M 6

Mが会社の経理全般を請け負っていたジャッキーの口からは
次々と衝撃的な事実が語られた。

瀕死の状態。
Mの会社は正にそんな感じだった。

ジャッキーと別れた私はMが経営する3店舗目に急いだ。


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人通りは少ないが、一部の若者の間では支持のある道。

一方通行の通りにはストリートウェアを売る小売店が並ぶ。

立地の関係で家賃が安く、固定費を掛けずに一旗揚げる若者たちが
次々と店をオープンさせては半年ほどで消えていく。

Mの取り扱うブランドはアメリカンブランドが多く、雑誌などでも
かなりの広告費を使っていたので知名度は抜群だったので、この通
りの中では比較的安定した業績を維持していた。

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そのMの店が見えてきた。

「!」

店の前に横付けされたトラックから、次々と荷物が店内へ運ばれて
行く。

大小様々な段ボールを店内に運ぶMの会社のスタッフ達。

彼らに支持を送るのはスカイだった。

社員やバイトたちのリーダー的存在。

明るく面倒見の良い彼は社員達からの人望もあり、良く現場をまと
めていた。

近づいてくる私に気が付き、笑顔を見せて手を振るスカイ。
半袖のティーシャツからはタトゥーが見えていた。

「台湾に帰ってきたんですね!お帰りなさい!」

「スカイ!元気そうだね」

「もちろんっスよ!」
と力こぶを作って見せるスカイ。
人を引きつける笑顔だ。

「何やってんの?」

「引っ越しですよ。ウチ、オフィスと倉庫の契約を更新しなかったん
 で」

更新しなかった?
出来なかったのではないだろうか?

「あの倉庫の商品を全部ここに?」

「古くなった商品はセール品にして売ってしまい、まだ新しい商品は
 この店の地下室に運び込みます」

多分、スカイは会社の状況を知っているはず。
でも、彼の口からは言えないだろう。
彼はMを尊敬していたし、長年働かせてもらっていたいたことや同年
代の社会人と比べて多くの収入を得ることも出来ていた。

「地下、見てみます?」とスカイ

「えっ?いいの?」

「平気っスよ!」

「じゃあ、ちょっとだけ見せてもらおうかな?」

「これ、お願い出来ますか?」とスカイが小さな段ボールを私に持つ
ようお願いしてきた。

「なんだよ~。人出が欲しかったのかよ!」

「そうです」と笑うスカイ。

この流れでは断れない。
スカイに頼まれると嫌な気がしない。

大きな段ボールを持つスカイの後に続き、店内に入る。

広い店内だ。

「お帰りなさい!」
「わぁ~。帰ってきたんですね!」と販売を担当している女性スタッフ
たちが声を掛けてくれる。

「ただいま~」って台湾に住んでいる訳でもないのにそんな挨拶を返す
私。

「階段、気を付けて下さいね」とスカイが振り返りながら声を掛けてく
れた。

やや薄暗い廊下を下り、地下室へ降りる。

山積みになっている商品や段ボールを数人のスタッフが棚に振り分けた
り、段ボールを片付けたりしていた。

意外と広い地下室だけど、以前の大きな倉庫に比べたら。。。ここに全
て収まるのだろうか?

