仕事で出会った愉快な人たち 1 P ?

「メシ食った?」
そう唐突に聞いてきたのは当時取引していた
ディスカウントチェーンのバイヤー森川さん。

口調は乱暴でややとっつき難いので取引先や同じ会社の同僚部下たち
からは煙たがられていた。

そんな森川さんはなぜか私には良くしてくれる。

好き勝手なことばかり言うけど言っただけの仕事はする。
責任も取る。
そんな彼の仕事ぶりが私は好きだった。

「いえ。まだです。奢ってくれるんですか?」
と私が答えると
「バカヤロウ~。中華でいいか?」と森川さん。
「ありがとうございます!」

森川さん行きつけの中華料理屋さんでお昼をごちそうになる。
食事に誘われたのは初めてだった。

後で他の社員さんに言われたのですが森川さんが誰かとお昼を
食べることはまずないそうで、私を食事に誘っているやり取り
を聞いて驚いたそうです。

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「ちょっと頼みたいことがあるんだけどさ。やってくれる?」
森川さんの話はいつも唐突だ。
「えっと。。。何をすれば良いのか。。。?」

「バカヤロウ。これから話すんだよ」
ニヤケながらおどける森川さん。

バカヤロウ。
商談中に何度も出てくるこのフレーズ。
好きな言葉ではないけれど森川さんに言われるとなぜか嬉しい。

「お陰様でウチを始め系列店の売上が良くてさ。嬉しい反面、仕
 入額も増えてきてる。ここらでそろそろウチも始めたいんだ」
「海外からの直輸入ですか?」と私が言うと
「お~。分かってんじゃん!そう。海外仕入」と森川さんは椅子
の背もたれに寄りかかって腕を組む。誇らしげだ。

「そこでだ。ロクな仕事にありつけてないお前に香港の事を調べ
 て欲しいんだよ。お前、怪しいから知り合いとかいるだろう?
 香港に」
「森川さん、怪しいって。。。まぁ、台湾に行って台湾語で話し
 かけられたりしますけど」
そう答えると森川さんは大きな口をあけてワッハッハ!と大笑い
した。

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サラリーマン時代にお世話になった取引先の社長数名が香港にオ
フィスを構えていたので彼らに連絡し、話を伝える。

仕事をするかどうかは話の内容次第ということで何とか会っても
らえることになった。

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香港へ飛ぶ当日。
森川さんとは羽田空港で待ち合わせ。

「俺、初めてなんだよ。海外!面白そうだなぁ」
森川さんはパスポートを手にして本当に嬉しそうな表情をしてい
た。

会社として初めての海外仕入というプレッシャーもあっただろう
けど、数日間とは言え職場から離れ海外へ飛ぶという高揚感も感
じていたのではないかと思う。
良い仕事をしている男の顔。
イケメンとは程遠いけど格好良い。
人の表情って素直だ。

ときおり冗談を挟みながら打ち合わせをしていると搭乗を促すア
ナウンスが流れてきた。

「行きましょうか?」
「おぅ!」
「飛行機、大丈夫ですか?」
「バカヤロウ。俺には怖いもんなんてねぇ~んだよ!」
笑顔の森川さん。
本当にわくわくしている。
バカヤロウの響きもいつもと違うな、そう感じた。

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飛行機が羽田を飛び立ちしばらくすると香港への入国書類が配られ
た。

香港は私も初めてだったが海外旅行の経験は多く、書類の書き込み
には慣れていた。

森川さんは初めての海外。
英語も話せない。
にしてはスラスラと書類に書き込んでいる様子。

「森川さん。分からないところがあったら聞いてくださいね」
「バカヤロウ。こんなの赤ん坊にだって書けるだろう。馬鹿にしや
 がって」
私に目もくれず書類に書き込む森川さん。

しばらくすると。
「よっしゃ~」
ペンを置いて伸びをする森川さん。
そして
「これでいいんだろう?ほれ。チェックしてくれ」
森川さんは書き込んだ書類を私に手渡す。

森川さんの手から書類を受け取り目を通す。

名前は。。。お~スペルも間違えずに書き込んである。
次は性別。。。ん????

性別欄
男性であればM
女性であればF
のはずなのに。。。。

森川さんの書類に書き込まれているのはP
P?
Pってなんだ?

「もっ、森川さん。ここなんですけど~」
「なんだよ。間違えなんてないだろうに。どこだよ」
森川さんが顔を寄せてくる。

「なんでPなんですか?Pってなんですか?ここ、男の場合は
 Mなんですけど。。」
「誰が決めたんだよ。俺はPだよ。Pでいいんだよ。バカヤロ
 ウ」

誰が決めたんだよはこっちのセリフと言いたかった。

「Pって一体どこから出てきたんですか?」
笑ながら森川さんにツッコミを入れる。
でも本人はボケてないからツッコミになっていないのかな?

「るせ~な~。Mでいいんだろう?Mで!ったくよ~」
ニヤケながらMと書き込む森川さん。

近くで二人のやり取りを聞いていた乗客数名が笑っていた。

森川さんがなぜPと書き込んだ理由は。。。
一応説明してくれたけどここには書けなない理由だった。

バカヤロウはあんただよ、森川さん!
私は心の中でそう思った。

Pと書いたまま書類を出したらどうなっていたかな?
そんなことを想像したりもしたけど、それでは性格悪すぎる。

その後の商談で時々「P」の話題を持ち出すと、森川さんは
必ずバカヤロウと言いながら大笑い。
「誰にも言うなよ。俺にも立場ってものがあるんだからよ」

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今では取引をしていないけど風の噂では出世して社長の片腕に
なったと聞いている。

面倒臭いけどとてもお世話になって森川さん。
今でも元気に仕事してるかな?

(おわり)

真夜中に母の体調急変したときの話

「ちょっと胸が苦しくて。。。」
母の声に目を覚ます。
時計を見たら午前2時。

「大丈夫? 救急車を呼んだ方がいい?」
そう私が聞くと
「そこまで苦しくないんだよ。ただ不安だから医者に診て欲しい」

我慢強い母が夜中に起き出して医者に行きたいと言う。
「じゃあ車に乗って行こう。それで大丈夫かな?」
「うん。。。悪いね。こんな時間に。。」

それじゃあ近くの病院へ出発!
という訳にはいかない。

特に大きな持病のない母親。
かかりつけの病院があると言っても小さなクリニック。
こんな真夜中には開いていない。

スマホをタップし市内や近くの病院で夜間応対していくれそうな
病院を幾つかピックアップし電話をかける。

「はい〇〇病院です。どうしましたか?」
意外と電話は繋がるものだな。
そう思うと安心した。
母の状況をゆっくりと出来るだけ詳細に伝えようとした。

けど、他人の病状というか状況を電話で伝えるのって思った以上に
難しい。

母は「胸がちょっと苦しい」と繰り返す。
「今日は時々めまいもしたんだよ」と付け加えてくる。

電話の向こう側の医者に母の話すことをそのまま伝えてはいるもの
の、果たして伝えている症状がひとつの病気に繋がるものなのか?
こんな説明で医者が判断する材料になるのか?
そんなことが頭に浮かび始める。

「そうですね~。ちょっと今、ウチでは人員的に余裕がないんです
 よ。すみませんが他の病院を当たってみてもらえますか?夜間対
 応している病院さんを幾つかお伝えしますので」

その方が市内及び近郊にある病院名数件を教えてくれた。

「ご丁寧にありがとうございます」
そう伝えると
「いいえ。お役に立てず本当に申し訳ありません」
若そうな声の主はそう言って電話を切った。

意外と夜間でも対応してくれる病院がありそうだな。

先ほどの声の主が教えてくれた病院へ間髪入れずに電話をしてみる。
「次は受け入れてくれるだろう」
その目論見は甘かった。。。甘すぎた。。。

次に電話をかけた病院のその次の病院も
「余裕がない」との理由で受け入れをしてもらえない。

再びスマホで病院を検索し、ちょっと離れているけどとても評価の
高い病院を見つけたのでそこへ電話する。

「はい〇〇病院です。どうしましたか?」
母の状況を伝える。

「そうですか~。受け入れたいのは山々なのですが。。。今、医者の
 数が。。。」
ここもだ。。。

「お母さま、今はどのような感じですか?」
そう聞かれたので母の方を振り返り
「どう?」と母に確認するように聞くと
「うん。さっきと変わらない感じ」
幸いと言うべきか状況は悪くはなっていなかった。

「もしよろしければの話なのですが、医者を派遣してくれるサービス
 を提供している企業もありますので、そちらをご利用されるのも手
 だと思いますよ。ただ費用が掛かってしまうのですけど。一応連絡
 先をお伝えしましょうか?」

母の状態は悪化していないとは言え、このまま病院への連絡を続けて
いても状況を打破するのは難しいと感じ始めていたので、「お願いし
ます」と伝え、会社名と連絡先を聞いた。

どこかで何度か聞いたことのある企業名だった。
さっそくスマホをタップし電話をかけてみる

「もしもし〇〇ドクターです。どうされましたか?」
専用オペレーターらしき女性の声。

私が答えやすいよう的確な質問をしてくれる。
マニュアルがあるのだろうけどこちらが不安感を覚えないようゆっく
りと落ち着いた声だ。

一通り質問に答えたあとに
「それではこれから近くにいるドクターと連絡を取ります。そのドク
 ターから直接ご連絡を差し上げる場合もございます。ご連絡先をお
 願い出来ますでしょうか?」

