柔軟性 

こんにちは。

今日もヨガスクールへ行き、2つのクラスに参加。

1つ目のクラスでは股関節の使い方を重点的に学ぶ。

生まれつき。。。なのかどうかは分からないけど、物心ついた頃、小学1、2年の頃には自分の身体の硬さを自覚していたように思う。

前屈しても手の指が地面に届かない。
座って足を開いての前屈でも腰が曲がらず、指先が足の爪先からはほど遠い位置で
留まっている。
周囲を見回してみても、こんなに身体の硬い同級生は見当たらなかった。

ヨガでは絶対的な条件ではないものの、柔軟性が求められるポーズがたくさんある。

今日学んだ座位でのポーズの幾つかは、私にとっては大きな課題となっているものであった。

座って両足を伸ばし、90度位の幅に足を広げる。
その足幅のまま上体を床に近づけていくのだが。。。。曲がらない。

腰から曲げてしまう、と言うかそれしか身体を曲げる方法しか思い浮かばない、身体が記憶していないので、いつも同じような体勢で身体を前に進める事が出来ない。

あまりの身体の硬さにインストラクターが助け船を出してくれた。

無理に足を伸ばさず、膝を曲げ、まずは座骨で立つことを優先させてみて下さい。
爪先は両外側にダラリと下げず、踵を支点にして床を押し、爪先を天井へ向ける。
そうすることにより、座骨が立ち、足の付け根の関節が曲がりやすくなる。

のだそうだ。

彼女の指導のまま、膝を曲げ、座骨で立つ。
踵で床を押し、爪先を天井へ向ける。
その後、足の付け根から身体を折るようにして上体を床に近づけてみる。

しかし。。。。すぐに足が外側を向いてしまい、膝から下がプルプルと震え出す。

同じように身体を使う座位のポーズを幾つか教えてもらったのだが、今日は全く動けなかった、ポーズが取れなかった。
正に惨敗。

とは言え、精神的なショックなどは受けることもなく、プルプルしている自分の足を見て笑ってしまう心の余裕はあった。

でも、克服していきた課題ではある。

クラスの後、インストラクターさんの元へ行き、座位ポーズについて幾つか質問をした。

男性は骨格の作りの問題もあり、両足先が外側を向いてしまう傾向が強い。
女性に比べると身体の硬い男性が多い。

その為、座位を習得するのに苦労する傾向が強いそうだ。

でも、出来ない事ではない。

ではどうすれば良いのか?
どうアプローチすれば良いのか?

クラスで受けた説明の重複になってしまうが、腰骨を立てることを最優先。
なので、腰骨が立つ体勢になるまで膝を曲げてしまって構わない。
腰骨が立つことにより、足の付け根の関節が折れるようになるので、その体勢を維持しながら足の付け根から上体を床に近づけてみる。

身体がその動きに慣れてきたら、徐々に足を伸ばすことに意識を集中していく。
それには反復練習とそれにかける時間が必要。

説明通りには全く動けていない現状ではあるが、膝を曲げ、爪先を天井へ向け、踵で地面を押しながら足の付け根から上体を曲げてみると、そうしなかった場合と比べ、いくらか上体が曲がるような感覚はある。

練習練習、反復練習。

練習という字を見る、言葉を聞くと苦手な事を克服しなければならない!なんて感覚に囚われがちだが、それに執着し過ぎない事が大切だし、反復をしている間は楽しくて仕方がない。

今晩、明日に上体が驚くほど曲がるようになることはないだろう。
でも、毎日少しずつ反復することで、少しずつだけど、身体がその動きを覚えていくのだはないか?

そして今よりももっと上手に座位のポーズが取れるようになったら、どんなに楽しいか?
もっともっとヨガが楽しくなっているに違いない。
そう確信が持てるのだ。

曲がっても曲がらなくても。
出来ても出来なくても、とにかく楽しい。
心から楽しめる。

私にとってヨガはそんな存在だ。

変に熟れず、変にルーティーン化せず。
常に変化していく。
変わっていく身体を楽しむ。
変わっていく身体と共に自分の考えや生き方、価値観も変わる。

ヨガ。
本当に楽しい。
ヨガに出会えて本当に良かった。

心からそう思う。

執着を手放す

こんにちは。

今日は週明け月曜日。

参加するクラスを少しずつ変えていく。
ここ最近のテーマ。

これまでは比較的癒やし系、身体を休める、心を落ち着けることに重点を置いたクラスに参加してきたのだけど、ヨガに触れていくうちに段々とヨガとの距離が変わってきた。

もう少し深い部分でヨガとつながりたい。
学びたいという気持ちが強くなっている。

気持ちの変化の表れか、ポーズを深く学ぶクラスへの参加を増やしている。

初心者向けではあるものの、私にはちょっと厳しいポーズもある。
しかし、厳しいポーズを取ったあと、とても心が落ち着く。
ほんの少しずつ、でも、それは自分勝手な解釈なのかも知れないけど、以前よりポーズがしっかりと取れるようになってきている。。。そんな実感も湧いてきている。

