M 8

Mの会社のスタッフ、スカイ。

優秀な営業マンだ。

彼からはMの会社の現状を聴く事が出来た。

でも、彼の知っている事でさえ、氷山の一角なのだろう。

スカイの携帯にMからの連絡が入った。

Mが店に到着したようだ。

いよいよMとの対面だ。

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カフェでの支払いを済ませてくれたスカイと2人。

もう少し話をしていたかった。

共通した思いがあるのだろう、私たち2人はややゆったりとした歩調だった。

「ねぇ、スカイ。あんな状況になっている会社でも君は支えていくって言っ
 たじゃん。それほどMのは感謝してるの?」

「はい。俺、田舎からこの街に何も持たずに出てきて。。。世の中の事、何
 も知らなかったんスよ。当時仲間になってくれた奴がMさんの会社で働い
 て、俺を紹介してくれて。。。あっ、そいつはMさんと喧嘩してとっくに
 辞めてるんスけどね(笑)」

「そうだったんだ」

「はい。何にも知らない。何も出来ない俺に仕事を教えてくれて、取引先を
 任せてくれて。。。ここまで育てて貰った恩義があります。たくさんの仲
 間たちに出会えて、俺、幸せなんスよ。お金は重要だけど、それだけじゃ
 ないって、俺、思うんス」

スカイは胸を張って言葉を続けた。

「それもこれも、全てMさんとの縁が運んでくれたもの。例えMさんに裏切
 られたとしても、俺がMさんを裏切るような事はしません。最後までMさ
 んの元から離れません」

スカイの言葉からは覚悟が感じられた。

覚悟がなければ沈みゆき会社になんて残れないし、給料が出ていないスタッ
フの弁当代まで賄えないよなぁ~

(こいつ、凄い男だな。俺より若いのに器が違うわ)

