バンコク高架鉄道 BTS バンコクの想い出

10年近く前
母とタイのバンコクを訪れたときの思い出

仕入先のあるエリアへ向かう為、ホテルを出発。
気温は高いけど日本より湿気が少なく気持ちの良い暑さ。
青い空に白い雲が浮かんでいる。
南国の首都 バンコクで見るこの空が好きだ。

ホテルからゆっくり歩いて駅へと向かう。
舗装はされているもののところどころ路面が窪んでいたり
穴が開いていたり。
ベビーカーを押している家族連れが苦労している場面をよ
く見かける

「足元が悪いから気を付けてね」と母に言葉を掛けながら
駅を目指す。
心地良い暑さ。。。とは言え暑い。
すでにうっすらと汗ばんできた。
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移動に使うのはBTS
人気の韓国ボーカルユニットではなく高架鉄道。
バンコク市内の主要なエリアを結ぶインフラで渋滞を避け
目的地に移動できるのでとても重宝している。

バンコク滞在時は乗らない日はないくらい利用しています。

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バンコク到着日に購入したパスを使い駅プラットフォーム
へと移動して電車の到着を待つ。

高架鉄道というだけあり高い場所を走る電車。
駅プラットフォームからバンコク市内を高い場所から眺める
ことが出来ます。
ときおり吹いてくる風が心地よい。

「暑いけど風が涼しくて気持ち良いね~」
母もこのバンコクが大好き。
もう何回か訪れているので新鮮な気持ちというより帰ってき
た。。。そんな感覚で滞在を楽しんでくれている。

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「みんな元気にしてるかな?」
現地仕入先で働くスタッフたちとの再会を楽しみにしている
母と会話をしている間に電車が到着する。

運行本数は多いのでそれほど待つことなく乗車移動出来る。

アナウンスのあと、ほどなくして車両が駅に滑り込んでくる。

ドアが開くと車両の中からはキンキンに冷えた冷気がプラッ
トフォームに流れ出してくる。
この瞬間がまた気持ち良い。

駅で降りる人をやり過ごす。
気の早い現地人や外国人の中には降りる人がいなくなるのを
待つことなく座席を目掛けて車内へ入ってしまう人もいるが
外国にいるからなのかあまり気にならない。

「足元に気を付けてね」
母の肩に手を置いて車内へ入る。

車内は満員ではないものの座る座席は空いてなかった。
移動距離は短いけど母には休憩がてら椅子に座って欲しかっ
たけど空いてないなら仕方ない。

「すぐに着くから大丈夫だよね?」
そう母に確認するように聞くと
「うん、ここから3つ目でしょ?」と母。
何度も何度もこのBTSに乗り移動をしているので移動先まで
何駅なのかや良く使う駅名などは覚えている。

車窓の外を流れていくバンコク市内の景色を母と二人で眺め
ているとBTSがゆっくりと動き始めた。

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車両が動き始めてすぐ
視線を車内に向けたときだった。
褐色の肌を黒いTシャツと黒いデニムパンツで固めた若者集
団が車内の一部の座席を占領しているのが視線に入った。

車内で悪さをしているのではないけれど彼らが醸し出す危険
な雰囲気に車内にいる乗客たちも少し引き気味だ。

彼らに対して悪い感情は持ってはいなかったけど、なんとな
く視線を外すことを忘れてしまっていた。。そのときだった

「!」
その極悪集団の一人と目が合ってしまったのだ!

私と視線が合った若者が隣に座っている仲間の肩を叩いて、
何かを伝える。
肩を叩かれた仲間もこちらに視線を送り、何か蔑むような視
線をこちらに向けたと思ったら、すぐに視線を戻し、仲間に
何かを告げている。

2人の会話が耳に入ったのだろう。
その他の仲間たちも一斉にこちらを睨みつけている。

向こうは7人。。。
こちらには母親がいる。。。

絡まれたらどうしようかな。。。
一人くらいは倒せるかも知れないけど囲まれたら一巻の終わ
りだろう。。。

車内にいる人たちは気付いているのかいないのか全く無関心。

リーダー格の男が立ち上がると他のメンバーたちも席を立つ。

これは。。。参ったな。。。
やるならあのリーダー格の奴に一撃見舞うしかないだろう。
でも、問題はその後だ。
仲間たちがビビッてくれればよいのだけど。。。
ここはタイ。
国技であるムエタイを習っているなんてこともあるかも。。
そう思いながら拳を握る。

いつでも。。。来い!