そして何より楽しいのだ。

今日も午前中にクラスに参加し、ポーズの取り方を学んだ。

クラスが始まる前にインストラクターからこんな話を聞いた。

執着を捨てる。

もっとお金が欲しい、お金さえあれば。。。
もっと頭が良ければ。。。
もっと顔が良ければなぁ。。。。

生きている限り、よほど悟った人でなければ、そんな風に思う自分を感じる事が多々あることだろう。

個人的な話で恐縮だが、現在、ネットでの販売を増やそうと毎日孤軍奮闘しているものの、なかなか反応が得られない。

せっせと商品を増やしてみても思うような結果に結び付いていない。

なんとかしなければ。。。。と少し焦ったりもしている。

ヨガに関しても、もっと上手くなりたい、綺麗にポーズを決めたい、でも今の自分が取れるポーズは美しくない。。。もっと練習して上手くなりたいのに。。。

ヨガを習い始めて、いや、習い始める前から「執着を捨てる」という言葉は聞いていて、自分の仕事やヨガの時間は自分の中にある執着から距離を取る、そんな意識でいたものの、向上心や達成感を求める気持ちが執着心を呼び覚ましてしまう。。。ちょっと皮肉な展開になっている。

執着する気持ちから少し距離を取る。
分かっているつもりでも、なかなか難しいものだ。

まだ未熟な自分に出来ること。
それは執着心を持っている自分を俯瞰して見つめることだろうか?

うまくポーズを取りたい。
それは執着心を生むことなのかも知れないが、反面、その気持ちがあるからこそ、ヨガに集中出来る。

もっと商品を売りたい!
その気持ちがあるからこそ、慣れないPCでの仕事、ネットでの仕事に取り組み、日々飽きることなく、諦めることなく地道に仕事に取り組む事が出来ている。

慣れない仕事で効率は悪いけど、不思議と嫌いな訳ではないし、こうして誰も読んでいないブログを書き続ける事も出来ている。

執着している自分を自覚しつつ、そんな自分を楽しむ。

難しいポーズや柔軟性が求められるポーズが苦手で、フラフラ、グラグラするけれど、それでももっとヨガと触れあいたいと思う。

そう、楽しいのだ。
楽しくて仕方がないのだ!

この楽しいという感覚があると、執着心を忘れる事が出来るのかも知れない。

ポーズは取れても取れなくてもいい。
失敗してもいい。
トライしたければトライするし、無理なら出来る範囲のポーズを維持する、時にはポーズから自分を解放して休む。

周囲と比べない、自分と向き合う贅沢な時間を心から味わう。

面白すぎるヨガ。
だからこそ、もっと深く関わりたいし、深い部分を学んでいきたい。
今はその気持ちを大切に見守りながら、参加するクラスを楽しんでいきたい。

さて、明日もスクールへ行くぞ!
あっ、これって執着心?(笑)

2019/5/19 リストラクティブヨガなるものに参加

こんにちは。

私の場合、ヨガスクールには週に3~4日、最低でも5クラスに参加するように予定を組んでいる。

日曜日はダラダラと布団の中で過ごすようなことはなくなったけど、横になって本を読んだり、近所を散歩したりしている。

なので、日曜日にヨガクラスへ参加することもなかったのだけど、たまたま見たウェブの時間割に見慣れないクラスを発見した。

「リストラクティブヨガ」

ヨガスクールへ通う前、どのようなクラスが開かれているのかウェブでチェックした際に目にしてはいたけど、私の通っているスクールのスケジュールには載っていなかったので、多少の興味はあったけど、少し忘れかけていた存在であった。

月に1度だけ、日曜日に開催されることになったようで、ならば日曜は返上して参加しよう!

家でゴロゴロしてるより好きなこと、興味のあることに触れてる方がいいし。

リラックス系のヨガで、ブロックやボルスター、紐などを使い、それらの道具に身を預ける独特な内容になっている。

ただダラリと横になる、力を抜くのではなく、身体のある部位に柔らかな負担を掛けることによって、身体をリラックスさせる。。。そんな説明を受けた。

クラスは日曜日ということもあってか、スタジオは満員御礼状態。

1開催というレア度もあっただろうし、疲れを癒やしたいという方が多いのだろう。

ボルスターに片足を乗せたり、ブロックで傾斜を付けたボルスターに背中を預けて脱力したり。

その逆に傾けたボルスターに足を乗せ、頭を下にした姿勢を維持したり。

ポーズごとに道具を使うので、その使い方に慣れないと多少、戸惑ってしまうかも知れないけど、これも参加回数が増えていけば慣れてしまうことだろう。

ゆったりとしたポーズを比較的長い時間維持するので、ポーズによっては寝る寸前の状態になってしまう。

意識のある状態と寝るちょっと手前の状態を行ったり来たりしている。

それがとても心地よい。

スタジオは満員状態で隣の人と手が触れてしまうような空間なのに、ポーズを維持し呼吸に意識を向けて目を瞑っていると自分の世界、自分自身とつながるような感覚に落ちてしまう。

多分、私以外の参加者も同じような心地よさにあり、参加者が醸し出す空気感があの心地よい空間を作り上げるひとつの要因になってもいるのではないだろうか?