素直にそう思った。

そしてMが待つ店に到着。

いよいよMとの再会だ。

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「お待たせしました~!」

スカイが元気よく声を出しながら店のドアを開ける。

私が続く。

スカイの声に振り向くMとヒース。

「お久しぶりですね。お帰り。スカイ、ありがとうね」と優しい口調のM。

「お帰り。元気だったかい?」とヒースも挨拶してくれた。

普段よりも優しい口調に感じたのは、彼らの現状を知っているからだろうか。。。

「うん。何も変わらないよ」

そう答えながら2人の顔を見ると、笑顔ではあるけれどいつもと違う。。。

2人とも頬がやや瘦けているような。。。Mの顔には張りがない。

ヒースに至っては目の下のクマが目立つ。

相当疲弊しているように感じた。

「喉は渇いてない?」とM。

「大丈夫。スカイがミルクティーを奢ってくれたから。スカイ、ありがとう」

スカイは笑顔で応えてくれた。

「俺は下の階を手伝ってきます。ゆっくりしていって下さいね」

スカイは右手を挙げてそう言うと地下のスペースを降りて行った。

私とMとヒースの3人になった店の中。

どことなく気まずい空気になった。

「ちょっとお茶でもしましょうよ」とM。

「そうだな。コーヒーブレイクにしよう」とヒース。

「忙しいんじゃない?店の事は大丈夫なの?」と私が聞くと

「スカイがいるわ。心配ない」とM。

私たち3人は店を出る。

いつもならMが運転する車に乗り込むところだが。。。スカイが話した通り
Mたちはすでに車を売ってしまっていた。

特に会話もなく、3人でトボトボと人通りの少ない道を歩く。

3人で道を歩くなんて初めてかも知れない。

私の前を歩くMとヒース。

2人は手を繋ぎ、Mがヒースに寄り添って歩いていた。

アスファルトに映る2人の影が寂しそうだった。

Mもヒースも不安なのかも知れない。

しばらく歩くと

「ここにしましょう」とMが足を止めて私の方へ振り返った。

「うん。いいね。台湾っぽくて」と私は答えた。

カフェではなく、ほぼ屋台。

店先で女性オーナーらしい人が1人でコーヒーやお茶を作っている。

折りたたみ式のテーブルが3卓だけ。

テーブルの横には日よけのパラソルが立てられている。

以前のMだったら、こんなところでお茶しないだろうな。

「お姉さん、私はミルクティーを。ヒースはホットね?あなたもミ
 ルクティね?」とMが3人のオーダーをまとめて伝える。

「ここのミルクティ。なかなかイケるのよ」とM。

「あぁ。俺もここのコーヒーが好きでね」味音痴のヒース。
説得力がない。

「そうなんだ」と返事する私。

ギクシャクしたままの空気。
どうにも変えようがない。

「驚いたでしょ?」とM。

「うん?何が?」
トボけた調子の私。

「あのオフィスね。。。」

「契約を更新してくれなかったんだってね」とMの言葉を遮るように
私がそう言った。

「あら。良く知ってるわね」

「あぁ。さっきスカイからね。僕たちのせいで契約更新出来なかったって」

「そうなのよ~。ほら、あの子達。ピアスやらタトゥーやら。見た目が。
 。。。ね」と笑うM。

「麻薬密売組織に間違われたって」と私。

「そう。大家は真面目な人でね。古い人間だから。更新はこっちから断っ
 てやったわ。私の大切なスタッフを極道呼ばわりするんだもの。こっち
 からお断りよ」

自分たちの経営的な問題で更新出来なかったというのにスカイたちスタッ
フに責任をなすりつけている。。。ちょっと腹が立った。

スカイの気持ちを。。。。この女は知っているのだろうか。。。

知っていたとしても、こういうセリフが言える女。。。それがMだ。

「○○路の店。。。閉めちゃったんだ?」

Mの口ぶりに怒りを覚えた私が、やや強い口調でそう言うと

「あら?あの店の事も知ってるの?」

ヒースがバツの悪そうな表情をして道路を走るバイクや車の群れに視線を
移した。

「あぁ。久々だったから、スタッフさん達の顔が見たくてさ。そしてらシ
 ャッターが閉まってて。近くの店の人に聞いたら閉店したと教えてくれ
 てね」

「オッホッホッホ。あなたって凄いわね。何でも調べちゃうんだ。怖いわ
 」
からかうような口調のM。
でも、表情に少し焦りの色が現れていた。

「仕事の方はどうなの?○○路はMの会社の旗艦店だったじゃない?今後
 は違う場所に店を出すの?」

「あなた。。。覚えてないの?」とわざと目を大きくするM。

「覚えてないって。。?何を?」

「やだわ~。半年前、私たちタイのバンコクで会ったでしょ?その時に話
 したことよ」

「あぁ。あの話か。。。」

「そうよ~。私たちの実力を試すには台湾は小さ過ぎだわ。これからは東
 南アジアよ。台湾の事業規模をコンパクトにして、ここの仕事はスカイ
 に任せるの。そして私とヒースはバンコクを拠点にして、マレーシアや
 ベトナム、チャンスがあればシンガポールにも進出するわ。私の友人が
 シンガポールに住んでいてね。いつでも協力するって。あの人、私と組
 めば、大もうけが出来るって知ってるのよね~」

「そんな友達がいるんだ?シンガポールに」

「いるわ!彼女は私を信用しているわ」

「そう。心強い助っ人がいて良かったね」

顔の広いMのこと。

シンガポールに1人くらいは友達がいるのかも知れない。

「で、会社の引き継ぎはスカイに伝えてあるの?」

「えぇ。もちろん。彼も大喜びよ。一介の営業マンがあれだけの規模の会
 社の社長になるのよ。なんの苦労もなくね。大金と地位と名誉。欲しが
 らない訳ないじゃない」

(嘘だ。。。。本当だったらさっきのカフェでスカイの口からその報告が
 あったはずだ。。。)

「社員やバイト、店舗も全てスカイに引き継いでもらうの?」

「う~ん。何人かの使えない社員やスタッフには辞めてもらうわ。ジョー
 ジやビッグモー。。。彼ら、全然使えないから。。。」と両手の平を上
に向けて肩をすくめたM。

(使えないって。。。ジョージは街でも評判のスタッフだぞ。理由も伝え 
 ず給料を払ってない癖に。。。)

「スカイは彼らと仲が良いでしょ?だから、スカイが会社を引き継ぐ前に
 私たちから彼らに引導を渡すわ。はぁ~、経営者って大変よ~。人に嫌 
 われ、憎まれることも率先してやらなければならない。これは私とヒー
 スの義務よ。スカイの負担を少しでも減らしてあげないと。。。ねぇ、
 ヒース」と視線をヒースに向けたM。