家とスマホ、両方の電話番号を伝えると
「ありがとうございます。ではしばらくお待ちいただけますでしょう
 か?」
そう言って電話が切れた。

10分ほど経過したころだった。
スマホに着信が入る。

「はいもしもし」
「〇〇ドクターに登録している〇〇と申します。〇〇さんのお電話で
 間違いないでしょうか?」
「はい。そうです。ありがとうございます」

幾つか母の状況に関する質問があったのち
「めまいなのですが、以前から同じ症状がありましたか?」
「いえ。数年に1度くらいはありましたが。。。今日も1度だけのよ
 うなのですけど」
「そうですか。。めまいがあるとなると脳に問題がある可能性がござ
 います」

脳に問題がある可能性。。。
全く予期していなかった医師の言葉に下腹がヒヤリとした。

「脳。。。ですか?」
「はい。でもあくまでも可能性があるという話でして。。。」
「はい」
「脳を調べるとなるとそれなりの機材が必要になります。派遣の我々
 ではその設備を持っているものが。。。申し訳ありません」

「そ、そうですか。。。」
「お母さまのご様子は如何ですか?」

母の顔を見ると少し辛そうだった。
「大丈夫?」
「う~ん、、、ちょっと苦しい。。」
と辛そうな表情。

時計を見ると午前3時を少し回っていた。
母が苦しいと訴えてから1時間も経過してしまっていた。

状況を医師に伝えると
「即救急車を呼んで下さい。その方が良いと思います。申し訳ありま
 せん。。。何のお役にも立てず。。。」

私はお礼を伝え電話を切り、119番をタップした。

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私も母も今まで大病を患ったこともなく病院、特に今回のように急患
に近い状況に陥った経験がなかったので、少々甘く考え過ぎていたの
かも知れない。

夜間でも開いている病院があり夜間対応とうたっていても現状ではそ
の場にいる医師の数が足りなかったり、専門技師が不在だったり。
重篤な方や緊急を要する方もいる。

いきなり病院へ連れて行っても果たして診察してくれたのか?
その可能性はとても低かったように思う。

ネットでも繋がる派遣型医療サービスも症状によっては専門機材が必
要な場合があり、100%対応してもらえる訳ではないことも知るこ
とが出来た。

そしてコンタクトや説明に時間を要している間に病状が悪化してしま
う場合もある。

軽い症状でいきなり救急車を呼んでしまうのもどうか?と思ったりも
したけど、状況が良くない方へ進行してしまっていると気付いたら迷
わず救急車を呼んだ方が良い。
そう感じた経験でした。

あくまで私の経験であり、私の経験が100%全てのケースに充ては
まるものではないことはご了承下さい。

丁寧な対応をしてくれた医師、看護師、救急隊員の方々本当にありが
とうございました。

おわり


バンコク高架鉄道 BTS バンコクの想い出

10年近く前
母とタイのバンコクを訪れたときの思い出

仕入先のあるエリアへ向かう為、ホテルを出発。
気温は高いけど日本より湿気が少なく気持ちの良い暑さ。
青い空に白い雲が浮かんでいる。
南国の首都 バンコクで見るこの空が好きだ。

ホテルからゆっくり歩いて駅へと向かう。
舗装はされているもののところどころ路面が窪んでいたり
穴が開いていたり。
ベビーカーを押している家族連れが苦労している場面をよ
く見かける

「足元が悪いから気を付けてね」と母に言葉を掛けながら
駅を目指す。
心地良い暑さ。。。とは言え暑い。
すでにうっすらと汗ばんできた。
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移動に使うのはBTS
人気の韓国ボーカルユニットではなく高架鉄道。
バンコク市内の主要なエリアを結ぶインフラで渋滞を避け
目的地に移動できるのでとても重宝している。

バンコク滞在時は乗らない日はないくらい利用しています。

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バンコク到着日に購入したパスを使い駅プラットフォーム
へと移動して電車の到着を待つ。

高架鉄道というだけあり高い場所を走る電車。
駅プラットフォームからバンコク市内を高い場所から眺める
ことが出来ます。
ときおり吹いてくる風が心地よい。

「暑いけど風が涼しくて気持ち良いね~」
母もこのバンコクが大好き。
もう何回か訪れているので新鮮な気持ちというより帰ってき
た。。。そんな感覚で滞在を楽しんでくれている。

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「みんな元気にしてるかな?」
現地仕入先で働くスタッフたちとの再会を楽しみにしている
母と会話をしている間に電車が到着する。

運行本数は多いのでそれほど待つことなく乗車移動出来る。

アナウンスのあと、ほどなくして車両が駅に滑り込んでくる。

ドアが開くと車両の中からはキンキンに冷えた冷気がプラッ
トフォームに流れ出してくる。
この瞬間がまた気持ち良い。

駅で降りる人をやり過ごす。
気の早い現地人や外国人の中には降りる人がいなくなるのを
待つことなく座席を目掛けて車内へ入ってしまう人もいるが
外国にいるからなのかあまり気にならない。

「足元に気を付けてね」
母の肩に手を置いて車内へ入る。

車内は満員ではないものの座る座席は空いてなかった。
移動距離は短いけど母には休憩がてら椅子に座って欲しかっ
たけど空いてないなら仕方ない。

「すぐに着くから大丈夫だよね?」
そう母に確認するように聞くと
「うん、ここから3つ目でしょ?」と母。
何度も何度もこのBTSに乗り移動をしているので移動先まで
何駅なのかや良く使う駅名などは覚えている。

車窓の外を流れていくバンコク市内の景色を母と二人で眺め
ているとBTSがゆっくりと動き始めた。

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車両が動き始めてすぐ
視線を車内に向けたときだった。
褐色の肌を黒いTシャツと黒いデニムパンツで固めた若者集
団が車内の一部の座席を占領しているのが視線に入った。

車内で悪さをしているのではないけれど彼らが醸し出す危険
な雰囲気に車内にいる乗客たちも少し引き気味だ。

彼らに対して悪い感情は持ってはいなかったけど、なんとな
く視線を外すことを忘れてしまっていた。。そのときだった

「!」
その極悪集団の一人と目が合ってしまったのだ!

私と視線が合った若者が隣に座っている仲間の肩を叩いて、
何かを伝える。
肩を叩かれた仲間もこちらに視線を送り、何か蔑むような視
線をこちらに向けたと思ったら、すぐに視線を戻し、仲間に
何かを告げている。

2人の会話が耳に入ったのだろう。
その他の仲間たちも一斉にこちらを睨みつけている。

向こうは7人。。。
こちらには母親がいる。。。

絡まれたらどうしようかな。。。
一人くらいは倒せるかも知れないけど囲まれたら一巻の終わ
りだろう。。。

車内にいる人たちは気付いているのかいないのか全く無関心。

リーダー格の男が立ち上がると他のメンバーたちも席を立つ。

これは。。。参ったな。。。
やるならあのリーダー格の奴に一撃見舞うしかないだろう。
でも、問題はその後だ。
仲間たちがビビッてくれればよいのだけど。。。
ここはタイ。
国技であるムエタイを習っているなんてこともあるかも。。
そう思いながら拳を握る。

いつでも。。。来い!

と思った瞬間

極悪軍団のリーダー格の男は指先を揃えた優し気な手を自分た
ちが座っていた座席へ向ける。

顔は。。。笑ってない。

けど座って下さいという意味のようだけど。。。
リーダー格の男が再度座席に向けられた。

やっぱり座って下さいということのようだ。
でもやっぱり笑顔はない。
微笑みの国タイランドなのに。。。

母に「座って下さいって席を空けてくれたよ」と言うと
「優しい人たちだね」と言いなが座席の方へ歩いていく。
鈍感なのか肝が座っているのか?
母はこういうときにビビらない。

「揺れるから気を付けて」と声をかけると
「うん」と歩きながら返事をする。
もう座席にしか意識が向いていないかのようだ。

座席に近くに来たとき
「ありがとう」と母が若者たちに日本語で声をかける。

彼らの表情は変わることはなかったけど、小さくお辞儀を返し
てくれた。

タイでは日本が大人気。
ありがとうが感謝を意味する言葉ということは大半の人が知っ
ている。

さりげない。。。というか変わりづらい優しさだったけど、と
ても有り難く、また心が温かくなったのを今でも忘れない。

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タイに限らず東南アジアではお年寄りや高齢者にはとても優し
い。

妊婦さんや大きな荷物を抱えている女性には声を掛け、席を譲
る姿をよく見かける。

昔は日本でも同じ光景をよく見かけた。
と話す人も多い。
でも。。。でも昔話で終わらせていいのかな?

これからの日本でも同じ光景をたくさん見かけることが出来る
ようになれたらな。

経済や技術の分野ではやや落ち着いてきた感のある日本だけど
人がのびのびと、そして優しく心地よく過ごせるような国にな
ると良いなぁ~

そんな日本がめちゃくちゃ格好良くて大好きだ!と言ってくれ
る外国人が増え、この国に生まれて良かったと胸を張って言え
る人が一人でも増えてくれたらいいな。


(おわり)




畑仕事と人生観

「もう畑を止めようかな。。。」
今年の1月のある日の朝
いちごジャムを乗せたトーストを食べながら
母が突然そう口にした。

母の唯一の楽しみである畑仕事。
「もう体力がね。。。畑に歩いて行くのもちょっとね」

「唯一の楽しみなんだからもう少し考えてみれば?でも無理だ
 と思うなら止めても良いと思うよ」と私。

「うん。そうだね。畑の契約まであと1カ月あるからもう少し
 だけ考えてみるね」
寂しそうな表情に力の抜けた笑顔を浮かべて母はそう答えた。

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「もう少しだけ続けてみようかな」
「やっぱり止めようかな」

長年親しんできた畑を手放したくない気持ちと強く感じるよ
うになった体力の低下の間で母の決断は日々揺れ動いていた。

そしてある日の朝
「もう。。。止めよう。。。身体もキツしさ」

続けるも止めるも母の自由。
私は母の決断を受け入れるだけ。
母が止めると言うなら無理して続けさせる理由もない。
そう思っていた。

そんな私は自分でも意外な言葉を口にした。
「これまで頑張ってきたのに勿体ないな。もう少しだけ
 やってみない?俺も手伝うからさ」

えっ?
今、私は何て言った?
俺も。。。手伝う???
なんで???