クラスが終わり、スタジオを出ると受付スタッフさんが「良かったですか?」と聞いてきたので「これはヤバイですね~」と答えると「でしょ?でしょ?」と笑顔を振りまいてくれた。

彼女も時々このクラスに参加しているとのことで、共感してもらえる人が増えたのが嬉しかったのだそうだ。

他者と価値を共感する喜び。分かる分かる。

日曜日にヨガ。

いや、日曜日もヨガ。

いやいや、毎日ヨガ。

私の場合、毎日ヨガに触れていたいのだ。

元来怠け者であるので、1日、2日休んでしまうと、クラスに行くのがやや面倒に感じてしまうことが多々ある。

こんなに好きなヨガなのに。。。。私はこんな性格なのだ。

こんな私でも半年以上、ペースを落とすどころかペースを上げてクラスに参加している。

ヨガとの相性は非常に良いのだ。こんなに楽しい事に出会えて本当に良かった。

ヨガとの出会いに感謝感謝。

目標に至る過程を楽しむ 完璧を求めすぎないこと

こんにちは。

先週土曜の午前中は骨盤矯正クラスからヨガのポーズを学ぶクラスと2クラスに参加。

骨盤矯正のクラスにはあまり参加出来ていないのだけど、少しずつ少しずつ動きに慣れてきたように感じる。
慣れで身体を動かしてしまうと、気を抜く、手を抜くことにつながりそうなので、身体の向きや骨盤の動かし方に集中するようにしている。
日常生活にも言えるけど惰性って怖いですからね。

身体が身体の動かし方を身につけられるよう丁寧に丁寧に接していきたいと思う。

骨盤矯正のあとはヨガクラス。

この日は2本足で立つという非常に基本的な事を学ぶ時間が多かった。

スクールに通い始めたころ、「立つ」ことを学ぶ機会があったのだが、私の場合、思った以上に片足に体重を掛けすぎていると感じた。

また、立ってはいるものの意外とフラフラとしたまま身体を支えているようにも感じた。
そう、重心が定まっていないのだ。
定まらない重心を足裏の様々な部分で支えている。
支えるポイントも身体がフラフラしているので常に動いている。
そんな感じだった。

足の指先、かかとにしっかりと体重を伝えて立つ。
足裏の3点、または4点を意識する。

足の甲や指を動かすワークも週に数回自宅でも取り組んでいるので、足指の開きが良くなり、指や甲の関節も柔軟に動くようになってきた。

結果、「立つ」ポーズを取った際に以前と比べると安定感が増したように感じる。

立った時の背骨と骨盤の位置に関してもしつこいくらい繰り返された。
この辺りのエクササイズはやや難しく、微妙な動きを重ね合わせる必要がある。
今の私では文章にして説明が出来ないので、また後日、この事に触れてみたいと思う。

足裏にしっかりと体重を伝えて安定感を持って立つ。
この姿勢を中心にしっかりと腰を落としながら腰を落とす流れから座る。
また片足で立ちながら身体のバランスを取りながら姿勢を維持する。

両足立から片方の足を持ち上げ、その持ち上げた足の膝裏を立っているもう1本の足の膝に掛ける。
そのまま徐々に腰を落としていく。
丸まりがちな背中を意識し、胸骨を前に向け視線を上げる。
身体の様々な部位を意識しなければならないし、片足立ちを維持するので、初心者の私にはやや困難なポーズなのだけど、胸骨を前に顔を上げ、視線を定めると不思議な事に呼吸が入りやすくなり、バランスも安定するようで、困難な中にも安堵感を感じるようになるのだ。

また両足立の姿勢から腰を直角に織り、視線を床に落とす。
両手を床に落とし身体を支えながら、片足を上げて後方へ伸ばす。
当然、これも片足立ちのままポーズを維持しなければならない。

上げた方の足は後ろへ伸ばすことを意識しつつ、太ももの内側を天井へ向けるような意識で更に角度を付ける。

これは結構厳しいかった。
後方へ持ち上げた足と背中が一直線にならず、足はややだらりと下がってしまっていたと思う。
それでも背中を意識し視線を前方へ向けると呼吸が楽になるし、気持ち良く思えるようにもなる。

インストラクターさんが「難しいポーズだし、今の自分には無理、厳しいと思ったら、少し身体を緩めてください。休んでいても構いませんよ」と声を掛けてくれる。
そう言われると意地になってポーズを取ろうとしたり、顔を歪ませながらポーズを維持したりしようとしてしまう。

でも、ヨガの場合はそんな事はしなくても良い。
難しかったら難しくなる手前の姿勢に戻ってみる。
無理だったら休む。

身体に痛みを感じたり、怪我を抱えている人はトライする必要はない。
トライすることにより、身体を虐め、不快感を感じさせてしまうことになってしまう。

トライする気持ちや姿勢はとても重要。
でも難しいポーズの場合は出来ない事が多々ある。
要は「やってみよう」という気持ちが大切なのだろう。

今の自分には出来ない。
初心者には無理だ。
今日の自分にはここまでかな?

