キャンディ 4


待望の新規事業を立ち上げたM。
そしてMが語るビジョンに夢を見たキャンディ。

しかし事態は思わぬ方向へ。。。。

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まさか、あのキャンディが。。。。

ニッキーからの説明を聞きながら
「お願いだから夢であってくれ。。。」

そう思ったが、現実は現実だ。
起きた出来事は変えようがない。


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Mの新規事業が立ち上がり、商品の手配が十分でないにしろショップが
オープン。

最週の売上は想像以上だった。

Mはカリスマ経営者。
キャンディはカリスマ販売員。

街ではちょっとした有名人だった彼らが一体何を立ち上げるのか?

2人の心棒者、ファンたちの間で大きな期待が膨らんでいく。

オープン当日と2日目は
Mや彼女のオフィスに勤務する内勤スタッフがヘルプしないとお客さん
に対応出来ない。まさに活況を呈していた。

3日目。4日目。
売り切れる商品が出てくる。

キャンディは店の状況を逐一Mへ報告し、売れ筋商品の追加をお願いし
ていた。

「分ったわ。すぐに動くから。商品が来るまで頑張って!」
当初はMもそう対応していたようだ。

5日目。6日目。
店内の売場がガラガラになってくる。

しかし相変わらず訪れるお客さんの数は多く、噂を耳にした人達も大勢
押し寄せていた。

携帯で撮った写真を見せながら
「同級生の子がここで買ったって教えてくれたんです。同じもの、あり
 ますか?」と笑顔で買い物に来てくれる学生たちも多くいた。

「キャンディ。早く日本の服が見たいわ。中国の偽物じゃなくて、本物
 の日本の商品なんでしょう?お薦めの服があったら、私、試着したい 
 !」
そんな言葉を掛けてくれるキャンディのファンも多かった。

その度に
「ごめんね。衣料品の入荷が遅れてるの。でも、デザインはもちろん、
 品質も佳い日本からの商品が入ってくるの。もう少し待っていて」
丁寧に、そして笑顔で接客するキャンディ。

代わりに店内にある雑貨を勧めたりして、売上に貢献していた。

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2~3週間が経過した。
雑貨の再入荷もなく、衣料品も入って来ない。

「キャンディ。日本からの服はまだ。。かな?」
「キャンディのオススメの服を買いたかったけど。。。」

そんな声に対応する日々がキャンディを苦しめていく。

たくさんのファンの期待に応えなければ。
来てくれたお客さんを満足させて帰してあげたい。

日に何度もMへ電話をした。
とにかく急いで欲しい。

「分ったわ。もうすぐだから」
と最初のうちはそう対応していたMだったが、電話に出る事が少なく
なり。。。ついには何度電話しても無視されるようになった。

毎日来店してくれていたキャンディのファンたちも徐々に顔を見せな
くなっていく。

ガラガラになっったままの店。
遠のく客足。
落ちていく売上。。。


開店後1ヶ月も経過していないにも関わらず、廃業寸前のような状況
になってしまっていた。

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そして悲劇が起きてしまう。

当日はキャンディと2人の学生バイトが店で勤務していた。

面倒見の良いキャンディはバイトにも優しく接していたが、その日は
笑顔がなかった。

様子がおかしいなと思いつつも、ガラガラになった店内の掃除を終え、
すっかり客足が遠のいてしまった店内で雑談を始めたバイトたち。

その時だった。

「もういい加減にして!」
大きな声で叫び声を上げたキャンディがレジを叩き始めた。

一瞬、目の前で何が起きているのか理解出来ずに立ちすくむバイト2
人。

怖い。怖い。怖い。怖い。
恐怖から身体が動かなくなっていた。
ただ、鬼のような形相でレジを叩きまくるキャンディを見ているしか
なかった。

しばらくレジを叩いていたキャンディの動きが止まる。

そして毎日出勤時に持ってきていた自分のバッグを開けた。
次の瞬間、キャンディの手に握られていたのはナイフだった。

キャ~~~
その場に座り込み、叫び声を上げるバイトたち。
もう動くことは出来なくなっていた。

ナイフを手にしたキャンディがナイフを見つめながら
「私の。。。私の服はどこなのよ!」

次の瞬間、大きくナイフを振り回し始めた。

その恐怖に再び叫び声を上げたバイトたち。

「さぁ、どこなのよ!私の服。服を出しなさい。今すぐに、今すぐ
 ここに持って来なさい!私の服を持って来いって。。。言ってる
 のよ~!」

そう叫びながら鬼の形相をしたキャンディが店内にある雑貨を切り
刻み始めた。

商品が、そして店舗が破壊されていく。。。

「おい!何やってんだ!」
バイトたちの叫び声を聞きつけた屋台のおじさんたちが店に来る。
「危ない!危ないだろ!ナイフを置け!」

キャンディを説得しようとするものの

「私の服は。。。。どこなのよ~~!!」

そう叫びながら店の商品を切り刻んでいくキャンディ。
おじさんたちの声はキャンディには聞こえていないようだった。

店にあった商品の半分ほどを切り刻んだところで、キャンディの
動きが止まり、その場に座り込んでしまった。

手にはまだナイフが握られていたが、もう力は抜けていたようだ
った。

そして
「私の。。。私の人生を。。。どうしてくれるのよ。。。」そう
言ってから号泣し始めたキャンディ。

その姿を見て、恐怖に怯えていたバイトたちも鳴き出した。
近くにいて、キャンディの苦労と苦悩を見てきた彼らだ。
心情を察したのだろう。

誰かが通報したのだろう。
やがてパトカーがやってきた。

警察官にうながされ、パトカーに乗るキャンディ。

街で人気のカリスマ店員キャンディが警察署に連行されていく。

そん姿、想像したくもなかった。

好条件だったとは言え、Mの語った夢に自分の夢を重ね、仕事を
辞めてまで移籍してくれたキャンディ。

それがどうだろう。

店がオープンして1週間も経たずに店はガラガラ。

毎日期待を胸に店を訪れてくれるお客さんたちには謝るばかり。

期待に応えられない自分。
期待を裏切ってしまっている自分。

そんな自分に絶えられなくなっていたと思う。

悔しかっただろうな。

悲しかっただろうな。

もう少し早く私が台湾に来る事が出来ていれば。。。こんな状況は
避けられたかも知れない。
そう思ったりもした。

ガラガラの店内。
店のあちらこちらにはナイフで切りつけられた小さな傷が残ってい
た。。。。

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2年ほど経過したある日。

私は台湾のとあるデパートに入ってブラブラとしながら時間を潰し
ていた。

そして。。。。「!」

キャンディだ!

キャンディを発見した。

デパート内の女性服売場で楽しそうに働いているキャンディ。
笑顔はあのときもままだ。

声をかけたら当時のことを思い出させてしまうかも知れない。
そんなためらいもあったけど、挨拶だけでもしておきたい。

そう思った私はキャンディ近づいて行った。

私の姿に気が付くキャンディ。
一瞬、目を背けたけど、笑顔で「ハロー」と手を振ってくれた。

「久しぶり。元気だった?」
「はい。お陰様で」

「今はこの店で働いてるんだね?」
「はい。もう半年くらいになります」

「こんな話をすると。。。。何て言ったら良いのかな。。。あの
 時は本当にごめんね」
「いいえ。あなたの責任ではないですよ」

「そう言ってくれると。。。助かるよ」
「私も大人気なかったなって。。。ダメですよね」

「そんなことないさ。あんなことされたら、誰だった頭に来るさ」
「ありがとうございます」

「このお店は働き易い?」
「はい。毎日新作の服が入ってきますし、当時のお客様たちも少
 し大人になったのでデパートで買い物をするようになっていて、
 私に会いに来てくれるんですよ」

「へぇ~!それは凄いなぁ~。当時のお客さんとも良い関係のま
 まなんだね」
「はい」

「さすがだよ、キャンディは」
「いいえ。みなさんのお陰ですよ。ここの社長さんもとても良い
 人で、私たちスタッフをとても大切にしてくれます。それもこ
 れも、あの出来事を経なければ。。。ようやくそう思えるよう
 になっったんです」

多少の傷は残っているだろうけど、笑顔でそう話してくれたキャ
ンディの姿を見ることが出来て嬉しかった。

どんな人間にでも良いときもあれば悪いときもある。

傷を傷のままにして過ごすのか?
ひとつの学びとして次のステージへ活かす事が出来るのか?

