「君、日本人?ちょっと良いかな? もしよかったら少し話さないか?」
そう話しかけられたのがキッカケで、今も心に残る言葉と出会うことになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ニューヨークからLAへ。
長距離バスを利用しての移動の途中に立ち寄った街。
それがどこの街だったのかはもう覚えていない。
朝、その街のバスターミナルへ到着し、バッグをロッカーに預けて街を
散策。
季節は初春。。。3月だっただろうか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
街を散策しているうちに大きな公園にたどり着いた。
ベンチもあったけど、芝生の上で裸足になりたい。
春の暖かさを感じたい。
そう思い、公園内の芝生に座り、泥だらけのスニーカーを脱ぎ、ソックスを
放り投げた。
お金がなかった私は夜、長距離バスを利用し、バスの中で寝る毎日だったの
で、広場を見つけると身体を伸ばしたくなる。
天気も良かった。
昼寝をするでもなく、公園内をぼんやりと眺めていたとき、白人カップル
が近寄ってきて話しかけてきた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アメリカ、特にニューヨークで話しかけてくるのは詐欺師が多かったけど、
毎日そんな連中を見ていたので、対処方も身に付いたし、なんとなく見分け
ることが出来る臭覚のようなものも発達していた。
この人達は大丈夫そうだな。
そう感じた。
「はい。日本から来ました。芝生の上で良いですか?」
「やはり日本人だったんだね。もちろん。ちょっとお邪魔するよ」
「アメリカ人?」と私が聞くと
「いや、フィンランドから。旅行中なんだ」
見た感じ30代後半のカップル。
女性は英語が苦手なようで、あまり積極的に会話には入ってこなかった。
「君は留学生?」
「いえ、ニューヨークに1ヶ月ほどいて、今はバスを乗り継いでLAに向
かっている途中なんです」
「そうかぁ~。バス移動とは大変そうだね」
「今回はアメリカ旅行なのですか?」
「アメリカは1ヶ月ほど掛けて数都市巡る予定さ。あまり好きな国では
ないと感じたよ」
「そうなんですね。帰国はいつなんですか?」
「決めてない」
決めてない?
どういうことなんだろう。
「今、世界1周旅行の途中なんだよ」
世界を1周する。
学生だった私には憧れの旅だ。
彼らの住む北欧の話。
これから行く予定の中国や日本の話。
世界を巡る彼らの話に引き込まれた。
日本の事も随分聞かれたけど、恥ずかしいことに「説明して」と言われ
ても自国文化の事を上手に説明出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「世界旅行って2~3ヶ月掛けて回る予定なのですか?」
私が聞くと
「いや、2年。2年掛けて回るつもりだよ」
2年。
2年も旅行するのか!
いいなぁ~。
でも、話を聞いているうちに疑問が湧いてきた。
この2人は立派な大人だ。
仕事はどうするんだろう?
2年間、収入はどうするんだろう?
「あの~、ちょっと聞きたいことが。。。もし答えたくなかったら答え
なくても良いのですけど。。。。仕事、仕事は何をされてるんですか
?」
「ん?仕事かぁ? 今はしてないよ」
仕事はしていない。
当時、日本で登場し始めていた派遣社員のようなライフスタイルなのだ
ろうか?
「してないんですか?」
「あぁ、してない。旅に出るまでは小さな建築事務所を経営していたん
だよ」
倒産でもしてしまったのだろうか?
もしかして。。。夜逃げとか???
男性は話を続けてくれた。
「仕事は好きさ。一生懸命働いたよ。でもさ、旅に。。。旅に出たくな
ったのさ。彼女とね」
そう言うと相手の女性にウィンクをしたフィンランド男性。
女性は嬉しそうな笑顔を浮かべ、青い空を見上げた。
「人生は1度切りだ。好きなときに好きなことをしていたいだろ?」
「はぁ。。。」
確かにそれはそうだ。
理想的だ。
でも、そんな生き方をしている大人を見た事がなかった。
「会社はどうしたの?」
私が質問をぶつけると。
「彼女と旅に出たかったから売却したのさ」
えっ?
会社。。。売っちゃったの???
「そのお陰で2年間、気ままに過ごせる時間と資金を手に入れた。
会社なんてさ、国にもどったらまた作れば良いんだよ」
驚きのあまり言葉が出てこなかった。
「だっ、大丈夫なんですか?今後の人生設計とかって。。。」
「あぁ、大丈夫さ(笑)それよりも『今』を大切にしていたい。
俺にとっては仕事よりも彼女と過ごす時間の方が大切なんだ。
少なくとも『今』はね。だって俺たちの人生だよ。君にも君
の人生があるじゃないか。そう思うだろ?」
かっ!
格好良い
格好良すぎるだろ!!
彼女と旅がしたかった。
それだけの理由で。。。会社を売却しちゃったなんて。。。
しかも帰国後にはまた会社を立ち上げて復活する自信があると
言い放つ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼らと話していたのは30分ほど。
話した街の名前も、彼らの名前さえ覚えていない。
でも、あの時彼から聞いた言葉は今でも覚えているし、私の人生に
深くて大きな印象を残している。
憧れる生き方ではあるものの、果たして自分が彼と全く同じ人生を
歩めるかと問われれば、答えはノーだ。
その必要もないだろう。
私は私なのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼らとの会話から約10年後に、私は独立。
一時期は馬車馬のように働いていた時期があったけど、充実感や充足感を
感じることはなかった。
「こんな人生を歩む為に独立したんだっけな?」
そんな事を自分に問いかける日々が続いたある日、彼との会話がフ
ッと蘇った。
「君にも君の人生があるじゃないか」
旅先でのちょっとした会話だったけど、今も心に残る言葉との出会い。
彼らとの出会いは単なる偶然ではなく、必然だったのかな?
そんな風に思えてならない。
やはり旅はいい。
<おわり>