自分の身体と対話しつつ現状を認識し受け止める。

でも今日トライしたポーズは身体が覚えていてくれる。
そして次ぎにトライした際に、もしかするともう少し上手になれるかも知れない。

日々の小さなトライアルの積み重ね。
小さな成功の積み重ね。
よく出来た自分も出来なかった自分も受け止め、受け入れ、認めてあげる。

無理せず無理はさせず。

定番ポーズを大切にしながら、新しいポーズや動きにも興味津々。

いいじゃん、下手でも!

楽しもう!!

五月病 

こんにちは。

五月病。
連休明け辺りから良く耳にする言葉です。

私は独立し、一人で仕事をしている環境にあり、基本的に面倒な取引先とは仕事をしない生活を続けているので、この手の病気とは無縁に過ごしていますが、世の中には結構、メンタル系の影響に悩まされている人が多く、その数も増えていると聞きます。

先日、ヨガのクラスでも五月病対策ということでヨガと呼吸、自律神経の話が出ました。

自律神経は主に呼吸器系の働きを司っている神経。
交感神経と副交感神経の2つがメインの柱になっているそうです。

自律という言葉が使われていることからも分かるように、体内にありながら自律している神経なのだそうです。

この自律神経に働きかけが出来るのが呼吸。

息を吸い込む呼吸は交感神経、身体と心を呼び覚ます。
息を吐き出す呼吸は副交感神経、身体と心を休める。

またヨガのポーズですと胸を開くポーズは交感神経。
背中を丸めるポーズは副交感神経にそれぞれ働きかけるそうです。

五月病にはなったことがない=五月病とは無縁という訳ではないでしょう。
たまたまそのような環境にいなかっただけで、この先は分かりません。

あまり意識をし過ぎても良くないと思うので、これまで通り気楽に、自分を大切にすることを第一に仕事を続けていきますが、ヨガを学ぶ事が五月病対策、予防になるのならプラスでしかありません。

ヨガを楽しんでいるだけで五月病を遠ざける事が出来ているのだとしたら、本当にありがたいことです。

ヨガスクールに通い出したのが2018年10月、参加した各クラスで呼吸の心地良さに出会い、そこから瞑想への興味が生まれました。

のんびりしたキャラとは言え、スウィッチが入るとけたたましく怒り出す自分。
怒ったあとは不愉快にり自己嫌悪、メンタルも疲れる。
そういう自分が厭でもあります。

この半年ほど、「ヨガをやっている」という意識が働いている面も否定はしませんが、以前と比べると些細な事に腹を立てたり、他人のミスに対してイライラする感情が生まれたりすることは随分と減りました。

感情のある人間なので、喜怒哀楽が完全に消えるということはありませんが、それでも感情の起伏はかなりなくなったように思います。

喜んでいる自分。
怒っている自分。
悲しい気持ちになっている自分。
楽しんでいる自分。

それらの自分を少し俯瞰した視点で冷静に眺め、受け入れているもうひとりの自分の存在。

その存在のお陰で感情に流される事は少なくなっています。

ヨガや瞑想の効果ではないか?と感じています。

あと3ヶ月、あと半年、あと1年。
ヨガや瞑想、呼吸を学び続けた先に、一体自分はどうなっていくのか?

いや、どういう自分になりたいのか?
目標設定、ゴール設定。
あいまいな理想ではなく、もう少し具体的な条件を設定する過程、方法としても
ヨガを瞑想を活用出来ないものか?

最近はそんなことを考えています。

世の中の流れに身を任せて生きてはいますが、そこに自立するという立脚点を持って生きてもいたいから。

ヨガの語源、ユジュ。
つながるという意味だそうです。

身体の各部分のつながり、心と身体の繋がり。
他者とのつながり。

ヨガに取り組む理由や動機はそれぞれだし、目標も人それぞれ。
あってもなくても良いでしょう。

お気楽極楽に。

寝たままヨガ ちょっと変わった瞑想法

こんにちは。

今日は2つのクラスに参加。

1つ目はヨガのアーサナ(ポーズ)を学ぶクラス。
ヨガを始めて早7ヶ月が経過。

しかしポーズを取った姿勢を維持するとやや身体がブレてしまう。
バランス感覚にやや問題があるのかな?と自分では思っているのだけど、でも、少しでも上手にポーズを取れるようになりたい。

そんな思いから、最近はアーサナを学ぶクラスへの出席回数を徐々に増やしている。

今日は太もも付近の筋肉や関節を重点的に動かすポーズが多かった。
普段よりややキツめの内容で、ポーズを維持する間、額に汗が浮かんだほど。
クラスが終わった後の休憩中、少し疲労感を感じる、ある意味心地よい状態になっていた。

2つ目のクラスは「ヨガニドラー」という瞑想系のクラスだ。
1時間のクラス中、前半は比較的緩やかなポーズを取っていく。
身体に負担の少ないポーズが多いので初心者でも付いていける内容になっている。

ポーズを取りながら、身体をほぐし、呼吸を整え、徐々に後半の「寝たままヨガ」に備えていくような流れ。

程よく身体をほぐした後、マットの上に仰向けに寝る。

ただ単に寝るのではなく、インストラクターの導きによって、手足に軽く力を入れたりもする。
そして一連の動きが終わったあと、自分が願うこと、願望、欲しいものなどを思い浮かべ、心の中で思い浮かべる、言葉にする。

「なりたい自分」
「どうしてそうなりたいのか?」
を自分に問いかけていく。

「バッグが欲しい」
「車が欲しい」
などの物欲系の願いでもよいそうだ。

瞑想状態で自分の欲しいものを思い浮かべる事により、それを実現する為にどうすれば良いのか?を思案すると比較的物事が実現し易くなるという。

ブームになった「引き寄せの法則」に近いものがあるのだろうか?

