「お待たせしました。さぁ、会場に入りましょう」
スカイが先導してくれる。
台北の高級エリア。
日本でいえば東京の代官山っぽいエリアになるのだろうか?
入口で厳しいチェック。。。は全くなく、スカイが受付でIDカードを
受け取り、それを首から提げて会場へ。
エスカレーターに乗って2階へ上がる。
「まぁ~!来てくれたのね!」
レディMが大袈裟に手を広げ、満面の笑みで迎えてくれた。
そして走り寄ってきてハグ!
日本人の私はこういうのに慣れていない。
もちろん台湾人のほとんどがこんな欧米じみたことはしてこない
。
アメリカ人のヒースは自分の奥さんがこんなことをしても、別に腹を
立てたりはしない。
「分った分った!分ったからもうこの辺で」
何が分ったのかは分らないけど、私はそう言ってMを引きはがした。
スカイがニヤニヤしながら私の顔を見ていた。
私は舌を出して白目にしておどけた。
「嬉しいわ!本当に嬉しい」
「仕事が順調なようで、私も嬉しいよ、M」
「ありがとう。私のキャリアにとっても試金石になるビジネスになる
わ」
「記者会見もあったんでしょ?」
「そうなのよ~。あなたを迎えに行こうと思っていたんだけど。。。
昨夜、ジャッキーのマネージャーからいきなり電話があってね。ジ
ャッキーがマスコミを呼んでしまったからって。。。」
そう言いながらもMは嬉しそうだった。
そりゃそうだろう。
大手のテレビや新聞がこぞって取材に来たのだろうから。
実際、翌日の新聞の芸能欄はジャッキーが1面を独占。
Mもしっかり写真に写っていた。
大きな宣伝になっただろう。
「そろそろパーティーを始めます。参加される方はIDカードが分るよ
うにしておいて下さい!」
黒服の男がパーティ会場へ入るよう促す。
「さぁ、行きましょう!」
Mは私の手を引っ張ってグングン会場へと進んで行く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハロー」
「ようこそ」
「いらっしゃいませ」
会場内では華やかな女性たちがそう声を掛けてくれた。
綺麗な女性
可愛い女性
レベル高っ!
「みんなモデルやタレントのたまごたちよ。どう?台湾の女の子たち、
可愛いでしょう?」
「それは知ってるけど。。。。ここにいる子たちはレベルが違うね」
会場内に参加者が集まると、場の空気が暖まる感じがした。
皆、楽しそうな顔をしている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろパーティを始めたいと思います」
司会者の黒服が進行する。
「本日の主催者であるジャッキーから皆様へご挨拶があります」
そう言って黒服が拍手をすると、会場内の参加者達も拍手を始めた。
ヒューヒュー!と口笛を鳴らすものもいた。
その拍手に迎えられ、スーツに身を包んだジャッキーが登場!
両手を挙げて、手を振る。
大袈裟なスマイルだけど、慣れているようだ。
会場内は大歓声だ!
「彼がジャッキーよ。台湾芸能界の大物のひとりよ」
Mが耳元に顔を寄せてそう言った。
格好良くもない、普通のおじさんにしか見えないけど。。。大物なんだ。
ジャッキーが挨拶をしているけど、中国語なので私にはサッパリ理解出来な
い。
さすがに芸能人
良く通る声をしている。
3分程度でジャッキーの挨拶が終わり、立食パーティが始まった。
「さぁ。料理をいただきましょう」
またMが私の手を引っ張る。
立食用のテーブルのひとつにはMの名札。
私たちの専用テーブルだ。
そこに料理を運び、ウェイターからワインを貰った。
「M、凄いね」
「ジャッキーとも良い話がまとまったのよ。コストは掛かるけど、それに見合
た、いえ、それ以上のリターンがある契約になるわ」
Mは本当に嬉しそうだった。
そこへ
「本日はご参加いただき誠にありがとうござます」と1人の女性が挨拶に来た。
うわぁ!めちゃめちゃ可愛い!
「あら、こんばんは。この前、ジャッキーのオフィスで会ったわね」
「覚えていてくれたんですか!嬉しい!」
その子は両手を胸の前で合わせて、綺麗な歯を見せて喜んだ。
「今日はジャッキーのお手伝いで来ました。何かありましたら遠慮なくお申し
付け下さいね」
「ありがとう。そうそう。この人、私の友達で日本人なのよ」
と私を紹介してくれたM
「え~!そうなんですか!初めまして。コンニチハ。。。でいいですか?」
妙な発音の日本語を交え、そう挨拶をしてくれた女の子。
「初めまして。日本人に見えないでしょう?」
私がそう言うと
「そ~んなことないですよ~。中国語が出来るのですね」
「簡単な会話だけ。深い話は出来ないです」
「すご~い!私なんて日本語も英語も出来ないのに~」
「日本語は難しいからね」
「高校生の頃、少しだけ勉強しましたけど。。。ギブアップしました」
笑顔がキラキラしていてる。
「私はこの辺にいますから、何かあったら声を掛けて下さいね!」
「ありがとう!」
笑顔で手を振り、軽く会釈をして彼女は他のテーブルにいる参加者へ挨拶を
しに行った。
「M、あの子、可愛いね~」
「フフフ。たまごとは言えモデルを目指している子ですもの」
「だよね~」
「そうだ。もし気に入った子がいたら、私に言ってちょうだい。あなたに紹
介するから」
「え~!いいの?」
「問題ないは。でも勘違いしないでね。口説けるかどうかはあなたの腕次第
。私はそこまで関与出来ないわ」Mは笑った。
そんな話をしていると
「コンニチハ」と男性の声。
「あらマイケル!」とMが笑顔で応える。
そしてハグ。
華奢な男の子だ。
Mと挨拶を交わした後
「初めまして。私はマイケルです。宜しくお願い致します」
と流暢な日本語で私に話しかけてきた。
「あれ?マイケル君、日本語が上手だね!」
「はい、勉強を少しだけしました」
「学校で?大学で専攻していたの?」
「いえ。。。あの~、私は日本の漫画、特にドラえもんが好きなんですけど、
中国語ではなく、どうしても日本語で読んでみたくなってしまい、独学で
勉強をしました」
そう言って照れくさそうに舌を向いた。
「独学でこんなに上手になるの?」
「私の日本語、大丈夫ですか?」
「大丈夫どころか、とても綺麗な日本語だよ」
「ありがとうございます。ちょっと緊張してますけど。。安心しました」
お世辞でも何でもなく、マイケルの日本語は本当に綺麗だった。
マイケルはジャッキーに面倒を見てもらい、最近デビューしたタレントだった。
「このマイケルもウチと契約を結んだのよ」とM。
「そうなの?」と私はマイケルを見た。
「はい。Mさん、とても親切で。。。いつもご飯をご馳走になっています」
マイケルもジャッキー同様、テレビに出演する際はMのブランドの服を着る
契約を結んだようだ。
「まだ全然有名ではない僕と契約してくれるなんて。。。とても嬉しかったで
す。僕、頑張りますね」
マイケルが笑顔でMにそう話す。
マイケルをハグするM。
ビジネスの契約。
ではあるけれど、家族的な結びつきのような暖かさを感じる。
マイケルを抱きしめているMは、ちょっと歳の離れたお姉さんのようだった。
ちょっと感動。。。とその瞬間
突然、私の身体が宙に浮いた!
「うわぁ~!」
腰の辺りには浅黒い筋肉質の手が巻かれていた。
「おいおいおいおい!下ろしてくれよ!」
持ち上げられたままもがく私。がそう言うとス~と優しく下ろして
くれた。
着地した私が振り返るとタンクトップを着たマッチョな男が立っていた。
身長は190センチほど。
タンクトップから見える肩や腕がとても逞しい筋肉マン。
「あら!キングゴリラじゃない!」
私と筋肉マンを見て、Mが大声で笑った。
「キングゴリラ???」
「おぅ!オハヨウゴザイマス!」と妙な日本語で挨拶をしてくれたキングゴリ
ラ。
オイオイ、今は夜だよ!
心の中でそう思ったけど、面倒なので黙っていた。
Mが会話の橋渡しをしてくれる。
「彼はキングゴリラ。これから有名になるわよ。彼との契約もまとまったのよ」
「ハッハッハッ。M姐さん。今回はありがとう。仕事、バリバリやりますよ!」
ゴリラはまるで誓いを立てるかのように大きな声を出して、力こぶを作ってみ
せた。
腕の筋肉が隆起した。
「そして彼は。。。」と私を紹介しようとしたところ
「日本人ですよね!俺、日本人を持ち上げるのが大好きなんスヨ~」と言って
今度は両腕で力こぶを作ってみせた。
「凄い身体してるね~」
「毎日筋トレしてるよ。日本人、あんたも鍛えた方が良いんじゃネ?」
まさにゴリラだ。
マイケルのような繊細さ、知的な感じは全くない。
野生のゴリラの方がジェントルなんじゃないだろうか。。。
でも、顔は精悍。
野性味のある顔立ちで格好良かった。
台湾人にしか見えない私
イケメンで繊細で知的なマイケル
そして筋肉お化けのゴリラ
妙な3人で会話している不思議な空間だった。
オーバーなアクションと大きな声で笑いを取るゴリラ。
それを見てケラケラ笑いながら、私にも配慮してくれるマイケル。
会って10分もしていないのに、とても身近に感じる彼ら。
とても人懐っこい。
デビューしたての新人さんということもあるだろうけど、業界人でも
ない私につきっきりで話をしてくれていた。
場違いな雰囲気にアウェイ感を感じていた私にとっては心強い2人だ
った。
しかし、キングゴリラ。
会話の合間合間になぜか私を抱えて持ち上げる。
その度に周囲の人達から送られてくる視線。
モデル風の女性たちはケラケラと笑いながら、何かを話している。
「男っていつまで経っても子供よね~」なんて言われてるのかな?