「あぁ。そうだな。ワイフの言う通りだ。辛いよ。。。」と目を伏せたヒ
ース。

ヒースはもう私と目を合わせようとはしなかった。

不器用で嘘が下手なヒースは私に見抜かれるのが嫌だったのだろう。

辛いよ。。という彼のセリフは別の意味で本音かも知れない。


「本当に行くの?タイへ?そんなに簡単じゃないと思うよ」

Mの即興作り話に腹が立った私は少し吐き捨てるような口調で言ってしま
った。

「あら?私とヒースの力じゃ無理だって言いたいの?」

Mの表情が厳しくなった。

私の口ぶりにカチンと来たようだった。
目が釣り上がっている。

「簡単じゃないって言ってるだけさ。だって現地で協力してくれる人はい
 るの?現地で何をするのさ?」

「これから考えるわ。私とヒースなら何だって出来る自信があるわ。ねぇ
 ヒース?」とヒースへ視線を送るM。

「うん?あぁ。いろいろね」力ない笑顔のヒース。

相変わらず視線は外したままだ。

Mの話は口から出任せで、ヒースとは何の打ち合わせもしていないようだ
った。

不器用なヒースは相づちを打つのが精一杯だった。

Mは釣り上がった目のまま私を睨み付けたままだった。

Mの作り話に付き合っているのが辛かった。

ひとつの嘘をつく事によって、また大きな嘘をつく場面を引き寄せてしま
う。

口の上手いMだが、ジョージやジャッキーたちから話を聞いてしまってい
た私には薄っぺらな。。。まるで子供の作り話のようにしか聞こえなかっ
た。

Mとは喧嘩もしたけれど、これまでの関係は概ね良好だった。

ジーパンの小売り店を切り盛りする毎日。
ヒースとの出会い。
アメリカのブランド品を輸入することよって会社を急成長させた行動力。

人脈の広さ。

仕事に没頭するパワフルな1面を持ちながらも、週末はヒースとの時間
を最優先。とても大切にしていた。

個人的にも食事からプライベートなことまで、とても良く面倒を見てく
れてもいた。

私の前で即興作り話を並べるMに失望した。

そして寂しさも感じ始めていた。

(これ以上、ここでMからこんな嘘八百を聞いているのは辛い。。。)


「そう。ちょっと疲れたから、俺、ホテルに戻って休むよ」と私が立ち
上がる。

「珍しいわね。あなたが疲れるなんて」

「俺も人間だもん。たまにはこんな日もあるよ。また連絡するよ」

「分ったわ。私たちからも連絡する。タイのビジネスが軌道に乗ったら
 バンコクのホテルでパーティよ」

「うん。待ってるよ」
そう言いながら、Mとヒースに軽く手を振り、屋台カフェから立ち去ろ
うとした瞬間。

Mがカバンから小さなギフトボックスを出してきて「はい」と言いながら
その箱を私の方へ差し出した。

「うん?何これ?」

「あなたの。。。あなたのお母様へ。。。渡してちょうだい」

「うん。いいけど。。。どうして?」

「私たちがタイへ行ったらしばらく会えなくなるわ。だから少し早い
 けど、お母様への誕生日プレゼントを用意しておいたの」

「そっ、そうなんだ」

Mは若い頃に母親を亡くしていた。

2度ほど会った私の母を本当の母のように思い、とても大切に接して 
くれていた。

「オカアサン」慣れない日本語で私の母をそう呼んでくれていた。

どこへ行くにも手を繋ぎ、いつも気に掛けてくれていた。

「ありがとう。日本に帰ったら母に渡すよ」

「きっとよ」

「うん。必ず」

「お母様のこと大切にね」

初めから終わりまで全て嘘で塗り固められた話ばかりだったけど、M
の母に対する思いだけは本物だったのかも知れない。

「ありがとうM。ヒースも。。元気でね」

「アリガトウ」とヒースが笑顔で応えてくれた。

「SEE YOU. 再見」Mが笑顔で右手を振った。

この日が彼らと会う最後の日になってしまった。

その後のMとヒースの話は台湾の友人知人たちからメールで知らされる
ことになる。

(Mとヒース 後日譚へつづく)




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