願う=夢が叶う
という事はなかなかない事だと思うのだが、思う事によりその方法、案を考える、意識することによりそれを現実として受け止めるようになり、現状の自分に対して違和感を覚える。
そして自然とアクションを起こすようになれる。
小さなアタックを繰り返す事により経験が重なり、小さな結果が重なり、より物事がうまく運べるようになる。
それが願望実現のプロセスだと解釈している。

時々、このクラス「ヨガニドラー」に参加しているのだが、横になって5分後くらいには完全に寝落ちしてしまう。

10人~15人の参加者の中でそんなに簡単に寝てしまうのか?と思われる方もいると思う。

それが意外と簡単に寝れてしまう。
中にはイビキをかいている人もいるくらいだ。

寝ても構わないクラスなのだが、インストラクターからは寝ないコツのようなものがあるとの説明があった。

横になり目を瞑ったあとは脳が様々な事を思い浮かべるようになる。
夢や今夜の晩ご飯のこと。来月の海外旅行こと。。。
人それぞれだとは思うが、ゆっくりとではあるがリラックス状態の中で脳の動きは継続する。

思い浮かんだ情景や感情、気持ちなどを少し俯瞰した視線で眺める。
考えや感情を持った自分を冷静に眺めるもう一人の自分を持つ。

人は感情の生き物などと言われるように、生きていると感情とは切っても切れないもの。
でも、その感情に付いていってしまうと人を傷つけてしまったり、モノを壊したり、不愉快な思いを抱え込んでしまったり。。。。。

他人を不愉快にしてしまうし、結局自分も不愉快になる、自分を傷つけてしまうことになる。

少し俯瞰したところから、そういう状態にある自分を冷静に眺め、受け止める、受け流すことにより、もう少し心地よく人生を生きていけるようになるのではないか?

怒っていたり悲しんでいたりする自分を否定する必要はない。
それはそれで無理があるし、そんなことをしたらどこかで歪みが生まれ、結局未来の自分にしわ寄せがくるのではないか?

そんな話を意識しながらマットに横になり、インストラクションに導かれ。。。結果、寝落ち為てしまった。。(笑)

「難しいなぁ。。」なんて思う必要はない。
昨夜は4時間しか寝てなかったから、多分寝てしまうだろうと予測しながらクラスに参加していたのだし。

でも、少しずつではあるけれど、自分の起きつつある変化を感じている。

自分に対して余裕を持つことが出来るようになってきている。
余裕が出来ると細々とした事に対して腹を立てたりしなくなるし、他人を許せるようにもなってくる。

人間なので、時には頭に来ることもあるし、それに対して汚い言葉を吐いてしまうこともある。

でも、すぐに「言わなきゃ良かった」「今のなしね」と撤回訂正するし、口にする頻度は随分減っている。

無理してポジティブになっているのとも違う、もっと心地よい状態。

果たしてこの変化はヨガや瞑想に取り組んだ結果なのか、単なる老化現象なのかはまだ分からないし、最後まで分からないかも知れない。

でも確実に変化が起きているし、その変化を受け止めていたい。

少し柔和になった自分。
そして仕事に対して以前より前向きになっている自分もいる。

ヨガスクールに通う前とは明らかに違う自分。
でも、子供の頃の自分はこんな感じだったような。。。。

なんとも不思議。

足の骨をほぐす

こんにちは。

足の骨をケアするって、日常ではあまりやらないことだと思います。
もしかするとネイルケアやフットケアに手をかけている女性はそんなことない
のかな?

私の通うヨガスクールでは様々なクラスが編成、提供されているのですが、現在私がメインで参加しているのがリラックス系のヨガ。

ゆったりとした流れで難しいポーズも少なく、また日常の疲れ解消に対応したポーズや呼吸法なども教えてもらえるので、初心者を中心に人気のあるクラスです。

そのリラックス系のヨガクラスで、毎回ではないのですが、最初に取り組むのが足の骨をほぐることなのです。

人間の骨は約200個あり、そのうちの約4分の1が足の骨。
片足で28個、両足で65個にもなります。

先端部分にあるし骨が14個
昼間部にある中足骨が5個
足首近くの足根骨が7個。
種子骨が2個

普段意識しているのは足の指の骨くらいだと思いますが、足の甲なども複数の骨で構成されているのですね。

まず初めに足の指を開いてみるよう指示がありました。
小さい頃、足の指で床に落ちているものを拾ったり、指と指の間を広げて妹を笑わせたりしたことがあったのですが、大人になるにつれ足の指を開く回数が激減、もしくはなくなっていたからでしょうか、全然開かなかったです。