「本当かい?」
寂しそうにしていた母の顔に笑顔が宿った。

「う。。。うん。やったことないけど。。。面白そうだし」
と私は応えた。

============================

えっ?俺。。。畑やるの???
しかし一旦は口にしたこと。
母も再びやる気になっている。
冗談冗談。。なんて今更言えない。
それに冷静に考えてみると畑で野菜を育てるって案外
面白いんじゃないのかな?
そう思うようにもなっていた。
============================
今では週に数回母と畑で作業する。
母が疲れているときには私一人で畑に出る。

「きゅうりは明日辺り採れそうだけど茄子ももうちょっと
 先になるかな」
「今年のジャガイモはどうだろうね」
「昨年失敗しちゃった大根。今年もう1度やってみようか
 な」

畑を始めることで母と共通の話題も増えてきた。
============================

母の高齢化と体力の低下。
そこだけに焦点を当ててしまうとちょっとネガティブな現象だ
けど、現実は現実として受け止め、そこからどんな道を選択す
るのか?

母に取っては下り坂かも知れないけれど、転ばないよう、ゆっ
くりと道を下れるように支えてあげる。
家族だから。

そしてこの現実がもたらしてくれた畑で過ごす時間と経験は
思ったよりも豊かで楽しくもある。

全ては必然。
全ては学び。
今の自分には今の自分に丁度良いことしか起こらない。

M 後日譚


歩道にある屋台カフェ

以前のMだったら絶対に選ばない場所で
約半年振りに言葉を交わした。

ぎくしゃくとしたした空気を一掃出来ないままに
別れたあの日。

まさかそれがMとヒースと会う最後になってしまうとは、当時は
全く思ってもいなかった。

ただ、心の中に吹く隙間風を感じてはいた。
彼らとの距離感が少し変わった。。。もう以前のような関係には戻
らないかもな。。。

そんな気がした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


帰国した私は日本の仕事に追われるようになっていた。

取引先が成長期に入り、以前のように日本と台湾と行ったり来たりする
時間がなくなり、海外はタイへ行く事がほとんど。

台湾のことは常に頭の片隅にはあったけど、具体的な訪台の計画はなか
った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

早朝から夜遅くまで、取引先との仕事に追われていたある日のこと。

台湾の友達から電話が入る。

LINEでの無料通話だ。

忙しかったけど、久々に友人と言葉を交わしてみたいと思い、仕事の手を
休めスマホ画面をタップした。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」
声の主はテリー。

「お~!テリーじゃん!久しぶりだね。元気だよ。テリーは?」

「はい。お陰様で。今は新竹の実家を離れ、台北で仕事をしています」

「そうなんだ~。もう2年位会ってないものんね」

「はい。早いですよね。今も台湾へ来ているのですか?」

「いや、日本の仕事が忙しくなちゃってさ。行く時間が確保出来なくてね」

「そうでしたか。あの~。。。今もMさんたちとは連絡を取ってます?」

「いや。連絡は取り合ってないな~。2年前に会ったきりだよ。彼女の仕事
 もうボロボロになってたからね。俺に連絡する余裕もないんじゃないかな
 な~」

「はい。ボロボロと言うか。。。会社は倒産しました。彼女は破産していま
 すよ」

「えっ?倒産しちゃったの?自己破産! 本当かよ!?」

「はい。もう1年位前ですよ。彼女、ちょっとした有名人でしたからね。地
 元新竹ではちょっとした事件でした」

「そっ、そうかぁ~。倒産しちゃったんだ。。。」

そしてテリーからは耳を疑うような話を聞くことになる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


Mはスタッフの解雇や不採算店舗の閉店などを進めたようだが、収支は悪化
の一途を辿るばかり。

毎日ように銀行からの掛ってくる返済を迫る電話に精神的にも追い詰められ
れていく。

家や車を売ったお金も高級マンションの家賃に消えてしまい、返済どころで
はない状況に陥っていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あなたの。。。あなたの先祖が怒っています」

「私のご先祖が?」

「はい。とても怒っておられます」

「そっ。。。そんな。ご先祖様の怒りが私のビジネスに影響を?」

「はい。そうです。なんとかしなければなりません。このままでは、あなた
 の運命は。。。」

「なんとか。。。なんとか出来ないんですか?私は。。。私は何をすれば良
 いのでしょう。。。?」

「私はあなたを救えます。私の言うことに従いなさい。そうすればご先祖様
 の怒りは収まり、あなたはまた以前のような実業家に戻る事が出来ます。
 私を信じるのです」

「はい。何でも。。。あなたの言う通りに何でもします。どうか。。。どう
 か私をお救い下さい。。。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Mはある占い師のオフィスにいた。

やることなすこと全てが裏目に出る。

「私には実力があるのに。。。これには運気が関係してるんだわ」

そう思ったMは占い師に救いの道を求めたのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ご先祖様たちのお墓の場所が良くありません。あの場所はご先祖様たちに無限
 の苦しみを与え続けているのです。1日でも早く、ご先祖様たちをあの苦しみ
 から救っておあげなさい」

「はっ。はい。ご先祖様たちをお救いすれば、私の運気は変わり、私のビジネス
 も以前のように興隆していくのですな?」

「はい。ご先祖様たちはそう申しております。さぁ。早く。早くご先祖様たちを
 あの場所からお救いするのです!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Mは多額のコンサルティング料を占い師に支払ったという。。。

そしてご先祖様たちが眠る墓を掘り返し、別の墓地へ移動させた。

親族や兄弟姉妹たちに断ることもなく。。。。

代々一族が守ってきた墓地から勝手に他の墓地へ移動させてしまったMに対して
彼女の一族が一斉に怒りの声を上げたが、すでに墓地を移してしまった後だった


自分のビジネスの為ならなりふり構わず何でもする。

そんなMに対して一族は関係を切る事を通達。

Mが人に対して素直になり、頭を下げる事が出来る人であったなら、親族家族か
らの金銭的な援助も得られたと思う。

才能溢れる一族で、兄弟姉妹のほとんどはMよりも大きな事業を展開していた。

有名な建築デザイナーで世界を飛び回っている人もいた。

なぜ、相談をしないまま。。。彼女のプライドだったのだろうか。。。

こうしてMは孤立していく。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

バタン!

ある日の朝。

キッチンでコーヒーを飲んでいたヒースが倒れた。

驚いたMが救急車を呼ぶ。

元々心臓に難のあったヒースは真相発作で倒れてしまった。

そして。。。。入院先で検査を受けてみると肺がんを発症している事が分かった。

ステージ4。。。

「余命数ヶ月です。。。」医師からそう言われた通り、ヒースは数ヶ月後にこの
世を去ってしまった。

呆気ない最後だった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Mとヒースはビジネスもプライベートでも良いコンビだった。

両輪のうちのひとつが外れてしまった。

こうなると不安定な一輪車は蛇行運転を繰り返すようになる。

人を巻き込みながら。。。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

窮地に陥ったMが手を出したのはスニーカーの販売。

「有名ブランドのスニーカ-が安く買える店」とのことで一時はお客さんで溢れかえ
った

しかし、Mが販売していたのは中国から裏のエージェント達が輸入している偽物だっ
た。

Mは偽物商品と承知の上で販売をしていたのだ。
儲かれば。。。良い。

一時的であれ、自分のビジネスが再浮上出来る資金。
改めて立ち上がる為に必要な資金が必要だった。

その為には。。。。何でもやる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「なんだよこれ、偽ものじゃんかよ!」

若年層の子供たちは騙せても、スニーカーマニア達の目を騙せるほどのクオリティで
はなかった。

「あの店は偽物を売っている」
「客を騙すロクでもない店」
「絶対に行かな方が良い」

瞬く間に悪評が広がってしまった。

偽物だとは知らずに販売していたスタッフ達もMの行動に失望し、彼女の周囲から離
れていってしまった。

そして。。。。最後の1店舗も閉鎖に追いやられた。


ジーパンの小売りから仕事を立ち上げ、朝から晩まで働いても少しの利益しか上げら
れなかった時代を経て、ヒースと出会い、ヒースの資本力で瞬く間に会社を大きくし
たM。

大きな邸宅。
ドイツ製の高級外車。
派手な交流。

仕事を育て、人を育て、業界を超えて知名度が上がった。

わずか10年弱で上り詰めた場所だった。

我が世の春を謳歌したM。

繁栄期は数年でピークアウトしていき。。。。

Mのビジネスが終わりを迎えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ねぇ、テリー。テリーはMが今どうしているのか知ってるの?」