つづく
パーティ パーティ IN 台北 2
パーティ当日
行く気がなかったのにも関わらず、うきうきしている自分。
レディMに貰ったTシャツ。。。全然似合ってない。
まぁ、いいや。気にしない、気にしない。
ピンポーン。
ホテルの部屋のチャイムが鳴る。
レディMが迎えに来てくれたんだ。
彼女にしては珍しく時間ぴったりだ。
仕事は出来るけど朝寝坊の常習犯で時間にルーズなMだった。
「は~い」
バッグを肩に掛け、ドアを開く。
「オハヨウゴザイマス!」
あれ?
Mじゃない。
立っていたのはMではなく、彼女の会社で働くスカイだった。
スケボーや自転車が大好きな今時の若者。
サーフィンの上手いと聞いた事がある。
見た目は厳つい兄ちゃんだけど、仕事が出来て仲間思い。
取引先からは絶大な信頼を受けているMの懐刀。
「あれ?スカイ?Mは?」
「すみません、今日のパーティに先駆けてマスコミ向けの記者会見
を開く事になってしまい、今朝早くに台北へ行く事になってしま
ったようなんです。ミーティングをしなければならないようで」
「そうなんだ。相変わらず忙しいね、Mは」
「はい。代わりに僕が車で台北まで送ります。もちろん、僕や他の
スタッフ達もパーティには参加します。雑用ですけどね」
会社の大黒柱。
なのに全然偉そうにしていない。
スカイのこんなところが人から好かれるのだろうなぁ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スカイの運転する車に乗り、いざ台北へ。
「お昼、まだでしょ? これ、良かったら食べて下さい」
ハンバーガーとポテトだ。
「週末のこの時間、高速道路が混むと思うんです。そうなるとお昼を
食べている余裕がないと思って。ハンバーガーですけど。。」
出来る男だ。
「ありがとう。いただきます」
スカイが買ってくれたハンバーガーとポテトを頬張りながら、スカイと
会話した。
「今日のパーティの主催者って台湾の芸能人なんでしょ?」
「そうですよ」
「有名なの? ジャッキー。。。チェンじゃないよね?」
「アッハッハッハ。違います違います。ジャーーキー・ワンですよ」
「やっぱりそうかぁ~。ヒースがジャッキー・チェンだって言うからさ
ぁ。。。そんな訳ないとは思いつつ、ちょっと期待しちゃったんだよ
ね」
「ヒース、適当なところありますもんね。でも、ワンは台湾では超有名
ですよ。テレビ番組、たくさん持ってますからね」
「へぇ~。そんな凄い人なんだ。スカイもその人のファン?」
「いやぁ、バラエティ番組のおじさんですからね。俺、あまり興味ない
ですよ」
「そうなんだね~」
「でも、今日のパーティにはJDが来るかも知れないんですよ」
JD
台湾の歌手で反戦ソングなどのメッセージ性の強い歌を歌ったり、HIP
HOP調の歌を披露したり。当時の台湾では珍しい存在で、ストリート系の
若者を中心にカリスマ的な人気を博していた。
日本の有名ミュージシャンとも親交が深く、日本にもファンがいた。
「あのJDが?」
「はい。ワンとは仲が良いですからね。忙しいからスケジュール調整が
出来るか分らないので、マスコミには発表していないのですけど。も
しかすると。。です」
「へぇ~。それは凄いな!」
「JDのこと、知ってるんですか?」
「名前だけはね。日本にもファンがいるしさ」
「ですよね~。来たら写真撮ってもらおうと思ってて」
「良い記念になるね」
「はい。それにウチの会社とも契約が成立しそうなんですよ。ワンの仲
介で。決まればウチのブランドの服を着てステージに立ってくれるか
も知れません。とても光栄だし、そうなったら、ウチの会社ハネます
よ」
「それは凄いなぁ」
Mの営業力。。。図々しさと言った方が良いのか。。は相当なものだ。
「パーティにはどんな人が来るのかな?アパレル業界の人が多いのかな
ぁ?」
「業界の人は少ないですよ。ライバル意識が強いので。Mは今、嫉妬の
対象です」
そう言ってスカイは笑った。
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彗星のように現れ、瞬く間にビジネスを拡大したレディM。
長く業界にいる人達から見ると厄介な存在だろう。
しかしMにも過去がある。
街の小さなジーパン屋で来る日も来る日も悪戦苦闘。
口達者でコミュニケーション能力が高く、お客さん1人1人の顔と名前
を覚え、仕入から販売、諸々の管理まで全て1人でやりくりしていた。
資金繰りに困った際には親兄弟に頭を下げて、お金を貸してもらった事
もあるそうだ。
そんなMがある日、友達の紹介でヒースと出会い、人生が変わるキッカ
ケを手中に収めた。
そこからのMは更に頑張り、今の地位を手に入れた。
でも、そんな彼女の過去を知るものはごく僅かだ。
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「出席するのは芸能人がメインだと思います。ワンが面倒を見ている若
い子たちなので、それほど有名な人は来ないですけどね」
「そんな場所に俺が行っても良いのかね?」
「はははは。大丈夫ですよ。あなたは日本人だから。それだけであの場
にいる価値はあります」
「そんなもんかねぇ」
「はい。ここは台湾。自由がルールです。楽しみましょう」
「そうだね。ありがとう」
まだ若いのにスカイの言葉には物凄く説得力があった。
仕事や遊び。
台湾と日本の違い。
スカイの日本に対する印象などを聞いてみた。
「日本は全ての面でお手本になる国ですよ。商品のクオリティの高さ、
仕事をする人の真面目さ。その他にも音楽や漫画、文化などもそう。
僕たち台湾人の理想を実現しているワンダーランド、それが日本な
んですよ」
多くの台湾人同様、スカイも日本が大好きなようだった。
「忙しいから無理かも知れないけど、日本にスキーやスノボをしに行
きたいんですよね~。ウィンタースポーツ、台湾では出来ないから
。雪、見てみたいなぁ」
そんな話が出た後に
「あとは日本の女の子。なんであんなに可愛いんですかね~?」
とスカイ。
「台湾の女の子もめちゃくちゃ可愛いじゃん」と私。
「いやぁ、そうですけど、日本には敵わないですよ~」
このセリフはスカイだけではなく、台湾女性からも良く聞く。
私たち日本人にとっては単なる日常でしかないことが、彼らにとって
は夢の宝庫。
理想郷。
それが日本なのだ。
「渋谷とか代官山でナンパしてみてぇ~~」
スカイは車を運転しながらそう言って笑った。
仕事も遊びも。
そして女の子に対しても。
興味のあること全て対して肉食系。
チャンスは待つより引き寄せる。
スカイはそんな男だった。
そうこうしている間に台北に到着。
思ったより渋滞はしていなかった。
スカイが運転する車は市内の高級エリアにある中規模な商業施設に到着。
3階建てのシンプルな作りの建物。
フロアー辺りの面積はそれほど広くなく。
カフェやアパレル関連のショップが5~6店舗、ここでの営業が決まっ
ているらしい。
その中にはMの取引先も含まれていた。
ショップは1Fと2F。
3Fはジャッキーのオフィス。
今夜のパーティは3Fで開かれる。
「車を駐車場へ入れてきますので、この辺で待っていて下さい。すぐに
戻ります」
そう言ってスカイは近くにある駐車場へ向かった。
建物の前でスカイを待つ。
忙しく走り回るスタッフらしき人たち。
談笑するビジネスマン風の人たち。
彼らを取り囲むようにしてカメラを抱えているのはマスコミ関係者だろ
う。
活気が満ちあふれている。
新しい事が始まるこの場所への期待感が集まっている。
その熱気が伝わってきた。
つづく
パーティ パーティ IN 台北
「今週の土曜日。時間を空けておいて。約束よ」
そう言ってレディMはウィンクをした。
レディMは当時台湾で有名になりつつあった女性実業家。
手がけている事業が波に乗っていた彼女から、週末台北で
開かれるパーティに誘われた。。。と言うか、すでに私は参加
メンバーに加えられていた。強制参加ってやつだ。
パーティ会場は台北。
主催は現地で有名なあるタレントさんだった。
彼が所有する中規模な商業施設のオープニングに合わせて開か
れるパーティで、取材するマスコミなども大挙して押し寄せて
てくるそうだ。
レディMはその有名タレントと契約を交わし、彼がテレビ出演
する際にはMがアメリカから輸入しているブランドのスニーカ
ーを履いてもらうことになったらしい。
最初にMからパーティの話があった際には、あまり乗り気では
なかった。
「なぜ俺がそのパーティに?」と聞くと
「ウフフ。あなたが日本人だからよ」と言われた。
悪い人ではないけれど見栄っ張りなM。
自分には日本人の友達がいるというところを見せびらかしたい。
そんな思惑が伝わってきた。
「是非来たらいいよ」
そう言ってくれたのはMの旦那さんのヒース。
アメリカ人。
彼の尽力によってアメリカのアパレルブランドを台湾に輸入す
るビジネスを立ち上げ、台湾各地の有力な小売店との取引やデ
パートへの出店を進め、短期間で業績を上げていったM。
知的で冷静なヒースと天賦の商売人M。
夫婦であり最高のビジネスパートナーだった。
「ねぇ、ヒース。本当に俺が行っても大丈夫かのかい?」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「あぁもちろん!」
「どうしてそう言い切れるの?」
「ここは台湾。ノールールがルールだ。気楽に楽しめよ」
台湾に長く住み、Mと結婚して長いヒース。
中国語は話せないけど、台湾でどう生きて行くべきかは心得て
いた。
「Mはあんな調子だけど、決してお前を利用することばかりを
考えている訳じゃない。会場に行けば台湾でも有名な連中が
わんさかといる。そこで顔を売れば良いじゃないか。お金が
掛かる訳じゃないしさ」
「それもそうかもしれないね」
ヒースのこの言葉で私もパーティへ参加する気持ちになってき
ていた。
「それにさ。名前を忘れたけど、あの施設の持ち主は相当なビ
ッグネームだよ。多分、お前も知ってるんじゃないかな?」
「えっ?そんなに有名な人?だれだろう?名前、そいつの名前
は?」
「う~ん、ちょっと待てよ~。。。何て言ったかなぁ。。。」
「思い出せない?こっちでは何て呼ばれてるの?」
「え~っと。。。確かジャッキー。。。そんな奴いたろ?」
ジャッキーという名の有名人。
「えぇ~!まさかジャッキー・チェン。。。じゃないよね?」
「ビンゴ!そいつだ。ジャッキー・チェンだ」
本当かよ!
