台湾の思い出 マツァンとズームー 出張という名の一人旅 15

サイさんの息子、ベイビー

台湾には兵役の義務がある。
当時は2年間だったと記憶しているが、最近は1年、8ヶ月と
期間が年々短縮される傾向にあると聞いた。

ベイビーは夏休みを利用して家に帰ってきたのだ。

目つきの悪い男という印象だったけど、仕事に対しては真面目
で、パートさん達に気さくに声を掛けたりして場を和ませてい
た。

私に対しても就業前後に挨拶の言葉を掛けてくれたり、飲み物
を買ってきてくれたり、とても気を使ってくれた。

歳は私より2歳年下。
もしかしたら英語が話せるかな?と思ったが、「英語は全然だ
よ~」とのことだった。

息子と仲良くしている私を見て、サイさんも親近感を覚えてく
れたようで、ある日「一起吃飯」(一緒にご飯食べよう!)と
声を掛けてくれた。

工場の昼休み。
工場隣にあるサイさんの家に招待された。

ダイニングルームに中国料理屋にある丸くてクルクル回るテー
ブルが置かれていた。

「ドウゾ」
サイさんが席に座るよう促してくれた。

しばらくするとサイさんの奥さんや娘さん達が次々と料理の乗
った大きな皿を幾つも運んできてくれた。

奥さんと娘さん。
いつも無愛想だけど、不親切という訳でもない。
箸や小皿を手渡してくれる。
「謝謝」というとニコリともせず「ハイ」と答えて、キッチン
に戻って次の料理を運んでくる。

台湾の家庭料理は初めてだ。
見た事もない料理の中にひとつだけ知っている品があった。
水餃子だ。

台湾では焼き餃子より水餃子が一般的で、あまり外れがない。

ご飯の入ったお椀を片手に水餃子に箸を伸ばす。
一口食べてみる。
おっ、美味しい!
とても美味しいのだ。

外で食べる水餃子レベルの美味しさだ。

「好吃!」(美味しい!)
思わず声が出た。

サイさんが笑顔を向けてくれた。
奥さんと娘さんも初めて笑顔を見せてくれた。

野菜炒めや肉炒め、スープも美味しかった。

どれを食べても「美味しい」を連発する私を見て、サイさん
ファミリーから笑顔が漏れる。

相変わらず言葉は通じないままだけど、一緒にご飯を食べる
と人と人との距離感は一気に縮まるものだ。

食後は中国茶を煎れてくれたサイさん。

テーブル席からリビングにあるソファに座るよう促してくれ
た。

サイさんがおもむろにテレビの電源を入れる。

画面に映ったのは台湾のバラエティ番組だった。

サイさんとベイビーはそれを見て大笑い。
私も画面を見ながら、台湾タレントの大袈裟な動きを見て笑
っていた。

そのときサイさんが「マツァンとズームー、知ってる?」と
聞いてきた。

マチャンとズームー?
何だそれ?

「不知道」(知らない)と答えると、
ベイビーが驚いた顔をして、
「エ~ッ、知らないの?マツァンとズームーだよ?」
「超有名な日本人で台湾でも人気だよ~」

日本で売れなくなった芸能人が台湾に渡って一発逆転し、成
功を手にしたのだろう。

何度も同じ事を聞かれ、何度も同じ答えを返す。

面倒なやり取りにうんざりした私はサイさんに紙に書いて
くれ!とジェスチャーでお願いした。

「OK OK」
近くにあった紙にペンで何かを書き込むサイさん。

そしてそれを私に見せてくれた。

紙に書かれた文字を見ると。。。。

馬場、猪木

と書いてあった。

おいおいおいおい、馬場がなんでマツァンなんだよ、猪木
がなんでズームーなんだよ~

確かに中国語読みだとそうなのかも知れないけど、どちら
も日本人。日本語読みで話してくれないと分かる訳ないよ。

私が「知道 知道」(知ってる、知ってる)
と答えると、サイさんとベイビーが手を叩いて大笑い。

リモコンでプロレスを放映するチャンネルに合わせてくれ
た。

この日から毎日、お昼はサイさんの家でいただくことになり、
ご飯のあとはプロレスを見ることになった。

サイさん一家との距離が急速に縮まる。
台湾の夏休み。

台湾の思い出 新たな登場人物 2 出張という名の一人旅 14

台湾の夏休み

工場で働く新戦力。。。と言って良いのか近所の子供達

そして現れた目つきの悪い謎の男。。。
こやつは一体だれなんだ???