「はい。それが。。。。実はそのことで電話したんです」

テリーの口調が重くなった。

「俺に何か出来る事があるの?」と私が聞く

「いや。もう連絡を取っていないのでしたら。。。。」

「何があったの?話してよ。出来る事があれば協力したい」

「実は。。私の遠縁にあたる人が詐欺に遭いまして。。。」

「それって。。。Mに欺されたってこと?」

「はい。そうなんです。仕事の話を持ちかけられて。。。Mさん、話が上手いじゃない
 ですか。。。うちの親戚、まんまと欺されてしまって。。。」

「警察には相談したの?」

「はい。でも、全部口約束で進めちゃったらしくて。。。証拠が何もないんです」

「。。。。。」

テリーの話では他にも同様の手口でお金を巻き上げられた家族があるらしい。

「どうやらもう新竹にはいないみたいなんですよね~」とテリーは続けた。

あのMが詐欺師。。。

テリーの話を聞きながら、Mとの思い出が次々と脳裏を過ぎっていく。

仕事、お金、人。。。。全てに見捨てられ、最後に残ったのは「人を欺す話術」だけ
だったとは。。。


テリーとの会話が終わった後、Mの携帯へ電話をしてみたけど、もう使われていない
番号になっていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「Mさん、元気かね?」

何も知らない母は箪笥にしまってあるMからのギフトを見る度にそう聞いてくる。

Mからのギフトは翡翠のブレスレットだった。

アクセサリーなどを身に付けない母は、Mから貰ったブレスレットを身に付ける事は
なく、「台湾の思い出」として大切に箪笥にしまっている。

あの経済状況のMには負担も大きかったと思う。

私の母への気持ちだけは本物だったのだろう。

「どうしてるんだろうね?元気だと思うけど、連絡が取れないからなぁ。。」

Mが詐欺師にまで身をやつしてしまった。。。とは言えない。

「Mさん、元気かな?」
年に1,2度、思い出したようにMの名を口にする母を見る度に私の胸は痛む。

(おわり)



M 8

Mの会社のスタッフ、スカイ。

優秀な営業マンだ。

彼からはMの会社の現状を聴く事が出来た。

でも、彼の知っている事でさえ、氷山の一角なのだろう。

スカイの携帯にMからの連絡が入った。

Mが店に到着したようだ。

いよいよMとの対面だ。

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カフェでの支払いを済ませてくれたスカイと2人。

もう少し話をしていたかった。

共通した思いがあるのだろう、私たち2人はややゆったりとした歩調だった。

「ねぇ、スカイ。あんな状況になっている会社でも君は支えていくって言っ
 たじゃん。それほどMのは感謝してるの?」

「はい。俺、田舎からこの街に何も持たずに出てきて。。。世の中の事、何
 も知らなかったんスよ。当時仲間になってくれた奴がMさんの会社で働い
 て、俺を紹介してくれて。。。あっ、そいつはMさんと喧嘩してとっくに
 辞めてるんスけどね(笑)」

「そうだったんだ」

「はい。何にも知らない。何も出来ない俺に仕事を教えてくれて、取引先を
 任せてくれて。。。ここまで育てて貰った恩義があります。たくさんの仲
 間たちに出会えて、俺、幸せなんスよ。お金は重要だけど、それだけじゃ
 ないって、俺、思うんス」

スカイは胸を張って言葉を続けた。

「それもこれも、全てMさんとの縁が運んでくれたもの。例えMさんに裏切
 られたとしても、俺がMさんを裏切るような事はしません。最後までMさ
 んの元から離れません」

スカイの言葉からは覚悟が感じられた。

覚悟がなければ沈みゆき会社になんて残れないし、給料が出ていないスタッ
フの弁当代まで賄えないよなぁ~

(こいつ、凄い男だな。俺より若いのに器が違うわ)

素直にそう思った。

そしてMが待つ店に到着。

いよいよMとの再会だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「お待たせしました~!」

スカイが元気よく声を出しながら店のドアを開ける。

私が続く。

スカイの声に振り向くMとヒース。

「お久しぶりですね。お帰り。スカイ、ありがとうね」と優しい口調のM。

「お帰り。元気だったかい?」とヒースも挨拶してくれた。

普段よりも優しい口調に感じたのは、彼らの現状を知っているからだろうか。。。

「うん。何も変わらないよ」

そう答えながら2人の顔を見ると、笑顔ではあるけれどいつもと違う。。。

2人とも頬がやや瘦けているような。。。Mの顔には張りがない。

ヒースに至っては目の下のクマが目立つ。

相当疲弊しているように感じた。

「喉は渇いてない?」とM。

「大丈夫。スカイがミルクティーを奢ってくれたから。スカイ、ありがとう」

スカイは笑顔で応えてくれた。

「俺は下の階を手伝ってきます。ゆっくりしていって下さいね」

スカイは右手を挙げてそう言うと地下のスペースを降りて行った。

私とMとヒースの3人になった店の中。

どことなく気まずい空気になった。

「ちょっとお茶でもしましょうよ」とM。

「そうだな。コーヒーブレイクにしよう」とヒース。

「忙しいんじゃない?店の事は大丈夫なの?」と私が聞くと

「スカイがいるわ。心配ない」とM。

私たち3人は店を出る。

いつもならMが運転する車に乗り込むところだが。。。スカイが話した通り
Mたちはすでに車を売ってしまっていた。

特に会話もなく、3人でトボトボと人通りの少ない道を歩く。

3人で道を歩くなんて初めてかも知れない。

私の前を歩くMとヒース。

2人は手を繋ぎ、Mがヒースに寄り添って歩いていた。

アスファルトに映る2人の影が寂しそうだった。

Mもヒースも不安なのかも知れない。

しばらく歩くと

「ここにしましょう」とMが足を止めて私の方へ振り返った。

「うん。いいね。台湾っぽくて」と私は答えた。

カフェではなく、ほぼ屋台。

店先で女性オーナーらしい人が1人でコーヒーやお茶を作っている。

折りたたみ式のテーブルが3卓だけ。

テーブルの横には日よけのパラソルが立てられている。

以前のMだったら、こんなところでお茶しないだろうな。

「お姉さん、私はミルクティーを。ヒースはホットね?あなたもミ
 ルクティね?」とMが3人のオーダーをまとめて伝える。

「ここのミルクティ。なかなかイケるのよ」とM。

「あぁ。俺もここのコーヒーが好きでね」味音痴のヒース。
説得力がない。

「そうなんだ」と返事する私。

ギクシャクしたままの空気。
どうにも変えようがない。

「驚いたでしょ?」とM。

「うん?何が?」
トボけた調子の私。

「あのオフィスね。。。」

「契約を更新してくれなかったんだってね」とMの言葉を遮るように
私がそう言った。

「あら。良く知ってるわね」

「あぁ。さっきスカイからね。僕たちのせいで契約更新出来なかったって」

「そうなのよ~。ほら、あの子達。ピアスやらタトゥーやら。見た目が。
 。。。ね」と笑うM。

「麻薬密売組織に間違われたって」と私。

「そう。大家は真面目な人でね。古い人間だから。更新はこっちから断っ
 てやったわ。私の大切なスタッフを極道呼ばわりするんだもの。こっち
 からお断りよ」

自分たちの経営的な問題で更新出来なかったというのにスカイたちスタッ
フに責任をなすりつけている。。。ちょっと腹が立った。

スカイの気持ちを。。。。この女は知っているのだろうか。。。

知っていたとしても、こういうセリフが言える女。。。それがMだ。

「○○路の店。。。閉めちゃったんだ?」

Mの口ぶりに怒りを覚えた私が、やや強い口調でそう言うと

「あら?あの店の事も知ってるの?」

ヒースがバツの悪そうな表情をして道路を走るバイクや車の群れに視線を
移した。

「あぁ。久々だったから、スタッフさん達の顔が見たくてさ。そしてらシ
 ャッターが閉まってて。近くの店の人に聞いたら閉店したと教えてくれ
 てね」

「オッホッホッホ。あなたって凄いわね。何でも調べちゃうんだ。怖いわ
 」
からかうような口調のM。
でも、表情に少し焦りの色が現れていた。

「仕事の方はどうなの?○○路はMの会社の旗艦店だったじゃない?今後
 は違う場所に店を出すの?」

「あなた。。。覚えてないの?」とわざと目を大きくするM。

「覚えてないって。。?何を?」

「やだわ~。半年前、私たちタイのバンコクで会ったでしょ?その時に話
 したことよ」

「あぁ。あの話か。。。」

「そうよ~。私たちの実力を試すには台湾は小さ過ぎだわ。これからは東
 南アジアよ。台湾の事業規模をコンパクトにして、ここの仕事はスカイ
 に任せるの。そして私とヒースはバンコクを拠点にして、マレーシアや
 ベトナム、チャンスがあればシンガポールにも進出するわ。私の友人が
 シンガポールに住んでいてね。いつでも協力するって。あの人、私と組
 めば、大もうけが出来るって知ってるのよね~」

「そんな友達がいるんだ?シンガポールに」

「いるわ!彼女は私を信用しているわ」

「そう。心強い助っ人がいて良かったね」

顔の広いMのこと。

シンガポールに1人くらいは友達がいるのかも知れない。

「で、会社の引き継ぎはスカイに伝えてあるの?」

「えぇ。もちろん。彼も大喜びよ。一介の営業マンがあれだけの規模の会
 社の社長になるのよ。なんの苦労もなくね。大金と地位と名誉。欲しが
 らない訳ないじゃない」

(嘘だ。。。。本当だったらさっきのカフェでスカイの口からその報告が
 あったはずだ。。。)

「社員やバイト、店舗も全てスカイに引き継いでもらうの?」

「う~ん。何人かの使えない社員やスタッフには辞めてもらうわ。ジョー
 ジやビッグモー。。。彼ら、全然使えないから。。。」と両手の平を上
に向けて肩をすくめたM。

(使えないって。。。ジョージは街でも評判のスタッフだぞ。理由も伝え 
 ず給料を払ってない癖に。。。)

