台湾の思い出 マツァンとズームー 出張という名の一人旅 15

サイさんの息子、ベイビー

台湾には兵役の義務がある。
当時は2年間だったと記憶しているが、最近は1年、8ヶ月と
期間が年々短縮される傾向にあると聞いた。

ベイビーは夏休みを利用して家に帰ってきたのだ。

目つきの悪い男という印象だったけど、仕事に対しては真面目
で、パートさん達に気さくに声を掛けたりして場を和ませてい
た。

私に対しても就業前後に挨拶の言葉を掛けてくれたり、飲み物
を買ってきてくれたり、とても気を使ってくれた。

歳は私より2歳年下。
もしかしたら英語が話せるかな?と思ったが、「英語は全然だ
よ~」とのことだった。

息子と仲良くしている私を見て、サイさんも親近感を覚えてく
れたようで、ある日「一起吃飯」(一緒にご飯食べよう!)と
声を掛けてくれた。

工場の昼休み。
工場隣にあるサイさんの家に招待された。

ダイニングルームに中国料理屋にある丸くてクルクル回るテー
ブルが置かれていた。

「ドウゾ」
サイさんが席に座るよう促してくれた。

しばらくするとサイさんの奥さんや娘さん達が次々と料理の乗
った大きな皿を幾つも運んできてくれた。

奥さんと娘さん。
いつも無愛想だけど、不親切という訳でもない。
箸や小皿を手渡してくれる。
「謝謝」というとニコリともせず「ハイ」と答えて、キッチン
に戻って次の料理を運んでくる。

台湾の家庭料理は初めてだ。
見た事もない料理の中にひとつだけ知っている品があった。
水餃子だ。

台湾では焼き餃子より水餃子が一般的で、あまり外れがない。

ご飯の入ったお椀を片手に水餃子に箸を伸ばす。
一口食べてみる。
おっ、美味しい!
とても美味しいのだ。

外で食べる水餃子レベルの美味しさだ。

「好吃!」(美味しい!)
思わず声が出た。

サイさんが笑顔を向けてくれた。
奥さんと娘さんも初めて笑顔を見せてくれた。

野菜炒めや肉炒め、スープも美味しかった。

どれを食べても「美味しい」を連発する私を見て、サイさん
ファミリーから笑顔が漏れる。

相変わらず言葉は通じないままだけど、一緒にご飯を食べる
と人と人との距離感は一気に縮まるものだ。

食後は中国茶を煎れてくれたサイさん。

テーブル席からリビングにあるソファに座るよう促してくれ
た。

サイさんがおもむろにテレビの電源を入れる。

画面に映ったのは台湾のバラエティ番組だった。

サイさんとベイビーはそれを見て大笑い。
私も画面を見ながら、台湾タレントの大袈裟な動きを見て笑
っていた。

そのときサイさんが「マツァンとズームー、知ってる?」と
聞いてきた。

マチャンとズームー?
何だそれ?

「不知道」(知らない)と答えると、
ベイビーが驚いた顔をして、
「エ~ッ、知らないの?マツァンとズームーだよ?」
「超有名な日本人で台湾でも人気だよ~」

日本で売れなくなった芸能人が台湾に渡って一発逆転し、成
功を手にしたのだろう。

何度も同じ事を聞かれ、何度も同じ答えを返す。

面倒なやり取りにうんざりした私はサイさんに紙に書いて
くれ!とジェスチャーでお願いした。

「OK OK」
近くにあった紙にペンで何かを書き込むサイさん。

そしてそれを私に見せてくれた。

紙に書かれた文字を見ると。。。。

馬場、猪木

と書いてあった。

おいおいおいおい、馬場がなんでマツァンなんだよ、猪木
がなんでズームーなんだよ~

確かに中国語読みだとそうなのかも知れないけど、どちら
も日本人。日本語読みで話してくれないと分かる訳ないよ。

私が「知道 知道」(知ってる、知ってる)
と答えると、サイさんとベイビーが手を叩いて大笑い。

リモコンでプロレスを放映するチャンネルに合わせてくれ
た。

この日から毎日、お昼はサイさんの家でいただくことになり、
ご飯のあとはプロレスを見ることになった。

サイさん一家との距離が急速に縮まる。
台湾の夏休み。

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