その足の甲を手で優しく包み、外側に曲げたり、内側に曲げたりします。
「結構骨があって、一つ一つ動くものなんだな」と感じる事が出来ます。

次ぎに足の指。
親指の第一関節を手の指でつまみ、前後に曲げます。
それが終わるとつまんだ指の先端を上に伸ばすよう引っ張ります。
その後、クルクルと左右に回して関節を緩めます。

親指から人差し指、そして徐々に外側に指へ。
右足から左足へ移ります。

指の1本1本をほぐした後に、手の指を足の指の間に差し込み、その状態で足の前方をクルクルと回します。
外回し、内回し。
順序はどちらでもお好みで。

適当な回数で動きを止め、そのままの状態を保ちます。
空いている方の手で土踏まずを押します。
人によっては痛みを感じるかも知れません。

数回押した後、土踏まずから手を離し、その手で足首をつかみ、クルクルと足首を中心に回します。
これも外回し、内回しを同じ回数。

回す回数は約10回ほどで良いと思います。

一連のマッサージが終わったあと、再び足の指を開いてみるよう指示があり、開いてみました。
が、あまり変わりませんでした(笑)

「1回ではあまり効果は出ませんから気にしなくて良いですよ」とインストラクターさん。

まぁ、そうですよね~。

足先、足指をほぐす、足関節をほぐすと腰の緊張を緩める効果もあるそうで、時々腰を壊す(数年に1度程度ですが)私は普段の空いた時間、ヨガクラスがスタートする前にこのワークを取り入れてます。

当初はあまり効果はありませんでしたが、数週間後には足の甲が柔らかくなったのが分かりました。
指も少しずつですが、思ったように動いてくれるようになてちきました。

足の指、甲、そして足裏に柔軟性が出来ることにより、ヨガの立ちポーズのバランスが良くなるのはもちろん、日常での身体の動き、歩行時に身体をしっかりと支えてくれるようになったと思います。

結果、あまり疲れを感じなくなりました。
体重の移動がしっかりと身体に伝わり、それをうまく受け止めたり、緩和したり出来る身体になりつつあるのかも知れません。

足先にある毛細血管を広げる効果もあるようで、冷え性に悩む女性は取り入れてみても良いワークかも知れませんね。

実際、私も(男ですが)例年冬に履いていた厚手のソックスではなく、春秋用のソックスで冬を過ごせましたし、室内で過ごす際は裸足でいる時間も長かったです。

また足の裏にあるツボや神経を刺激することにより、あまり使う事がなく眠ったままの感覚が呼び起こされることも実感。

足の裏だけでも様々な箇所にセンサーがあり、とても多くの情報を感じ取り、それらを脳に送ってくれているのだと感じるようにもなりました。

これらのセンサーが働くことにより、身体をうまく支えられるようにもなったと思います。

以前より感覚が鋭くもなったようで、出張先のタイで毎回受けている足裏マッサージがちょっとキツく感じるようになりました。
あまり心地よくないと言いますか。。。。これはちょっと寂しさを感じる変化になってしまいました。

専門家ではないので、個人的な経験談しか書けませんが、多くの人が実感出来る変化だと思います。

足のケア、足指のケア。
とても面白いですよ。

2019/05/10 金曜日はリラックス

こんにちは。

10連休が明けた週。
長い休みの間に仕事が溜まっていた人、連休中も忙しかった人。
十分な休暇が取れた人。
人それぞれの過ごし方をしたのではないかと思う。

どのような過ごし方をしたとしても身体に疲れを感じている人は多いことでしょう。

そんな1週間を過ごしたあとに迎えた金曜日。

リラックス系のヨガクラスに参加してきた。

インストラクターさんは身体に詳しく、ポーズが身体の度の部分にどう効いて、どのような効果が得られるのかを分かり易く説明してくれる。

15人ほどの参加者中、私以外の全員が疲れを感じているという状況もあり、脳を休める事に意識を向けた内容となった。

とても便利な時代に生きている。
移動は電車やバス、車。
短時間で遠距離移動が出来る世の中。
運動不足解消が叫ばれるくらい身体の負担が少なくなっている筈なのに、なぜか疲れを感じている人が増えているそうだ。

仕事や人間関係、家庭環境。
仕事中もオフの時間もゲームやSNSでネットに繋がり、人の評価や優劣に気を使う毎日。

身体というより脳が疲れているのではないか?とインストラクターさん。

ヨガのクラスの間でも「うまくポーズを決めたい」「今日は身体が思うように動かない。どうしてだろう?」など、人それぞれではあるが、何かを考えたり解決しようとして脳はフル稼働してしまう。