「スカイは彼らと仲が良いでしょ?だから、スカイが会社を引き継ぐ前に
 私たちから彼らに引導を渡すわ。はぁ~、経営者って大変よ~。人に嫌 
 われ、憎まれることも率先してやらなければならない。これは私とヒー
 スの義務よ。スカイの負担を少しでも減らしてあげないと。。。ねぇ、
 ヒース」と視線をヒースに向けたM。

「あぁ。そうだな。ワイフの言う通りだ。辛いよ。。。」と目を伏せたヒ
ース。

ヒースはもう私と目を合わせようとはしなかった。

不器用で嘘が下手なヒースは私に見抜かれるのが嫌だったのだろう。

辛いよ。。という彼のセリフは別の意味で本音かも知れない。


「本当に行くの?タイへ?そんなに簡単じゃないと思うよ」

Mの即興作り話に腹が立った私は少し吐き捨てるような口調で言ってしま
った。

「あら?私とヒースの力じゃ無理だって言いたいの?」

Mの表情が厳しくなった。

私の口ぶりにカチンと来たようだった。
目が釣り上がっている。

「簡単じゃないって言ってるだけさ。だって現地で協力してくれる人はい
 るの?現地で何をするのさ?」

「これから考えるわ。私とヒースなら何だって出来る自信があるわ。ねぇ
 ヒース?」とヒースへ視線を送るM。

「うん?あぁ。いろいろね」力ない笑顔のヒース。

相変わらず視線は外したままだ。

Mの話は口から出任せで、ヒースとは何の打ち合わせもしていないようだ
った。

不器用なヒースは相づちを打つのが精一杯だった。

Mは釣り上がった目のまま私を睨み付けたままだった。

Mの作り話に付き合っているのが辛かった。

ひとつの嘘をつく事によって、また大きな嘘をつく場面を引き寄せてしま
う。

口の上手いMだが、ジョージやジャッキーたちから話を聞いてしまってい
た私には薄っぺらな。。。まるで子供の作り話のようにしか聞こえなかっ
た。

Mとは喧嘩もしたけれど、これまでの関係は概ね良好だった。

ジーパンの小売り店を切り盛りする毎日。
ヒースとの出会い。
アメリカのブランド品を輸入することよって会社を急成長させた行動力。

人脈の広さ。

仕事に没頭するパワフルな1面を持ちながらも、週末はヒースとの時間
を最優先。とても大切にしていた。

個人的にも食事からプライベートなことまで、とても良く面倒を見てく
れてもいた。

私の前で即興作り話を並べるMに失望した。

そして寂しさも感じ始めていた。

(これ以上、ここでMからこんな嘘八百を聞いているのは辛い。。。)


「そう。ちょっと疲れたから、俺、ホテルに戻って休むよ」と私が立ち
上がる。

「珍しいわね。あなたが疲れるなんて」

「俺も人間だもん。たまにはこんな日もあるよ。また連絡するよ」

「分ったわ。私たちからも連絡する。タイのビジネスが軌道に乗ったら
 バンコクのホテルでパーティよ」

「うん。待ってるよ」
そう言いながら、Mとヒースに軽く手を振り、屋台カフェから立ち去ろ
うとした瞬間。

Mがカバンから小さなギフトボックスを出してきて「はい」と言いながら
その箱を私の方へ差し出した。

「うん?何これ?」

「あなたの。。。あなたのお母様へ。。。渡してちょうだい」

「うん。いいけど。。。どうして?」

「私たちがタイへ行ったらしばらく会えなくなるわ。だから少し早い
 けど、お母様への誕生日プレゼントを用意しておいたの」

「そっ、そうなんだ」

Mは若い頃に母親を亡くしていた。

2度ほど会った私の母を本当の母のように思い、とても大切に接して 
くれていた。

「オカアサン」慣れない日本語で私の母をそう呼んでくれていた。

どこへ行くにも手を繋ぎ、いつも気に掛けてくれていた。

「ありがとう。日本に帰ったら母に渡すよ」

「きっとよ」

「うん。必ず」

「お母様のこと大切にね」

初めから終わりまで全て嘘で塗り固められた話ばかりだったけど、M
の母に対する思いだけは本物だったのかも知れない。

「ありがとうM。ヒースも。。元気でね」

「アリガトウ」とヒースが笑顔で応えてくれた。

「SEE YOU. 再見」Mが笑顔で右手を振った。

この日が彼らと会う最後の日になってしまった。

その後のMとヒースの話は台湾の友人知人たちからメールで知らされる
ことになる。

(Mとヒース 後日譚へつづく)




M 7

Mとはまだ会えてはいないものの徐々に彼女の状況が見えてきた。

彼女が経営する市内の3店舗目に行くと店内に商品を運び込むス
タッフたちを発見。

そこには現場で指揮を取るスカイの姿が。

ビッグモーとの再会と彼の口から語られた話。

想像以上にMの状況は厳しそうだ。

Mが店舗に来る前にお茶でもしましょうと声を掛けてくれたスカ
イと一緒に、店の近くにあるカフェに行くことに。。。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ここっスよ」
と言いながら、スカイがカフェのドアを開けてくれた。

洒落たカフェ。
2ヶ月前にオープンしたばかりだという。

「ウィ~ッス!」とカフェスタッフたちに敬礼のようなポーズを
取って挨拶をするスカイ。

「あ~!スカイさん!いらっしゃませ!!」

3人ほどいるフロアースタッフたちが一斉に振り向いて、私たちに
笑顔を向けてくれた。

「お~!みんな今日も最高に可愛いね!」とスカイ。

「も~。冗談ばっかり!でも嬉しい。ありがとう」
とスタッフの1人が笑顔で返す。

いやいや、冗談ではなく本当に可愛い。

「俺、コーヒーね。何飲みますか?」

「ミルクティーはある?ホットがあると良いんだけど」

「はい。ありますよ」とスタッフさん。

「じゃあホットのミルクティーで」

「はい。ありがとうございます」

オーダーを済ませて窓側の席に付いた。

「スカイ、あの子達、本当に可愛いな」

「でしょ?モロタイプなんじゃないっスか?ははは」

「ど真ん中だよ、ははは」

そんなやり取りをしている間に

「お待たせしました~」とスタッフが注文したドリンクを運んで
くてくれた。

「ありがとう。ここのコーヒー、美味いっスよ~」
と冗談っぽい口調で話すスカイ。

「はは。ありがとうございます。味音痴のスカイさん!」
接客になれた感じのスタッフがそう返す。
スカイとも中が良さそう。
会話のテンポが良い。

「お客様はホットのミルクティですね。ポットでお持ちしちゃい
 ましたけど」

「いいよ。ありがとう。払いはスカイがしてくれるからね」と下
手な中国語で私が応対すると。

「あの~。お客様は台湾人ではないですよね?」

「ははは。そうだよ。俺の中国語、やっぱり下手かな?」

「いえ。ちゃんと通じてますよ。ただ発音が独特だなって。香港
 の方?」

(やはり日本人?とは聞かれないんだなぁ~)

すかさずスカイが
「いや。彼は日本人。俺の友達だよ。君の事を話したら、是非会わせろ
 って言い出してさぁ~」

「え~~~~!」と口に手を当てて驚くスタッフ。

「おいおい。今、初めて会ったばかりなのに。。。でも、想像の遙か上を
 行く可愛さだねぇ!」と私も調子に乗る。

「も~~~。からかわないで下さいね!」

ほっぺたを膨らませて怒った表情。でも、目は笑っている。
なっ、なんて可愛いんだろう~!

「スカイさんの友達もスカイさんと同じ感じ。類友ですね!」

「ははは。だから仲良くなれるんじゃん!」とスカイがこちらを
見て笑う。

「違いない。類友は国境を越える!」

「はいはい。分りました~。もう大人なんですから、しっかりして下さいね。
 ではごゆっくり」

「ありがとう」

テーブルから離れていくスタッフに手を振る私とスカイ。

( 本当に可愛いなぁ~ )

と思いつつ、Mが来るまでの時間、スカイに聞ける事は聞いておきたい。早速、
聞けそうなところから聞いてみよう。

「あの大きな倉庫付きのオフィス。契約更新しなかったんだ?」

「そうなんですよ~。僕ら耳にピアスしてるし、タトゥーが入っ
 てるスタッフが多いじゃないですか。どうやら麻薬密売者と勘
 違いされて、大家が契約更新してくれなかったらしいんですよ
 ね~」

「本当かよ?」

「と、まぁ、これはMさんの説明なのですが。。。少しは知って
 るんでしょ?」

「うん。全部じゃないけどね。○○路の店は閉店してるし、スタ
 ッフの何人かは給料が貰えてない。普通の状況じゃないよね?」

「そうっスネ」

スカイが砂糖の入ったスティックを封を切り、コーヒーカップに
入れながらため息をついた。

「僕らが麻薬密売者っぽいから契約更新してくれなかったって説
 明もね(笑)そう聞いた時、口元が緩んじゃいましたよ。だっ
 て僕ら、あそこで働いてるんっスよ。デパートのとんずらされ 
 たことだって、最近売上が落ちていて在庫がなかなか回転して
 いないことも。。。多分、Mさんよりも僕らの方が感じてたと
 思う」

「そうだよね~。しっかし麻薬密売者って。。。ははは。ごめん
 、そんなこと言ったんだ」

「はい。ちょっと失望しました」
顔は笑ってはいたものの、少し寂しそうな表情を見せてスカイ。

「ここ数ヶ月でこんな状況になってきたの?」

「いや。もう数年前からです。流行廃りってあるじゃないですか
 ?以前はアメリカのブランドが1番って感じでしたけど、今は
 日本なんっスよね。台湾のイケてる連中が欲しいのは」

