕事、男は仕事せにゃな」

お~。
小野田社長、格好良い!

東京にある私が在籍していた会社で2年間の修行を終えて
大阪へ戻った小野田社長。

猛烈に仕事をしたそうだ。
朝から晩まで仕事して、取引先へ通い、商談をたくさんま
とめた。。。でも、一向に楽にならなかったそうだ。

その原因は。。。。
「ウチの親父や」

どれだけ売上を伸ばしても酒と女が大好きな小野田社長の
お父さんが会社の金庫からお金を持ち出して、飲みに出て
しまう。

業界が縮小しているにも関わらず、派手な遊びから抜け出
す事が出来なかったらしい。

会社の金庫や銀行口座はいつもギリギリ。
月末の支払いなどはヒヤヒヤの連続だったそうだ。

そしてある日。。。突然お父様が亡くなってしまった。

まだ30歳そこそこだった小野田社長が社長に就任。
銀行に勤務していた弟を会社に向かえての再出発。

お父さんを亡くした悲しみは大きかったけど、会社を建て
直すチャンスでもあった。
弟と当時会社に残ってくれた社員たちで必死に働いた。
そして始まった快進撃。

取引先を次々に開拓し、弟に経理を任せて、香港へ。
中国国内のメーカーと接触、生産を委託し、コストを下げ
つつ日本の品質を教えていく。

見る間に力を付けていく中国企業。
日本の要望にも応えられるようになっていく。
仕事が増え儲けが増えると中国人経営者との信頼も深まっ
ていく。

小野田社長に快進撃を見て、台湾での生産から中国へシフ
トするメーカーも増えていく。
その過程で小野田社長に舞い込む相談も増えていく。

「だったらウチに任せない?完璧な仕事したるで」
小野田社長の決め台詞。
香港で受注する仕事も日に日に増えていったという。

独学で習得した中国語も大いに武器になったそうだ。

「結構話しちゃったな。俺の話ばかりやったけど。ごめん
な」

「いえ、とても刺激になりました。こんな話、なかかな聞
けないですよ。ありがとうございました」

もう少し話を聞いていたかったけど、小野田社長は翌日の
飛行機で香港へ戻るのだ。

忙しい人だなぁ。
この業界に入って始めて出会った仕事をする人。
ちょっとリスペクト。

小野田社長がホテルのエントランスまで送ってくれ、タクシ
ードライバーに私が宿泊しているホテル名を告げる。
流暢な中国語で台湾人とのやり取りも難なくこなしていた。

格好良いなぁ~。

ミスターブーなのに
マイケルホイなのに

格好良い。

翌日、私と私の上司が宿泊しているホテルのロビーに下りて
いくと小野田社長が待っていた。

「最後やからな。君と飯、食べよ思うてな」と小野田社長。
「オイオイ、ウチの新人を引き抜くなよな」と上司が笑いな
がら小野田社長の胸を突く。

3人でホテルのお粥セットをいただいた。

1時間後、小野田社長は空港へ。
私と上司が見送りに出た。
颯爽とタクシーに乗り込む小野田社長。

「ほな、また会おうや。香港、1度見にこいや。美味しいもん
食べ行こうな!」
手を振りながら去って行った小野田社長。

ミスターブーが香港へ。。。。

「君はどうする。オフィスへ行く?」と上司。

「いえ、工場へ戻ります。心配なので」と答え、私は台北駅へ
向かった。

さて、俺も仕事しよう!
男は仕事だよな!

駅で切符を買い、電車に飛び乗り田舎町の竹南へ。。。。。

つづく

台湾の思い出 香港社長 2 出張という名の一人旅 31話

上司に呼び出され台北へ

市内のステーキハウスへ向かうと
上司の友人が先に席についていた。

上司の後について、その男の席へ向かう。
どこからどうみてもミスターブーのマイケルホイだ。
やはり中華圏。
同じような顔をした人っているんだな。

我々が席に近づくと、その男は満面の笑みを浮かべて
椅子から立ち上がった。

「どうもどうも、待ってたよ~。遅いわ~」
あれ?
日本語だ?
綺麗な日本語、しかも関西弁だ!