私も「ヨガが終わったら仕事に戻ろう」とか「自分の目標って何だろう?」なんて考えながらヨガに取り組む事もある。
これはこれで良い答えに出会えたりもするのだけど。

脳が働いてしまうのは仕方がないのだが、その負担を少しでも減らしてみようという話であった。

ポーズを決めている最中、様々な考えや思いが浮かび上がるけど、「そう感じている自分を受け入れる」「そう考えている自分を受け入れる」それだけで十分。

それが難しかったりするのだけど、私は呼吸に集中し、やや俯瞰した場所から自分を眺めるような感覚でヨガに取り組んでみた。
意識的に自分がボ~とした状態にしたかったので、視線を窓の外に向けてみたら、これが良い作用をもたらしてくれた。

インストラクターの声を聞きながら、窓外の空を眺め、自分の呼吸に耳を澄ます。
インストラクターの姿を見る事が出来ないので、時々ポーズを間違えていたと思うけど、そんな事はどうでもいいや!と思いながら、ポーズを取っていく。

時間の経過と共にとても心地よくなっていく。

このクラスでは難易度の高いポーズは取らないのだが、今日はとてもゆっくりと優雅なポーズが多かった。

クラスの終盤、ボルスターという棒状のクッションに背中を乗せ、腕と方をだらりと下げて胸を開くポーズを取ったのだが、これが特に気持ち良かった。
もう少しで寝る寸前。

そして仕上げのシャバーサナヘ。
「死体のポーズ」と呼ばれるポーズで、どのクラスでもこのポーズを最後に取ってクラスが終わる。

ただマットの上に仰向けに寝るだけ。
意識的に呼吸することなく、ただただ寝る。
5分程度の短時間だが、意識が半分以上飛んでしまうことが多いのだ。

今回も同様、意識が遠くなってしまった。

脳が何かを意識したとしても触れずにしておく。
そうすることで脳も解放されるのだろうか?

多くのタスクを1度にこなすことを嫌う、マルチタスクで働くと脳が疲労するとも聞く。
脳の働きを止める事は出来ないし、そんなことをしたら大変なことになってしまう。

呼吸すること、ポーズを取ること、五感を通して何かを感じること。
タスクを絞り込み、脳が淡々と過ごせるようにしてあげる。
結果、脳のストレスが解消するのかも。

私の場合はヨガだけど、流れる川を眺めたり、芝生や公園のベンチで横になり、ただ空を見上げたり、目をつぶり耳を澄ませて周囲の音を受け止める。
そんな時間を持つだけでも、もしかすると脳をリラックスさせることが出来るかも。
結果、蓄積した疲労、そう感じてしまっている疲労感から解放される。

ボケ~とする時間。
短時間でも良いので日常に取り入れてみては如何?

2019/05/08 体幹コントロールピラティスに参加

ヨガを習い始めてから感じるようになった体幹やインナーマッスルを鍛える必要性。

これは個人差があると思います。

私の場合、長年運動から遠ざかっており、また元々バランス感覚がやや欠けていたような自覚もありました。

一時期、日本に格闘技ブームが吹き荒れていた頃、ブラジリアン柔術を習っていたのですが、簡単にバランスを崩されたり、バランスを維持する体勢が苦手でした。

ヨガスクールに通い始めてからも、片足で立つポーズやバランスをキープするポーズに対して苦手意識が働いたり、実際体勢を維持するのがキツく、身体がプルプル、ユラユラするのを感じていました。

最近ではやや身体の揺れも抑えられるようになったように思いますが、せっかくヨガを習い始めたのだし、どうせなら少しでも綺麗にポーズを決めてみたい!と思い、ヨガをする身体作りのサポートとして体幹コントロールピラティスを受けてみることにしました。

インストラクターさんの指導に従い、お腹を意識しながら身体を動かしていきます。

体幹というワードを聞くと、どうしてもジムワーク的な内容を想像していたのですが、地味な動きを呼吸に合わせて取り組む内容で、汗まみれになるなんて事はなかったです。

しかしスポーツとは違い、身体の特定の部分のみを動かすパターンがあり、それが地味に難しかった。

例えば骨盤だけを動かすワークがあるのですが、どう動かして良いのか?果たして骨盤だけを動かす事が出来ているのか?が自覚出来ず、取り組みながら自問自答を繰り返すような状態だった。

クラス終了後にインストラクターから「大丈夫ですよ、ちゃんと動かせてましたから」と言ってもらえたものの、その動きを全く理解、自覚出来ないまま1時間のクラスが終わってしまった感じだった。

インストラクターさん曰く、慣れもあるので継続的に参加していけば、様々なワークを自覚出来るようになるそうだ。

腹筋を使ってバランスを取ったり、半分空気の抜けたペニャペニャのボールを足に挟んで動いたり、ポーズを維持したり。
ゲーム感覚で取り組める動きもあり、ヨガとはまた違った楽しさを感じた。