と思った瞬間

極悪軍団のリーダー格の男は指先を揃えた優し気な手を自分た
ちが座っていた座席へ向ける。

顔は。。。笑ってない。

けど座って下さいという意味のようだけど。。。
リーダー格の男が再度座席に向けられた。

やっぱり座って下さいということのようだ。
でもやっぱり笑顔はない。
微笑みの国タイランドなのに。。。

母に「座って下さいって席を空けてくれたよ」と言うと
「優しい人たちだね」と言いなが座席の方へ歩いていく。
鈍感なのか肝が座っているのか?
母はこういうときにビビらない。

「揺れるから気を付けて」と声をかけると
「うん」と歩きながら返事をする。
もう座席にしか意識が向いていないかのようだ。

座席に近くに来たとき
「ありがとう」と母が若者たちに日本語で声をかける。

彼らの表情は変わることはなかったけど、小さくお辞儀を返し
てくれた。

タイでは日本が大人気。
ありがとうが感謝を意味する言葉ということは大半の人が知っ
ている。

さりげない。。。というか変わりづらい優しさだったけど、と
ても有り難く、また心が温かくなったのを今でも忘れない。

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タイに限らず東南アジアではお年寄りや高齢者にはとても優し
い。

妊婦さんや大きな荷物を抱えている女性には声を掛け、席を譲
る姿をよく見かける。

昔は日本でも同じ光景をよく見かけた。
と話す人も多い。
でも。。。でも昔話で終わらせていいのかな?

これからの日本でも同じ光景をたくさん見かけることが出来る
ようになれたらな。

経済や技術の分野ではやや落ち着いてきた感のある日本だけど
人がのびのびと、そして優しく心地よく過ごせるような国にな
ると良いなぁ~

そんな日本がめちゃくちゃ格好良くて大好きだ!と言ってくれ
る外国人が増え、この国に生まれて良かったと胸を張って言え
る人が一人でも増えてくれたらいいな。


(おわり)




M 後日譚


歩道にある屋台カフェ

以前のMだったら絶対に選ばない場所で
約半年振りに言葉を交わした。

ぎくしゃくとしたした空気を一掃出来ないままに
別れたあの日。

まさかそれがMとヒースと会う最後になってしまうとは、当時は
全く思ってもいなかった。

ただ、心の中に吹く隙間風を感じてはいた。
彼らとの距離感が少し変わった。。。もう以前のような関係には戻
らないかもな。。。

そんな気がした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


帰国した私は日本の仕事に追われるようになっていた。

取引先が成長期に入り、以前のように日本と台湾と行ったり来たりする
時間がなくなり、海外はタイへ行く事がほとんど。

台湾のことは常に頭の片隅にはあったけど、具体的な訪台の計画はなか
った。

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早朝から夜遅くまで、取引先との仕事に追われていたある日のこと。

台湾の友達から電話が入る。

LINEでの無料通話だ。

忙しかったけど、久々に友人と言葉を交わしてみたいと思い、仕事の手を
休めスマホ画面をタップした。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」
声の主はテリー。

「お~!テリーじゃん!久しぶりだね。元気だよ。テリーは?」

「はい。お陰様で。今は新竹の実家を離れ、台北で仕事をしています」

「そうなんだ~。もう2年位会ってないものんね」

「はい。早いですよね。今も台湾へ来ているのですか?」

「いや、日本の仕事が忙しくなちゃってさ。行く時間が確保出来なくてね」

「そうでしたか。あの~。。。今もMさんたちとは連絡を取ってます?」

「いや。連絡は取り合ってないな~。2年前に会ったきりだよ。彼女の仕事
 もうボロボロになってたからね。俺に連絡する余裕もないんじゃないかな
 な~」

「はい。ボロボロと言うか。。。会社は倒産しました。彼女は破産していま
 すよ」

「えっ?倒産しちゃったの?自己破産! 本当かよ!?」

「はい。もう1年位前ですよ。彼女、ちょっとした有名人でしたからね。地
 元新竹ではちょっとした事件でした」

「そっ、そうかぁ~。倒産しちゃったんだ。。。」

そしてテリーからは耳を疑うような話を聞くことになる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


Mはスタッフの解雇や不採算店舗の閉店などを進めたようだが、収支は悪化
の一途を辿るばかり。

毎日ように銀行からの掛ってくる返済を迫る電話に精神的にも追い詰められ
れていく。

家や車を売ったお金も高級マンションの家賃に消えてしまい、返済どころで
はない状況に陥っていった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あなたの。。。あなたの先祖が怒っています」