「スカイ。このスペースで収るの?」

「いや、無理です。この店舗でもセール販売をしながら、僕も仲の良い
 取引先に頼んで商品を買ってもらってます。入りきらない在庫がこの
 ビルの3階に運びます」

「3階?」

「はい。そこはMたちのオフィスになります。店舗と同じスペースがあ
 るので、半分以上は倉庫として使います。でも、古いビルでしょ?エ
 レベーターがないんスよ」

「じゃあ、皆で手分けして運ぶの?」

「はい。でも、皆嫌がちゃってて」と舌を出すスカイ。

Mからの指示とスタッフたちからの不満を一手に引き受けている男の辛
さが垣間見えた。

スカイの携帯が鳴る。

「あっ。Mからだ。ここ電波が悪いので、俺、上に上がりますね」
そう言って階段を駆け上がっていくスカイ。

見送る私の肩を叩く者がいた。

振り返るとビッグモーがいた。

ビッグモー。
大きな身体がそのままあだ名になっている男で、Mの会社のセールスを
担当していた。
スカイとの付き合いも長いようだ。

「お~。モーじゃん!元気だった?」

「はい。お陰様で。お久しぶりです」

「社員総出で荷物の搬入。大変そうだね?」

「イヤァ~、参っちゃいましたよ」と不満な口ぶりだった。

モーは英語が堪能。
日本のミュージシャン、Dragon Ashを尊敬していた。

「Mの会社、大丈夫なの?」
モーにもそんな事は聞けないよなぁ~と思っていたら

「俺、この会社辞めます」

「えっ?どうして?」

「先月の給料、貰えてないんですよ~」

「本当かよ?」

「はい」

「実はジョージからも同じような話を聞いてさ」

「あいつ、あんなに一生懸命仕事してたのに2ヶ月分も貰えて
 ないでしょう?可哀想に。。。なんて思ってたら俺も貰えな
 くなって」

「Mとヒースとは話したの?」

「ええ。もう少し待ってくれの一点張り。。。もうやってられ
 ないです。俺、地方から出てきてて一人暮らしでしょう?家
 賃も払わないといけないし。。。」

「飯代とかは大丈夫なのか?」

「飯代もないです。今はスカイが全部面倒見てくれてて。。」

「スカイが?」

「はい。俺だけじゃない。給料を貰えてないスタッフ。。毎食
 とはいかないけど、昼の弁当代や飲み物など。スカイが自腹
 を切って面倒見てくれてるんです」

「あいつの給料は?」

「出てるみたいです。なんであいつが貰えて俺が貰えないのか
 。。。もう訳が分らないんですよ」

給料が出る出ないはMへの忠誠心の度合いやMとヒースの好き
嫌いで決められているような気がしてきた。

「辞めてどうするの?」

「田舎には何もないから帰りたくないので、取引先を頼って台
 北で仕事を探そうと思ってます」

「そうなのか~」

「Mとヒースは売上売上って言うんだけど、これから秋冬が来
 るのに新作が入荷しないんですよ。台湾だって冬は寒い。そ
 れなのに半袖のティーシャツや短パン。誰が買うんですか?」

「新作の入荷がないの?」

「はい。夏は凌げましたけど。。。これから本当にヤバくなり
 ますよ、この会社。だから早めに逃げます。スカイにも伝え
 てあります。あいつとはもっと一緒に居たかったけど。。」

そう言ってモーは下を向いてしまった。

後日聞いた話だが、給料を貰えない事に腹を立てたモーはこの
地下室から商品を盗み出し、取引先に格安の値段で売りさばい
ていたようだ。

悪い奴ではない。
むしろ人懐っこくて良い奴だったので衝撃的な話だった。

人は置かれた環境によってどうにでも変化してしまう弱い生き
物ということか。。。悲しい話だった。

タンタンタンタン!
スカイが降りてきた。

私とモーは話を切り上げた。

「Mとヒースがこっちに来ますよ。会います?」とスカイ。

「そうだね。是非!」

「あと30分で来るみたいなので、ちょっとお茶でもどうっス
 か?」

「いいね!」

「可愛いスタッフのいるカフェ、見つけておきましたよ!」

「お~!さすが。俺の好みも知ってるもんね」

「はっはっはっ!芸能人の愛人でしょ?」

「あれには参ったよ~」

以前参加した芸能人のパーティーでの話を持ち出すスカイ。

「ここから歩いてすぐなので」

「オッケー。モー、これで」と私は右手を差し出す。
「はい。会えて嬉しかったです」と大きな分厚い手で握り返す
モー。

SEE YOU AGAIN.

2人のそんな気持ちが込められた握手だった。

つづく




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