夏休みの学校。
校舎内には誰もいない。。。のかな?
許可も取らず校舎内に上がり込み、そして彼女は教室に
入っていく。
いいのかな?
大丈夫なのかな?
まぁ、いいや。
怒られたら怒られたで。
そのときはそのとき。
私は彼女に続いて教室に入る。
木製机が並んでいた。
ぼろぼろの机だ。
ひとつの机に2つの椅子。
「どうぞ」
彼女が座るように促してくれた。
「うん」
私が座ると彼女は横にある椅子に腰掛けた。
ニコニコしている。
彼女がカバンのジッパーを開け、中から本を取り出した。
「はい、これを使って下さい」
「うん、ありがとう。何これ?」
「テキストです。本屋へ行く時間がなかなか無くて。。。
勉強を始めるのが遅くなってしまってごめんなさい」
彼女は私の為に本屋でテキストを買ってきてくれたのだ。
「ありがとう!」
とても嬉しかった。
「これ、実は台湾の子供、子供といっても幼稚園児くらいの
小さな子達が使うものなんです。bo po moと呼ばれている発
音記号のようなもの。これを覚えられると中国語の発音も少
し楽になるかと思って。。。。」
台湾では発を表す記号があり、その形と音を分かり易く解説し
てあるテキストが小さな子供用に売られているのだ。
「簡単かなぁ~。見た事もない記号だし。これ覚えないとダメ
なの?」
初めてみる記号に早くもギブアップ寸前の私。
「簡単ですよ~」と彼女がいたずらっぽく笑う。
「うそだ~、これ難しそうだよ~~」と私がふざけた感じでテキ
ストをパラパラとめくると、それを見て彼女が笑う。
「外国人のあなたには少し難しいかも知れませんね。でも、参考
程度でも良いので。こういう音があるんだなって覚えておくだ
けでも。。。」
「ありがとう。覚えてみるよ」
彼女がカバンから1冊のノートと1本のペンを取り出して私に手渡す。
これも私の為に買っておいてくれたらしい。
なんて優しいのだろう。
17歳の子なのにとても気が利く。
「どんな事から勉強しましょうか?」と彼女。
「いつ、どこで、何をするとか基本的な事から教えて欲しい。多少は
分かるようにはなってきたんだけどさ」
「はい、分かりました。では会話形式で進めてみましょうか?あなた
が知りたいのにどう聞いて良いのか分からない。そんな事から始め
てみましょう」
「うん、ありがとう」
「何時にどこへ行く」
「いつ、誰と会う」
「どうしてこうなってしまうのですか?」
良く工場で使う会話を中心に、これまでの経験で困った場面を思い出
しながら、彼女に「この場合はどう聞けば良いかな?」と質問し、彼
女がそれに答える。
会話しながら彼女が漢字で文章を書き出してくれる。
綺麗な文字、そして意思の強さを感じさせる文字だ。
それに比べて。。。私の文字はひょろひょろしているなぁ~(笑)
台湾で使われている漢字は古典的なものが多く、あまり略されていな
い。
良くこんな難しい漢字を。。。と愕然とさせられた。
「難しい漢字が多いんだね。字画も多いし。これ、台湾の人は覚えてる
の?」と質問をすると
「う~ん、全部は無理ですよ。あれ?どういう漢字だったかな?とか、
どう書いたっけな?なんて思ってしまいます」と彼女が説明してくれ
た。
説明を聞きながら、こんな可愛い顔しているのに、いかつい漢字を発音
してるんだな~などと下らない事を想像したりもした。
中国語の発音
日本語にはない音があり、また四声という音がやっかいだ。
トーンを間違えてしまうと全然違う意味になる。。というか伝わらない。
何度も何度も練習する。
「違います!」
「ちょっと違います」
「う~ん、ちょっと違います」
彼女の発音を耳で聞き、同じ音を再現しているつもりなのに。。。
現地の人が聞くとこうも違うものなのか
大学の頃、関西方面の学友にふざけた関西弁で話しかけると「全然違う
やん!」なんて言われた事が思い出された。
何度発音しても「違います」というやり取りが続き、仕舞には2人で大
笑いしてしまった。
こんなに発音しても、1回もOKが出ないのだから。。。緊張の糸が切れて
しまった。
本気で勉強する気なんてなかった中国語だったけど、意外と集中してしま
い、気が付くと日が暮れかかっていた。
そのとき。。。ガラガラガラガラ
と教室のドアがスライドした。
私と彼女は驚いてスライドしたドアの方を向いた。
「そろそろいいかい?」
そこにはおじいさんが立っていた。
宿直の先生か用務員さんなのか?
そろそろ学校に鍵を掛ける時間だとのこと。
「好 謝謝」(はい、分かりました)と彼女が答えた。
「好 謝謝」と私も後に続いた。
テキストをカバンに仕舞い、早足で教室を出た。
つづく