綺麗な女性から綺麗で強い女性へ。。。彼女の成長を感じた。

おわり


キャンディ 3

新規事業を立ち上げ、店舗を確保し、アイコンになるスタッフ、キャンディ
の協力を得る事が出来た。

やや後手後手ではあるけれど、動き始めたMのビジネス。

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「はい。そうなんです。是非、御社の商品を台湾で販売させて欲しいんです」

Mからリクエストを受けて交渉を進めている女性衣料品ブランド。

当初は興味がないとの返答ばかりだったけど、何度もコンタクトを取りつづ
けているうちの担当者との会話もスムーズに出来るようになってきた。

そして
「分りました。再度上席に報告、検討させていただきます。台湾ですかぁ。
 実はアジア圏からの引き合いは初めてでしてね。社内にも詳しい者がいな
 いもので。。。」

「もしご都合が合うようでしたら、私がアテンドしますので是非視察にでも
 行ってみませんか?」
「ははは。そうですね。この場では返答出来ませんけど、食事も美味しそう 
 ですよね。その際には宜しくお願い致します」

「はい。是非案内させて下さい。美味しい店を知ってますので!」
「ありがとうございます。では、また後日連絡させていただきます」

「ありがとうございます!」
そう言って電話を切った。

すぐさま台湾のヒースにメールして状況報告。

今頃は店舗の内装工事が終わり、オープニングに向けて準備が進んでいる事
だろう。

Mからは日本のメーカーが製造する雑貨や玩具のオーダーがあった。
アイテム数が少ないのが気がかりだけど、格好だけは付くだろう。

そして女性衣料品ブランドが店内に並べば、店の印象ががらりと変わる。

胸が躍った。

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一方で気になることもあった。

ビジネスに関してキッチリとしてるヒースからの連絡が遅いのだ。

「タバコの吸いすぎで調子が悪いのかな?」

ヘビースモーカーで体重も増えつつあったヒース。
病院で薬を処方してもらっている事は知っていたので、少し心配だ。

Mのビジネスはヒースとの両輪じゃないと成立しない。

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待てど暮らせどヒースからの返事はない。
時々、Mの携帯へ電話を掛けると

「商品の件でしょう?分っているわ。すぐに追加のオーダーをするから
 もう少し待っていて」

毎回そう答える割にはなかなかオーダーが来ない。

そんなある日、ヒースからの返答が来た。
「先日、店をオープンさせることが出来た。かなりの評判だよ」

普段と比べるととても短いメールだった。

売れているのなら商品を追加しなくて良いのか?
そんなメールを折り返し送ったが、返事はなかった。

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別件で台湾へ行く用事もあり、日程をヒースにメールした。

「分った。待っている」
またも短いメールが返ってきただけ。

ビジネスは大丈夫なのか?

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台湾へ到着した私はすぐさまMの店がある街へ向けて、空港から焚くしーに
飛び乗った。

何かが起きているに違いない。。。
一体、どうなっているのだろう?

高速道路を飛ばして役1時間。
目的に付いた。

ホテルでチェックインを済ませて、身軽になってからMの店に向かうつもり
だったけど、すぐにでも確認したかった。Mの店は大丈夫なのかを。。。


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店の前は普段通りの人の多さ。

放課後、学校帰りの学生たちで賑わい始めていた。

いつもの景色に少し心が落ち着いた私は荷物を背負ったまま店に入る。

「いらっしゃいませ」
アルバイトらしく2人の女の子。
私の顔をみるなり、驚いたように目を大きく見開いた。

そして、そのうちの1人がレジにいる女性スタッフに声を掛けた。

キャンディ。。。。じゃない。。。ニッキーだ。

ニッキーはMの会社で営業を勤めている女性スタッフ。

なんで店舗にいるんだ?

「あれ・ニッキーじゃん!」

「あ~!お久しぶりです~!! あれ?今日からですか?」
「あぁ、そうだよ。Mから聞いてなかった?」

「はっ。。はい。。。何も。。。」
ニッキーはそう言ってうつむいた。
いつも元気なニッキーなのに。。。どうしたんだ?

ニッキーの態度が気になりながらも店内を見渡す。

2人のバイトはやる気なさそうにおしゃべりをしている。

表の通りにはたくさんの人が歩いているのに、店内にいるのはニ
ッキーとバイトの2人、そして私だけだった。

ヒースからのメールでは店の売上は上々。
店内には常にお客さんがいると報告があったけど、そんな雰囲気
は全くなかった。

そして気が付いた。
店には商品がほとんど。。。。ない。

「ねぇ、ニッキー。商品、商品は?」
「あっ。。。はい。。。もう売れてしまって。。。残っているの
 はこれだけなんです」

「これだけって。。。。Mには売上を報告してるんでしょう?」
「はい。。。報告は。。。しているんですけど。。。」

「俺のところにかMからのオーダーが来てないよ」
「えっ?そうなんですか?」

「そうだよ。最近、ヒースからの連絡もないしさ。一体、あいつ
 ら何を考えてるんだよなぁ」
そう冗談交じりに言いながら、ニッキーやバイトの2人に視線を
送った。

この異様な光景を信じたくはない。。。そんな心理が働いて冗談
っぽい口調になったのかも知れない。

「なぁ、ニッキー。状況を全部俺に話してくれないか?俺があい
 つらに話をしてオーダーを急がせるから。商品がこんなに少な
 いんじゃ、お客さんが来ても買うものがないもんね」
「そう。。。ですね」

それからニッキーが話し始めた内容は。。。

オープン当日と2日目。
街中の話題をさらうかのごとく多くの人が押し寄せた。
棚の商品が次々に売れていく。
ストックから商品を補充するのが大変で、Mの会社の社員が休日
返上でヘルプに来たほどだったという。

もちろん、Mもスタッフたちと共に接客販売に参加。
元々は街のジーパン屋で小売りをしていたM。
口達者で販売の仕事も大好きだ。

Mに心酔する若い女性たちも多く、多くのMファンが来店してく
れたようだった。

そしてキャンディ。
彼女も街では名の知れた人物。

彼女が移籍した店で何やら新しい事が始まる。
キャンディの友人やファンの期待感が口コミを通して街中に知れ
渡っていたので、店の中は人でごった返していた。

1週間もすると売り切れになる商品が出始めた。

キャンディやバイトたちが商品をリピートして追加して欲しいと
Mに連絡する。

売上を上げたい!

台湾では販売金額に対する歩合が発生する契約が多く、毎日少し
でも多くの売上を上げて、得られる給料を上げていきたい。

それがモチベーションとなる。

しかし。。。待てど暮らせど商品は入ってこない。

キャンディは何度も何度もMに電話を入れていたが、商品が追加さ
れることはなかった。。。

「私はMさんとあなたの間に何か問題があって関係がこじれ、それ
 で商品が入って来なくなったのだとばかり。。。じゃあ、Mさん
 との関係は特に問題ないんですね?」とニッキー。

「あぁ、何も問題はないよ。ただ、オーダーが来ないからさぁ」

そこで気が付いた。

キャンディの姿がないことに。

「ねぇニッキー。キャンディは?今日は休みなの?」
「キャンディですか。。。」

「うん。彼女、日本の服を売りたがってただろ?話を進めるのに時
 間が掛ってたんだけど、何とかなりそうなんだよ。今日は彼女に
 その話も報告したいと思ってたんだ。今日が休みなら構わない。
 明日にでもまた店に顔を出すからさ」

日本の服を売る為にMが引き抜いたキャンディ。
キャンディもMの熱意と仕事の内容に興味を持って、働いていた店
を辞めてまで移籍してくれている。

早く彼女に服を売ってもらいたい。
雑貨も好きと話していたけど、彼女が1番輝くのは衣料品を販売し
ているときだろう。

「キャンディは元気?早く会って話をしたいよ」

しかし。。。ニッキーから聞いた話は。。。。

つづく

キャンディ 2

日本から衣料品や雑貨を輸入して販売する計画を進めるM。

そのビジネスのアイコンとして街でも有名な女性をヘッドハンティング
しようとアクションを起こす。

Mとその女性と私はあるホテル内にあるレストランでランチをすること
に。

さて、Mはその女性を口説けるのか?
女性はMの猛烈なアタックに対してどうリアクションするのか?