当時、日本では裏原宿から発信されるファッションは日本だけで
はなく、台湾、香港、そしてアメリカやイギリスなどでも評価さ
れていた。

細かいところにも凝ったデザインの服、わざと穴を空けたり色落
ちさせたダメージジーンズ。

日本製のダメージジーンズは1本で数十万で取引される事もあった。

取引先からは「もうアメリカじゃない。日本からの商品が欲しい
」との声を聴いていたスカイは何度もMとヒースに日本のブラン
ドとのコンタクトを勧めていたそうだ。

「でも。なかなか動いてくれなかった。ヒースはアメリカ人で日
 本にコネがある訳じゃないし。。。。Mさんもねぇ~。2人共
 、このビジネスをやりには歳を取り過ぎているのかも」

「そうかぁ。頭では分っていても実際に動こうとすると腰が重く
 て動けない。そうこうしている間に売上は落ちていく」

「はい。それにプライドっスよね。2人のプライド。数年で会社
 をあそこまで大きくしたんだっていうプライドが現実と向き合
 う事を許さなかったんだと思います」

ブランドビジネスの過酷さもスカイが語ってくれた。

「どのブランドもそうだと思うのですが、年間の取引額の最低ラ
 インを超えていかないと翌年の契約が解除されちゃう場合が多
 いんですよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スカイの説明によると

 ☆年間最低取引額のクリア

  その額は年々上がっていく場合もある

  数字をクリアする為、そして実力を示す為、無理をした仕入
  を繰り返し、売れない商品が在庫の山となっていく

  ブランドのご機嫌伺いの為、台湾では売れなさそうなデザイ
  ンもオーダーする。当然、売れないのでこれも在庫になって
  いく

 ☆マーケットの変化

  アメリカのものではなく、日本のブランドへ
  マーケットが急速に変化してしまっていた

  
 ☆サイクルの早いマーケット

  ストリートウェアを着るのは高校生、大学生がほとんど。
  卒業を機にファッションが変化するので、流行の変化が早い

  ブランド単体のアメリカンブランドではなく「日本」という
  パッケージを背景にした文化としての日本ブランドへ関心が
  移りつつあった

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「アメリカからはもっと売れ!と言われ、仕入れる商品が増える
 一方で、僕らのお客さんたちからはこれじゃないと言われて取
 引が減っていく。。。ここ2~3年はそんな傾向に歯止めがか
 からなっくなっていたんスよ。あの2人も感じていたハズなの
 に。。。」

「そうかぁ~。そんな状況下でデパートにとんずらされて。。。」

「はい。弱り目に祟り目ですよね~。まぁ、Mさんたちも新しい
 事にトライしようとしてたのは知ってます。ほら、途中で放り 
 出してしまった雑貨屋」

「あのキャンディが暴れちゃった店だよね?」

「はい。彼女には本当に申し訳なかったっス。それとお願いして
 いた日本のギャルブランド。あれも中途半端な感じで。。。」

「そうだよ。せっかく日本のブランドも興味を持ちだしていたの
 にさ」

「もうあの頃には会社の体力が。。。新しい事業を立ち上げる資
 金が無かったんだと思います」

「Mたちの家、売りに出してるらしいね」

「そっ、そんなことまで知ってるんスか?外人なのに凄いネット
 ワークっスね!」
目を丸くして驚くスカイ。

「はい。家も。。。最近は車も売ってしまったので、スタッフが
 送迎をしてますよ。でも、引っ越した先は高額家賃のマンショ 
 ンで。。。そんな金があったらスタッフに給料を払って欲しい
 っスよ」とスカイが続けた。

「あの車も売ってしまったんだ!」

「そうなんスよ~」

「スカイは今後、どうするの?」

「俺っスか? 俺は最後まで。。。最後まで残ってMさんを支え
 ます。と言うか、そうならないよう頑張ってみます」

そう言いながら胸を張ったスカイの言葉にはブレが無かった。

「大丈夫なの? 給料を貰えてないスタッフの食事まで負担して
 るって聞いてるけど」

「はっはっは!良く知ってますね~!そんなことまで知ってるん
 スね~」と無邪気な笑顔を見せるスカイ。

「仲の良い子たちもいるからさ。耳に届いてしまうんだよね」

「へぇ~。でも、俺もこうして外国人のあなたに話してしまって
 るもんなぁ~。苦しい時や悩みのある時に話を聞いてくれる人
 の存在って有り難いっスよ」

と言ってコーヒーカップを口にしたスカイ。

そこでスカイの携帯が鳴る。

「はい。もう着きました?はい、一緒にいますよ。はい。じゃあ
 これからそっちへ戻りますね。は~い。また後で!」

電話を切ったスカイが
「Mさん、到着したみたいです。そろそろ戻りましょうか?」と
言ってレシートを持って席を立つ。

「スカイ。いいよ。ここは俺に奢らせてくれよ」
と私がスカイの手からレシートを取ろうとするのをすり抜けたス
カイが

「ここは台湾。外国人のあなたはお客さんです。お客さんにお金
 を払わせてたら台湾人である僕の面目丸つぶれじゃないっスか
 。ほら、彼女たちも見てることだし、ここは僕に格好を付けさ
 せて下さいよ」

多少財布の中が寂しかろうと見栄を張る。

見栄と言うより心意気という方が的確な表現だろう。

「分ったよスカイ。。。もし君が日本に来た時は俺に奢らせてく
 れよ」

「はい。落ち着いたら日本に行きたいっス。俺、まだ行ったこと
 ないから。。。渋谷の109でギャルをナンパしたいっス!」

そう言っていたずらっぽく笑うスカイだった。

オシャレなカフェを出た私とスカイはMが待つ店に向かった。


つづく。

M 6

Mが会社の経理全般を請け負っていたジャッキーの口からは
次々と衝撃的な事実が語られた。

瀕死の状態。
Mの会社は正にそんな感じだった。

ジャッキーと別れた私はMが経営する3店舗目に急いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


人通りは少ないが、一部の若者の間では支持のある道。

一方通行の通りにはストリートウェアを売る小売店が並ぶ。

立地の関係で家賃が安く、固定費を掛けずに一旗揚げる若者たちが
次々と店をオープンさせては半年ほどで消えていく。

Mの取り扱うブランドはアメリカンブランドが多く、雑誌などでも
かなりの広告費を使っていたので知名度は抜群だったので、この通
りの中では比較的安定した業績を維持していた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そのMの店が見えてきた。

「!」

店の前に横付けされたトラックから、次々と荷物が店内へ運ばれて
行く。

大小様々な段ボールを店内に運ぶMの会社のスタッフ達。

彼らに支持を送るのはスカイだった。

社員やバイトたちのリーダー的存在。

明るく面倒見の良い彼は社員達からの人望もあり、良く現場をまと
めていた。

近づいてくる私に気が付き、笑顔を見せて手を振るスカイ。
半袖のティーシャツからはタトゥーが見えていた。

「台湾に帰ってきたんですね!お帰りなさい!」

「スカイ!元気そうだね」

「もちろんっスよ!」
と力こぶを作って見せるスカイ。
人を引きつける笑顔だ。

「何やってんの?」

「引っ越しですよ。ウチ、オフィスと倉庫の契約を更新しなかったん
 で」

更新しなかった?
出来なかったのではないだろうか?

「あの倉庫の商品を全部ここに?」

「古くなった商品はセール品にして売ってしまい、まだ新しい商品は
 この店の地下室に運び込みます」

多分、スカイは会社の状況を知っているはず。
でも、彼の口からは言えないだろう。
彼はMを尊敬していたし、長年働かせてもらっていたいたことや同年
代の社会人と比べて多くの収入を得ることも出来ていた。

「地下、見てみます?」とスカイ

「えっ?いいの?」

「平気っスよ!」

「じゃあ、ちょっとだけ見せてもらおうかな?」

「これ、お願い出来ますか?」とスカイが小さな段ボールを私に持つ
ようお願いしてきた。

「なんだよ~。人出が欲しかったのかよ!」

「そうです」と笑うスカイ。

この流れでは断れない。
スカイに頼まれると嫌な気がしない。

大きな段ボールを持つスカイの後に続き、店内に入る。

広い店内だ。

「お帰りなさい!」
「わぁ~。帰ってきたんですね!」と販売を担当している女性スタッフ
たちが声を掛けてくれる。

「ただいま~」って台湾に住んでいる訳でもないのにそんな挨拶を返す
私。

「階段、気を付けて下さいね」とスカイが振り返りながら声を掛けてく
れた。

やや薄暗い廊下を下り、地下室へ降りる。

山積みになっている商品や段ボールを数人のスタッフが棚に振り分けた
り、段ボールを片付けたりしていた。

意外と広い地下室だけど、以前の大きな倉庫に比べたら。。。ここに全
て収まるのだろうか?