小学生の頃に彼の映画「モンキーフィスト酔拳」を観た時の
衝撃が蘇る。
ジャッキーに。。。あのジャッキーに本当に会えるのか?
でも待てよ。
ジャッキー・チェンは台湾じゃなくて香港の俳優だ。
冷静に考えてみればジャッキー・チェンが台湾にいる訳がな
い。
ヒースの奴は少し適当なところがあった。
「ヒース。それ、本当にジャッキー・チェン?」
「本当だとも。。。確きっと。。。多分。。。」
そう言ってたばこをくわえて、私から視線を外した。
出た!
ヒースはいつもこんな調子だ。
「美味しい食べ物や酒も出るし。来いよ。どうせ暇してるん
だろ?」
ヒースがこちらを振り返り、そう言った。
「まぁ、暇。。。だよね(笑)うん。行ってみるか」
Mが紙袋を抱えてやってきた。
「当日はこれを来て頂戴」
渡された紙袋の中にはTシャツが入っていた。
MがプロデュースしているブランドのTシャツだ。
オイオイ、俺みたいなおっさんがこんな若い子向けのブラン
ドなんてと思ったけど、Mのビジネスのお手伝いが出来れば
それはそれで良いかと思い、紙袋を受け取った。
「OK。必ず着て行くよ」
「当日の昼、あなたのホテルへ迎えに行くから、部屋で待っ
てなさい」
ちょっと上から目線なM。
でも、面倒見が良く親切でもある。
「はいよ。楽しみに待ってるよ」
「あなたには絶対に損はさせないわ。私を信じて」
そう言ってMはまたウィンクをした。
Mのウィンクは嫌みがなくて自然だ。
たまには台北の街で楽しむか。
こんな機会は滅多にないだろう。
日本の友達への土産話にもなりそうだし。
万が一、つまらなかったら逃げ出しちゃえばいいや。
どうせ誰も気が付かないだろう。
つづく
台湾のキング 2
ある日のこと。
私は彼の商売が終わる頃に彼の店に行き、一緒に後片付けをした。
「へっへっへ。今日は結構儲かったんだよ」とピーナッツ。
「お~。良かったな!」
普段の倍ほどの売上があり、上機嫌のピーナッツだった。
「今日は飲むぞ~~~!お前も来いよ。付き合ってくれよ。もちろん
俺の奢りだよ」
「おい、せっかく儲かったんだから、ちゃんと資金をプールしておけ
よ」
「何言ってんだよ!こんな端金で俺が喜ぶと思ってるのかよ!俺はな
もっともっと儲けるんだ。儲ける才能ってものがある。お前には分
らいないだろうけどな(笑)凡人よ天才の誘いを断るなよ!」
1人気勢を上げていた。
よほど嬉しかったのだろう。
片付けが終わり、店の鍵を閉め、彼のバイクの後ろに乗る。
行き先はいつもの屋台だった。
安くて美味しい評判の屋台。
品数も多く、時々ピーナッツと一緒に食事する、私も好きな店だった。
上機嫌のピーナッツは普段より多くの料理をオーダーした。
そしてビールとウィスキーも。
「おいおいピーナッツ。こんなに食べられないだろう。俺たち2人だぞ」
「いいのいいの!今日は儲かったんだ。俺の奢りだよ。だったら文句な
いだろ?」
ピーナッツは食事より酒。
私は酒より食事。
こんな2人だから相性も良かったのかも知れない。
しかし今日は料理が多すぎだ。料理担当の私の胃袋には収まり切らない
ぞ。
冷えてないビールの栓を抜き、氷の入ったグラスにドクドクとビールを
つぎ込ぐピーナッツ。
泡がグラスからダボダボと溢れる。
美意識の欠片もない。
「カンパイでしょ!」
大きな声でグラスを持ち上げるピーナッツ。
このフレーズがなぜか台湾人の間では浸透していた。
「はいよ」
まずは1杯。
ビールが苦手な私はここまで。
あとはコーラを注文だ。
そして食事。
サラダやエビや魚の海鮮料理。
チャーハン、餃子にステーキまで。
どれも美味しい。
むしゃむしゃと食べる私をビールを飲みながら楽しそうに見ているピ
ーナッツ。
「ビールはもういいや。ウィスキーを開けるぞ!」
すでに酔いが回っているピーナッツ。
普段と比べても飲むペースが早い早い。
「おい、明日も仕事だろ?店を開けるんだろ?もうその辺にしとけよ」
と私は注意した。
「何だと~。俺を誰だと思ってるんだ」
酔い始めたピーナッツ。
「ピーナッツだろ。弱虫ピーナッツ」
そんな風にしてピーナッツをからかう。
「弱虫だと~!俺はな、この台湾のキングだ!王様だぞ!!臆病者な
んかじゃない!台湾にいる全ての人間が俺にひれ伏すんだぞ!」
「ハイハイ」
はた始まってしまった。
お調子者のピーナッツ。
酔うと胸を張る。口から出る台詞が芝居じみてくる。
段々手に負えなくなってくる。
普段より飲むペースが早いピーナッツ。
短時間の間でベロンベロンになってしまった。
「おい。そろそろ帰ろうぜ!」
ちょっとキツい口調で帰宅を促した。
「もう帰るのかよ~。付き合いが悪いな~日本人!」
「だって、もう夜中の12時だぞ」
「本当かよ?俺の時計はまだ10時だぞ」
「遅れてるんだろ、その時計。どうせ屋台で買ったコピー品だろ」
「そうかな。もう壊れちゃったのかな?」とピーナッツが腕時計と
睨めっこ。
ピーナッツの時計は合っていたけど、このまま深酒すると明日の仕事
に支障を来す。と言うか、ピーナッツは店を開けないかも知れない。
「オヤジ~!もう帰るから会計会計!幾ら~~?」
ピーナッツがそう言って椅子から立ち上がった。。。。ヨロけた!
危ないな、こりゃ!
「ピーナッツ。お前、大丈夫かよ?」
「大丈夫だ!俺を誰だと思ってるんだ。俺様は。。」
「はいはい。台湾のキングだろ。飲み過ぎだよ。タクシーで帰れ。
俺は歩いて帰るよ」
私は店のおじさんにタクシーを呼んでもらおうとしたのだが。。。
「おい。帰るぞ!俺が送ってく。早く後ろの乗れよ!ノロノロ日本
人!」
酔っ払ったピーナッツはすでにバイクのエンジンを掛けてしまって
いた。
「そんな危ないバイクに乗れるかよ!殺す気かよ!」と怒鳴りつけ
ると
ブーブーブーブー!!!!