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ランチセットのオーダを済ませると、にこやかな笑顔でMが話し出す。

「台湾には日本の商品を売る店はまだまだ少ない。しかも実は中国のコ
 ピー品を平気で並べている店がほとんど。私はそんな現状に風穴を開
 けたいのよ」

詳細を詰めるのは下手だけど、大きな構想を描き、語るのは得意なM。

確かに台湾の街を歩いていると「日本直輸入」をうたっている店を見か
けるけど、大体が偽物だったりする。
(2020年現在はそんなことはないですけど)

インターネットの普及により、台湾の消費者たちも直に日本の情報に
アクセス出来るようになり、身の回りで見かけるものや流通されている
ものが本物かどうか判断出来るようになりつつあった。

「日本から商品を輸入するのはコストが掛るし原価も高い。販売する商
 品の価格も上がってしまうけど、私には出来ると思うのよ。台湾人の
 購買意欲の高さってとてもポテンシャルを感じさせるのよ」

アクションを交え、くるくると表情を変えて構想を語るM。
相手を納得させてしまう迫力、そして「この人なら何かやってくれそう
だな」と感じさせる魅力を備えている。

ひと通り構想を話し終えたタイミングで料理が運ばれてきた。

「さぁ、難しい話はこれくらいにして、美味しい食事をいただきましょ
 う!」両手を胸の前で合わせたMが音頭を取る。

「いただきま~す」
お腹が減っていた私は料理に手を伸ばす。

「そうだ。まだ名前を聞いてなかったね」と私が切り出すと
「あっ、そうでしたね。申し遅れました、キャンディです」

「可愛らし名前だね。失礼かも知れないけど、あまり台湾人っぽくない
 顔立ちしてるよね」
「はい。父は台湾人ですが、母はタイ人なんです。もう離婚しちゃいま
 したけどね」そう言って笑顔を見せてくれたキャンディ。

台湾人とタイ人のハーフだった。
顔立ちから漂う南国情緒はその為だったのか。

これまでの生い立ちや楽しかったお客さんとのエピソード。
日本への憧れなど、初対面の割には思った以上に自分の事を話してくれ
たキャンディ。


場の空気が暖まったところでMがキャンディの仕事や収入に関する話を
し始めた。

「私はあなたが欲しい。私のビジネスを手伝って欲しい。あたなにはそ
 れが出来るのよ」とM
そんな事を突然言われて驚いた表情のキャンディ。
そりゃそうだろう。ちょっと引いてるようにも見えた。

「彼が日本から商品を送ってくれる。その辺にある偽物じゃない。本当
 の日本の商品よ。偽物と分っていながら渋々と商品を買っている人た
 ちへ本当に日本のデザインやクオリティを感じて欲しい。あなたなら
 それを伝える事が出来ると思うの。どうかしら?手伝って欲しいのよ
 」
そう言ってキャンディの手を握るM。

「私のことをそこまで。。。とても嬉しいです。ご期待に応えられるか
 どうか。。私にはその自信が。。。」
「大丈夫よ。あなたになら出来るわ。」
キリっとした表情になるM。

「それと。。。Mさんのお仕事には興味があります。その~~~」
何か聞きづらそうなキャンディ。

「お給料のことね? 今のお店からは幾ら貰ってるの?」
単刀直入にそう聞くMに対して、キャンディは指でテーブルをなぞるよ
うにして数字を書いた。

Mの右の眉が一瞬動いた。
そして
「分ったわ。心配しないで。少なくとも今のお給料より上の金額を払う
 ようにするわ。少し時間を貰える?勝手に決めるとヒースが怒るから
 」
と珍しくヒースを気遣うMだった。

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食事を終え、Mの運転する車でキャンディを送った。
車を降りて頭を下げ、笑顔を手を振り私たちを見送るキャンディ。
とても丁寧だ。

「どう口説けそう?」おT聞くと
「あの子、結構な給料を貰ってたわ。本当かどうかは分らないけど、小
 さな店の販売員としては破格のギャラよ。びっくりしちゃったわ」
険しい表情のM。

「そうなんだ!」

台湾の販売員。
全てではないけど、基本給プラス歩合が一般的。
キャンディにはフォンが付いているし、販売力がある。
当然、その仕事に見合った給料になっているはずだ。

「どうするの?諦める?」
「ヒースに相談する必要があるけど。。。彼女には販売員としての魅力
 以上に店のイメージを確立させるアイコンとしての役割を担ってもら
 えるわ。どうしても来て欲しい。ヒースを説得しないと」

アメリカ人のヒースは仕事が細かい。
そしてコストにうるさい男だった。

でも、結局Mが押し切るいつものパターンになるんだろうなぁ~

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そして数日後
「キャンディ、ウチに移籍してくれることになったわ」
Mからの電話。

「良かったね!」と答えた私だったが。。。

「ねぇ、M。商品。商品はどうするの?まだ何を売るのか、どんなお店
 にするのかが全く決まってないじゃん」

少しMのお尻を叩かないとさすがにマズイと感じた私はやや強い口調で
話した。

「そうねぇ~。あなたが日本から送ってくれたカタログに目を通してお
 くわ。あなた、明日帰国よね?じゃあ3日以内にオーダーをメールす
 るからすぐに手配して。例の衣料品店との交渉も継続して。私、あの
 ブランドの服を売りたいのよ。この台湾で」

Mからの依頼で日本のある女性服ブランドと交渉を始めていた私。
初めての仕事だったけど、楽しかった。
先方も初めて海外からのオファーを貰い、慎重ながらも興味を持ってい
てくれた。

帰国したら、また交渉再開。
胸が高鳴った。

つづく





キャンディ 1


「ねぇ。私、日本の服や雑貨を売る。そんな店にトライしようと思うの。
 あなた、強力しなさいよ。あなたも儲けられるかもよ」

そう言ってウィンクしたのはMだった。

本業はアパレル。
なので目の付け所は悪くない。

でも、彼女が手がけているのは男性向けブランド。
社員、スタッフを増員。
乗りに乗っているこの時期に、新しい事にトライしたい。

Mの気持ちは理解出来た。

「いいけど。。。女性向けの店を立ち上げるの?」
「ええ、そうよ。若い世代の女性に向けた事業を立ち上げるの」

Mの頭の中にはボヤ~としたイメージしかなかった。

横でMの話を聞いているヒースがオフィスの天井を見上げて両手を広げる。
賛成しかねるという意思表示だ。

「ワイフ。良く聞いてくれ。俺たちには若い女性向けのビジネスを展開す
 るノウハウなんてないだろう。マンパワーだって足りない。今、我々の
 ビジネスが順調だ。この事業1本で進むべきだ。新しいトライアルはも
 う少し先にすべきだよ」

「あなた、何を尻込みしてるのよ!私たちがモタモタしてたら、他の誰か
 が同じ事を始めてしまうわ!」
Mの言葉には焦りとトゲがあった。

いつも冷静で慎重なヒース。
指摘が的確だった分、Mは頭に来たのかも知れない。

「ワイフ、冷静になれって。現状では無理だよ」
「話にならないわね!」とバッグを肩に掛けて席を立つM。

「さぁ、行きましょう」
「行きましょうってどこへ?」
「店舗を探しに行くわよ。そして働いてくれるスタッフもね」
「いっ、今から?」
「そうよ。何をボヤッとしてるの。行くわよ」

私がヒースに視線を向ける。
ヒースはたばこに火を付けながら笑顔を見せる
「悪いな。一緒に行ってやってくれ」
そう言っているような感じがした。

巻き込まれた。。。

プライベートでは仲の良い夫婦で一緒に食事を作ったりもするけれど、
ビジネスではこうして時々意見が衝突する。
そして私は板挟みになる。

今回も最終的にはヒースが折れるんだろうなぁ~

そう思いながらMがエンジンを掛けた車に乗り込んだ。
そして街の繁華街へ向かった。

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当然のことだけど、その日は具体的な収獲はない。

でも、Mの仕事に対する情熱。。というか執着は物凄いものがあった。

良さそうな立地にある店を見つけると車を止めて、店に入る。

そして「ねぇ、この店、私に譲る気はない?」と躊躇なく話を切り出す
のだ。

営業している店にとっては何とも失礼な振る舞い。

あとで
「ねぇ、なんであんなことを聞くの?失礼なんじゃない?」と聞くと。
「経営なんて表から見るのと裏から見るのとでは全然違うわ。理由は
 様々だけど、閉店を考えてる、考え始めてるという人は多いのよ。
 特に浮き沈みの多い台湾ではね」

聞かなきゃ何の分らない。
聞くだけ、話をするのはタダだから。。。確かにそうかも知れない。

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数ヶ月後、再び台湾へ行く機会に恵まれた私。

Mから電話で連絡を受けた。

「人通りの多い場所にある物件があったわ。一緒に見に行かない。も
 っとも、もう押えちゃったんだけどね」とM。

「もう押えちゃったって。。。まだ何を売るかも決めてないのに?」
「えぇ、そうよ。ヒースはカンカンだけど。。。ウフフ」

ウフフじゃないだろう。。ヒースが怒るのも無理はない。

「スタッフとして来てくれそうな子も見つけたわよ。今日は彼女と軽
 く食事するの。だからあなたも来て」

私のスケジュールが勝手に埋まっていく。。。いつものことだけど。

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午前11時にMの車が私の宿泊しているホテルに到着。

「例の子とは12時から○○ホテルでランチするの。予約はしてある
 わ。その子、この街ではちょっと有名なスタッフなのよ」

「へぇ~。来てくれそうなの?」
「分らないわ。彼女が働いている店の売上は相当なもの。お客のほと
 んどが彼女に憧れていて、彼女のようになりたくて店に来る。お給
 料も良いでしょう。オーナーもそう簡単には手放さないと思うわ」

