ムエタイ少年 タイ 

ムエタイ少年

長い付き合いになったタイ王国

最近では回数が減ったけど、多いときには年間で12回。
つまり毎月現地へ飛んでいた時期もある。

そんなタイに初めて訪れたのは大学2年生が終わった3月。

約1ヶ月掛けて、北のチェンライから南のプーケット、ピピ
島を巡る1人旅だった。

このエピソードはそんな1人旅の途中で立ち寄った街での話だ。


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カンチャナブリ。

あまり聞き慣れない街の名前だけど、戦中この街には日本軍が築いた
外国人捕虜収容所があったし、その収容所を舞台にした「戦場にかけ
る橋」という映画もあった。

バンコクから比較的近い土地なので、ツアーに組み込まれている場合
もある。

バンコクに住む人達も「あの街は暑いよ」と口にするくらい、気温が
高い街。


映画「戦場にかける橋」の舞台にもなった橋を見に1泊立ち寄ってみ
た。

実際の橋を見ると映画で見たような大きさはなく迫力に欠けたけど、
南国独特の景色は趣があった。

現地の人達や観光客がその橋を歩いて渡る。
時々蒸気機関車が警笛を鳴らして橋を渡る。

のどかな田舎町。
のんびりとした景色。

私も橋を渡り、写真撮影の為に訪れていた欧米人たちと旅の情報交換
をしながら、タイの田舎町での時間を楽しんだ。

大学を卒業して社会人になったら、こんな時間なんて取れないんだろ
うなぁ。
今のうちに楽しんでおかないと。
そんな事を思ったりもした。

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夕方になる前に橋の見学を終えた私はホテルに帰ることにした。

旅行本を片手に地図を見ながらとぼとぼと田舎道を歩いていると、広
い原っぱに出くわした。

そして原っぱの中心にはやぐらが組まれていた。
やぐらの下にはリングが組まれており、数人のファイター達が練習を
していた。

ビシッ!
バシッ!
リングからはサンドバッグを叩く音、蹴る音。

エィッ!
シュツ!

