歩道にある屋台カフェ
以前のMだったら絶対に選ばない場所で
約半年振りに言葉を交わした。
ぎくしゃくとしたした空気を一掃出来ないままに
別れたあの日。
まさかそれがMとヒースと会う最後になってしまうとは、当時は
全く思ってもいなかった。
ただ、心の中に吹く隙間風を感じてはいた。
彼らとの距離感が少し変わった。。。もう以前のような関係には戻
らないかもな。。。
そんな気がした。
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帰国した私は日本の仕事に追われるようになっていた。
取引先が成長期に入り、以前のように日本と台湾と行ったり来たりする
時間がなくなり、海外はタイへ行く事がほとんど。
台湾のことは常に頭の片隅にはあったけど、具体的な訪台の計画はなか
った。
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早朝から夜遅くまで、取引先との仕事に追われていたある日のこと。
台湾の友達から電話が入る。
LINEでの無料通話だ。
忙しかったけど、久々に友人と言葉を交わしてみたいと思い、仕事の手を
休めスマホ画面をタップした。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
声の主はテリー。
「お~!テリーじゃん!久しぶりだね。元気だよ。テリーは?」
「はい。お陰様で。今は新竹の実家を離れ、台北で仕事をしています」
「そうなんだ~。もう2年位会ってないものんね」
「はい。早いですよね。今も台湾へ来ているのですか?」
「いや、日本の仕事が忙しくなちゃってさ。行く時間が確保出来なくてね」
「そうでしたか。あの~。。。今もMさんたちとは連絡を取ってます?」
「いや。連絡は取り合ってないな~。2年前に会ったきりだよ。彼女の仕事
もうボロボロになってたからね。俺に連絡する余裕もないんじゃないかな
な~」
「はい。ボロボロと言うか。。。会社は倒産しました。彼女は破産していま
すよ」
「えっ?倒産しちゃったの?自己破産! 本当かよ!?」
「はい。もう1年位前ですよ。彼女、ちょっとした有名人でしたからね。地
元新竹ではちょっとした事件でした」
「そっ、そうかぁ~。倒産しちゃったんだ。。。」
そしてテリーからは耳を疑うような話を聞くことになる。
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Mはスタッフの解雇や不採算店舗の閉店などを進めたようだが、収支は悪化
の一途を辿るばかり。
毎日ように銀行からの掛ってくる返済を迫る電話に精神的にも追い詰められ
れていく。
家や車を売ったお金も高級マンションの家賃に消えてしまい、返済どころで
はない状況に陥っていった。
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「あなたの。。。あなたの先祖が怒っています」
「私のご先祖が?」
「はい。とても怒っておられます」
「そっ。。。そんな。ご先祖様の怒りが私のビジネスに影響を?」
「はい。そうです。なんとかしなければなりません。このままでは、あなた
の運命は。。。」
「なんとか。。。なんとか出来ないんですか?私は。。。私は何をすれば良
いのでしょう。。。?」
「私はあなたを救えます。私の言うことに従いなさい。そうすればご先祖様
の怒りは収まり、あなたはまた以前のような実業家に戻る事が出来ます。
私を信じるのです」
「はい。何でも。。。あなたの言う通りに何でもします。どうか。。。どう
か私をお救い下さい。。。」
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Mはある占い師のオフィスにいた。
やることなすこと全てが裏目に出る。
「私には実力があるのに。。。これには運気が関係してるんだわ」
そう思ったMは占い師に救いの道を求めたのだ。
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「ご先祖様たちのお墓の場所が良くありません。あの場所はご先祖様たちに無限
の苦しみを与え続けているのです。1日でも早く、ご先祖様たちをあの苦しみ
から救っておあげなさい」
「はっ。はい。ご先祖様たちをお救いすれば、私の運気は変わり、私のビジネス
も以前のように興隆していくのですな?」
「はい。ご先祖様たちはそう申しております。さぁ。早く。早くご先祖様たちを
あの場所からお救いするのです!」
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Mは多額のコンサルティング料を占い師に支払ったという。。。
そしてご先祖様たちが眠る墓を掘り返し、別の墓地へ移動させた。
親族や兄弟姉妹たちに断ることもなく。。。。
代々一族が守ってきた墓地から勝手に他の墓地へ移動させてしまったMに対して
彼女の一族が一斉に怒りの声を上げたが、すでに墓地を移してしまった後だった
。
自分のビジネスの為ならなりふり構わず何でもする。
そんなMに対して一族は関係を切る事を通達。
Mが人に対して素直になり、頭を下げる事が出来る人であったなら、親族家族か
らの金銭的な援助も得られたと思う。
才能溢れる一族で、兄弟姉妹のほとんどはMよりも大きな事業を展開していた。
有名な建築デザイナーで世界を飛び回っている人もいた。
なぜ、相談をしないまま。。。彼女のプライドだったのだろうか。。。
こうしてMは孤立していく。
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バタン!