Mの車が止まる。
「ここよ」とM。

人通りのある店舗だった。
たまたま見つけた空き物件。
すぐに借り手が見つかってしまうと思ったので、即断即決。すぐに契 
約を交わしたそうだ。

常に人が歩いている。
「夕方から夜にかけては学生たちがたくさん買い物に来る通りよ。タ
 ーゲットドンピシャよ」

Mが展開しようとしている日本の衣料品や雑貨。
台湾の学生達は大好きだ。
ビジネスになるかも知れない。。。そう思った。

「来週から店舗の内装工事が始まるわ。ねぇ、日本から商品を送って 
 ね」
「えっ?送るって。。。何を売るのさ?ミーティングもしてないじゃ
 ん」

「大丈夫よ。何でも売ってみせるわ」自信満々のMだ。
向かうところ敵無しの快進撃を続けていたM。
そう言い切れるだけの自信と確信があったのだろう。

しかし。。。。
何でも良いから送ってってのは。。。ビジネスなのだろうか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「車に乗って。スタッフとして迎える子とのランチに行くわよ」
「あっ、はいはい」

もう完全にMのペースだ。

意外と慎重なMが運転する車は市内にある外資系ホテルに到着した。

ホテル地下にある駐車場に車を止めて、エレベーターでロビーフロア
へ上がった。

エレベーターのドアが開く。
Mと2人でフロアに出た。
辺りを見回すM。
そして「ハ~イ!」と笑顔で大きな声。

ロビーにいた人達が一斉にこちらに視線を送る。
ひやぁ~、みんなこっちを見てるじゃん。
恥ずかしいしな~。。。

そして1人の女性が笑顔でこちらへ向かって歩いてきた。

「待った?ごめんね」とMが親しげに話しかける。
「いえ。それほどでも。」と笑顔の女性。

台湾人っぽくない彫りの深い顔。
目や鼻のパーツに南国情緒を感じてしまった。
綺麗だ。

「こちらが私の日本のパートナー。彼が日本から衣料品や雑貨を送
 ってくれるのよ」
「初めまして」と女性が静かな口調で挨拶をしてくれた。
「初めまして。よろしくね」と挨拶を返す私。

「さぁ、ご飯にしましょう」とM。
ホテル内にあるレストランへと向かった。

大人しいけど、笑顔を絶やさず、気品があって台湾人っぽくない顔
立ち。
立ち姿や歩き方も美しい。

きちっとしているけど、押しつけがましくなく自然な感じだ。

仕事も出来そうな感じだ。

これは女性からの支持もあるだろうなぁ~。

レストランのスタッフに案内され、我々3人は席に付いた。

果たして彼女はMの話を受け入れてくれるのか?
Mは彼女を口説けるのか?

楽しみになってきた。

つづく


パーティ パーティ IN 台北 出会った彼らのその後

台北のパーティで出会った芸能人や芸能人のたまごたち。

今も私の記憶の中が輝いている彼ら。

そんな彼らのその後。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
JD

台湾のスーパースター。

Mが電話でサイン入りのCDを私にプレゼントするよう無理なお願い
をされてしまっていた。

直接会う事は叶わなかったけれど、後日、本当にMのオフィスにサイ
ン入りのCDを送ってくれた。
あれだけのスーパースターだというのに、細やかな気遣いが出来る人。

youtubeで検索したら今年も新曲をリリースしているようだった。

たゆまぬ努力と周囲の人を大切にする心が彼の人気を支えているのだ
ろうと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

マイケル

繊細で優しかったマイケル。

ある日、台北の街で再会した際には気軽に声をかけてくれた。
ファンに囲まれていたのに私に気が付いてくれた。
(まぁ、分かり易い顔してるので。。。)

「僕の事、覚えてますか?」なんて向こうから気さくに声をかけて
くれた。
「と言うか、俺の事覚えてるの?」と私が聞くと
「はい。だからこうして日本語で話しかけてます」と微笑んでくれ
た。

パーティで会った時の印象そのままだった。

芸能界ではあまり有名にはなれなかったようだけど、彼の性格なら
誰にでも好かれて、周囲の人も幸せに出来ているのではないかと思
う。

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キングゴリラ

パーティ会場では私を追いかけたり、持ち上げたり。
話も上手で私とマイケルを終始笑わせてくれたゴリラ。

その後、Mの尽力でストリートファッション系の雑誌のモデルに起
用されたり、テレビで見かけることもあった。

知名度はそこそこあったようだけど、生き残ることは出来なかった
ようだ。

台湾の友人達に聞いても「まぁまぁだったかな~」との声が多かっ
た。

今頃はどうしてるのかなぁ~。

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DJ POO

パーティの後、スカイやMのオフィスで働くスタッフ、マイケルや
私を誘って食事会に連れて行ってくれた。

会食中、独特の話術で場を楽しく盛り上げてくれていた。

後日、JDのサイン入りCDをMのオフィスまでわざわざ届けてく
れたのは彼だった。

その際も「元気?またご飯に行きましょう!」と気さくに声をかけ
てくれた。

当時はテレビで良く見かけたけれど、当時すでにアパレル事業にも
進出していたから、今頃は実業家になっているかも。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スカイ

パーティから数年後に独立。

香港からブランド品を輸入し、台湾全土へ営業開始。
瞬く間に知名度抜群の経営者へ!

面倒見があって兄貴分的な存在のスカイ。
誰に聞いても「良い奴」「信頼してる」という声を評判だった。

忙しくなった後も、街で私の姿を見かけると必ず声をかけてくれた。

一緒に仕事をする話を持ちかけてくれたけど、日本の仕事が忙しく
なってしまい、夢は叶わず仕舞いだったけど、台湾では本当にお世
になった。

頼れる奴だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ジャッキー・ワン

今でも台湾のスーパースター。
昨年(2019年4月)
母と台湾に行った際にも彼が出演しているテレビ番組がたくさん放
送されていた。

浮き沈みの激しい台湾芸能界で長く現役トップの座に君臨している
のだから、相当なやり手なのだろう。

握手した時の分厚い手と大袈裟な笑顔が今でも印象に残っている。

普通のおじさんっぽいけど、大物が放つオーラを感じさせた。
存在感ってあるものですね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして、あの女の子。

Mの話では業界で有名になる為に知名度のある芸能人の愛人になる
子も多々いるそうだ。

彼女が本気でワンのことを好きだったのか、有名になる為のステッ
プとしてワンの愛人になることを選択したのか?

私には分らない。

その後、どうなったかも分らない。

たった1度の出会い。。。出会いというほどのものではないか。

もう顔も覚えていないけれど、世界のどこかで元気にしていて欲
しい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Mとヒース。

彼らに関してはまた別の機会に書いてみたいと思っています。


尚、ここに登場する芸能人たちに関しては、現役で活躍されている
方々もいる関係上、仮名を使っています。

まぁ、向こうは私のブログなんて読むことはないでしょうけどね。

ありがとうございました。

おわり。





パーティ パーティ IN 台北 5


台湾の大物芸能人 ジャッキー・ワン主催のパーティ

業界関係者でもないのになぜかパーティに参加した私。

人懐っこい台湾の芸能人達との出会い。
そして彼らとの楽しい会話。

華やかな場での楽しい時間が過ぎていく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ねぇ。可愛い子は見つかったの?」
POOとの軽い打ち合わせを終えたMが近づいてきて、私に話し
かけてきた。