屋台の店先でバイクのエンジンを吹かし始めるピーナッツ。
爆音と排気ガス。
店のオヤジや屋台に来ているお客さん達も不機嫌な顔でこちらを睨
みつけている。
「分った分った!お前のバイクに乗るからエンジン回すなよ!」
「分ればいいんだよ。さっさと俺の、台湾キングの俺様のバイクの
後ろに乗れ!」
周囲の人達の表情など一切眼中にないピーナッツ。
満面の笑みだ。
そして寄っている。
「コケたら終わりだな。。。」
そう思いながらピーナッツのバイクの後ろに乗った。
走り始めるとユラユラしながらもゆっくりと進むバイク。
少しは気をつけて走っているのかな?
「さぁ、答えてみろ?俺様は誰だ?」
「はいはい。台湾のキングです」
そう答えると
「そうだ~俺様は台湾のキング!王様だ~~~!」
雄叫びを上げるピーナッツ。
酔った勢いでスピードが上がる。
そしてゆらゆらし始める。
怖っ!
俺、今夜死ぬのかな?
そんな私の気持ちなど微塵にも感じていないピーナッツは更にバイ
クを加速した。
「俺はキング!台湾のキングだ~~~!」
雄叫びを上げる台湾のキング。
と、その瞬間。
ウ~~~~~~。
赤色灯を回したパトカーが私たちの後ろからスピードを上げて迫っ
てきた。
「そこのバイク!止まりなさい!」
スピーカーで停止を呼びかけられた。
これはヤバいぞ!
酔っ払ったピーナッツ。
バイクを止めずに逃走するかも。。。。と思っていたら、ピーナッ
ツはバイクの速度を落とし、路肩に停車した。
案外従順だ。
パトカーからは厳つい警察官2人が降りてきた。
「お前、ヘルメットを取れ。うん?酒臭いぞ。バイクもふらふらし
てたし。。。酒を飲んで酔っ払ったまま運転してたな?」
大きな身体から発する大きな声。
物凄いプレッシャーだった。
酔っているピーナッツ。
警官に楯突かなければ良いのだけど。。。
「すっ。。。すみません。酔ってます」
蚊の鳴くような小さな声で、ピーナッツがそう答えた。
「お前、かなり飲んでるだろ?」
「すみません。もう帰るところなんです。見逃して下さい」
「そうはいかないよ。俺たちは警察官だ」
「そっ、そこを何とかお願いしますよ。もうしません。もうしない
から~」
半泣きだった。
さっきまで「台湾のキングだ!」と雄叫びを上げていた男の背中は
丸まっていた。
声、小っさ。。。。
「お前、これから警察署に行くぞ。」
強い口調。そして強引にピーナッツの腕を掴む警察官。
「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。もうしません、今日だけ。。今日
だけは見逃して下さい」
ペコペコ頭を下げるピーナッツ。
おいおい、台湾の王様!
「そんな事出来る訳ないだろ。詳しい話は署で聞く。ほら、パトカ
ーに乗れ!」
大声で命令する警察官。
「勘弁して下さい。お願いします。お願いします。もうしませんか」
台湾の王が。。。
「本当にごめんなさい。勘弁して下さい」
頭をペコペコ
「家に帰して下さい。もうしませんから」
何度も下げる
台湾のキングの。。。いやいやピーナッツの醜態をしばらく眺めてい
た私だったけど、あまりの情けなさに身体が動いた。
警察官に近寄り
「あのう~。私は彼の友達です。彼、酔っているので、私も同行し
ます」
私が警察官にそう話しかけてみた。
「一緒に飲んでいた責任もありますし。。。」
私がそう付け加えると。
「あなたは日本人ですね。発音が台湾人のものではない」
「はい」
「お仕事でこちらへ?」
「はい。そうです」
台湾のパトカーに乗るのも良い思い出になりそうだ。
警察署には知人の警官も何人かいるし、事態収拾の為に親友のチェン
に連絡を取れば彼が警察署長に掛け合ってくれるだろう。
そんな事が頭を過ぎっていた。
「いや、あなたは結構です。お帰り下さい」
「えっ?でも!」
「歩いて帰れますか?タクシーを呼びましょうか?」
「いや、近くなので歩いて帰れるのですが、、、彼が心配なので私も」
「いや。あなたは帰りなさい」
厳しい口調の警察官が私をにらみつけた。
これは温情だ。これ以上刃向かうなよ。
そんなメッセージが読み取れた。
「はぁ。。。」私はそう答えるしかなかった。
泣き出しそうな顔の台湾キング。
「乗りたくない。乗りたくないです。パトカーになんて。。。」
「さぁ!乗りなさい!」
「嫌です。警察署になんて行かないです!」
「言う事を聞かないと逮捕だぞ!」
「も~~~。なんで飲んじゃったんだろ~~~」
泣き出す寸前だ。
可哀想なピーナッツ。
でも、可笑しかった。
気が付いたら笑いを堪えるのに必死になっていた。
台湾の王様が警官に捕まった途端に声が小さくなり、背中が丸まり、泣
き出しそうになっている。
抵抗虚しくパトカーに乗せられたピーナッツ。
ピーナッツのバイクはもう1人の警官が運転して警察署に行くようだ。
警官は私に敬礼し、ピーナッツを載せて警察署へ。。。
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ピーナッツはその日のうちに釈放された。
彼の父親の友人は警察関連に顔が利いたらしい。
酔っ払い運転程度なら「許してやって」の一言で何もなかったことになる
ようだ。
あの時のピーナッツの表情。
警察官とのやり取り。
その辺のコントよりよほど面白かったなぁ~。
今でも時々、あの時の事を思い出す。
台湾のキング
ピーナッツ。
元気にしてるかなぁ
台湾のキング
台湾の王
前回詐欺に欺されたアシェンのエピソードに登場したピーナッツ。
彼はアシェンの遠縁にあたる男だ。
高身長で人懐っこい。
でも、ちょっとズルいところもある。
少し憎めない男だ。
彼とは新竹にある小さな商店街で出会った。
小さな衣料品店を経営していた。
当時、私が取引していた日本の取引先の小売店のオーナーにとても
似ていたので親近感があった。
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「俺、台湾人は信用しないんだ。あいつら嘘つきばかりだからよ」
ピーナッツの口癖だった。
彼には夢を語り合い、夢に向けて行動を共にしていた仲間がいた。
小さくても良いから自分たちで店を経営しよう。
努力して儲かったら、もう少し大きな店、また儲かったら次の店を
オープンしよう。
毎晩毎晩、ピーナッツはその友人と夢を語り合っていた。
ようやく自分たちの予算に合う空き店舗が見つかり、内装工事を手
配。2人で初めての仕入にも行ったそうだ。
ようやく自分たちの夢が叶う。
高鳴る胸。
ピーナッツは眠る事が出来ず、友達に電話をして話をしようと枕元
にあった携帯を手に取ったときだった。。。
一緒に店を経営する友人からの着信。
「なんだよ、あいつも俺と同じ。。。眠れないんだな(笑)」
そう思いつつ電話を受けると
「ごめん、俺、やっぱ店、止めとくわ」
と挨拶もなくその友人が切り出した。
「えっ?冗談だろ?こんなときにやめろよ~。びっくりさせるなよ~」
とピーナッツが切り返す。
「いや。冗談でも何でも無い。俺、店なんてやらない」
いつもとは違い冷たい口調だった。
「冗談だろ?なぁ、冗談だよな?」
ピーナッツは何度も聞きかえす。
「いや。やらないったらやらないよ。だからこうして電話してんじゃん」
「やらないって。。。。お前。。。」
「悪いな。だって儲かりそうにないし、親にも止めろって言われちゃっ
たんだよ。だから止める」
「なんだよそれ!俺たちの夢だったじゃないかよ!毎日毎日語り合った
俺たちの夢だろ?」
「夢?まぁ、そうだけど。。。夢は夢でしかない。俺、就職することに
なったんだ。会社ももう決まちゃった」
「決まちゃったって。。。」
「オヤジのコネでさ。明日から出勤なんだ。朝が早いからさ。もう電話
切るよ」
「おっ!お前!待てよ! あの店、来週にはオープンだし。。。それに
内装工事の代金や俺が支払って仕入れた商品の代金とか。。。お金の
問題もあるだろ!」
「悪いな。全部、そっちでやってくれよ」
「なんだよそれ!内装工事の代金、幾らか知ってるはずだろ!俺1人に
あの金額を負担させるのかよ!」
「だ~って、お前の店だろ?俺、もう関係ないもん」
「ふざけるなよ!ちょっとこれからでも話そうぜ!」
「これから?さっきも言ったように、俺、明日から会社員。オヤジのメ
ンツもあるから遅刻なんて出来ない。もう寝るからさ」
「お前、自分のことばかり。。。!」
「じゃあな。商売の成功を祈るよ」
そう言って、ピーナッツの友人は電話を切り、その後音信不通になった
そうだ。
人前ではふんぞり返って威勢が良いピーナッツだが小心者。
未経験の店舗経営なんて、自分1人でやっていけるのか。。。
オープンに掛かった諸費用は親に事情を話し、半分ほど負担してもらっ
たそうだ。
スタートする前からピーナッツの心はズタズタだった。
そんな気持ちで店に立っていても仕事がうまくいくはずはない。
売上は伸びる事がなく、家賃を払うのが精一杯。
信じていた共の裏切りと商売の苦戦。
ピーナッツの心の中に大きな黒い影を落としてしまう。
やがてそれは「人間不信」へと発展してしまう。
ピーナッツは同胞である台湾人を信じる事が出来なくなっていた。
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そんなピーナッツとは
「俺は台湾人を信用しない。でも、日本人のお前は信じるよ」
「どうして?」
「お前は日本人だから」
そんな会話になったこともあった。
日本人でも悪い奴はたくさんいるのだけど。。。
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「今夜も店が終わったら飲みに行こうぜ!」