ある日の朝。
キッチンでコーヒーを飲んでいたヒースが倒れた。
驚いたMが救急車を呼ぶ。
元々心臓に難のあったヒースは真相発作で倒れてしまった。
そして。。。。入院先で検査を受けてみると肺がんを発症している事が分かった。
ステージ4。。。
「余命数ヶ月です。。。」医師からそう言われた通り、ヒースは数ヶ月後にこの
世を去ってしまった。
呆気ない最後だった。
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Mとヒースはビジネスもプライベートでも良いコンビだった。
両輪のうちのひとつが外れてしまった。
こうなると不安定な一輪車は蛇行運転を繰り返すようになる。
人を巻き込みながら。。。
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窮地に陥ったMが手を出したのはスニーカーの販売。
「有名ブランドのスニーカ-が安く買える店」とのことで一時はお客さんで溢れかえ
った
しかし、Mが販売していたのは中国から裏のエージェント達が輸入している偽物だっ
た。
Mは偽物商品と承知の上で販売をしていたのだ。
儲かれば。。。良い。
一時的であれ、自分のビジネスが再浮上出来る資金。
改めて立ち上がる為に必要な資金が必要だった。
その為には。。。。何でもやる。
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「なんだよこれ、偽ものじゃんかよ!」
若年層の子供たちは騙せても、スニーカーマニア達の目を騙せるほどのクオリティで
はなかった。
「あの店は偽物を売っている」
「客を騙すロクでもない店」
「絶対に行かな方が良い」
瞬く間に悪評が広がってしまった。
偽物だとは知らずに販売していたスタッフ達もMの行動に失望し、彼女の周囲から離
れていってしまった。
そして。。。。最後の1店舗も閉鎖に追いやられた。
ジーパンの小売りから仕事を立ち上げ、朝から晩まで働いても少しの利益しか上げら
れなかった時代を経て、ヒースと出会い、ヒースの資本力で瞬く間に会社を大きくし
たM。
大きな邸宅。
ドイツ製の高級外車。
派手な交流。
仕事を育て、人を育て、業界を超えて知名度が上がった。
わずか10年弱で上り詰めた場所だった。
我が世の春を謳歌したM。
繁栄期は数年でピークアウトしていき。。。。
Mのビジネスが終わりを迎えた。
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「ねぇ、テリー。テリーはMが今どうしているのか知ってるの?」
「はい。それが。。。。実はそのことで電話したんです」
テリーの口調が重くなった。
「俺に何か出来る事があるの?」と私が聞く
「いや。もう連絡を取っていないのでしたら。。。。」
「何があったの?話してよ。出来る事があれば協力したい」
「実は。。私の遠縁にあたる人が詐欺に遭いまして。。。」
「それって。。。Mに欺されたってこと?」
「はい。そうなんです。仕事の話を持ちかけられて。。。Mさん、話が上手いじゃない
ですか。。。うちの親戚、まんまと欺されてしまって。。。」
「警察には相談したの?」
「はい。でも、全部口約束で進めちゃったらしくて。。。証拠が何もないんです」
「。。。。。」
テリーの話では他にも同様の手口でお金を巻き上げられた家族があるらしい。
「どうやらもう新竹にはいないみたいなんですよね~」とテリーは続けた。
あのMが詐欺師。。。
テリーの話を聞きながら、Mとの思い出が次々と脳裏を過ぎっていく。
仕事、お金、人。。。。全てに見捨てられ、最後に残ったのは「人を欺す話術」だけ
だったとは。。。
テリーとの会話が終わった後、Mの携帯へ電話をしてみたけど、もう使われていない
番号になっていた。
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「Mさん、元気かね?」
何も知らない母は箪笥にしまってあるMからのギフトを見る度にそう聞いてくる。
Mからのギフトは翡翠のブレスレットだった。
アクセサリーなどを身に付けない母は、Mから貰ったブレスレットを身に付ける事は
なく、「台湾の思い出」として大切に箪笥にしまっている。
あの経済状況のMには負担も大きかったと思う。
私の母への気持ちだけは本物だったのだろう。
「どうしてるんだろうね?元気だと思うけど、連絡が取れないからなぁ。。」
Mが詐欺師にまで身をやつしてしまった。。。とは言えない。
「Mさん、元気かな?」
年に1,2度、思い出したようにMの名を口にする母を見る度に私の胸は痛む。
(おわり)