サイさんがこちらに視線を向けて、男に何か話しかける。

話しながら、こちらに向かって歩き始めた。

謎の男を紹介してくれるのだろう。。。しっかし目つき
が悪いなぁ~

「ハイ!」
サイさんが笑顔で手を上げる。

「早!」(おはよう!)
私も笑顔で答える。

「エ~~~」
サイさんが言葉に詰まる。。。。

中国語を理解しない私にこの男をどう説明するのか迷っ
ている。

思い出したかのようにペンと紙をポケットから取り出し、
ササッと何かを書き出した。

その紙を見せてくれたのだけど。。。サッパリ分からな
い。。。。

私は両肩を持ち上げ、首をすくめて首を左右に振る。

分からない、という意思表示。
このジェスチャーは通じる。

「エ~。。。。ワッハッハッハ」
「ハッハッハッハ」

笑うしかない。

サイさんが目つきの悪い男を指さし、「ベイビー」と英
単語を口にした。

「ベ、ベイビー?」

この男の名前、いや、あだ名のようなものなのだろうか?
でも、全然ベイビーフェイスじゃないぞ。。。

「サイさんベイビー サイさんベイビー」

日本語を知らないサイさんは自分の事をサイさんと言う。
それがいつも可笑しかった。

「サイさんベイビー?」と質問系で聞き返すと「ハイ」と
笑顔でサイさんが返す。

いやいや、質問してるんだけど。。。

今度はサイさんが身振り手振りを使い出した。

「サイさん」と言って自分を指さし、「ベイビー」とその男
を指さす。。。お~い、なんだそれ?全然分からないよ~

そのうちサイさんの娘さんが出勤してきた。
無愛想な娘さん。

彼女が目つきの悪い男を指さし「マイブラザー、ヤンガーブ
ラザー」と言って椅子に座った。
なんとも素っ気ない。

サイさんベイビーはサイさんの息子だったのだ。
こんな成人した男を指さしてベイビーを連発されても分から
ないよ~
しかも全然似てないし

サイさんファミリー
家族がそれぞれ違う顔をしていて、誰一人として血が繋がっ
ている感じがしない。

「ハロー」
目つきの悪い男が慣れない英語で挨拶した。

「ハロー」と私が返事をすると、ニコリとした。

笑うと随分表情が変わる男だ。

サイさんから紙とペンを受け取り、文字を書き、それを私に
見せてくれた

「夏天休暇 我回家」
夏休みなので家に帰ってきた。
そんな意味なのだろう。

学生なのかな?
「学生?」と私が紙に書く。

「ノーノー」と答えながら、また紙に書く
「兵」

軍隊で働いているのか?

身体はがっしりしてるけど、強そうではないなぁ。。。

つづく

台湾の思い出 新たな登場人物 1 出張という名の一人旅 13

工場が賑やかだ。

工場前の敷地で遊ぶ子供達
彼等が走り回る、ケタケタと笑う声。

幼稚園児、小学生。
人数は少ないけど中学生も混じっている。

台湾の夏休み。

工場近辺には民家が数軒しかなく、朝から夕方まで働
きっぱなしだったので、近所の方々とは触れあう機会
もなく過ごしていた。

それにしても結構な数の子供たち。
工場近辺に住む人の子供たちとその友達なのだろう。

大きな声を出して走り回り、大きな声で笑う。
相変わらず何を話しているかは分からないけど、子供
達を見ていると、自然と笑顔になる。

8時半。
始業時間。
さて、今日も仕事するぞ!

工場に入ろうとすると、子供達が次々と私を追い越し、
工場の中へ。。。。

あれ?
なんで子供達が工場の中へ。。。???

工場に入ると子供達が大人に混じって作業場に座って
いる。

工場で働くパートさん達の子供だ。

台湾は基本共働きと聞いたことがある。
夏休み。
家に子供だけを置いておく訳にはいかず、職場に連れて
きているのだな。

日本ではなかなか見ない風景だな。。。と和んでいると
。。。。

はっ、働き出した!
子供達が働き出した!!!

