台北のパーティで出会った芸能人や芸能人のたまごたち。
今も私の記憶の中が輝いている彼ら。
そんな彼らのその後。
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JD
台湾のスーパースター。
Mが電話でサイン入りのCDを私にプレゼントするよう無理なお願い
をされてしまっていた。
直接会う事は叶わなかったけれど、後日、本当にMのオフィスにサイ
ン入りのCDを送ってくれた。
あれだけのスーパースターだというのに、細やかな気遣いが出来る人。
youtubeで検索したら今年も新曲をリリースしているようだった。
たゆまぬ努力と周囲の人を大切にする心が彼の人気を支えているのだ
ろうと思う。
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マイケル
繊細で優しかったマイケル。
ある日、台北の街で再会した際には気軽に声をかけてくれた。
ファンに囲まれていたのに私に気が付いてくれた。
(まぁ、分かり易い顔してるので。。。)
「僕の事、覚えてますか?」なんて向こうから気さくに声をかけて
くれた。
「と言うか、俺の事覚えてるの?」と私が聞くと
「はい。だからこうして日本語で話しかけてます」と微笑んでくれ
た。
パーティで会った時の印象そのままだった。
芸能界ではあまり有名にはなれなかったようだけど、彼の性格なら
誰にでも好かれて、周囲の人も幸せに出来ているのではないかと思
う。
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キングゴリラ
パーティ会場では私を追いかけたり、持ち上げたり。
話も上手で私とマイケルを終始笑わせてくれたゴリラ。
その後、Mの尽力でストリートファッション系の雑誌のモデルに起
用されたり、テレビで見かけることもあった。
知名度はそこそこあったようだけど、生き残ることは出来なかった
ようだ。
台湾の友人達に聞いても「まぁまぁだったかな~」との声が多かっ
た。
今頃はどうしてるのかなぁ~。
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DJ POO
パーティの後、スカイやMのオフィスで働くスタッフ、マイケルや
私を誘って食事会に連れて行ってくれた。
会食中、独特の話術で場を楽しく盛り上げてくれていた。
後日、JDのサイン入りCDをMのオフィスまでわざわざ届けてく
れたのは彼だった。
その際も「元気?またご飯に行きましょう!」と気さくに声をかけ
てくれた。
当時はテレビで良く見かけたけれど、当時すでにアパレル事業にも
進出していたから、今頃は実業家になっているかも。
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スカイ
パーティから数年後に独立。
香港からブランド品を輸入し、台湾全土へ営業開始。
瞬く間に知名度抜群の経営者へ!
面倒見があって兄貴分的な存在のスカイ。
誰に聞いても「良い奴」「信頼してる」という声を評判だった。
忙しくなった後も、街で私の姿を見かけると必ず声をかけてくれた。
一緒に仕事をする話を持ちかけてくれたけど、日本の仕事が忙しく
なってしまい、夢は叶わず仕舞いだったけど、台湾では本当にお世
になった。
頼れる奴だった。
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ジャッキー・ワン
今でも台湾のスーパースター。
昨年(2019年4月)
母と台湾に行った際にも彼が出演しているテレビ番組がたくさん放
送されていた。
浮き沈みの激しい台湾芸能界で長く現役トップの座に君臨している
のだから、相当なやり手なのだろう。
握手した時の分厚い手と大袈裟な笑顔が今でも印象に残っている。
普通のおじさんっぽいけど、大物が放つオーラを感じさせた。
存在感ってあるものですね。
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そして、あの女の子。
Mの話では業界で有名になる為に知名度のある芸能人の愛人になる
子も多々いるそうだ。
彼女が本気でワンのことを好きだったのか、有名になる為のステッ
プとしてワンの愛人になることを選択したのか?
私には分らない。
その後、どうなったかも分らない。
たった1度の出会い。。。出会いというほどのものではないか。
もう顔も覚えていないけれど、世界のどこかで元気にしていて欲
しい。
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Mとヒース。
彼らに関してはまた別の機会に書いてみたいと思っています。
尚、ここに登場する芸能人たちに関しては、現役で活躍されている
方々もいる関係上、仮名を使っています。
まぁ、向こうは私のブログなんて読むことはないでしょうけどね。
ありがとうございました。
おわり。