時々食事に誘ってくれるピーナッツ。
「今日はどうだった?売れた?」と聞くと
「ダメだ!ダメ ダメ ダメ!! この街の連中、俺のセンスが分らな
いんだ。こんな連中相手に商売したくね~よ」
「おいおい、そんな大声で!歩いている人に聞こえてるぞ」
「関係ないね!」
いつもこんなことを言っている。
悪い奴ではない。。。。のだが情緒が安定していない。
そして売上が悪い日や人通りが少ない日は店で酒を飲んでしまう。
顔が赤く、目がトロンとしている店主。
こんな店で商品を買いたいなんて思う人はいないだろうに。。。
落ち込む時は物凄く落ち込んでしまうけど、調子に乗ると手が付けられ
ない。
そこが妙に魅力的でもあった。
英語の先生
ある日、その男はふらりと台湾の田舎町に現れた。
「英語の先生」
私の友人たちはみな、彼のことをそう呼んでいた。
「夏休みの長期休暇を利用して台湾を1周しています」
台北出身の彼はそう話していたそうだ。
長身でイケメン。
清潔感のある服装。
気取ったところは全くなく、誰とでも気さくに話をする。
教師という仕事柄、話し慣れているようで、楽しい話題を次々に
提供し、みんなを楽しませ、笑わせる。
アメリカやヨーロッパに行った話など、友人たちは興味深そう
に聴いていた。
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「英語の先生」は1日中、私の友人の店にいた。
私の友人、アシェンの店。
気さくなアシェン。
言葉使いはやや乱暴だけど誰にでも優しい。
アシェンは旅人である英語の先生が気に入り、まるで幼なじみかの
ように近い距離感で接していた。
「そうだ。お前、英語出来るんだよな?」
アシェンのいとこのピーナッツが私に話しかけてきた。
「あぁ。少しだけどね」
と答えるまもなく
「こいつさ、俺の友達の日本人なんだよ。英語が話せるんだ」
とピーナッツが大声で「英語の先生」に話しかけた。
「英語の先生」は私の方を笑顔を向け、片手をふわると持ち上げて
「 HELLO 」挨拶してくれた。
ちょっと話をしてみようかな?
そう思った私は椅子から立ち上がり、「英語の先生」に近づいた。
「いろいろな国へ旅をしたことがあるようですね。私も旅が好きで
学生の頃は欧米を回ったりしたんですよ」
そう話しかけてみた。
「うん?へぇ~欧米諸国を旅したんだね。凄いなぁ」
英語の先生はそう答えてくれた。
答えてくれたけど、返事は素っ気なく、会話はそこで途切れてしま
った。
その後も何度か英語で話しかけたりしたけれど、「英語の先生」の
答えはいつも素っ気ないものばかりだった。
私にはあまり関心がない様子だった。
先生とは言え、彼も人間だ。
好き嫌いがあっても仕方ない。
そう思った私は「英語の先生」に話しかけるのを控えた。
「英語の先生」は人気者で、常に誰かから話しかけられたり、話し
かけたり。
彼の周りはいつも笑い声で溢れていた。
アシェンも嬉しかったのか、商売そっちのけで「英語の先生」との
時間を楽しんでいた。
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「おい、みんな。今晩時間あるだろ?英語の先生と一緒に晩飯食いに
行こうゼ!」
ピーナッツが呼びかけた。
「いいね」
「行こう行こう!」
「あの鍋屋が美味しくて良いんじゃない?」
「お前も来いよ。時間あるだろ?」
ピーナッツが私を誘ってくれた。
「あぁ、いいよ」
英語の先生との微妙な距離感を感じつつも、みんなとの食事は楽しそう。
私も参加することにした。
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仕事が終わり、アシェンの店に集合。
英語の先生は1日中、アシェンの店に居たようだ。
「よし、鍋屋へ行くか!」
ピーナッツがみんなに店の場所を教える。
「乗れよ」
私はピーナッツのバイクの後ろに乗った。
英語の先生はアシェンのバイク。
アシェンはとても嬉しそうな顔をしていた。
合計10台ほどのバイクで鍋屋へ向かう。
排気ガスが気になるけど、暖かい空気をバイクで走る爽快感がそれを
忘れさせてくれた。
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鍋屋に到着。
丸いテーブルに10人ほどが座り。
2~3種の鍋とビールを注文。
到着早々、フルスロットルでビールを飲み始める仲間たち。
ノンストップで食い、飲む。
場の雰囲気も熱を帯びる。
喧嘩しているかのように冗談を言い合う。
ジャンケンで負けた方が一気飲み。
腕相撲。
笑いと大声が絶えない。
子供みたいな連中と過ごす時間は無条件で楽しかった。
数時間が経過したころ
「悪いね。そろそろ店を閉めたいんだけど」と鍋屋の主人。
「もうこんな時間かよ!」
「明日も仕事だしな。そろそろ帰ろう」
「会計会計!」
合計金額を割り勘。
台湾では経済力のある人間がその場の会計を引き受けるのが普通
だけど、みな同世代。
落ち始めていた経済を身に染みて感じている仲間達だ。
財布を取り出し。
お金をテーブルに載せているそのときだった。
「あれ?財布を忘れちゃったよ~」
と英語の先生。
「バッグに入れた筈なんだけどなぁ」
小さなバッグから中身を乗り出し、確認するも財布が出てこない。
「いいよいいよ。ここは俺が出しておくからさ」
アシェンが英語の先生の分のお金もテーブルに出した。
「悪い。今日だけ貸して。明日も店に行くからさ。その時にお金
は返すよ」
「うん。それで良いよ」
「アシェン、男前!」
「アシェン、良かったな。良い友達が出来て!」
みんな、アシェンを祝福するかのような、ちょっと大袈裟な言葉
を掛ける。
照れながらも嬉しそうな顔をしているアシェン。
「よし、そろそろ解散だ!楽しかったな!明日も頑張ろうゼ!」
ピーナッツがそう呼びかけて、楽しい食事会が終了。
仲間たちはみな、バイクに乗って帰宅の途についた。
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翌日の夕方。
アシェンの店に行ってみた。
みんなが集まっていた。
いつものことだ。
でも、雰囲気が少し違っていた。
「どうしたの?」
「うん?う~ん。。。。英語の先生が現れないんだよ。。。」
とピーナッツ。
「本当?毎日来てたのにね。何かあったのかな?」
と私が聞くと
「俺たちも心配になって彼が宿泊していると言ってたホテルに行
ったらさ、そんな人は宿泊してないって。。。」
「えっ?どういうこと???」
「多分、あいつ。。。英語の先生じゃない」
ピーナッツがそう言うと
「うん。違うな。もうこの街にはいないよ。きっと」
と別の仲間が続けた。
「じゃあ、アシェンが出した昨日の金は返ってこない?」
「無理だろう」
ピーナッツが悔しそうな顔をしながら、そう答えた。
アシェンは口を真一文字にして下を向いたままだった。
悔しそう。。。というよりは悲しそうな顔をしていた。
ピーナッツが
「今、こいつに聞いたら毎日昼夜の弁当。そしてジュースやお茶
代もアシェンが出していたんだって」
「アシェン、馬鹿だからお金も貸してたらしいよ。たばこも買っ
てあげたんだって!」
と別の友達が訴えるように大声を出した
「本当かよ?」
私が聞くとアシェンは小さく無言で頷いた。
「ったくよ~。人の気持ちをなんだと思ってるんだよ!」
ピーナッツが吐き捨てるようにそう叫んだ。
「金を返さないなんて。。。。アシェンの気持ちを考えろ
っての!」
別の友達がそう続けた。
アシェンは少しサボり癖があるけれど、人には優しい奴だった。
そこをつけ込まれたのかも知れない。
重苦しい雰囲気がアシェンの店に満ちていた。
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数日後の新聞に
「詐欺師逮捕」という記事が新聞に掲載されていた。
顔写真も出ていた。
あの「英語の先生」だった。
台湾全土で詐欺を働いていたらしい。
「私は英語の先生だ」と名乗っては人に近づき、少額のお金を借りては
逃げるを繰り返していたようだ。
少額なので警察に相談する被害者は少なかったらしい。
欺された方は悪くはないのだが、欺されたという事実を受け入れがたい
し、何となく格好悪い。
そんな被害者の心理を分った上での犯罪手口。
これは私の推測だけど、あの「英語の先生」は英語が話せない。
私が英語で話しかけても返す事が出来なかった。
だから私には話しかけてこないし、微妙な距離を空けていたのではないか
と。
ある日突然現れた旅人。
そんな彼を受け入れ、食事やドリンクの世話をしたアシェン。
昼過ぎから夜まで店にいる旅人を帰すこともなく時間を過ごしたアシェン。
アシェンは彼の事を友達だと思い、これからもずっと付き合っていくもの
だと思っていたはずだ。
そんなアシェンの気持ちを足蹴にして、お金を欺し、時間を奪い、気にす
ることもなく街を逃げ出した「英語の先生」
アシェン、悔しかっただろうな。。。
アシェンはしばらくショックを受けていたけれど、すぐに本来の明るさを
取り戻した。
回数は少なくなったけど、今でも連絡を取り合っている。
お店は随分前に閉め、今では建築現場で重機の操縦をして
家族を養っている立派なお父さんになっている。
おわり
チケット
初めての海外旅行 アメリカ
生まれて初めての海外。
そして飛行機に乗るのも初めてだった。
バイトして溜めたお金でチケット買って
初めて訪れる場所で
どんな出会いがあるのか?