親に混じって子供達が工場内で働き出したのだ。

もちろん単純作業の部署だけど。。。中学生以下の子供
達が大人に混じって働いている光景に驚かされた。

親に何かを言われながら、ウンウンとうなずいている。
目が真剣だ。

「おはよう!」
社長のサイさんだ。

私は子供達を指さし「小朋友」(子供たち)と言うと、
「忙 忙」(忙しい)とサイさん。

こちらの発注数量が多く、人出が足りない。納期まで
に商品を完成させて船に載せないと。。。そんな事を
言っているのが身振りで分かった。

子供たちに仕事が出来るのか?
安全面は問題ないかな?

そんな思いで彼等の仕事を見つめていたけど、特に問
題は起きなさそう。
出来上がってくる商品にも問題はなかった。

時給は発生するのかな?
一体幾ら払うのだろう?

そんなことを気にしながら、仕事を見ていると工場の
門から一人の男が入ってきた。

20歳くらいの青年だ。

サイさんと何か会話をしながら、私の事を見ている。

こちらを見る青年の視線が気になる。
一重まぶたで鋭い眼光。
敵対視している雰囲気はないけれど、私の事を警戒し
ているような。。。。彼は視線をそらさず、サイさん
の話を聞きながら、ウンウンとうなずいている。

彼は何者?
サイさんの取引業者かな?

新たな登場人物の登場。

私と彼の視線がぶつかる。
工場内に少しだけ緊張感が走る

つづく

台湾の思い出 元日本人たちとの出会い 3 出張という名の一人旅 12

このおじいちゃん達、一体何をする気だろう。。。?

「俺たちは日本にとても感謝してるんだ」
「そうそう、日本、そして日本人は本当に良かった」

あれ?

想定していた内容とは違う話を切り出してきたおじいちゃん達。

「でも、台湾は日本に占領されたんですよね? それって国と
しては辛い事じゃなかったですか?」

聞きながら、こんな事聞かなくても良かったかな。。と思った
りもしたけど、おじいちゃん達がなぜ日本に感謝しているのか

少しだけ知りたくなってきた。

「そんなことはないよ。楽しいこと、嬉しいことばかりだった」

教科書に載っていた「日本の海外進出」という言葉が再び思い
浮かんだ。

「日本が来てくれて道路が綺麗になり、学校が建てられ、俺たち
はそこに通い、勉強することが出来た」

「でも、台湾人だからという理由で差別されたりはしなかったで
すか?」
と聞く。

「確かに教室は別々だったよ。でも、勉強が出来れば朝礼で日本
人と一緒に賞状が貰えたり、運動で頑張れば、日本の子供と同
じ表彰台に立てたんだ。」

「そうだ。日本の先生達はみな優しくて、尊敬出来る人ばかりだ
った。俺たちを見下したりしなかったよ」

「それだけじゃないぞ。働けばちゃんとお金を貰えたんだ」

えっ?
それって当たり前のことなんじゃないの?