あっ!
そうだった。
パーティに参加している女の子を紹介してくれるという約束
をしてたんだ。

マイケルやゴリラとの会話、そして台湾の大物芸能人のジャ
ッキーとの対面が続き、すっかり忘れていた。

華やかな場所にいるというのに、話したのは全員男。
そのウチのひとりは筋肉野郎のゴリラとは。。。

「M、本当に大丈夫なの?」
「フフフ。大丈夫よ。でも、誤解しないでね。あくまで引き
 合わせするだけよ」

「もっ、もちろん!」
台湾の芸能人やモデルさん、そのたまごたち。
可愛い女の子と話が出来るだけでも上出来だろう。

「会場を一巡りしてくれば良いじゃない。話してみたい子が
 いたら、私に声をかけてね」とMがウィンク。

ずば抜けた交渉能力。
そして不思議と人を引きつける魔力のようなものを持つM。

もしかすると、もしかするかもな。。。
などと妄想を始める私。

飲み物をお代りをする体で会場内を歩き始めた。

少し歩いただけなのに、綺麗な人や可愛い人がこんなにたく
さんいるなんて。。。

台湾女性の顔立ちが好きな私には楽園天国のような場だ。

少し会話が出来ればなんて話していた筈なのに、この中の誰
かと付き合う事になり、台北の街を歩いてる妄想が広がる。
馬鹿な私。

もう誰でも良いんじゃないか。。。そう思いながら会場内を
歩いているときだった。

1人の女性の姿が目に入った。

ストレートのロングヘア
つやつやの黒髪がライトに照らされていて美しい。
色白で円らな瞳。

会場内にいるタレントさんやモデルさん達のキラキラとした
雰囲気とは違う。。。夜空に浮かぶ満月のような静かな輝き
を放っている。

立食用のテーブルに1人。
テーブルの上には小さなお皿とティーカップが置かれていた。
優しい笑みを浮かべ、周囲に暖かい視線を送っていた。

誰と会話している訳でもないのに、とても楽しそう。

でも、ちょっと陰があると言うか。。。儚さを感じる。

「あんなに綺麗な人なのに、誰も話しかけたりしないんだな。
 高値の花。。。そんな存在なのかも知れないな」

そう思わせるような独特のオーラを発していた。

よし!あの子にしよう。

このまま話しかけても良いような気がするけど、成功の確率
を上げる為には、Mの強力が必要かも知れない。

そう思いMのいる場所へ引き返す私。

彼女を見つける前に「綺麗」「可愛い」と思った女性の事は
全て頭から消えていた。
それほどのインパクトがあった。

一直線にMの元に戻ってきた私に
「良い子が見つかったみたいね」とMが微笑んだ。

「うん。いたよ。見つけたよ!」
「あらあら。鼻息が荒すぎよ。落ち着いて。ちょっと一杯飲
 んで落ち着きなさい」とMがグラスを差し出した。

「う、うん。」
Mの差し出したグラスを受け取り、ゴクリ。。。うぇ~ウィ
スキーだ!ウーロン茶じゃないのかよ~~~!

「それで?どの子?私が連れてくるから」
「本当に大丈夫?」

「大丈夫よ。任せなさいって」
「う、うん」

「で?どの子?」
「あそこ。あのテーブルに1人でいる女の子」
と周囲に気付かれないように小さく指を差す。

私が指さす方向に視線を送るM。

「どれどれ?うん?」

そして次の瞬間だった。

Mは表情を変えず、私の方を顔を近づけた。
そして。。。
「あの子はダメよ」
とキッパリ。

えっ?
どうして?
なんでダメなの?

「えっ?どうして???紹介してくれる。誰でも紹介してく
 れるって言ったじゃん」

「あの子はだ~め。ダメなのよ」

「どうしてさ?」
「こっちに来なさい」Mが私の腕を引きながら歩き出す。
そして私を廊下へと連れ出した。

「なんでダメなのさ?」
「あの子は。。。特別なのよ。」

「もう彼氏がいるとか?」
「まぁ。。。そんなもんね」

「やっぱりそうかぁ~。あんなに綺麗なんだもんなぁ。彼氏
 くらいいるよなぁ~」
と言いつつ
「でもさ、話。話くらいはしても大丈夫だよね?」と諦めの
悪い私。

「だ~め」とMはつれない返事。

「話をするのもダメなの?」
「そうよ。話をするのもダメ。近づくことさえダメなの!」

そしてMは私の耳元に口を近づけ、こう囁いた。

「あの子。。。ジャッキーの愛人よ」

ガ~~~~ン!
ジャッキーの。。。あいじん。。。

あんなに可愛い女の子が普通のおじさんにしか見えないジャ
ッキーの愛人。。。。

力が抜けてしまった。。。。
なんであのオッサンが。。。
しかも奥さんではなくて愛人。。。。

「なんであの子がそんなことしてんのさ」
「知らないわよ。でも、彼女がジャッキーの愛人だという事は
 業界内では公然の秘密。だから誰も声をかけたりしないのよ
 」

「なんだよジャッキー!愛人ならこんなところに連れてくんな
 っての!」
と、なぜか半ギレした私。

「理由は分らないわ。それが彼女が選んだ道だわ。それはあな
 たには関係ないでしょ?」
「た、確かにそうなんだけど。。。なんだかぁ~」


「そうかぁ~。。。彼女を見た瞬間、身体に電流が走ってさ。
 Mに紹介を頼む前に話しかけちゃおうかな?なんて思っちゃ
 たんだよね~」
冗談めかしてMにそう伝えると、Mの表情が変わった。

「もしそんなことしたら、あなた日本には帰れなかったかも。
 台湾の海に捨てられていたかも知れないわよ」とM。

「まさか。話しかけたくらいで?」
「ジャッキーは台湾芸能界の大物よ。彼の顔に泥でも掛けてみ 
 なさい。大変なことになる」

「そんなものかね。。。。」

半信半疑だったけど、可能性がゼロではないのだろう。

再び会場内に戻った私。
マイケルやゴリラが迎えてくれた。

そしてまた、ゴリラのトークで笑いの渦が巻き起こり始めた。
ゴリラは顔が濃い分、表情が豊か。
トークが上手く彼の近くにいると本当に楽しい。

腹を抱えてゲラゲラと笑いながらも、ついつい横目であの子を
見てしまう私。

「あの子がねぇ。。。」

人にはそれぞれの生き方がある。
分ってはいるけれど。。。今ひとつ納得出来ない私がいた。


(おわり)

パーティ パーティ IN 台北 4


台湾人のような日本人、私
爽やか青年のマイケル
そして筋肉お化けのキングゴリラ

なぜか話のウマが合うこの3人組。

楽しく談笑をしている時だった。

「コンバンワ~~~!」
いきなり大きな声を出して現れたおじさん

おじさんの隣にはレディM。
おじさんは。。。あのジャッキーだった。

満面の笑みで
「ワタシハ ニホンゴ ゼンゼン デキマセ~ン!」
とこれまた大きな声を張り上げながら、人懐っこい笑顔で
右手を差し出してくれた。

私が右手を差し出すと、その手を強く握りしめながら
「今日はありがとう。お会い出来て光栄です」と挨拶をして
くれた。


マイケルとゴリラはやや緊張した面持ちになっていた。

「一緒に写真、いいですか?」とジャッキー。
とても気さくだ。

「いいんですか?」と私が聞くと
「もちろんですよ。あたなも私の友人だ」と笑顔のジャッキー。
社交辞令だろうけど、素直に嬉しかった。

「マイケル。私のカメラで撮影してくれる?」とMがカメラを
マイケルに渡し、ジャッキー、M、そして私の3人で写真に収ま
った。

「マイケル、ゴリラ。新しい契約がまとまりそうだから、A社の
 社長さんに挨拶しておいて。ほら、あそこのテーブルにいるだ
 ろ?」とジャッキー。

マイケルとゴリラは
「ジャッキーさん、ありがとうございます!」と深々と頭を下げ
て「挨拶が終わったら戻ってくるね」と私に声を掛けてA社社長
がいるテーブルへ早足で向かった。

ジャッキーは目を掛けている新人タレントを自分の番組に出演さ
せたり、スポンサー企業との橋渡しをしたり。。。みんなの兄貴
分のような存在でもあるのだろう。

駆け出しの新人さんたちにとってはとても心強い存在のはず。

「M。ごめん、他のスポンサーさんにも挨拶に行かないと」とジ
ャキー。
「気にしないで。お時間を割いてくれてありがとう」とMが返す。

「謝謝」と私が言うと、軽くハグしてくれたジャッキー。

売れっ子タレントでもありやり手のビジネスマンでもある。
そんな印象だった。

「ジャッキーの後押しがあれば、新人君たちも安心だね」と私が
Mに話をふると

「個性的な人やイケメンなんて掃いて捨てるほどいる。顔が良く
 て歌が上手い位じゃ誰の記憶にも残らないわ。台湾人は飽きっ
 ぽいしね」とM。

「そうだね。言われてみれば、確かにそうだよね。」


A社の社長さんや重役らしき人達に笑顔で頭を下げているマイケル
とゴリラを見ながら、「どこの世界でも生き残るのは大変だな」と
思った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「M、DJ POOさんがご挨拶したいと」
私とMが談笑している場所にスカイが早足で歩いてきた。
スカイの後ろには小太りな男性がこちらに笑顔で手を振っていた。

黒いティーシャツに黒い短パン。
スニーカーも黒だ。

長い髪を後ろでまとめ、両サイドは短く借り上げられている。
黒縁のメガネを掛けている。

体型の割に身だしなみに気をつけている。
程よく香水の香りも漂わせている。
きっとオシャレが好きな感じだ。

「M姐さん、こんばんは。記者会見、最高でした!」
完結にそつなくMを持ち上げる。
彼も相当なビジネスマンなのだろう。

DJ POO。
彼もMがスポンサーをしているタレントの1人だ。

「こちらはPOO。台湾ではちょっと有名なDJよ」
「姐さん、やめてくださいよ。私なんてまだまだ。。」と照れ臭そ
に笑うPOO。人懐っこい笑顔だ。

「彼は私の友人。このパーティの為に日本から来てくれたのよ」
出た!
Mの十八番!
嘘。。。とは言わないが、いつも大袈裟に話を膨らます。
私はたまたま他の用事で台湾を訪れていただけなのに。。。まった
く。