「スカイ。このスペースで収るの?」

「いや、無理です。この店舗でもセール販売をしながら、僕も仲の良い
 取引先に頼んで商品を買ってもらってます。入りきらない在庫がこの
 ビルの3階に運びます」

「3階?」

「はい。そこはMたちのオフィスになります。店舗と同じスペースがあ
 るので、半分以上は倉庫として使います。でも、古いビルでしょ?エ
 レベーターがないんスよ」

「じゃあ、皆で手分けして運ぶの?」

「はい。でも、皆嫌がちゃってて」と舌を出すスカイ。

Mからの指示とスタッフたちからの不満を一手に引き受けている男の辛
さが垣間見えた。

スカイの携帯が鳴る。

「あっ。Mからだ。ここ電波が悪いので、俺、上に上がりますね」
そう言って階段を駆け上がっていくスカイ。

見送る私の肩を叩く者がいた。

振り返るとビッグモーがいた。

ビッグモー。
大きな身体がそのままあだ名になっている男で、Mの会社のセールスを
担当していた。
スカイとの付き合いも長いようだ。

「お~。モーじゃん!元気だった?」

「はい。お陰様で。お久しぶりです」

「社員総出で荷物の搬入。大変そうだね?」

「イヤァ~、参っちゃいましたよ」と不満な口ぶりだった。

モーは英語が堪能。
日本のミュージシャン、Dragon Ashを尊敬していた。

「Mの会社、大丈夫なの?」
モーにもそんな事は聞けないよなぁ~と思っていたら

「俺、この会社辞めます」

「えっ?どうして?」

「先月の給料、貰えてないんですよ~」

「本当かよ?」

「はい」

「実はジョージからも同じような話を聞いてさ」

「あいつ、あんなに一生懸命仕事してたのに2ヶ月分も貰えて
 ないでしょう?可哀想に。。。なんて思ってたら俺も貰えな
 くなって」

「Mとヒースとは話したの?」

「ええ。もう少し待ってくれの一点張り。。。もうやってられ
 ないです。俺、地方から出てきてて一人暮らしでしょう?家
 賃も払わないといけないし。。。」

「飯代とかは大丈夫なのか?」

「飯代もないです。今はスカイが全部面倒見てくれてて。。」

「スカイが?」

「はい。俺だけじゃない。給料を貰えてないスタッフ。。毎食
 とはいかないけど、昼の弁当代や飲み物など。スカイが自腹
 を切って面倒見てくれてるんです」

「あいつの給料は?」

「出てるみたいです。なんであいつが貰えて俺が貰えないのか
 。。。もう訳が分らないんですよ」

給料が出る出ないはMへの忠誠心の度合いやMとヒースの好き
嫌いで決められているような気がしてきた。

「辞めてどうするの?」

「田舎には何もないから帰りたくないので、取引先を頼って台
 北で仕事を探そうと思ってます」

「そうなのか~」

「Mとヒースは売上売上って言うんだけど、これから秋冬が来
 るのに新作が入荷しないんですよ。台湾だって冬は寒い。そ
 れなのに半袖のティーシャツや短パン。誰が買うんですか?」

「新作の入荷がないの?」

「はい。夏は凌げましたけど。。。これから本当にヤバくなり
 ますよ、この会社。だから早めに逃げます。スカイにも伝え
 てあります。あいつとはもっと一緒に居たかったけど。。」

そう言ってモーは下を向いてしまった。

後日聞いた話だが、給料を貰えない事に腹を立てたモーはこの
地下室から商品を盗み出し、取引先に格安の値段で売りさばい
ていたようだ。

悪い奴ではない。
むしろ人懐っこくて良い奴だったので衝撃的な話だった。

人は置かれた環境によってどうにでも変化してしまう弱い生き
物ということか。。。悲しい話だった。

タンタンタンタン!
スカイが降りてきた。

私とモーは話を切り上げた。

「Mとヒースがこっちに来ますよ。会います?」とスカイ。

「そうだね。是非!」

「あと30分で来るみたいなので、ちょっとお茶でもどうっス
 か?」

「いいね!」

「可愛いスタッフのいるカフェ、見つけておきましたよ!」

「お~!さすが。俺の好みも知ってるもんね」

「はっはっはっ!芸能人の愛人でしょ?」

「あれには参ったよ~」

以前参加した芸能人のパーティーでの話を持ち出すスカイ。

「ここから歩いてすぐなので」

「オッケー。モー、これで」と私は右手を差し出す。
「はい。会えて嬉しかったです」と大きな分厚い手で握り返す
モー。

SEE YOU AGAIN.

2人のそんな気持ちが込められた握手だった。

つづく




M 5

久々に訪れた台湾の地方都市 新竹

Mの出身地でありビジネス拠点がある街。

郊外にあるハイテク系企業と取引する日本企業も多く
駐在している日本人も多い。

現地の特産品のビーフンは日本にも輸出されていて、
デパートなどで見かけるとこともある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Mのビジネス環境に変化が起きている。

2ヶ月分の給料を貰えていないジョージ。

対照的にいつもの明るい笑顔だった小白。

3店舗ある直営店のうち、1店舗はシャッターが閉まって
いたが、小白が勤務する店は通常通り。
売上も好調だと小白が話していた。

そして3店舗目へ。。。

向かう途中で再会したジャッキー。

現地で大きな会計事務所を経営する女性経営者。

Mは彼女のクライアントであり、仕事を通してプライベート
での仲も良かった。

そんなジャッキーから衝撃的な話を聞くことになるとは。。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「Mからビジネスの話を持ちかけられたら断った方が良いわ」

「そこなんだけどさ。彼女のビジネスは上手く行ってないの?」


「彼女は長年私のクライアントだったし、ここ数年は友人と
 してもとても良い関係を築けていたわ。でも。。。でもね、
 ここ半年ほど毎月の契約料を払ってくれなくて。。。」

「えっ?半年も?」


「そうなのよ。ビジネスは良い時もあれば苦しい時もある。
 だから、何かあれば相談して欲しかったし、契約料が払えな
 い状況なら、何か説明をして欲しかったわ。私にも手伝える
 事があると思うし。。。」

大手デパートから露天商まで。
ジャッキーの人脈は幅が広く、多くの人に慕われている。

彼女は誠実だし友情にも厚い。
Mから頼まれれば人や企業の紹介もしてくれただろう。

「コンタクトは取れてるの?」

「未払いが発生してから最初の2~3ヶ月は連絡が取れていた
 わ。でも、それ以降は私の電話には出てくれない。ヒースに
 は何度かメールしたけど返答は無かったわ」


「そんな状況なんだね」

「えぇ。だから先月、クライアント契約を打ち切らせてもらっ
 たのよ。まぁ、お金を払わない彼女には何の影響もないので
 しょうけど。。。」


ジャッキーの表情は悲しそうだった。
信頼していた友人に裏切られた。。。それ以上に何の相談もし
てくれなかったMに対しての悲しさが顔に表れていた。


私は給料が貰えていないジョージの話をした。

「そうね。お給料の件で何人かのバイトはすでに店を去ってい
 るらしいわ。それは私も聞いている」

「あんなに羽振りが良かったのに。。。信じられないな」

「詳しく調べた訳ではないけれど、彼女が取引していた大きな 
 衣料品問屋が倒産した。その影響が大きいと思うの」


「売掛金は?」

「全く回収出来てないと思う。その問屋のオーナーはアメリカ
 へ逃げてしまったし。彼の愛人とね」


「Mはその問屋に引っかかってしまったのかぁ~。銀行とかに
 相談すれば何とかなったんじゃないかな?だってMの会社の
 業績は良かったんでしょ?」

「あなた。。。無理もないわね。。。。Mの会社の状況はもう
 ボロボロだったのよ」


「えぇ?だって芸能人のスポンサーをしたり派手な広告を打っ 
 たりしてたよね?」

「もうあんな事をして状況を変えられる段階は過ぎていたわ。
 規模縮小してコンパクトなビジネスから立て直すよう何度も
 進言していたのよ。。。でもMは。。。あの性格でしょ?
 私のアドバイスなんて聞いてくれないし、むしろどんどん派  
 手でお金の掛ることばかり仕掛けてしまって。。」


「あの派手な戦略にコストが掛り過ぎて、会社の資金繰りを悪 
 化させたのが一番の原因なのかな?」

「それもあるけど、原因はもっと基本的なものよ」


「基本的なもの。。。。物販だから在庫過多とか?」

「そうなのよ。私は衣料品の専門家ではないから流行の事など
 は分らないけど、決算書を作り上げる過程で年々在庫の量が
 増えていくのが気になっていたわ。売上と在庫量がアンバラ
 ンスだったわ。年々売上も落ちていたし。。。」


「それに追い打ちを掛けるように取引先の社長がアメリカへト 
 ンズラして。。。」

「あれは悲劇だったわ。同情する。でもね、Mの場合はそれ以
 前の問題だっと思う。ヒースにさえコントロール出来ない彼
 女の性格。派手で見栄っ張り。もちろん優しい面や好きな人
 の面倒をとことん見たりもする良い面もたくさん持ち合わせ
 ている素敵な女性だと思うけど。。。」