「そう、日本の会社やお店で働くと、給料は働いた分だけきちん
と払ってくれたんだ。恥ずかし話、同じ台湾人のところで働い
たらそうはいかなかったんだ」

う~ん、ブラック企業経営者達に聞かせたい話。

「それと警察さ。交番が建つようになり、街中での犯罪が減った
から、安心して生活が出来るようになった。」

「道路や鉄道もそうだ。」

ある日突然他国を侵略し、我が物顔で振る舞っていた。
そんな印象しか持っていなかった戦前戦中の日本をイメージして
いたけど。。。。違うみたいだな。

「俺たちは日本兵として戦うつもりだったよ。近所に住んでいた
日本人が戦地で亡くなったという話を聞いて、敵を取りたいと
思ったりもしたな。」

「そうだ。だって日本人だからな、俺たちは。。。」

おじいちゃん達は下を向き、辛そうな表情を浮かべた。

日本の戦況が悪化し、台湾上空にもアメリカの戦闘機が飛来する
ようになる。
他国の戦闘機を排除するために飛び立つ日本の戦闘機。

しかし、アメリカの戦闘機は機動力がり、日本の戦闘機は次々と
撃墜されていく。。。

ある日本のパイロットは市内への墜落を避ける為、街の外へ出る
まで機体を維持し、畑や山に墜落し、命を落としていったそうだ。

「日本が戦争に負けて台湾を出ていくときは辛かった。先生達が
泣きながら手を振ってさ。。。俺も泣いたよ。日本に連れて行
って欲しかったよ。。。」

泣きそうになった。。。

悪いイメージしかなかった当時の日本人たち。
でも、被占領国、被占領民の台湾の人達には美しい思い出を残し
ている。

日本が台湾から撤退する際、兵士は隊列を崩さず、女性や子供達
も頭を下げながら街を去っていったという。

「俺たちの夢はさ、本土へ行って、当時の校長先生や担任の先生
達と再会することなんだ。戦後、手紙のやりとりはしていたけ
ど、今はどこに住んでいるかは分からない。でも、東京へ行け
ば、何とかなるんじゃないか。先生達に逢えるんじゃないかっ
って思うんだけどさ。。。。」

「もう亡くなっているかも知れないよな。。。」

言葉が出なくなっていた。

台湾の人達に対して持っていた、どこか後ろめたい気持ちが、少
し晴れたような感覚を覚えた。

「ご飯、食べてくか?」

いきなり声のトーンが変わり、優しい笑顔でおじいちゃんが聞い
てきた。

「ごめんなさい、お昼ご飯を食べてしまったので。。。」

「そうか。」笑顔でおじいちゃんがうなずく。

「また遊びに来てもいいですか?今度はご飯を食べに来ます」

おじいちゃん達が笑顔で「来なさい。是非遊びに来なさい!」
と言ってくれた。

竹南滞在中。
何度かその家を訪ね、晩ご飯をいただいた。

日本に帰ったあと、日本の薬局で薬を買い、台湾へ送ったりも
した。

わざわざ台湾から私が勤務する会社に電話を掛けてきてくれ、
「ありがとう」と何度も何度も言ってくれた。

彼等の出会いと交流から随分時間が経過した。
もう生きてはいないのかも知れない。

真夏の台湾での不思議な出会いと縁。
今では美しい思い出。

台湾の思い出 元日本人たちとの出会い 2 出張という名の一人旅 11

初めて経験する台湾の夏は暑かった。

蝉が猛烈な勢いで鳴き声を競い合う中、日本語を話す
おじいちゃん達に促され、椅子に腰を下ろした。

「あんた、ビール飲むか?」
「あんたなんで台湾にいる?」
「東京からか?」
「台湾語は出来るか?」
「結婚してるのか?」

おじいちゃん達が一斉に質問をしてくる。
聖徳太子じゃないんだから、誰がどんな質問をしているのか
把握出来ないよ~

「ちょ、ちょっと待って! ゆっくり、ゆっくり」

「わっはっはっは!そうだな。まだ時間あるか?」と最初に
目が合ったおじいちゃん。

時間はあるけど、このノリにはついていけないなぁ。
すでに疲れが。。。。

「あまりありません。」
嘘をついてしまった(笑)

「俺の名前は水沢だ」
「俺は○○だ」
「俺は○○だ」

あれ?日本人と同じ名字だ。
この人達、もしかすると日本が台湾から撤退するときに逃げ遅れた人
達なのか?

「おじいさんたちは日本人?」
と聞きながら、そんなはずはないと思った。

日本語を話し、日本人と同じ名字を持ってはいる。
けど。。。何か日本人っぽくないのだ。

「そうだ。俺たちは日本人だ」

えっ?
やはり逃げ遅れた日本人なのか?

「生まれは台湾。でも当時、ここは日本だったよ」

そうか!
昔、日本が台湾を占領していた。
そんな歴史があったっけな。

学生時代に行った韓国。
どこかの町で宿泊した民宿のおじいさんも同じ時代の人で、彼も
流暢に日本語を話していたっけな。

日本の海外進出
韓国台湾を併合

日本とアジアに陰を落とす暗い歴史。
無理矢理国籍を変えられた人達。
不当な扱いを受け、さずかし辛い思いをされたのだろうな~
申し訳ない。。。浅黒いおじいちゃん達の顔を見て、そんな気持
ちになった。