「へぇ~!そうなんですか!さすが姐さん、海外にも友達がいるん
 ですね!」

POOが私を見て右手を差し出す。
私も握り返す。

「コンバンハ。よろしく」
「ありがとう。よろしく」

挨拶を交わし合う。

「そうだ。姐さん、実はJDなんですけど。。。」

JD
台湾の大物ミュージシャンだ。

「今、新作のレコーディングが押してて、今夜は来れそうにないっ
 って。。。」

ジャッキーと親交があり、今夜のパーティに来る予定だったのだ。

「いいのよ。いいのよ。彼は今、台湾で一番の売れっ子。落ち着いた
 らまた台北で食事会でも開きましょう。そう伝えておいて」

「分りました。。。おっ?」
POOの携帯が鳴った。
「姐さん、そのJDから電話ですよ。もしもし。。。姐さん、今、俺の
 目の前にいる。ちょっと待ってて。はい姐さん」
POOが彼の携帯をMに渡す。

「元気にしてる?忙しそうじゃない?えつ?いいのよ~。今はあなた
 にとってとても大切な時期なんだから。えぇ?来週?大丈夫よ」

JDと携帯を通して会話をするM。
楽しそうでもあり、誇らしげでもあった。

声を少し大きめにしているのは周囲に自分の存在を誇示したかったの
だろう。隙が無い女性だ。

「そうそう。今夜のパーティに日本から私の友人が来ていてね。あな
 たの大ファンなのよ~」とMは私に視線を向けてウィンク。

おいおいおいおい。
JDの事は知ってるけど、別にファンじゃないんだけど。。。

横でスカイが吹き出すのを堪えている。

「本当?私の友達も喜ぶと思うわ~。あなた、本当に優しいわね。ウ
 ン、分ったわ。また連絡ちょうだい」
JDとの会話が終わったMがPOOに携帯を手渡し、私に顔を向けた。

「JDが自分のCDにサインを書いてくれるって。あなたへのギフトよ」
「あっ、ありがとう」

いつの満仁やらJDのファンに仕立てられた私。
CDなんて頼んでない。。。

要らないとも言えないし、喉から手が出るほど欲しくもない。
そしてそのCDはいつ届くのだろうか。。。?
微妙。。。


MとPOOがビジネスの話を始めた。

私はスカイに向かって
「JDのCD。もし届いたら、スカイにあげるよ。俺が貰っても価値が
 分らないからさ」

「いやっ!貰えないっすよ~」とスカイは目を大きく開いて両手を
私に向けて手を振った。

「このパーティの後、時間ありますか?」とスカイ。
「空いてるよ。何の予定も入れてない。何かあるの?」

「はい。POOさんから晩ご飯に誘われてて。なかなか行けない店なの
 で、台北の思い出になるんじゃないかと思って。超高級中国料理
 ですよ。僕も行ったことないですけど、超美味しいって評判です」

「行きたいけど。。。POOさんと面識ないしなぁ」
「さっき握手したじゃないですか。もう友達ですよ」とスカイが笑
う。

「さっき会ったばかりなのに悪いよなぁ。しかもPOOさんが誘ってく
れた訳でもないし」
「大丈夫っすよ!行きましょう。マイケルも来ますよ。」

いやいや、マイケルとも今夜初めて会ったばかりなんだけど。。。
まぁ、いいか。流れに身を任せてみよう。

台湾ではこうやって人脈を広げる。広がっていく。

芸能人ではないけれど、土産話にはなるだろう。

あちらこちらで笑顔と笑い声。
賑やかで華やかな台北でのパーティは続く。

つづく。

パーティ パーティ IN 台北 2

パーティ当日

行く気がなかったのにも関わらず、うきうきしている自分。
レディMに貰ったTシャツ。。。全然似合ってない。
まぁ、いいや。気にしない、気にしない。

ピンポーン。
ホテルの部屋のチャイムが鳴る。

レディMが迎えに来てくれたんだ。
彼女にしては珍しく時間ぴったりだ。

仕事は出来るけど朝寝坊の常習犯で時間にルーズなMだった。

「は~い」
バッグを肩に掛け、ドアを開く。

「オハヨウゴザイマス!」
あれ?
Mじゃない。
立っていたのはMではなく、彼女の会社で働くスカイだった。


スケボーや自転車が大好きな今時の若者。
サーフィンの上手いと聞いた事がある。
見た目は厳つい兄ちゃんだけど、仕事が出来て仲間思い。
取引先からは絶大な信頼を受けているMの懐刀。


「あれ?スカイ?Mは?」
「すみません、今日のパーティに先駆けてマスコミ向けの記者会見
 を開く事になってしまい、今朝早くに台北へ行く事になってしま
 ったようなんです。ミーティングをしなければならないようで」

「そうなんだ。相変わらず忙しいね、Mは」
「はい。代わりに僕が車で台北まで送ります。もちろん、僕や他の
 スタッフ達もパーティには参加します。雑用ですけどね」

会社の大黒柱。
なのに全然偉そうにしていない。
スカイのこんなところが人から好かれるのだろうなぁ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


スカイの運転する車に乗り、いざ台北へ。

「お昼、まだでしょ? これ、良かったら食べて下さい」
ハンバーガーとポテトだ。

「週末のこの時間、高速道路が混むと思うんです。そうなるとお昼を
 食べている余裕がないと思って。ハンバーガーですけど。。」

出来る男だ。

「ありがとう。いただきます」

スカイが買ってくれたハンバーガーとポテトを頬張りながら、スカイと
会話した。

「今日のパーティの主催者って台湾の芸能人なんでしょ?」
「そうですよ」

「有名なの? ジャッキー。。。チェンじゃないよね?」
「アッハッハッハ。違います違います。ジャーーキー・ワンですよ」

「やっぱりそうかぁ~。ヒースがジャッキー・チェンだって言うからさ 
 ぁ。。。そんな訳ないとは思いつつ、ちょっと期待しちゃったんだよ
 ね」
「ヒース、適当なところありますもんね。でも、ワンは台湾では超有名
 ですよ。テレビ番組、たくさん持ってますからね」

「へぇ~。そんな凄い人なんだ。スカイもその人のファン?」
「いやぁ、バラエティ番組のおじさんですからね。俺、あまり興味ない
 ですよ」

「そうなんだね~」
「でも、今日のパーティにはJDが来るかも知れないんですよ」

JD
台湾の歌手で反戦ソングなどのメッセージ性の強い歌を歌ったり、HIP
HOP調の歌を披露したり。当時の台湾では珍しい存在で、ストリート系の
若者を中心にカリスマ的な人気を博していた。
日本の有名ミュージシャンとも親交が深く、日本にもファンがいた。

「あのJDが?」
「はい。ワンとは仲が良いですからね。忙しいからスケジュール調整が
 出来るか分らないので、マスコミには発表していないのですけど。も
 しかすると。。です」

「へぇ~。それは凄いな!」
「JDのこと、知ってるんですか?」

「名前だけはね。日本にもファンがいるしさ」
「ですよね~。来たら写真撮ってもらおうと思ってて」

「良い記念になるね」
「はい。それにウチの会社とも契約が成立しそうなんですよ。ワンの仲
 介で。決まればウチのブランドの服を着てステージに立ってくれるか
 も知れません。とても光栄だし、そうなったら、ウチの会社ハネます
 よ」

「それは凄いなぁ」
Mの営業力。。。図々しさと言った方が良いのか。。は相当なものだ。

「パーティにはどんな人が来るのかな?アパレル業界の人が多いのかな 
 ぁ?」
「業界の人は少ないですよ。ライバル意識が強いので。Mは今、嫉妬の
 対象です」
そう言ってスカイは笑った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

彗星のように現れ、瞬く間にビジネスを拡大したレディM。
長く業界にいる人達から見ると厄介な存在だろう。

しかしMにも過去がある。
街の小さなジーパン屋で来る日も来る日も悪戦苦闘。
口達者でコミュニケーション能力が高く、お客さん1人1人の顔と名前
を覚え、仕入から販売、諸々の管理まで全て1人でやりくりしていた。

資金繰りに困った際には親兄弟に頭を下げて、お金を貸してもらった事
もあるそうだ。

そんなMがある日、友達の紹介でヒースと出会い、人生が変わるキッカ
ケを手中に収めた。
そこからのMは更に頑張り、今の地位を手に入れた。

でも、そんな彼女の過去を知るものはごく僅かだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「出席するのは芸能人がメインだと思います。ワンが面倒を見ている若
 い子たちなので、それほど有名な人は来ないですけどね」
「そんな場所に俺が行っても良いのかね?」