飛行場の雰囲気を味わってみたい気持ちが強過ぎ、夜のフライト
なのに昼に成田へ到着してしまったりもした。
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ちょっとテンパリ気味の私を乗せた飛行機は無事離陸。
目的地のニューヨークではなくLAに到着。
NY直行便よりもLA経由のルートの方が数万円安く手配が出来たからだ。
LAで1泊し、翌日NYへ!
とは言え、学生旅行だ。
LAからNYへの直行便は高いので、フェニックス経由でNYへ。
LAのカウンターでチケットを発行してもらう。
日本語ではフェニックスだけど英語ではフィネックスと聞こえた。
「フィネックスかぁ~格好良いな~」
海外に来た!
海外にいる!!
言葉の響きひとつだけでも気持ちが上がる!
搭乗口でチケットを見せて、意気揚々と飛行機へ乗り込む私。
「?」
目の前には小さなプロペラ機。。。。
「小っさいなぁ~」
思わずそう口走ってしまうくらい、小さな小さな飛行機だった。
機内は片側2列の客席。
「アメリカ人は飛行機をバスのように使うんだ」
アメリカ旅行の経験がある知人からはそう聞いていたけど、まさか
サイズまでバスと同じとは驚いた。
座席に座り10分もすると飛行機は滑走路へ。
徐々に加速しスピード上げ、小さなプロペラ機が空へ舞い上がる。
隣の座席に座っていたアメリカ人の女性は飛行機に乗るのが初め
てで、小さな声で「オーマイガ~」を連発。
目が合うと「ごめんね、飛行機って怖いね」と小さく笑った。
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機内では1度飲み物が出ただけ。
数時間で経由地であるフェニックス、いや、フィネックスに着陸。
よほど飛行機が怖かったのだろう、隣の女の子はシートベルトを外せ
なくなってしまい、私が手助けをした。
NY行きの飛行機のフライトまで約40分。
LAから乗ってきたプロペラ機を降り、すぐさまNY行き便へ乗り継ぎだ。
やや早足で空港内を移動する。
NY行きの飛行機へ乗り込むゲートを見つけた。
「あの飛行機かぁ。今度の便は普通の大きさだな」
ポケットに手を入れ、チケットを取り出す。。。あれ?
ポケットに入れたハズのチケットが。。。カバンにしまったんだっけな?
カバンの外側、内側のポケットを確認してもチケットがない。
上着やズボンのポケットに手を突っ込んでみるけど。。。ない。
ない。。。ないない。。。どこを探しても。。。。ない。
目の前が暗くなった。
飛行場の細かい情景など覚えていない。
それくらい必死だった。
「チケット。。。あれ?どうしちゃったんだ?」
焦っている間にもフライトの時間が刻々と迫ってくる。
「やばいな。搭乗口でチケットを落としたと説明すれば何とかなるも
のなのかな?ダメ元で聞いてみるか」
ヒンヤリとした感覚が身体に広がる。
目的地のNYが。。。とても遠くに感じた。
どうしよう。
どうしよう。
どうすれば良いんだ。
冷静になれ。
冷静になって考えろ。
そう自分に言い聞かせがら、上着やズボン、バッグのポケットに片っ
端から手を突っ込む。
冷静になろうとすればするほど焦り出す私。
何度も何度もポケットの中に手を入れる、ポケットの内側を確認する。
ない。
ない。
チケットが。。。ない。
心が折れかけている時だった。
トントン。
誰かが私の肩を叩いた。
振り返ると小さなおじいちゃんだった。
清掃員なのだろう。
頭には帽子。
制服を着ていて手にはモップとバケツを持っていた。
「これ、あんたのだろ?」
その手にはチケットが。
チケットを手に取り印刷されている内容を確認。
私の名前と行き先が印刷されている。
「はい。私のチケットです!はぁ~、良かったぁ~~~。フライトの
時間が迫っていて。。。ありがとぐおざいます!本当に助かりまし
た!」
「ハッハッハッ!良かった良かった。アンタを追いかけてワシも急ぎ
足で歩いたんじゃが。。。あんた足が速いなぁ。声を掛けてたんじ
ゃが全然聞こえてないようだったしな」
「すみませんでした。チケットの事で頭が一杯だったので」
「ok ok。さぁ、そろそろ搭乗時間じゃろ。乗り遅れたら大変だ」
「はい。本当にありがとうございました!」
「若いの。気をつけてな。have a nice trip 」
「はい。ありがとうございます。おじいさん、いつまでもお元気で!」
私は何度も頭を下げながら搭乗客が機内に乗り込む列に向かった。
最後にもう1度振り返り、おじいさんに笑顔で手を振った。
おじいちゃんも笑顔で手を振ってくれた。
あのおじいちゃんがいなければどうなっていたのかな?
予約した飛行機に乗れたのか?
チケットを買い直さなければ行けなかったのか?
そうなった場合、学生旅行の私には大きな出費になり、約2ヶ月アメリ
カ旅行に大きな影響が出ていたかも知れない。
今でも飛行機のチケットを見る度に思い出す、ヒヤッとした旅の思い出。
そして優しい笑顔のおじいちゃん。
旅は良い。
おわり
チェンライラーメン
チェンライのラーメン屋台
約2年ほど働いた会社を辞め、いざ独立準備へ!
と、その前にタイへ旅行したくなったので、約4年振りに
タイへ飛んだ。
2回目の訪タイだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バンコク到着の翌日、夜行バスに乗ってチェンマイへ。
数泊した後、更に北にあるチェンライヘ向かった。
小さな町。
目立った観光施設もない街だけど、静かでのんびりしてい
る。
特にやることはなく、朝夕街をぶらぶら。
日中はホテルのロビーにあるソファに寝転び、本を読む毎
日だった。
5日ほどの滞在。
当時はあまりタイ料理が好きではなく、昼はバスターミナ
ル近くにある麺料理の屋台、夜はホテルの前に出ているぶ
っかけご飯を食べていた。
どちたもタイ料理だけど、辛さはなく食べやすかった。
屋台の麺は何種類ある中から好きなものを選ぶ。
ローカル屋台なので日本語はもちろん、英語も通じない。
でも、そこは観光地。
写真と値段が書いてあるメニューを持ってきてくれる。
私は毎回、チャーシューが乗ったたまご麺をオーダーして
いた。
料理担当のおじさんはいつもニコニコ。
接客をしてくれる女の子達が3人ほど働いていて、彼女達
もニコニコしている。
とても雰囲気の良いお店だ。
私にメニューを持ってきてくれる子はいつも同じ女の子だ
った。
浅黒い肌に深い彫りの顔立ち。
髪の毛をポニーテールにして、笑顔で接客。
店内を忙しく走り回っていた。
額に写る汗がキラキラと輝いていた。
出来上がった麺を私のテーブルに運んでくると、何かを話
しかけてくるのだが、タイ語なので全く分らない。
笑顔で応えるしかないので微笑み返す。
その子は何かを話して仕事に戻っていく。
笑顔が素敵な働きもの。
そんな印象の子だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
毎日ぶらぶら、ごろごろしている間に
チェンライからチェンマイへ移動する日になった。
午後一番のバスに乗るために、バスターミナルへ。
着替えなどの入った大きめのバッグを担いで歩く。
チェンライ最後の食事は屋台のラーメンが良いな。
そう思った私は昼前にホテルをチェックアウトして、いつ
もの屋台へ向かった。
いつものようにおじさんがニコニコ笑顔で迎えてくれた。
そして。。。。あれ?今日に限ってあの子の姿が見えない。
店内にはニコニコおじさんと、2人の女の子たちの姿だけだった。
休みなのだろう。
毎日仕事じゃ疲れちゃうもんな。
最後だし、会ってサヨナラを伝えたかったけど仕方がない。
別の女の子がメニューを聞きにきてくれた。
いつもの麺料理を指さすと、その子がニコリと微笑んでくれた。
オーダーを受けた際、私の足下にある大きなバッグに気が
ついたようだった。
料理担当のおじさんにオーダーを伝えると、同僚の女の子
の肩を叩き、私を指さして、バッグを担ぐジェスチャーを
した。
話しかけられた女の子も驚いた表情で私の方へ視線を向け
てきた。
私はニコリと笑い、バイバイと手を振った。
数分後、出来上がったラーメンを運んできた女の子が走っ
って店を出ていった。
買い出しにでも行ったのかな?
