台湾の思い出 香港社長 5 出張という名の一人旅 34話

台北のステーキハウス、そしてホテルのラウンジへ

香港でオフィスを構える小野田社長との出会い。

そして香港から台湾の片田舎にある小さな工場へ電話を
かけてきてくれた小野田社長。

飛び上がるほど嬉しかった。

「ほいで給料やけど、今の倍までは出せんけど、1.5倍だったら
出すよ。基本、勤務地は香港や。俺の片腕になって香港と中国
を駆け回ろうや」

憧れの香港の地。
そして給料アップ。

頭の中でミスターブーの主題歌が流れ出す。。。

でも、、、、行けない。
香港へは行けない。。。

自分の中には今いる会社を退職し、自分で会社を設立する計画が
あり、すでに準備を進めてしまっていたのだ。

そして旗揚げに参加してくれる相棒もいた。
国内にいる相棒が会社設立に向けた準備を単身進めてくれていた。

まだ時間はあったものの、小野田社長の会社に移ったとしても働
ける期間は1年強しかない。

私を引き抜くとなると、長年続いた私の上司や私が所属している
会社の関係にも影響が出るだろう。

小野田社長がそこまでのリスクを取り、私を引き抜き、それを足
蹴にして時がきたらサッサと独立するという訳にもいかない。

迷惑をかけてしまう。。。

小野田社長には魅力を感じていたし、仕事もやり甲斐がありそう
だった。

もし事情を話し、私が独立するまでの短期間でも構わないと言っ
てくれたとしても、今度は私が香港での仕事に魅了され、独立の
道を諦めてしまうかも知れない。

「どや?来てくれるよな?一緒に仕事しようや~」
小野田社長の言葉が続く。。。揺らぎ始める自分の心。。。。

「す、すみません。せっかくの有り難いお話しなのですが。。お
受けすることが出来ません。。。。」

「なんでや~。今の会社の事が気になるなら、俺に任せてくれや
。絶対君に嫌な思いはさせないから」
とまで言ってくれた。

「すみません、事情は今ここでは話せないのですが。。。今回の
話は。。。すみません」

しばらく沈黙が続いた後。。。

「はっはっはっはっ!そうか~。フラれてしもうたな~」小野田
社長が大きな声で笑いながら話し始めた。

「すみません。せっかく良いお話しをいただいたのに。。。」

「気にするなよ。そういう頑固なところも良いんやけどな。しゃ
~ないわな。君には君の人生がある。今回は諦めるわ」

「ありがとうございます」

「もし会社を辞めるような事があったら、すぐに連絡くれや。そ
こまでいかんでも、相談事があったら連絡してくれや。そして
香港、絶対来いよ。待ってるからな」

泣き出したかった。
本当に有り難くて有り難くて。。。有り難さを突き抜け、大きな
声で泣き出したかった。

「はい。香港、必ず行きます!約束します。ありがとうございま
した」

「おぅ!驚かしてごめんな。また美味いもん食べ行こうや。ほな
な~」

小野田社長が電話を切った。

断ってしまった。
あんなに良い条件を出してくれたのに。。。断ってしまった。

ちょっと後悔した。

でも、自分の夢がある。
そしてすでに動き始めていた。
相棒を裏切る訳にはいかない。

これで良かったのだ。

数年後、私は会社を辞め、予定通り相棒と会社を設立。
会社を立ち上げたものの経験不足がたたり、売上を上げ、会社を
軌道に乗せ、安定させるまでかなりの時間が掛かっていた。

悪戦苦闘が続く中、都内にある大手ディスカウントストアとの取引
が決まり、売上が伸び、会社に安定的な利益が出るようになってい
た。

そのディスカウントストアの担当者から、店舗数のスケールメリッ
トを活かし、今後は海外からの直輸入を増やしたい。中国か香港に
知っている日本人はいないか?との相談があった。

ミスターブー!
小野田社長しかいない!

「知り合いが香港で会社を経営しています。彼と連絡を取ってみま
す」

ディスカウントストア担当者にそう答え、すぐに小野田社長の携帯
へ電話した。

そして2ヶ月後、ディスカウントストア担当者と社長の息子さんを
コーディネイトする形で初めて香港へ飛んだ。

ゴミゴミとした町並み。
飛び交う言葉。

時代が経過していたけど、ミスターブーのオープニングで観た、香
港の喧噪の中を歩いていた。

小野田社長のオフィスは港を見下ろす高層ビルにあった。
ビルの入り口、各階のエレベーター付近にはガードマンが立ってい
た。

ドアのベルを鳴らす
ゆっくりとドアが開いた。

現地香港の女性が微笑みながら英語で迎えてくれた。

そして。。。「お~よう来たな~。何年ぶりやろか」
あの笑顔。
ミスターブーのそっくりさん、小野田社長が大きく手を広げて「さ
さ、入れや!待ってたでぇ」と笑顔で立っていた。

久々の再会だった。

オフィスは広く、大きな窓から港が一望出来た。
同行したディスカウントストアの2人もちょっと驚いていた。

その日は商談を交えながら、昼食と晩ご飯をご馳走になった。

当時、小野田社長の会社は飛ぶ鳥を落とす勢い。
業界2番手、3番手のコンビニチェーンと取引のある業者と組み、
販路を拡大、自社商品を開発、それをベースにキャラクター商品
の版権も獲得していた。

大阪の冴えない小さなメーカーさん。
お父さんが毎晩会社の金庫からお金を持ち出してしまい、いつも
会社の金庫にはお金がなかったと話していた。

それが今では香港にオフィスを構え、小野田さんは中国、香港、
大阪を駆け巡る忙しさ。
社員もどんどん増えていた。

もし小野田社長に世話になっていたら。。。。そんな事も脳裏を
過ぎったりもした。
でも、時間を逆行させる事は出来ない。

残念ながら取引の話はまとまらなかった。
「いつでも連絡してや。こっちの人間も紹介したるからな。頑張
りや!」

忙しい時間を半日も割いてくれた小野田社長。
本当に有り難かった。

小野田社長とはその後も何度がお会いする機会があった。

その後も彼の会社は成長を続けていたのだが、片腕だった弟さん
が病気で急死された。

そして大学を卒業した小野田社長の息子さんが会社に入ると、社
内の雰囲気は一変したという。

息子さんの横暴な態度に嫌気がさした社員さん達が大量に退社し
てしまった。

息子さんは小野田社長が海外から帰国している間だけ真面目な仕
事振りを装っていた。

また大学時代の学友数名を会社に入社させ、益々独裁的な立場を
固めていったそうだ。

誰もそのことを小野田社長に告げ口出来ない環境になっていた。

現在でも会社は残ってはいるものの、良い噂は聞かなくなってし
まった。

私も小野田社長の会社に転職していたら今頃は。。。

人生は長い。
そして未来のことなど誰にも分からない。

自分の人生は自分で開拓していくのがベストなのだろう。

このエピソードを書きながら、そんな思いが頭を過ぎった。

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