「はははは。大丈夫ですよ。あなたは日本人だから。それだけであの場
 にいる価値はあります」
「そんなもんかねぇ」

「はい。ここは台湾。自由がルールです。楽しみましょう」
「そうだね。ありがとう」

まだ若いのにスカイの言葉には物凄く説得力があった。

仕事や遊び。
台湾と日本の違い。
スカイの日本に対する印象などを聞いてみた。

「日本は全ての面でお手本になる国ですよ。商品のクオリティの高さ、
 仕事をする人の真面目さ。その他にも音楽や漫画、文化などもそう。
 僕たち台湾人の理想を実現しているワンダーランド、それが日本な
 んですよ」

多くの台湾人同様、スカイも日本が大好きなようだった。

「忙しいから無理かも知れないけど、日本にスキーやスノボをしに行
 きたいんですよね~。ウィンタースポーツ、台湾では出来ないから
 。雪、見てみたいなぁ」

そんな話が出た後に
「あとは日本の女の子。なんであんなに可愛いんですかね~?」
とスカイ。

「台湾の女の子もめちゃくちゃ可愛いじゃん」と私。
「いやぁ、そうですけど、日本には敵わないですよ~」

このセリフはスカイだけではなく、台湾女性からも良く聞く。

私たち日本人にとっては単なる日常でしかないことが、彼らにとって
は夢の宝庫。
理想郷。
それが日本なのだ。

「渋谷とか代官山でナンパしてみてぇ~~」
スカイは車を運転しながらそう言って笑った。

仕事も遊びも。
そして女の子に対しても。
興味のあること全て対して肉食系。
チャンスは待つより引き寄せる。

スカイはそんな男だった。

そうこうしている間に台北に到着。
思ったより渋滞はしていなかった。

スカイが運転する車は市内の高級エリアにある中規模な商業施設に到着。

3階建てのシンプルな作りの建物。
フロアー辺りの面積はそれほど広くなく。

カフェやアパレル関連のショップが5~6店舗、ここでの営業が決まっ
ているらしい。
その中にはMの取引先も含まれていた。
ショップは1Fと2F。
3Fはジャッキーのオフィス。
今夜のパーティは3Fで開かれる。


「車を駐車場へ入れてきますので、この辺で待っていて下さい。すぐに
 戻ります」
そう言ってスカイは近くにある駐車場へ向かった。

建物の前でスカイを待つ。

忙しく走り回るスタッフらしき人たち。
談笑するビジネスマン風の人たち。

彼らを取り囲むようにしてカメラを抱えているのはマスコミ関係者だろ
う。

活気が満ちあふれている。
新しい事が始まるこの場所への期待感が集まっている。
その熱気が伝わってきた。

つづく


パーティ パーティ IN 台北


「今週の土曜日。時間を空けておいて。約束よ」
そう言ってレディMはウィンクをした。

レディMは当時台湾で有名になりつつあった女性実業家。

手がけている事業が波に乗っていた彼女から、週末台北で
開かれるパーティに誘われた。。。と言うか、すでに私は参加
メンバーに加えられていた。強制参加ってやつだ。

パーティ会場は台北。
主催は現地で有名なあるタレントさんだった。

彼が所有する中規模な商業施設のオープニングに合わせて開か
れるパーティで、取材するマスコミなども大挙して押し寄せて
てくるそうだ。

レディMはその有名タレントと契約を交わし、彼がテレビ出演
する際にはMがアメリカから輸入しているブランドのスニーカ
ーを履いてもらうことになったらしい。

最初にMからパーティの話があった際には、あまり乗り気では
なかった。

「なぜ俺がそのパーティに?」と聞くと
「ウフフ。あなたが日本人だからよ」と言われた。

悪い人ではないけれど見栄っ張りなM。
自分には日本人の友達がいるというところを見せびらかしたい。
そんな思惑が伝わってきた。

「是非来たらいいよ」
そう言ってくれたのはMの旦那さんのヒース。
アメリカ人。

彼の尽力によってアメリカのアパレルブランドを台湾に輸入す
るビジネスを立ち上げ、台湾各地の有力な小売店との取引やデ
パートへの出店を進め、短期間で業績を上げていったM。

知的で冷静なヒースと天賦の商売人M。
夫婦であり最高のビジネスパートナーだった。

「ねぇ、ヒース。本当に俺が行っても大丈夫かのかい?」
「大丈夫だよ」

「本当に?」
「あぁもちろん!」

「どうしてそう言い切れるの?」
「ここは台湾。ノールールがルールだ。気楽に楽しめよ」

台湾に長く住み、Mと結婚して長いヒース。
中国語は話せないけど、台湾でどう生きて行くべきかは心得て
いた。

「Mはあんな調子だけど、決してお前を利用することばかりを
 考えている訳じゃない。会場に行けば台湾でも有名な連中が
 わんさかといる。そこで顔を売れば良いじゃないか。お金が
 掛かる訳じゃないしさ」

「それもそうかもしれないね」
ヒースのこの言葉で私もパーティへ参加する気持ちになってき
ていた。

「それにさ。名前を忘れたけど、あの施設の持ち主は相当なビ
 ッグネームだよ。多分、お前も知ってるんじゃないかな?」
「えっ?そんなに有名な人?だれだろう?名前、そいつの名前
 は?」

「う~ん、ちょっと待てよ~。。。何て言ったかなぁ。。。」
「思い出せない?こっちでは何て呼ばれてるの?」

「え~っと。。。確かジャッキー。。。そんな奴いたろ?」
ジャッキーという名の有名人。

「えぇ~!まさかジャッキー・チェン。。。じゃないよね?」
「ビンゴ!そいつだ。ジャッキー・チェンだ」

本当かよ!
小学生の頃に彼の映画「モンキーフィスト酔拳」を観た時の
衝撃が蘇る。
ジャッキーに。。。あのジャッキーに本当に会えるのか?

でも待てよ。
ジャッキー・チェンは台湾じゃなくて香港の俳優だ。
冷静に考えてみればジャッキー・チェンが台湾にいる訳がな
い。

ヒースの奴は少し適当なところがあった。

「ヒース。それ、本当にジャッキー・チェン?」
「本当だとも。。。確きっと。。。多分。。。」
そう言ってたばこをくわえて、私から視線を外した。

出た!
ヒースはいつもこんな調子だ。

「美味しい食べ物や酒も出るし。来いよ。どうせ暇してるん
 だろ?」
ヒースがこちらを振り返り、そう言った。

「まぁ、暇。。。だよね(笑)うん。行ってみるか」

Mが紙袋を抱えてやってきた。

「当日はこれを来て頂戴」

渡された紙袋の中にはTシャツが入っていた。
MがプロデュースしているブランドのTシャツだ。

オイオイ、俺みたいなおっさんがこんな若い子向けのブラン
ドなんてと思ったけど、Mのビジネスのお手伝いが出来れば
それはそれで良いかと思い、紙袋を受け取った。

「OK。必ず着て行くよ」
「当日の昼、あなたのホテルへ迎えに行くから、部屋で待っ
 てなさい」

ちょっと上から目線なM。
でも、面倒見が良く親切でもある。

「はいよ。楽しみに待ってるよ」
「あなたには絶対に損はさせないわ。私を信じて」
そう言ってMはまたウィンクをした。

Mのウィンクは嫌みがなくて自然だ。

たまには台北の街で楽しむか。
こんな機会は滅多にないだろう。
日本の友達への土産話にもなりそうだし。

万が一、つまらなかったら逃げ出しちゃえばいいや。
どうせ誰も気が付かないだろう。


つづく

台湾のキング 2

ある日のこと。
私は彼の商売が終わる頃に彼の店に行き、一緒に後片付けをした。


「へっへっへ。今日は結構儲かったんだよ」とピーナッツ。

「お~。良かったな!」

普段の倍ほどの売上があり、上機嫌のピーナッツだった。

「今日は飲むぞ~~~!お前も来いよ。付き合ってくれよ。もちろん
 俺の奢りだよ」
「おい、せっかく儲かったんだから、ちゃんと資金をプールしておけ
 よ」

「何言ってんだよ!こんな端金で俺が喜ぶと思ってるのかよ!俺はな
 もっともっと儲けるんだ。儲ける才能ってものがある。お前には分
 らいないだろうけどな(笑)凡人よ天才の誘いを断るなよ!」