店にはおじさんと女の子の2人だけになってしまった。
最終日なのにちょっと寂しいな。。。
そう思いながらラーメンをすすっていた、その時だった。
いつもの女の子が走って店にやってきたのだ。
大きなバッグを担ぐ私を見て街を出ることを察知した女の子が
彼女を呼びに行ってくれたらしい。
当時は携帯もなく、屋台なので電話もない。
走って伝えに行くしかなかったのだ。
息を切らしながらも笑顔で、私のテーブル近くまで来てくれた
女の子。
結構な距離を走ってきたのだろうか。
肩で息をしていた。
タイ語で何かを話しかけてきたけれど、さっぱり分らない。
「日本へ帰るのですか?」とでも聞いてきたのかな?
私は両手を広げて「マイカオチャイ」(分らない)と伝えた。
ニコニコするしかない2人。
長いような短いような時間が過ぎ去っていった。
チェンマイへ向かうバスの時間が迫ってきた。
そろそろバスターミナルへ行かなきゃ。
女の子に代金を手渡す。
「バイバイ」と言うと
「see you again. サヨナラ」と女の子が笑顔で小さく手を
振ってくれた。
その後ろでおじさんと他のスタッフさん達が笑顔で頷く。
屋台を出て何度か後ろを振り返ると、その度に女の子たちが
手を振ってくれた。
ターミナルへ向かいながら、タイ語を勉強しておくべきだっ
たかな?と思ったりもしたけれど、言葉が通じてしまったら
私はこの街に居続けてしまうかも知れない。
言葉も通じず、恋にも満たない思いだったけど、今でもたま
に思い出す。
元気にしてるかな?
きっと幸せな家庭を築いていることだろう。
北の街、チェンライでの思い出。
おわり
ムエタイ少年 タイ
ムエタイ少年
長い付き合いになったタイ王国
最近では回数が減ったけど、多いときには年間で12回。
つまり毎月現地へ飛んでいた時期もある。
そんなタイに初めて訪れたのは大学2年生が終わった3月。
約1ヶ月掛けて、北のチェンライから南のプーケット、ピピ
島を巡る1人旅だった。
このエピソードはそんな1人旅の途中で立ち寄った街での話だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カンチャナブリ。
あまり聞き慣れない街の名前だけど、戦中この街には日本軍が築いた
外国人捕虜収容所があったし、その収容所を舞台にした「戦場にかけ
る橋」という映画もあった。
バンコクから比較的近い土地なので、ツアーに組み込まれている場合
もある。
バンコクに住む人達も「あの街は暑いよ」と口にするくらい、気温が
高い街。
映画「戦場にかける橋」の舞台にもなった橋を見に1泊立ち寄ってみ
た。
実際の橋を見ると映画で見たような大きさはなく迫力に欠けたけど、
南国独特の景色は趣があった。
現地の人達や観光客がその橋を歩いて渡る。
時々蒸気機関車が警笛を鳴らして橋を渡る。
のどかな田舎町。
のんびりとした景色。
私も橋を渡り、写真撮影の為に訪れていた欧米人たちと旅の情報交換
をしながら、タイの田舎町での時間を楽しんだ。
大学を卒業して社会人になったら、こんな時間なんて取れないんだろ
うなぁ。
今のうちに楽しんでおかないと。
そんな事を思ったりもした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕方になる前に橋の見学を終えた私はホテルに帰ることにした。
旅行本を片手に地図を見ながらとぼとぼと田舎道を歩いていると、広
い原っぱに出くわした。
そして原っぱの中心にはやぐらが組まれていた。
やぐらの下にはリングが組まれており、数人のファイター達が練習を
していた。
ビシッ!
バシッ!
リングからはサンドバッグを叩く音、蹴る音。
エィッ!
シュツ!
サンドバッグを蹴るタイミングで選手達が発する独特の声も聞こえて
くる。
ムエタイ。
パンチとキックが中心の技術体系。
相手の首を掴んでの膝蹴りや一発で顔を切り裂く肘打ち。
タイの国技だ。
門も囲いもないやぐらの下。
練習は通行人に丸見えだけど、彼らの練習を見学している人はいない。
きっとこの街では当たり前の光景なんだろう。
格闘技好きな私は原っぱの中に入り、リングが組まれたやぐらに近づい
た。
「ハロー」と笑顔で手を上げると、何人かのファイターが笑顔で頷いて
くれた。
ムエタイファイター。
ファイターだけど、彼らはまだ幼い。
多分13~15歳くらいだっただろうか。
タイでは貧困家庭に生まれた子供がムエタイファイターになるケースが
多いと聞いていた。
目の前で練習している少年たちも、きっとそんな家庭に生まれたのだろ
う。
幼いファイターたちの中で、1人だけ技術の高い少年がいた。
キックやパンチ。
時折見せる肘も早くて鋭い。
無駄のない動きは美しい。
思わず彼の動きに見入ってしまった。
時折コーチらしき人が彼の指導をする。
真剣なまなざしでコーチの話を聞き、すぐにサンドバッグを叩き始める。
ひとつの事に集中する目。
当時私は大学生だったけど、大学生活をちんたらを過ごす毎日。
もうあんな目はしていないのだろうなぁ。。。
真剣にサンドバッグと向き合うムエタイ少年を見ながら、
「何とかしないとな」
「取り戻せるかな、あんな気持ち」
ついつい自分と比較してしまったりもした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カーン!
練習終了を知らせるゴングが鳴った。
リング上に流れていた緊張感が溶け、コーチがにこやかに練習生たちに
声を掛ける。
冗談でも言っているのだろうか。
ケラケラと笑い出す少年たち。
鋭い動きを見せていた少年が私を見つけ笑顔を見せてくれた。
そして「リングに上がって一緒に練習しようよ」
そんなジェスチャーを見せて笑ってくれた。
私が首を横に振り「ノーノー」と言うと少年はケラケラと笑った。
そして少年と彼の友達が近寄ってきた。
「ねぇ、日本人?」
「そうだよ」
ムエタイ少年がややぎこちない英語で話しかけてきた。
少しだけ英語が話せるのだ。
私が日本人だと分ると少年とパートナーが顔を見合わせて笑った。
街で日本人を見かける事はあっても、話をするのは初めてとのことだ。
年齢は13歳。
学校には通わず、このジムでムエタイファイターとしてデビューする
ことを目標に練習している。
毎日の練習は厳しいけど、新しい技術を覚えるのは楽しい。
そしてデビューして有名になって、たくさんのお金を稼いで、家族を
楽にさせたい。
そう話していた。
13歳の少年が家族を楽にさせるために。。。
20歳を過ぎた私は日本でちんたらとした大学生活を送っているとい
うのに。。。偉いなぁ。
そう思いながら、日本にいる父と母の顔を思い浮かべた。
「将来はどんなファイターになりたいの?」
私が質問をすると
「早くバンコクのリングで戦えるファイターになりたい!」
ムエタイの殿堂、ルンピニーとラジャダムナン。
この2つのリングのどちらかでベルトを巻く事が出来れば、お金だけ
ではなく、名誉も手に入れることが出来る。
ムエタイファイターの目標となるリングだ。
少年の目は眩しいばかりに輝いていた。
夢を持っている人だけが放てる光。
褐色の肌からオーラのようなものが放たれていた。
「目標にしているファイターはいるの?」
「うん。ハルク・ホーガンさ!」
えっ???
ハルク。。。。ホーガン????
ホーガンはムエタイファイターじゃなくてプロレスラーじゃん!