そしてすぐに不安な気持ちになった。

当時辛い思いをした事への恨み。
彼等はまだ当時の苦しみを抱えていて、たまたま通りかかった日
本人の私に恨み辛みをぶちかましに来る気かも。。。。

これは辛い時間になりそうだ。。。。ホテルに帰れるのかな。。。

勝手につがれたビールをゴクリと飲む。
苦みが嫌いで普段はほとんど飲まないビール。
しかも冷えてないし。。。

恨み節が長く続くようなら、椅子から立ち上がって自転車で逃げ
ちゃえばいいや。
どうせ追いかけてこないだろう。。。おじいちゃんたちにそんな
体力気力はないだろうから。

と自転車を止めた場所を確認しながら、ポケットに入れた自転車
の鍵に触る。

逃げる準備を整えながら、おじいちゃん達の話を聞くフリをした。

つづく

台湾の思い出 元日本人たちとの出会い 1 出張という名の一人旅 10

サイ社長たち台湾サイドと前向きな話が出来た。

ICチップや電池などの部品が工場から運び出されてしまった
為、仕事にならなくなり、その日は急遽工場を閉める事に。

日本へのシッピング、納期が気になったけど、不良品を送る
より数段良い。
そして。。。疲れた。。。。

まだお昼前だ。

工場に止めてある自家用車、(竹南で買った自転車)に乗っ
て工場を後にした。

よく利用していた竹南唯一の日本料理屋、東京でエビフライ
定食を食べ、冷えたコーラを飲む。

店で働いている子達が何やら話しかけてくるけど、サッパリ
分からない。

東京のママさんが「ごめんね。日本人見るの初めてだから」
ママさんは少しだけ日本語が話せる。
彼女も以前、日本人との結婚、そして離婚を経験していた。
台湾に戻ってからは日本語を話す機会がなく、もうあまり覚
えていないと話していた。

「中国語を覚えて、こっちで嫁さんもらってこの街に住め
ばいいよ」
毎回、ママに言われる。

それも悪くないかな~
何も考えず、そんな風に思ったりもした。

支払いを済ませ、自転車に乗る。

さて、どうしよう。。。

この田舎町に来て以来、朝8時から夜6時まで働き、晩ご飯
を食べてホテルで寝るだけの生活が続いていた。
工場ではトラブルが続き、心も身体も疲れていた。

ちょっと遠回りしてみようかな。

いつもは通らない道を走ってみようかな
もう少しこの町の事を知るのも面白いかも。

すっかり旅人気分になっていた。

毎日素通りしている小さな小道に入る。

レンガ作りの平屋が多く、太く高い木々。
漢字表記の看板。
耳にする異国の言葉。

観光地じゃないけど十分新鮮だった。

しばらく行くと町並みが消え、遠くから鶏の鳴き声。
鶏舎が見えてきた。

私が小さかった頃、母の実家には鶏舎があり、休みの
日に遊びに行くと、よくたまご取りを手伝わされた。
幼い日々を思い出す。

もうしばらく進む。
獣の臭いが強くなる。
豚小屋や牛小屋だ!
ブーブー、モーモー。
日本にいる時には聞く機会のない獣たちの鳴き声。

水田地帯に入ると涼しい風が吹いてきた。
気持ちが良かった。

のんびりしてていいなぁ~。

自転車を止め、少し涼んだあと、もと来た道をまた戻る。

再びレンガの家並みが見えてきた。

今度はまた違う道を走ってみる。

しばらく走っていると家のガレージに座っているおじい
ちゃん達を発見。

何をしてるんだろう?