「私のご先祖が?」

「はい。とても怒っておられます」

「そっ。。。そんな。ご先祖様の怒りが私のビジネスに影響を?」

「はい。そうです。なんとかしなければなりません。このままでは、あなた
 の運命は。。。」

「なんとか。。。なんとか出来ないんですか?私は。。。私は何をすれば良
 いのでしょう。。。?」

「私はあなたを救えます。私の言うことに従いなさい。そうすればご先祖様
 の怒りは収まり、あなたはまた以前のような実業家に戻る事が出来ます。
 私を信じるのです」

「はい。何でも。。。あなたの言う通りに何でもします。どうか。。。どう
 か私をお救い下さい。。。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Mはある占い師のオフィスにいた。

やることなすこと全てが裏目に出る。

「私には実力があるのに。。。これには運気が関係してるんだわ」

そう思ったMは占い師に救いの道を求めたのだ。

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「ご先祖様たちのお墓の場所が良くありません。あの場所はご先祖様たちに無限
 の苦しみを与え続けているのです。1日でも早く、ご先祖様たちをあの苦しみ
 から救っておあげなさい」

「はっ。はい。ご先祖様たちをお救いすれば、私の運気は変わり、私のビジネス
 も以前のように興隆していくのですな?」

「はい。ご先祖様たちはそう申しております。さぁ。早く。早くご先祖様たちを
 あの場所からお救いするのです!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Mは多額のコンサルティング料を占い師に支払ったという。。。

そしてご先祖様たちが眠る墓を掘り返し、別の墓地へ移動させた。

親族や兄弟姉妹たちに断ることもなく。。。。

代々一族が守ってきた墓地から勝手に他の墓地へ移動させてしまったMに対して
彼女の一族が一斉に怒りの声を上げたが、すでに墓地を移してしまった後だった


自分のビジネスの為ならなりふり構わず何でもする。

そんなMに対して一族は関係を切る事を通達。

Mが人に対して素直になり、頭を下げる事が出来る人であったなら、親族家族か
らの金銭的な援助も得られたと思う。

才能溢れる一族で、兄弟姉妹のほとんどはMよりも大きな事業を展開していた。

有名な建築デザイナーで世界を飛び回っている人もいた。

なぜ、相談をしないまま。。。彼女のプライドだったのだろうか。。。

こうしてMは孤立していく。

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バタン!

ある日の朝。

キッチンでコーヒーを飲んでいたヒースが倒れた。

驚いたMが救急車を呼ぶ。

元々心臓に難のあったヒースは真相発作で倒れてしまった。

そして。。。。入院先で検査を受けてみると肺がんを発症している事が分かった。

ステージ4。。。

「余命数ヶ月です。。。」医師からそう言われた通り、ヒースは数ヶ月後にこの
世を去ってしまった。

呆気ない最後だった。

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Mとヒースはビジネスもプライベートでも良いコンビだった。

両輪のうちのひとつが外れてしまった。

こうなると不安定な一輪車は蛇行運転を繰り返すようになる。

人を巻き込みながら。。。

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窮地に陥ったMが手を出したのはスニーカーの販売。

「有名ブランドのスニーカ-が安く買える店」とのことで一時はお客さんで溢れかえ
った

しかし、Mが販売していたのは中国から裏のエージェント達が輸入している偽物だっ
た。

Mは偽物商品と承知の上で販売をしていたのだ。
儲かれば。。。良い。

一時的であれ、自分のビジネスが再浮上出来る資金。
改めて立ち上がる為に必要な資金が必要だった。

その為には。。。。何でもやる。

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「なんだよこれ、偽ものじゃんかよ!」

若年層の子供たちは騙せても、スニーカーマニア達の目を騙せるほどのクオリティで
はなかった。

「あの店は偽物を売っている」
「客を騙すロクでもない店」
「絶対に行かな方が良い」

瞬く間に悪評が広がってしまった。

偽物だとは知らずに販売していたスタッフ達もMの行動に失望し、彼女の周囲から離
れていってしまった。

そして。。。。最後の1店舗も閉鎖に追いやられた。


ジーパンの小売りから仕事を立ち上げ、朝から晩まで働いても少しの利益しか上げら
れなかった時代を経て、ヒースと出会い、ヒースの資本力で瞬く間に会社を大きくし
たM。

大きな邸宅。
ドイツ製の高級外車。
派手な交流。

仕事を育て、人を育て、業界を超えて知名度が上がった。

わずか10年弱で上り詰めた場所だった。

我が世の春を謳歌したM。

繁栄期は数年でピークアウトしていき。。。。

Mのビジネスが終わりを迎えた。

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「ねぇ、テリー。テリーはMが今どうしているのか知ってるの?」

