仕事で出会った愉快な人たち 1 P ?

「メシ食った?」
そう唐突に聞いてきたのは当時取引していた
ディスカウントチェーンのバイヤー森川さん。

口調は乱暴でややとっつき難いので取引先や同じ会社の同僚部下たち
からは煙たがられていた。

そんな森川さんはなぜか私には良くしてくれる。

好き勝手なことばかり言うけど言っただけの仕事はする。
責任も取る。
そんな彼の仕事ぶりが私は好きだった。

「いえ。まだです。奢ってくれるんですか?」
と私が答えると
「バカヤロウ~。中華でいいか?」と森川さん。
「ありがとうございます!」

森川さん行きつけの中華料理屋さんでお昼をごちそうになる。
食事に誘われたのは初めてだった。

後で他の社員さんに言われたのですが森川さんが誰かとお昼を
食べることはまずないそうで、私を食事に誘っているやり取り
を聞いて驚いたそうです。

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「ちょっと頼みたいことがあるんだけどさ。やってくれる?」
森川さんの話はいつも唐突だ。
「えっと。。。何をすれば良いのか。。。?」

「バカヤロウ。これから話すんだよ」
ニヤケながらおどける森川さん。

バカヤロウ。
商談中に何度も出てくるこのフレーズ。
好きな言葉ではないけれど森川さんに言われるとなぜか嬉しい。

「お陰様でウチを始め系列店の売上が良くてさ。嬉しい反面、仕
 入額も増えてきてる。ここらでそろそろウチも始めたいんだ」
「海外からの直輸入ですか?」と私が言うと
「お~。分かってんじゃん!そう。海外仕入」と森川さんは椅子
の背もたれに寄りかかって腕を組む。誇らしげだ。

「そこでだ。ロクな仕事にありつけてないお前に香港の事を調べ
 て欲しいんだよ。お前、怪しいから知り合いとかいるだろう?
 香港に」
「森川さん、怪しいって。。。まぁ、台湾に行って台湾語で話し
 かけられたりしますけど」
そう答えると森川さんは大きな口をあけてワッハッハ!と大笑い
した。

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サラリーマン時代にお世話になった取引先の社長数名が香港にオ
フィスを構えていたので彼らに連絡し、話を伝える。

仕事をするかどうかは話の内容次第ということで何とか会っても
らえることになった。

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香港へ飛ぶ当日。
森川さんとは羽田空港で待ち合わせ。

「俺、初めてなんだよ。海外!面白そうだなぁ」
森川さんはパスポートを手にして本当に嬉しそうな表情をしてい
た。

会社として初めての海外仕入というプレッシャーもあっただろう
けど、数日間とは言え職場から離れ海外へ飛ぶという高揚感も感
じていたのではないかと思う。
良い仕事をしている男の顔。
イケメンとは程遠いけど格好良い。
人の表情って素直だ。

ときおり冗談を挟みながら打ち合わせをしていると搭乗を促すア
ナウンスが流れてきた。

「行きましょうか?」
「おぅ!」
「飛行機、大丈夫ですか?」
「バカヤロウ。俺には怖いもんなんてねぇ~んだよ!」
笑顔の森川さん。
本当にわくわくしている。
バカヤロウの響きもいつもと違うな、そう感じた。

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飛行機が羽田を飛び立ちしばらくすると香港への入国書類が配られ
た。

香港は私も初めてだったが海外旅行の経験は多く、書類の書き込み
には慣れていた。

森川さんは初めての海外。
英語も話せない。
にしてはスラスラと書類に書き込んでいる様子。

「森川さん。分からないところがあったら聞いてくださいね」
「バカヤロウ。こんなの赤ん坊にだって書けるだろう。馬鹿にしや
 がって」
私に目もくれず書類に書き込む森川さん。

しばらくすると。
「よっしゃ~」
ペンを置いて伸びをする森川さん。
そして
「これでいいんだろう?ほれ。チェックしてくれ」
森川さんは書き込んだ書類を私に手渡す。

森川さんの手から書類を受け取り目を通す。

名前は。。。お~スペルも間違えずに書き込んである。
次は性別。。。ん????

性別欄
男性であればM
女性であればF
のはずなのに。。。。

森川さんの書類に書き込まれているのはP
P?
Pってなんだ?

「もっ、森川さん。ここなんですけど~」
「なんだよ。間違えなんてないだろうに。どこだよ」
森川さんが顔を寄せてくる。

「なんでPなんですか?Pってなんですか?ここ、男の場合は
 Mなんですけど。。」
「誰が決めたんだよ。俺はPだよ。Pでいいんだよ。バカヤロ
 ウ」

誰が決めたんだよはこっちのセリフと言いたかった。

「Pって一体どこから出てきたんですか?」
笑ながら森川さんにツッコミを入れる。
でも本人はボケてないからツッコミになっていないのかな?

「るせ~な~。Mでいいんだろう?Mで!ったくよ~」
ニヤケながらMと書き込む森川さん。

近くで二人のやり取りを聞いていた乗客数名が笑っていた。

森川さんがなぜPと書き込んだ理由は。。。
一応説明してくれたけどここには書けなない理由だった。

バカヤロウはあんただよ、森川さん!
私は心の中でそう思った。

Pと書いたまま書類を出したらどうなっていたかな?
そんなことを想像したりもしたけど、それでは性格悪すぎる。

その後の商談で時々「P」の話題を持ち出すと、森川さんは
必ずバカヤロウと言いながら大笑い。
「誰にも言うなよ。俺にも立場ってものがあるんだからよ」

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今では取引をしていないけど風の噂では出世して社長の片腕に
なったと聞いている。

面倒臭いけどとてもお世話になって森川さん。
今でも元気に仕事してるかな?

(おわり)