スピードを落として彼等を見ると。。。麻雀をしていた。

大きな声で話したり、笑ったり。
とても楽しそうなやり取りを見ながら、自転車のスピード
を落とした。

そんな私に気がついたのか、麻雀を楽しんでいたおじいち
ゃんの一人と目が合う。

あれ、邪魔しちゃったかな。
と思った瞬間。。。。

「日本人か?」
目が合ったおじいちゃんが私に向かって日本語で叫んだ。
他のおじいちゃん達が一斉に私の方を振り返った。

「あっ、はい。そうです。日本語、出来るのですか?」と
聞くと

「お~、あんた日本人か。こっちに来なさい。」
と私の質問を無視して手招きをしている。

捕まっちゃったな。。。
仕方なく自転車を止め、おじいちゃんの方へ近づいた。

「あんた麻雀出来るか?」
「いえ、ギャンブルはやりません」

「わっはっはっは!真面目だな。座りなさい。」
とプラスチック製の椅子に座るよう促してくれた。

なぜか日本語を話すおじいちゃん。
う~ん、面倒くさい事にならなきゃいいんだけど。。
適当にやり過ごそう。
5分位話して立ち去ればいいや。

そんな軽い気持ちで椅子に腰掛けた。

つづく

台湾の思い出 兆し 出張という名の一人旅 9

ICチップメーカーの社長が、サイ社長や工場で働くスタッフ達
に中国語(あとで分かったのだけど、台湾語でした)に通訳し
てくれている。

その間、サイ社長の眉間には皺が寄ったまま。
工場スタッフたちの表情も同じだった。

日本から近い国、台湾。
親日国とは聞いていたけど、好きなのと、日本のルールに従う
事って違うのかな?

「いいたいことはそれだけ?」
ICチップの社長が声を掛けてきた。
彼の表情もまた硬い。

「はい
「通訳、ありがとうございました。」
と礼を言うと、ICチップの社長は表情も変えず、ただ片手を上
げ、「サイ社長と話をするから、ちょっと待ってて」と答えた。

「はい」と答え、木製の椅子に腰を下ろし、工場の天井を見上
げた。

やるべきことはやった。。。んじゃないかな?
もうこれ以上は何も出来ないよ。
商品管理という仕事をしに遙々台湾の田舎町まで来たのに、こ
れって仕事以前の問題じゃん。。。

出来る事はやった。
答えを出すのは向こうだ。
彼等の答えを待とう。。。

「ねえ、いいかい?」
ICチップの社長が声を掛けてきた。

「はい」
椅子から立ち上がり、サイ社長とICチップの社長の元へ歩いて
行った。

ICチップの社長が話し出した。

「君の話を聞いて、サイ社長と協議したよ。まぁ、俺は直接あ
んたの会社と取引がある訳じゃないから、あまり顔を突っ込み
たくはないんだけどさ。」

風向きは変わらなかったかな。。。

「サイ社長は驚いているよ。
なぜかって、昨年の話を今頃になって持ち出してさ。
日本の状況なんて全然聞いてなかったし、あんたの会社も台
北のオフィスも報告してこなかったみたいだよ。
今年もオーダーが来たから品質には問題がなかったのだと思
っていたってさ。
あんた、サイ社長の気持ち、分かる?」

「はい。それは本当に申し訳ありませんでした。私は新米社員
ですが、それを言い訳にはしません。日本に持ち帰り、社内
で話し合いをします。」

と言葉は通じないけどサイ社長に向かって話をした。

サイ社長は英語が分からないのにうなずいて私の話を聞いてい
たけど、聞き終わってからICチップの社長に「なんて言ってん
の?」みたいな顔をして通訳を頼んでいた。

「君の話を聞いて、私もサイ社長も決断したよ」

何を決断したんだろう。
結論から言ってくれ~~~。

「ここにあるICチップは1度持ち帰る。これから工場へ戻り、
俺の工場でICチップを検品し、問題のないものを明日また届
けるよ。」

エッ?
耳を疑った。。。けど疑いたくなかった。

「本当ですか?」
と確認を取る。

「あぁ、だってそんな問題が起きているのが分かったのだから
対処しない訳にはいかないだろ。

「サイ社長はここにある電池を全て返品するって言ってるよ」

エッ????
「ダイジョウブ?」
となぜか私が変な日本語でサイ社長に話しかける。

「ダイジョウブデショ」とサイ社長が変な日本語で返事をした。

サイ社長が続けた。
「君が気になる点、点検したい事を全て伝えて欲しい。検品す
るには増員して検品専門の人を見つけてこなきゃならない。
1日時間をもらえますか?」

オ~~~~
意外な展開!

完全に和解。
雪解け。。。にはほど遠いけど、意見を交わす事によって変化
の兆し、今後の仕事にとって大きな転換になるかも。

やった!
やったぞ~~~!!

嬉しさを抑える事が出来ず、サイ社長に近寄り手を握る。
「謝謝!」

サイ社長は驚いていたけど、「オーケー、オーケー」と笑顔で
手を握り返してきてくれた。

社会人になって初めて仕事をした気分だ!