「この子が例の新人君。頑張ってるみたいやね~。噂は
聞いてるよ~」

流暢な日本語だ!

「いつも来るのが早いんだよ。せっかちなだな~」
と上司が笑いながら私の方を振り返り、

「紹介するよ。大阪の小野田社長だよ」

えっ?日本人なの???
どこからどうみても香港のミスターブー、マイケルホイ
なのに。。。。

「どもども!」と右手を差し出してきたので握手した。

「ささ、早く座ろうや~」と私を急き立てた。

「ありがとうございます」と小野田社長の向かいに座らせて
もらった。

「ささ、何食べる。何でもいいよ」と私の上司。
そう言われると「これ」とは言えなくなる。

「一番良いコースにしとこうや~。酒も飲むやろ?」
酒は飲めないのだが「は、はい。ありがとうございます」
と答えてしまうあるあるな展開。

そこから約2時間、次々と運ばれてくる海鮮ものやステーキ
を楽しんだ。

上司と小野田社長は本当に仲が良く、若い頃の話で盛り上がっ
ていた。

次々と酒を飲み小野田社長と上司。

小野田社長と私の会社は血縁という訳ではないものの兄弟のよ
うな関係で、先々代からのお付き合い。

小野田社長は若い頃、上司の会社で2年ほど修行。
歳が近かったので毎日遊び歩いていた仲だそうだ。

私は食べる係。
2人は飲む係。

無理矢理酒を勧められる事もなく、2人の若い頃の話を聞きな
がら、久々に日本人との食事を楽しんだ。

最後の方になると上司は呂律が回っていなかった。

「もうダメだ~。ホテルで寝る」と上司がカバンから財布を取
り出しながら会計の準備を始めた。

「今夜はご馳走になっとくわ。前回、俺がおごったんだからな」
と小野田社長。

「了解了解。次ぎ、香港に行ったらおごれよな」

香港?

マイケルホイの顔が頭を過ぎった。

「君、酒飲んでないやろ?ちょっと付き合わん?なぁ、この子
ともう少し話したい。借りてもええやろ?」と小野田社長。

「あんまり変な遊びを覚えさせるなよ。みんなそれでダメにな
っちゃうんだからさ」と上司。

明日、ホテルの朝食には絶対間に合うこと。食事が終わったら
即竹南の工場へ帰る事を条件に、私は小野田社長と一緒に店を
出た。

二人でタクシーに乗り、小野田社長が宿泊しているホテルのラ
ウンジへ。

「いやぁ、飲んだ飲んだ。うるさかったやろ。ごめんな~」
小野田社長は相当酒が強いらしい。あれだけ飲んだのに全然酔
っていない。

少し酔ってはいるようだけど、他社に入社したての新米社員に
対してとても丁寧な対応をしてくれている。
笑顔のマイケルホイ。

二人でアイスコーヒーをオーダーした。

「さっき、私の上司が香港で会おうと言ってましたけど。。。」
と私が切り出した。

「そうそう、俺、大阪の会社の他に香港でも会社を立ち上げてな
。中国での生産が増えていくことを見込んで、現地で孤軍奮闘
してるんだよ。昔はここ台湾でも生産してたけど、これからは
中国や。将来的にも中国は大きなマーケットになるから、それ
を見込んで今から動いてるんだよ」

香港にオフィスがあり、小野田社長は1年のほとんどを香港で過
ごしていて、大阪の会社は銀行に勤務していた弟を口説いて入社
させ、経理を中心に管理してもらっているとのこと。

さっきまで大笑いしながら冗談ばかり言っていた小野田社長の顔
が少しキリリとしてきた。

なんか。。。。格好良い
ミスターブーなのに。。。。

つづく