「Mの店を見に行ってきたんだけど、○○路にある店は閉まっ
 てたんだ」

「あの店の契約はとっくに破棄してると思うわよ。契約満了前
 に勝手にね。大家さん、カンカンになってウチに電話してき
 たわ」

Mに店のオーナーを紹介したのはジャッキーだった。

「でも○○路の店は健在だったよ」

「あの店は土地ごと権利を持っているから家賃は発生しないか
 らだと思うわ」

少しずつMと彼女の会社の状況が見え始めた。

「そう言えばさ。今日、あの焼き鳥屋の社長と道でバッタリ会
 ってさ。知ってるでしょ?Mのことが大嫌いな」

「はい。あの社長さんね。もちろん知ってるわよ」


「あの社長がね、Mの家が売りに出されてるって言ってたんだ」

「えっ?そっ、そうなの?」
ジャッキーもそこまでは知らなかったようで、とても驚いていた


「あの社長はMの事が大嫌いだからネガティブな情報を言いふら
 しているのかと思って相手にしなかったんだけどさ」

「あの社長は顔が広いから。。。もしかすると本当かも知れない
 わね」

Mの家。

給料を貰えていないジョージ。

○○路の店。

顧問契約を解除したジャッキー。

点と点が繋がり始め、Mの状況が見えてきた。

「最後に会ったのはいつ?」

「半年ほど前だったわ。電話でのやり取りだったけど、これから
 タイへ行くので帰国したら電話をすると約束をしていたのだけ
 ど。。。何もなかったわ」

「タイ?半年ほど前?」

それは私の出張に合わせてMとヒースがタイに来た時期だ。

現地での事の顛末をジャッキーに話をすると。

「もしかしたら。。。負債を放り出して海外へ逃げる準備がした
 かったのかも知れないわね。。。」

「海外。。。逃亡?」

「えぇ。Mとヒースの負債は相当な額に登っているわ。銀行から
 も手を引かれたと聞いているし。。。あんな額、個人で返済出
 来る額じゃないもの」

ジャッキーの話を聞きながら、タイで合流したMとヒースの表情
や交わした言葉などが次々と頭の中に蘇ってくる。

台湾ではもうやることがない。
新しいチャレンジの場として東南アジアのタイ、バンコクで事業
を起こす。

全てが嘘ではないだろう。
でも、現状でMとヒースが打てる最後の賭けだったのかも知れな
い。

「ごめん。アポイントが入っているの。そろそろ行かないと」
とジャッキー。
忙しい女性だ。

「あぁ。気にしないで。会えて良かった。話してくれてありがと
 う」

「私も嬉しかったわ。ありがとう。Mの誘いには乗っちゃだめよ
 。分ったわね」

「うん。絶対に乗らないよ」

そう私が答えると、笑顔で右手を差し出すジャッキー。
その手を握り返す私。

「また会いましょう」

「うん。ジャッキーのオフィスで働く女性スタッフさんを見に行
 かないとね」


「まぁ。忘れてなかったのね」

「忘れる訳ないさ」


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ジャッキーがカードで支払いをしてくれ、再び彼女のBMWに乗
った。

繁華街付近で降ろしてもらい、Mの3軒目の店舗を見に行くこと
にした。

やや人通りの少ない道だが、その分家賃が安い。
Mが展開するようなストリートウェアの店舗が10店舗ほど並ぶ
道なので、ある程度の売上があり、利益も確保しやすいとMが話
していた。

あの店はまだあるのだろうか?

少し早足でMの店に向かう私だった。


つづく

M 4

約半年降りに訪れた台湾の地方都市 新竹

街中で久々に再会したジョージ。

もう2ヶ月も給料が支払われていないことを聞き
愕然とした私。

嘘であって欲しい。

しかしあのMならやりかねないかも知れない。

再びMに対する猜疑心と不信感。

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ジョージを別れた私はMの経営するお店に行ってみることにした。

Mのメイン事業は海外ブランドの輸入卸。

そして本社のある新竹では3店舗の直営店を運営していた。

「何か分るかも知れない。。」

そう思いながら早足でMの店に向かった。

1店舗目。

新竹市内でも家賃の高い通りに面している。
道路は石畳。カフェや日本式焼き肉屋や寿司屋が並ぶ、市内でも
品のある通りだ。

店が見えてきた。。。。

シャッターが閉まっている。

「売上はそれほどないけど、この通りに店を出すことがブランド
 イメージも上げるのよ」と話していたM。

外観も店舗内も良く作り上げられていた、彼女の自慢の店だった。

その店のシャッターが。。。閉まっている。

「やはり。。。何かあったのかな?」

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2店舗目に向かった。

この店は学生が多く歩いている道。

人通りの割には客単価が低いのだが、日に多くの来店客があり、
3店舗のうちで一番売上げが良かった。

開いているのか。。閉まっているのか。。。
出来れば開いていて欲しい。
と思い店に近づくと。。。開いてたい。

店の中を覗くとスタッフの小白がいた。

私の姿に気が付くと「あ~っ!戻ってきたのね!」と大きな声で
上げて手を振ってくれた。

小白は英語が話せるので、Mの会社のスタッフの中でも比較的よ
く話す間柄だった。

「お~!小白じゃん。元気だった」

「あ~ったりまよ~!」
目鼻立ちの整った顔で元気な女の子。

好きなサーフィンで日焼けしている。
サーフィンを始める前は色白が自慢だった。

台湾人としてはとても白かったので「小白」と呼ばれるようにな
ったそうだけど。。。今では信じられないくらい日焼けしている。

「どう?商売は?」
「うん。お陰様でね」

小白は口達者で商売上手。
誰とでもすぐに友達になってしまう。

そして何より美人だった。

この店は彼女の接客とキャラクターで成り立っている要素も強か
った。

「ちょっと外で話そうよ。タバコ。。。。吸いたくなちゃった」
と笑いながら小白が店の外に出る。

彼女は相当なヘビースモーカー。
オマケに酒も強い!

久々の再会。
冗談を交えながら、再会の時を楽しんだ。

会話している間、小白は常にたばこに火を付けていた。
チェーンスモーカーってやつだ。

会話が弾む一方でMの会社の事が頭から離れない。

なぜジョージに給料を払っていないのか?
Mの会社は一体どうなっているのか?

小白の表情を見ていると以前と変わりない。

お金にうるさい台湾人は給料未払いなどがあるとすぐに話し出
すはずなんだけど。。。

「ねぇ。Mの会社なんだけどさ。最近、おかしなこととか起き
 てない?」
思い切ってそう切り出してみようかと思ったけど、踏みとどま
った。

給料が貰えてないのはジョージだけかも知れない。
ジョージが何か問題を起こした可能性もない訳ではない。
最初に訪れた1店舗目は定休日だったのかも知れないし。。



タバコを吸いながら大声で笑う小白の笑顔を見ていたら、迂闊
に変な質問をして彼女に不安を抱かせてはいけない。
そう思った。

30分ほど話しをしてから
「そろそろ行くよ」と小白に別れを告げた。

「うん。暇だったか顔出して。そうだぁ~、今度こそ飲みに行
 こうよ」
「いやぁ~。小白は酒飲みだからなぁ」

「はっはっは!あんたはウーロン茶飲んでれば良いじゃん。私
 に奢らせてよ」
「分った分った。時間を見てまた寄らせてもらうよ」

「うん。絶対だよ!」
「うん。じゃあ行くね」

「うん。気を付けてね~」と笑顔で手を振る小白。

私は手を振りながら店から離れた。

2店舗目は賑わっている様子だし、小白の様子からも以前と変わ
らなかった。

ジョージから聞いた話をそのまま受け止めてはいけないのかも知
れないな。。。
もしかしたらジョージが大きな失敗をやらかしたのかも。。。

そう思いながら3店舗目に向かった。

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3店舗に向かう為に大通りへ出た。

やや早足で3店舗目に向かっている時だった。

「あら!」
早足で歩く私の前に1人の女性が立ち止まって声をかけてきた。

「あっ!こんにちは!」

「あらぁ。台湾へようこそ!再会出来て嬉しいわ」

彼女はジャッキー。
新竹で大きな会計事務所を経営している。

1度彼女のオフィスにお邪魔した事があるのだが、事務所の経営
は彼女が取り仕切り、旦那さんがサポート役として副社長をして
いた。

陽気で外交的。
バリバリのキャリアウーマンだが、とても心配りが出来るジャッ
キーとシャイな旦那さん。

そして彼女のオフィスで働くスタッフ40人ほどは全員が女性だ
った。

クライアントはほぼ大企業のようだったけど、気さくな性格で面
倒見が良いので中小の小売店や個人経営の飲食店の仕事も受けて
いた。

Mの会社も彼女のクライアント。
その関係でジャッキーとも知り合った。

Mとジャッキー。
タイプは違えど出来るビジネスウーマン同士。
仲が良く、そしてお互いにリスペクトしあっている。

2人の会話や仕草からそう感じ取れた。

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「今回は仕事?観光?それともお嫁さん探し?」とジャッキー。
「わははは!どれでもないけど、どれも正解のような」と私が答
える。

「台湾の女性はお薦めよ。私のオフィスには女性がたくさん働い
 ているから、今度また遊びに来なさいよ。お薦めの子を紹介す
 るわ」
「はいはい。是非行かせてもらいますよ」とその気がないような
フリをして半分本金の私だった。

「今回はどんな予定なの?」
「いつもと同じですよ。明日、Mとヒースに会う予定です」

「そ。。そう。Mとヒースね。。。」
ジャッキーの口調がやや重くトーンダウンした。

「ねぇ。何か。。。あったの?」
ジャッキーの表情の変化に気が付き、私はそう質問した。

「ねぇ。今、時間はあるの?」とジャッキー。
「はい。ありますよ」

「お茶しない。立ち話しでは。。。ちょっと。。。」
「はい。今日はフリーなので大丈夫です」

「悪いわね。じゃあ、ちょっと付き合って」
「はい」

道路に駐車してあったジャッキーのBMWに乗ると、市内にある
外資系ホテルのカフェへ。

カフェの席に付くとジャッキーが
「私はコーヒー。あたなは。。。コーヒーが飲めなかったわね。
 じゃあ、ミルクティをひとつ。ポットで持ってきて」

さすがキャリアウーマンのジャッキー。
1度食事をしただけなのに、細かいことまで覚えている。

当時の私はコーヒーが飲めなかったのだ。

「ジャッキー。話ってMとヒースの事だよね?」
「うん。そうよ」

「あなたは今、Mたちと取引はしているの?」
「いえ。何度かビジネスの話はあったのですが、立ち消えになっ
 たままで。台湾が好きなので、彼女たちとビジネスが出来れば 
 いいな。。なんて事も考えているのですけどね」

「そう。。。。こんなことを話して良いのか分らないけど、もし
 彼女たちからビジネスの話を持ちかけられたら断りなさい」

ジャッキーの口調はやや強かった。

あれほど仲の良かったMとの関係に何があったのだろうか?

つづく