「じゃあ、俺は工場へ戻って検品するよ。ったく日本の会社っ
って面倒だな(笑)欧米の会社はこんな細かい事なんて気に
しないぞ。」
そう言い残して、笑顔で手を振り工場を出ていくICチップの社
長。

よ~~~し!
興奮と嬉しさに包まれて俄然やり気が出てきた。。。けど、材
料がなくなってしまったので、やることがなくなってしまった。

サイ社長が「明天見」(明日ね)と笑顔で手を振った。

たまにはいいか。

私も工場をあとにした。

つづく

台湾の思い出 やれんのか 3 出張という名の一人旅 8

さて、どうする
何が出来る。。。。

考えていても時間が過ぎるばかりだ。
え~い、口からでまかせ
やってみるさ!

ICチップメーカーの社長さんに近づき、話を切り出した。

昨年の話を今更持ち出してすみません。
でも伝える必要があります。

昨年納品してもらったクリスマスツリーですが、かなりの不良品
が出ています。

昨年は私たちにとって初めての経験、トライアルだったので、彼等
も納得してくれてます。
でも、今年また同じ事が起きたらどうなりか分かりますか?

来年は仕事が貰えません。

弊社に取っても大打撃。
売上はもちろんですが、取引先に対する信用を一気に失います。
だから同じ失敗を繰り返す訳にはいきません。

これがどういう意味か分かります?
そうです、あなた達も仕事を失うのです。

これだけの数量のオーダーを貰う事は、失礼な言い方ですけど、
あなたたちの規模ではほぼありえない事だと思います。

この工場だって、年間の4分の1はこのクリスマスツリーのオ
ーダーで仕事が埋まっていると聞いてますし、総売上に対する
比率も大きいですよね?

仕事がなくなればサイ社長はもちろん、あなた(ICチップ社長)、
そしてここで働く皆さんが仕事を失うか、今よりも暇になる。
ICチップの社長さんの所にも従業員さんがいるはずです。

彼等の収入をどうするつもりですか?
路頭に迷わせて良いのでしょうか?
それ、社長としてどうなんでしょう?

一方で、昨年あなた達が作った商品を買ったお客さん、10人
中3人が不良品を手にしてしまってます。

弊社や取引先である某大手コンビニにはたくさんのクレームが
来ました。
対応するために多くの人と彼等の時間を費やしてます。

そして不良品を買ってしまったお客さんたち。

仕事に疲れ、家に帰る途中に入ったコンビニで、このクリスマ
スツリーが目に入り、子供や家族の事を思って買ってくれた人、

恋人との楽しい時間を過ごすために買ってくれら人たちの心を
傷付けてしまっています。

ツリーを楽しみにしていた子供達。
なのにスウィッチを入れたら光らない、音楽が鳴らない。。。
どんな思いがしますか?
想像してみて下さい。

契約書や品質に関する書類を用意しなかった弊社の責任が大き
いですし、今年になってこんな話をするのはとても心苦しいで
す。
でも、理解して下さい。
お客さんの気持ちを
お客さんの心を!

入社して2ヶ月も経っていない私ですが、約束します。
もし今年、不良品が激減した場合は、私が責任を持って来年の
仕事を契約してきます

だから、今年は私の事を信じてついてきて下さい。
お願いします!