大声で笑ってしまった。
真面目に答えた少年も釣られて笑っていた。
ハルク・ホーガンはアメリカのプロレスラー。
世界的な知名度を持ち、プロレスばかりではなく映画にも出演したり。
稼ぐ金額も半端ではなかった。
テレビで悪役レスラーをバッタバッタとなぎ倒すホーガンに憧れる。
違和感を感じたけど、まだ13歳の少年だ。
格好良いヒーローへの憧れが強いのだろう。
少年らしい姿に少しホッとした。
「じゃあ、そろそろホテルに戻るね。楽しかったよ。ありがとう」
「アリガト」
少年が日本語で応えてくれ、その他の少年たちと一緒にが笑顔で手を
振り見送ってくれた。
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良い出会いだったな。
観光地巡りもしたいけど、現地の人達と話がしたい。
ツアーではなく、街に住む人達と自然に出会い、触れあってみたい。
それが私の旅の目標でもあった。
原っぱを抜け出してしばらく歩いていると、ピッピッ!とバイクの警笛。
振り返るとバイクに乗ったムエタイ少年だった。
「ホテルどこ?」
「うん、このホテルなんだけどね。ここから歩いて10分くらいかな」
「良かったらバイクで送るよ。後ろに乗って」
「いいの?」
「うん。家の方角と一緒だし」
なぜか13歳がバイクに乗っていたのだけど、そのときは深く考えずに
彼の好意を受け入れ、バイクに乗せてもらった。
少年が運転するバイクに2人乗り。
しかも2人ともヘルメットなし。
風は生ぬるかったけど開放感があって楽しかった。
アジアだな!
カンチャナブリの風景を楽しんだ。
その時だった。
私たちの後ろから
ウ~ッ!という警告音
振り返ると白バイだった。
私たちが乗るバイクを楽々と追い越したところでスピードを緩めた白バイが
バイク停車するようジェスチャーで命令してきた。
バイクを止めると警官が近寄ってきて、少年に何かを話しかけている。
二人乗りしてたし、ヘルメットも被ってない。
ヘルメットは仕方ないにしても、少年は私を送る為に2人乗りをしてしまっ
たのだ。
私から警察官に事情を説明しなければ、ムエタイ少年に申し訳ない。
警察官に近づき、
「すみません、私は日本人なのですが。。。」と話し始めると警官が手で
話を遮った。
少年はかなり怒られていた。
何度も何度も頭を下げていた。
悪いことしちゃったなぁ~~。
罰金を取られるような事になったら、私が負担してあげよう。
そんな事も考えていたけど、警官は注意をしただけで立ち去ってしまった。
去って行く白バイを見ながら、少年は下を出して笑顔を見せてくれた。
「大丈夫だったの?」
「うん。良くあることさ。単なる嫌がらせ。さっ、ホテルへ急ごう」
警官の注意を受けた後にもかかわらず、私と少年はノーヘルで二人乗りの
ままホテルに到着。
「ありがとう」
「you are welcome。またタイに来る事があったら練習を見に来てね」
「うん。必ず」
そう答えながら、この先、タイへ来ることなんてあるのかな?と思った。
「バイバイ」
ムエタイ少年が笑顔のままバイクに乗って立ち去って行った。
少年の姿が見えなくなるまで、彼の後ろ姿を見送った。
あの少年。
ムエタイファイターとしてデビューしたのかな?
ファイターとして成功することが出来ていなくても、
幸せな暮らしを手に入れる事が出来ていると良いな。
カンチャナブリのムエタイ少年。
おわり
ニューオリンズ 僕の荷物はどこですか?
アメリカ南部の街
ニューオリンズ
ジャズの街としても有名で、観光エリアへ行くと
ストリートミュージシャンがあちらこちらで演奏を披露
していた。
好きな事をして生きている人たち。
足を止めて彼らの演奏を楽しむ観光客たち。
集う人々は皆笑顔。
歓声を上げたり、演奏に合わせて踊り出したり。
音楽と街。
そして人生を楽しんでいる。
底抜けに明るい街だ。
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1日中、街を歩き。
夕飯を終えてバスターミナルへ戻る。
再び夜行バスに乗り、次の街へ向かう為だ。
ターミナル内にある案内所でバスの出発時間を確認。
一息付いているときだった。
「あのう~、すっ、すみません。日本人ですよね?」
と日本語で声を掛けられた。
振り返ると気の弱そうなメガネの男性が立っていた。
日本人だ。
「はい。そうですよ」
そう返事をすると、
「ちょっと良いですか?」
「は、はい。大丈夫ですよ。座って話しましょうか」
「あ、ありがとうございます」
おどおどとした表情で彼はベンチに腰を下ろす。
超弱気な感じ。
緊張しているのか、ベンチに浅く腰掛けていた。
何かトラブルにでも遭ったのかな?
「あのう。。。僕の。。。僕の荷物がないんです」
置き引きにでも遭ったのかな?
「荷物がないって。。。盗まれたの?」
「いえ。今朝、この街に到着してバスを降りた時、バス会社
の人が近寄ってきたんです。。。。」
彼が言うには、そのバス会社の人は
「ようこそニューオリンズへ!」
と笑顔で話しかけてきたそうだ。
バス会社の人と名乗る男はは街の観光名所やお薦めのレスト
ランやバーの店名や場所を丁寧に話してくれたそうだ。
親しみのある笑顔と優しい物腰。
質の良いサービス。
日本人の彼は説明を聞いている間にバス会社の人への信用を
深めていった。
「この街には何日間の滞在予定ですか?」
と聞かれた彼は
「今日の夜には街を出ます。夜のバスで」
そう答えたそうだ。
「そうですか。1日だけとはちょっと残念ですが、1日だけで
もこの町を心ゆくまでお楽しみ下さい。
あっ、大きなお荷物があるのですね。お荷物を持ったままで
の観光は大変でしょう。ターミナル内ではお荷物を預かるサ
ーブスがございまして、私はその担当なんです。もし宜しけ
れば、私がお預かりしますよ。こちらにチケットがあります。
街を出る際、このチケットをカウンターへお持ち下さい」
と言って、その男性からチケットを受け取り、大きなバッグを
バス会社の人に預けた。
そしてニューオリンズへ出た。
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観光を終えてターミナルへ戻ってきた彼はサービスカウンター
へ行き、チケットを出した。。。。
「すみません。僕の荷物をお願いします」
しかし。。。
「何これ?」
サービスカウンターの担当からはつれない返事。
「こっ、これは僕の荷物を預かってくれたバス会社の人から貰
ったチケットです。あなたの会社が荷物を預かってくれるっ
て。。。」
「ウチはそんなサービスしてないよ。ほら、あそこに見えるコ
インロッカー。荷物を預けるのはあそこだけだよ」
「えっ?じゃ、じゃあ、僕の荷物は。。。?」
「そんなこと、僕が知る訳ないじゃん。あんた、欺されたんだ
よ。ったく、日本人はよく欺されるんだよなぁ~。それを俺
たちに言われてもさ~」
「じゃあ、僕は。。。僕はどうすれば良いですか?」
「知らね~よ。警察にでも相談したら。ったく、こっちは忙し
いの!」
対応してくれないばかりか話も聞いて貰えず。
警察への連絡もしてくれなかったそうだ。
彼がターミナルに到着した際、たまたま私を見かけたのを覚え
ていたので、、もしかすると同じような被害に合ってないか?
同じ男から声を掛けられなかったか?
そう思い、声を掛けてきたそうだ。
藁にもすがる思いだったのだろう。
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荷物は出てこないだろう。
とは思ったけど、バス会社の人に話をしてみよう。
そう思った私は近くを歩いていたバスターミナルの警備員に話
しかけてみた。
「すみません」
黒人の警備員は笑顔で「何かご用でしょうか?」
とても丁寧は応対をしてくれた。
「実は。。。。」
一通りの説明を終えると
「恥ずかしいことにこの街で多発している事件なんですよ。
我々も注意を呼びかけているのですが、被害は後を絶ちませ
ん」
警備員は対応も良く、熱心に話を聞いてくれた。
「残念ですが荷物は出てこないでしょう。でも、警察に被害届
を出しますか?」
「はっ、はい。荷物は。。。出てこないのでしょうけど。。。」
と気弱な青年。
そして私の方を向き
「大切なお時間を。。。ありがとうございました」
と言って深々と頭を下げてくれた。
「警察まで付き合おうか?」と言ったが
「いえ、僕のミスであなたの時間を奪う訳にはいきません。多少
英語も出来るし大丈夫です。今夜のバスに乗るんですよね?」
「うん。本当に大丈夫?」
「はい」
少しだけ笑顔になった青年は
「お気を付けて。ありがとうございました」と私にお礼の言葉を
伝えてくれた。
「いいえ。お役に立てず申し訳ない」
「そんなことないですよ。久々に日本人と話せて良かったです。
ありがとうございました」
そこで彼とは別れた。
幸い財布や飛行機のチケット、そしてパスポートは身に付けて
いたので、旅を続けること、そして日本へ帰ることは出来ると
話していた。
冷静に考えるとあり得ない話だ。でも英語で話しかけられて気
が動転したり、完全に理解しないまま相手のペースに乗ってしま
うと隙を突かれる事がある。
旅は楽しい。
でも、自分の身は自分で守るしかない。
リスクもあることを忘れてはいけない。
それが1人旅。
おわり