サンドバッグを蹴るタイミングで選手達が発する独特の声も聞こえて
くる。

ムエタイ。

パンチとキックが中心の技術体系。
相手の首を掴んでの膝蹴りや一発で顔を切り裂く肘打ち。

タイの国技だ。

門も囲いもないやぐらの下。
練習は通行人に丸見えだけど、彼らの練習を見学している人はいない。
きっとこの街では当たり前の光景なんだろう。

格闘技好きな私は原っぱの中に入り、リングが組まれたやぐらに近づい
た。

「ハロー」と笑顔で手を上げると、何人かのファイターが笑顔で頷いて
くれた。

ムエタイファイター。
ファイターだけど、彼らはまだ幼い。
多分13~15歳くらいだっただろうか。

タイでは貧困家庭に生まれた子供がムエタイファイターになるケースが
多いと聞いていた。

目の前で練習している少年たちも、きっとそんな家庭に生まれたのだろ
う。

幼いファイターたちの中で、1人だけ技術の高い少年がいた。

キックやパンチ。
時折見せる肘も早くて鋭い。
無駄のない動きは美しい。

思わず彼の動きに見入ってしまった。

時折コーチらしき人が彼の指導をする。
真剣なまなざしでコーチの話を聞き、すぐにサンドバッグを叩き始める。

ひとつの事に集中する目。
当時私は大学生だったけど、大学生活をちんたらを過ごす毎日。
もうあんな目はしていないのだろうなぁ。。。

真剣にサンドバッグと向き合うムエタイ少年を見ながら、
「何とかしないとな」
「取り戻せるかな、あんな気持ち」

ついつい自分と比較してしまったりもした。

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カーン!
練習終了を知らせるゴングが鳴った。


リング上に流れていた緊張感が溶け、コーチがにこやかに練習生たちに
声を掛ける。
冗談でも言っているのだろうか。
ケラケラと笑い出す少年たち。

鋭い動きを見せていた少年が私を見つけ笑顔を見せてくれた。
そして「リングに上がって一緒に練習しようよ」
そんなジェスチャーを見せて笑ってくれた。

私が首を横に振り「ノーノー」と言うと少年はケラケラと笑った。

そして少年と彼の友達が近寄ってきた。

「ねぇ、日本人?」
「そうだよ」

ムエタイ少年がややぎこちない英語で話しかけてきた。
少しだけ英語が話せるのだ。

私が日本人だと分ると少年とパートナーが顔を見合わせて笑った。

街で日本人を見かける事はあっても、話をするのは初めてとのことだ。

年齢は13歳。
学校には通わず、このジムでムエタイファイターとしてデビューする
ことを目標に練習している。

毎日の練習は厳しいけど、新しい技術を覚えるのは楽しい。
そしてデビューして有名になって、たくさんのお金を稼いで、家族を
楽にさせたい。
そう話していた。

13歳の少年が家族を楽にさせるために。。。
20歳を過ぎた私は日本でちんたらとした大学生活を送っているとい
うのに。。。偉いなぁ。

そう思いながら、日本にいる父と母の顔を思い浮かべた。

「将来はどんなファイターになりたいの?」
私が質問をすると

「早くバンコクのリングで戦えるファイターになりたい!」
ムエタイの殿堂、ルンピニーとラジャダムナン。
この2つのリングのどちらかでベルトを巻く事が出来れば、お金だけ
ではなく、名誉も手に入れることが出来る。
ムエタイファイターの目標となるリングだ。

少年の目は眩しいばかりに輝いていた。
夢を持っている人だけが放てる光。
褐色の肌からオーラのようなものが放たれていた。


「目標にしているファイターはいるの?」

「うん。ハルク・ホーガンさ!」

えっ???
ハルク。。。。ホーガン????

ホーガンはムエタイファイターじゃなくてプロレスラーじゃん!

大声で笑ってしまった。
真面目に答えた少年も釣られて笑っていた。

ハルク・ホーガンはアメリカのプロレスラー。
世界的な知名度を持ち、プロレスばかりではなく映画にも出演したり。
稼ぐ金額も半端ではなかった。

テレビで悪役レスラーをバッタバッタとなぎ倒すホーガンに憧れる。
違和感を感じたけど、まだ13歳の少年だ。
格好良いヒーローへの憧れが強いのだろう。

少年らしい姿に少しホッとした。

「じゃあ、そろそろホテルに戻るね。楽しかったよ。ありがとう」
「アリガト」
少年が日本語で応えてくれ、その他の少年たちと一緒にが笑顔で手を
振り見送ってくれた。

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良い出会いだったな。

観光地巡りもしたいけど、現地の人達と話がしたい。
ツアーではなく、街に住む人達と自然に出会い、触れあってみたい。

それが私の旅の目標でもあった。

原っぱを抜け出してしばらく歩いていると、ピッピッ!とバイクの警笛。
振り返るとバイクに乗ったムエタイ少年だった。

「ホテルどこ?」
「うん、このホテルなんだけどね。ここから歩いて10分くらいかな」

「良かったらバイクで送るよ。後ろに乗って」
「いいの?」
「うん。家の方角と一緒だし」

なぜか13歳がバイクに乗っていたのだけど、そのときは深く考えずに
彼の好意を受け入れ、バイクに乗せてもらった。

少年が運転するバイクに2人乗り。
しかも2人ともヘルメットなし。

風は生ぬるかったけど開放感があって楽しかった。
アジアだな!

カンチャナブリの風景を楽しんだ。

その時だった。
私たちの後ろから
ウ~ッ!という警告音

振り返ると白バイだった。

私たちが乗るバイクを楽々と追い越したところでスピードを緩めた白バイが
バイク停車するようジェスチャーで命令してきた。

バイクを止めると警官が近寄ってきて、少年に何かを話しかけている。

二人乗りしてたし、ヘルメットも被ってない。
ヘルメットは仕方ないにしても、少年は私を送る為に2人乗りをしてしまっ
たのだ。
私から警察官に事情を説明しなければ、ムエタイ少年に申し訳ない。

警察官に近づき、

「すみません、私は日本人なのですが。。。」と話し始めると警官が手で
話を遮った。

少年はかなり怒られていた。
何度も何度も頭を下げていた。

悪いことしちゃったなぁ~~。

罰金を取られるような事になったら、私が負担してあげよう。
そんな事も考えていたけど、警官は注意をしただけで立ち去ってしまった。

去って行く白バイを見ながら、少年は下を出して笑顔を見せてくれた。

「大丈夫だったの?」
「うん。良くあることさ。単なる嫌がらせ。さっ、ホテルへ急ごう」

警官の注意を受けた後にもかかわらず、私と少年はノーヘルで二人乗りの
ままホテルに到着。

「ありがとう」
「you are welcome。またタイに来る事があったら練習を見に来てね」
「うん。必ず」
そう答えながら、この先、タイへ来ることなんてあるのかな?と思った。

「バイバイ」
ムエタイ少年が笑顔のままバイクに乗って立ち去って行った。

少年の姿が見えなくなるまで、彼の後ろ姿を見送った。

あの少年。
ムエタイファイターとしてデビューしたのかな?

ファイターとして成功することが出来ていなくても、
幸せな暮らしを手に入れる事が出来ていると良いな。

カンチャナブリのムエタイ少年。

おわり





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