ICチップの社長は私の話に耳を傾け、都度サイ社長や工場で働
く人達に通訳してくれている。

口から出任せだけど、筋は通しているつもりだし、お互いの利
益にも触れているし、来年の展望が見えるような話もしたつも
りだ。

これで態度を変えてくれないなら仕方がないし、何も手を打た
なかった日本の会社が一番悪い。

納得してもらえないなら、当初のプラン通り、仕事が終わるま
でこの街に住み、お金がなくなるまで南国ライフを楽しめば良
いだけだ。

話し終わる頃には気持ちが落ち着いていた。

どうにでもなれ。。。。

つづく

台湾の思い出 やれんのか 2  出張という名の一人旅 7

固くて冷たい空気
そのときの工場内の空気感を今でも覚えている。

「1歩も引けない。引くわけにはいかない。
引く気もない。。。」

自分の表情を見る事が出来ないけれど、こわばった表情を
しながらも強い意志を発していたのではないかと思う。

緊張した空気の中、しばらくすると。。。ドドドドドド。

工場の外に車のエンジン音がした。
音の感じからトラックだろう。

エンジンが止まり、車のドアを開閉する音。
近づく足音。

2人の男が工場に入ってきた。

「うわぁ~、敵が増えてるよ~」
最悪、袋叩きかもなぁ。。。
台湾の海に浮かんだりして。。。

2人の男のうち、一人がサイ社長に近づき、何やら話しかけ
た。

その男がこちらを見て口を開いた。

「what`s problem ?」

あれ、英語だ!
しかもフランクな感じで、表情からは状況を把握しようとし
ている雰囲気が伝わってくる。

「英語、話せるの?」

「あぁ、俺はサイ社長にICチップを供給している工場を経営
していて、取引先は主に海外だから、英語は少し出来るんだ
よ。一体何があったんだい?話してくれないか?」

見方。。。ではないけど、やや中立的な立場に立ってくれる
かも知れない。
そんな期待がふくらみ、少し緊張が解けた。

ICチップの社長に品質面の問題を伝えた。

不良品を手にした彼が電源を入れて、確認をしている。

眉間に皺を寄せ、何度も何度も電源を入れたり切ったりして
いる。

もし彼が「こんなの問題のうちに入らないよ」と言ったらど
うしようか。。。。より悪化した状況を思い浮かべてしまう。

ICチップの社長が電源を入れたり切ったりを繰り返しながら
、不良品を片っ端からチェックしている。

時折、サイ社長と何か話をしている。

「チッ!」とICチップの社長が時折舌打ちをする。

あいつら、1歩も引かない気かも。。。

工場内のスタッフ達は下を向いたり、おしゃべりをしたりし
て落ち着かない。いい加減にしてくれよ、そんな表情を浮か
べてこちらを見ているスタッフもいた。

「さて、どうしよう。どうしよう。」

どうしよう。。。というかどうにかしないと!

サイ社長とICチップの社長をどうやって納得させるのか?

どうする
どうする

何をどう話せば彼等を納得させられるんだ。。。。

つづく

台湾の思い出 やれんのか? 出張という名の一人旅 6

工場の中に入る
外気とは違い工場内はややヒンヤリと感じた

天井が高く、その高い天井から吊されている
大きなプロペラのような扇風機がクルーンクルーン
とゆっくり回転しながら工場内の空気を回している
からだろう。

サイ社長が笑顔で立っていた。

私はペンを取り
「全部検品」と紙に書き、サイ社長に見せた。

サイ社長の顔から笑顔が消え、両手を広げて何か言って
いる。

多分、「ナゼ今更そんなことを言うのか?」とでも言っ
ているのだろう。

どうせ言葉が通じない。
そう思った私はパッケージに入れられる前の商品を手に
取り、出来上がったばかりのクリスマスツリーを勝手に
検品し始めた。

ざわつく工場内。

スタッフ達の顔も険しくなった。

でも、関係ないや!

縦横斜め
手に取ったクリスマスツリーを様々な角度から検品する。。

見た目は特に問題がない。

つぎは機能をチェックする。

生産していたツリーはスウィッチを入れるとサンタや星の
形をしたオーナメントが点滅し、ICチップがクリスマスソ
ングを奏でるものだった。

スウィッチをオンにした。
音楽が流れ、オーナメントも無事に点滅する。

よし、次ぎだ。

周囲が呆れているのは言葉が通じなくたって伝わる。

構わず検品を続ける。

何個目かのツリーを検品しているとき、音が外れるツリー
を発見。

別の場所に置く。

しばらくするとオーナメントのひとつが点滅しないものを
発見。

次は電池が装填されている場所に違和感を感じるものを見
つけた。
電池ボックスを明けてみる。。。液漏れ、電池の液漏れだ。

サイ社長が私の元に寄ってくる。

普段通りの声だったけど、目が怒りに燃えているのが分か
った。

「ダイジョウブデショ」(大丈夫でしょう)
サイ社長が「ドウゾ」以外の日本語を初めて話した。

「ノーノー」と首を横に振る私

こんなに不良品が出てるのに検品なしに日本へは送れない!

日本人1人 VS 約30人の台湾人

工場内の空気が更にひんやりとしていく。

やれんのか?

本当にやれんのか、俺???

つづく