ちょっと戸惑ってしまったこともあった。

呼吸。

ヨガの場合は鼻から吸って鼻から出す鼻呼吸なのだが、ピラティスの場合は鼻から吸って口から出す呼吸法。
呼吸のペースもヨガとは違い、やや早い間隔で呼吸をするのだ。

動きに気を取られていると、いつの間にか鼻呼吸になってしまっていた。

ヨガをするときのようにゆったりとした呼吸をしているとピラティスの動きや展開についていけないので、自分の呼吸をアジャストさせる必要性を感じた。

でも、これは慣れれば普通にアジャスト出来るだろう。

もう少しピラティスに参加する機会を増やしたのだが、仕事もあるので、週に1度の参加をキープするのが精一杯だろう。

ヨガをメインにして骨盤矯正とピラティスで身体作り。

少し俯瞰した視線で自分を眺め、内面と対話し、自分がどうなっていきたいのかを描きつつ取り組んでいきたいと思う。

また新しい楽しみが一つ増えた。

アーユルヴェーダの体質 私の場合 ピッタ

こんにちは。

ご存知の方も多いと思いますが、アーユルヴェーダには3つの体質があります。

ヴァータ
ピッタ
カパ

です。

2019年3月、出張先のバンコクを訪れた際、同市内にあるヨガスクールで専門のドクターに体質診断をしてもらいました。

診察と言っても普段我々が受ける健康診断のようなものではなく、触診がメインでした。

診察を受ける前、食生活や生活サイクルに関するインタビューがありました。

起床時間、食事を摂る時間やその内容。
定期的に運動をしているのか?
しているのであればどのようなスポーツか?

インタビューを紙に書き出したものを持ってドクターと対面。

ドクターはヨガのインストラクターも兼ねているインド人。
英語が出来ないとのことで、スクールの女性オーナーが通訳として同席してくれました。

指先や足の指をつまんで軽く圧を加える。
呼吸をするよう促され、脈拍を見ながら呼吸を繰り返す。
椅子から立ち上がり、部屋の手前から奥へ、奥から手前に何度か歩かされました。

歩き方や歩いている姿を見て何が分かるのだろうか?
そんな事を考えながら部屋の中を何度か往復しました。

診察結果はすぐその場で伝えられました。

私の体質はピッタ。

解説書によると消化と代謝の機能が強く、食欲は旺盛。
たくさん食べてもしっかり消化できるそうだが、食べ過ぎは良くないので節度を持ってとのこと。

10時から14時、22時から2時までが適した時間帯のようだが、夜は23時頃には寝てしまうし、10時から14時も特にアクティブという自覚もないので、この変の説明は良く分からない。

夏から秋にかけてより活発に動ける身体で、肉体的には30歳から60歳に良い状態になる。

この辺の説明に関しては正直ちょっと分からない事が多く、「そういう体質なんだ」と軽く受け止めておくことにした。

身体的な特徴としては、中肉中背、筋肉や皮膚がしなやかで柔らかい。
肌はつやがあり赤みがかっている。
若はげや若白髪になる人が多く、これはピッタ体質の人は頭に血が上りやすく、皮膚を温めてしまう傾向があり、この反動で毛髪に影響が出てしまうかららしい。
若はげという事を含め、身体的特徴は合っているような。

食欲は旺盛で消化する力も強い。
反面、お腹が減るとイライラする。

排泄は多い
暑さに弱い。
冷たいものを好む。

これも合っているように思います。
ただ、冷たいものはあまり摂らなくなっていて、普段は暖かいお茶、白湯、常温の水を飲んでます。アイスはほとんど食べなくなりました。

精神的な特徴は頭脳明晰で物事を論理的に考え分析するタイプ。
リーダー気質。
心身のバランスが取れている時は喜びに満ちた態度を取る。
誰でも気持ちの良い時は多少ゆとりのある態度言動になると思うけど、ピッタの人はよりそういう傾向が強いということなのだろうか?

正義感が強すぎるので、精神的なバランスを失っている時は自分と反対の立場にいる人や意見を遠ざける、押さえ込む傾向があるそうだ。
これはちょっと自覚があるかな。
今はそうでもないけど、若い頃は確かにそんな傾向が強かった。

ピッタだからと言って100%ピッタの体質、精神、肉体的特徴が出るという事ではなく、3つの体質の中でよりピッタの傾向が強く出るということだし、年齢や環境などにより体質も変化するので、あまり囚われ過ぎないようにとの説明も受けた。

生きている自分自身を中心にしながら、ぼんやりと3つの体質を意識する、その傾向を生活に取り入れる感じで良いのだろう。

ドクターからは身体の持つポテンシャルの80%位は使えているし、神経と筋肉の連動や身体の動かし方も良いと伝えられた。
今と同じ生活パターン、食生活やヨガや散歩などを継続していくようアドバイスを貰えた。

ただ気になるのは呼吸が浅い傾向があるので、ヨガを通して呼吸法を学ぶなど改善すれば更に強い身体を作り上げる事が出来るとのこと。

呼吸って意外と出来てないものだな、とヨガを習い始めた際に感じ、それ以降は比較的意識していたけど、まだまだ改善の余地ありってレベルだったのだ。

まぁ、余地ありって事は改善する可能性、伸び代があるってことだから。

今度、ヨガや瞑想の時間を積み重ねていく過程で、意識しながら取り組んでみたいと思う。

知れば知るほど奥深いヨガとその周辺の世界。

楽しみは尽きない。