1人気勢を上げていた。
よほど嬉しかったのだろう。

片付けが終わり、店の鍵を閉め、彼のバイクの後ろに乗る。

行き先はいつもの屋台だった。

安くて美味しい評判の屋台。
品数も多く、時々ピーナッツと一緒に食事する、私も好きな店だった。

上機嫌のピーナッツは普段より多くの料理をオーダーした。

そしてビールとウィスキーも。

「おいおいピーナッツ。こんなに食べられないだろう。俺たち2人だぞ」

「いいのいいの!今日は儲かったんだ。俺の奢りだよ。だったら文句な
 いだろ?」

ピーナッツは食事より酒。
私は酒より食事。

こんな2人だから相性も良かったのかも知れない。
しかし今日は料理が多すぎだ。料理担当の私の胃袋には収まり切らない
ぞ。

冷えてないビールの栓を抜き、氷の入ったグラスにドクドクとビールを
つぎ込ぐピーナッツ。
泡がグラスからダボダボと溢れる。
美意識の欠片もない。

「カンパイでしょ!」
大きな声でグラスを持ち上げるピーナッツ。

このフレーズがなぜか台湾人の間では浸透していた。

「はいよ」

まずは1杯。
ビールが苦手な私はここまで。
あとはコーラを注文だ。

そして食事。

サラダやエビや魚の海鮮料理。
チャーハン、餃子にステーキまで。

どれも美味しい。

むしゃむしゃと食べる私をビールを飲みながら楽しそうに見ているピ
ーナッツ。

「ビールはもういいや。ウィスキーを開けるぞ!」

すでに酔いが回っているピーナッツ。
普段と比べても飲むペースが早い早い。

「おい、明日も仕事だろ?店を開けるんだろ?もうその辺にしとけよ」
と私は注意した。

「何だと~。俺を誰だと思ってるんだ」
酔い始めたピーナッツ。

「ピーナッツだろ。弱虫ピーナッツ」
そんな風にしてピーナッツをからかう。

「弱虫だと~!俺はな、この台湾のキングだ!王様だぞ!!臆病者な
 んかじゃない!台湾にいる全ての人間が俺にひれ伏すんだぞ!」

「ハイハイ」
はた始まってしまった。

お調子者のピーナッツ。
酔うと胸を張る。口から出る台詞が芝居じみてくる。
段々手に負えなくなってくる。

普段より飲むペースが早いピーナッツ。
短時間の間でベロンベロンになってしまった。

「おい。そろそろ帰ろうぜ!」
ちょっとキツい口調で帰宅を促した。

「もう帰るのかよ~。付き合いが悪いな~日本人!」

「だって、もう夜中の12時だぞ」
「本当かよ?俺の時計はまだ10時だぞ」

「遅れてるんだろ、その時計。どうせ屋台で買ったコピー品だろ」
「そうかな。もう壊れちゃったのかな?」とピーナッツが腕時計と
睨めっこ。

ピーナッツの時計は合っていたけど、このまま深酒すると明日の仕事
に支障を来す。と言うか、ピーナッツは店を開けないかも知れない。

「オヤジ~!もう帰るから会計会計!幾ら~~?」

ピーナッツがそう言って椅子から立ち上がった。。。。ヨロけた!

危ないな、こりゃ!

「ピーナッツ。お前、大丈夫かよ?」

「大丈夫だ!俺を誰だと思ってるんだ。俺様は。。」
「はいはい。台湾のキングだろ。飲み過ぎだよ。タクシーで帰れ。
 俺は歩いて帰るよ」
私は店のおじさんにタクシーを呼んでもらおうとしたのだが。。。

「おい。帰るぞ!俺が送ってく。早く後ろの乗れよ!ノロノロ日本
 人!」

酔っ払ったピーナッツはすでにバイクのエンジンを掛けてしまって
いた。

「そんな危ないバイクに乗れるかよ!殺す気かよ!」と怒鳴りつけ
ると

ブーブーブーブー!!!!

屋台の店先でバイクのエンジンを吹かし始めるピーナッツ。
爆音と排気ガス。
店のオヤジや屋台に来ているお客さん達も不機嫌な顔でこちらを睨
みつけている。

「分った分った!お前のバイクに乗るからエンジン回すなよ!」

「分ればいいんだよ。さっさと俺の、台湾キングの俺様のバイクの
 後ろに乗れ!」

周囲の人達の表情など一切眼中にないピーナッツ。
満面の笑みだ。
そして寄っている。

「コケたら終わりだな。。。」
そう思いながらピーナッツのバイクの後ろに乗った。

走り始めるとユラユラしながらもゆっくりと進むバイク。
少しは気をつけて走っているのかな?

「さぁ、答えてみろ?俺様は誰だ?」
「はいはい。台湾のキングです」

そう答えると
「そうだ~俺様は台湾のキング!王様だ~~~!」
雄叫びを上げるピーナッツ。

酔った勢いでスピードが上がる。
そしてゆらゆらし始める。
怖っ!
俺、今夜死ぬのかな?

そんな私の気持ちなど微塵にも感じていないピーナッツは更にバイ
クを加速した。

「俺はキング!台湾のキングだ~~~!」
雄叫びを上げる台湾のキング。

と、その瞬間。

ウ~~~~~~。
赤色灯を回したパトカーが私たちの後ろからスピードを上げて迫っ
てきた。

「そこのバイク!止まりなさい!」
スピーカーで停止を呼びかけられた。

これはヤバいぞ!
酔っ払ったピーナッツ。
バイクを止めずに逃走するかも。。。。と思っていたら、ピーナッ
ツはバイクの速度を落とし、路肩に停車した。
案外従順だ。

パトカーからは厳つい警察官2人が降りてきた。

「お前、ヘルメットを取れ。うん?酒臭いぞ。バイクもふらふらし
 てたし。。。酒を飲んで酔っ払ったまま運転してたな?」

大きな身体から発する大きな声。
物凄いプレッシャーだった。

酔っているピーナッツ。
警官に楯突かなければ良いのだけど。。。

「すっ。。。すみません。酔ってます」
蚊の鳴くような小さな声で、ピーナッツがそう答えた。

「お前、かなり飲んでるだろ?」
「すみません。もう帰るところなんです。見逃して下さい」

「そうはいかないよ。俺たちは警察官だ」
「そっ、そこを何とかお願いしますよ。もうしません。もうしない
 から~」
半泣きだった。

さっきまで「台湾のキングだ!」と雄叫びを上げていた男の背中は
丸まっていた。
声、小っさ。。。。

「お前、これから警察署に行くぞ。」
強い口調。そして強引にピーナッツの腕を掴む警察官。

「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。もうしません、今日だけ。。今日
 だけは見逃して下さい」
ペコペコ頭を下げるピーナッツ。

おいおい、台湾の王様!

「そんな事出来る訳ないだろ。詳しい話は署で聞く。ほら、パトカ
 ーに乗れ!」
大声で命令する警察官。

「勘弁して下さい。お願いします。お願いします。もうしませんか」
台湾の王が。。。

「本当にごめんなさい。勘弁して下さい」
頭をペコペコ

「家に帰して下さい。もうしませんから」
何度も下げる

台湾のキングの。。。いやいやピーナッツの醜態をしばらく眺めてい
た私だったけど、あまりの情けなさに身体が動いた。

警察官に近寄り

「あのう~。私は彼の友達です。彼、酔っているので、私も同行し
 ます」
私が警察官にそう話しかけてみた。

「一緒に飲んでいた責任もありますし。。。」
私がそう付け加えると。

「あなたは日本人ですね。発音が台湾人のものではない」
「はい」
「お仕事でこちらへ?」
「はい。そうです」

台湾のパトカーに乗るのも良い思い出になりそうだ。
警察署には知人の警官も何人かいるし、事態収拾の為に親友のチェン
に連絡を取れば彼が警察署長に掛け合ってくれるだろう。

そんな事が頭を過ぎっていた。

「いや、あなたは結構です。お帰り下さい」
「えっ?でも!」

「歩いて帰れますか?タクシーを呼びましょうか?」
「いや、近くなので歩いて帰れるのですが、、、彼が心配なので私も」

「いや。あなたは帰りなさい」
厳しい口調の警察官が私をにらみつけた。
これは温情だ。これ以上刃向かうなよ。
そんなメッセージが読み取れた。

「はぁ。。。」私はそう答えるしかなかった。

泣き出しそうな顔の台湾キング。
「乗りたくない。乗りたくないです。パトカーになんて。。。」
「さぁ!乗りなさい!」

「嫌です。警察署になんて行かないです!」
「言う事を聞かないと逮捕だぞ!」
「も~~~。なんで飲んじゃったんだろ~~~」
泣き出す寸前だ。

可哀想なピーナッツ。
でも、可笑しかった。
気が付いたら笑いを堪えるのに必死になっていた。

台湾の王様が警官に捕まった途端に声が小さくなり、背中が丸まり、泣
き出しそうになっている。

抵抗虚しくパトカーに乗せられたピーナッツ。
ピーナッツのバイクはもう1人の警官が運転して警察署に行くようだ。

警官は私に敬礼し、ピーナッツを載せて警察署へ。。。


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ピーナッツはその日のうちに釈放された。

彼の父親の友人は警察関連に顔が利いたらしい。

酔っ払い運転程度なら「許してやって」の一言で何もなかったことになる
ようだ。

あの時のピーナッツの表情。
警察官とのやり取り。
その辺のコントよりよほど面白かったなぁ~。

今でも時々、あの時の事を思い出す。

台湾のキング
ピーナッツ。

元気にしてるかなぁ