「はい。それが。。。。実はそのことで電話したんです」

テリーの口調が重くなった。

「俺に何か出来る事があるの?」と私が聞く

「いや。もう連絡を取っていないのでしたら。。。。」

「何があったの?話してよ。出来る事があれば協力したい」

「実は。。私の遠縁にあたる人が詐欺に遭いまして。。。」

「それって。。。Mに欺されたってこと?」

「はい。そうなんです。仕事の話を持ちかけられて。。。Mさん、話が上手いじゃない
 ですか。。。うちの親戚、まんまと欺されてしまって。。。」

「警察には相談したの?」

「はい。でも、全部口約束で進めちゃったらしくて。。。証拠が何もないんです」

「。。。。。」

テリーの話では他にも同様の手口でお金を巻き上げられた家族があるらしい。

「どうやらもう新竹にはいないみたいなんですよね~」とテリーは続けた。

あのMが詐欺師。。。

テリーの話を聞きながら、Mとの思い出が次々と脳裏を過ぎっていく。

仕事、お金、人。。。。全てに見捨てられ、最後に残ったのは「人を欺す話術」だけ
だったとは。。。


テリーとの会話が終わった後、Mの携帯へ電話をしてみたけど、もう使われていない
番号になっていた。

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「Mさん、元気かね?」

何も知らない母は箪笥にしまってあるMからのギフトを見る度にそう聞いてくる。

Mからのギフトは翡翠のブレスレットだった。

アクセサリーなどを身に付けない母は、Mから貰ったブレスレットを身に付ける事は
なく、「台湾の思い出」として大切に箪笥にしまっている。

あの経済状況のMには負担も大きかったと思う。

私の母への気持ちだけは本物だったのだろう。

「どうしてるんだろうね?元気だと思うけど、連絡が取れないからなぁ。。」

Mが詐欺師にまで身をやつしてしまった。。。とは言えない。

「Mさん、元気かな?」
年に1,2度、思い出したようにMの名を口にする母を見る度に私の胸は痛む。

(おわり)



M 8

Mの会社のスタッフ、スカイ。

優秀な営業マンだ。

彼からはMの会社の現状を聴く事が出来た。

でも、彼の知っている事でさえ、氷山の一角なのだろう。

スカイの携帯にMからの連絡が入った。

Mが店に到着したようだ。

いよいよMとの対面だ。

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カフェでの支払いを済ませてくれたスカイと2人。

もう少し話をしていたかった。

共通した思いがあるのだろう、私たち2人はややゆったりとした歩調だった。

「ねぇ、スカイ。あんな状況になっている会社でも君は支えていくって言っ
 たじゃん。それほどMのは感謝してるの?」

「はい。俺、田舎からこの街に何も持たずに出てきて。。。世の中の事、何
 も知らなかったんスよ。当時仲間になってくれた奴がMさんの会社で働い
 て、俺を紹介してくれて。。。あっ、そいつはMさんと喧嘩してとっくに
 辞めてるんスけどね(笑)」

「そうだったんだ」

「はい。何にも知らない。何も出来ない俺に仕事を教えてくれて、取引先を
 任せてくれて。。。ここまで育てて貰った恩義があります。たくさんの仲
 間たちに出会えて、俺、幸せなんスよ。お金は重要だけど、それだけじゃ
 ないって、俺、思うんス」

スカイは胸を張って言葉を続けた。

「それもこれも、全てMさんとの縁が運んでくれたもの。例えMさんに裏切
 られたとしても、俺がMさんを裏切るような事はしません。最後までMさ
 んの元から離れません」

スカイの言葉からは覚悟が感じられた。

覚悟がなければ沈みゆき会社になんて残れないし、給料が出ていないスタッ
フの弁当代まで賄えないよなぁ~

(こいつ、凄い男だな。俺より若いのに器が違うわ)

素直にそう思った。

そしてMが待つ店に到着。

いよいよMとの再会だ。

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「お待たせしました~!」

スカイが元気よく声を出しながら店のドアを開ける。

私が続く。

スカイの声に振り向くMとヒース。

「お久しぶりですね。お帰り。スカイ、ありがとうね」と優しい口調のM。

「お帰り。元気だったかい?」とヒースも挨拶してくれた。

普段よりも優しい口調に感じたのは、彼らの現状を知っているからだろうか。。。

「うん。何も変わらないよ」

そう答えながら2人の顔を見ると、笑顔ではあるけれどいつもと違う。。。

2人とも頬がやや瘦けているような。。。Mの顔には張りがない。

ヒースに至っては目の下のクマが目立つ。

相当疲弊しているように感じた。

「喉は渇いてない?」とM。

「大丈夫。スカイがミルクティーを奢ってくれたから。スカイ、ありがとう」

スカイは笑顔で応えてくれた。

「俺は下の階を手伝ってきます。ゆっくりしていって下さいね」

スカイは右手を挙げてそう言うと地下のスペースを降りて行った。

私とMとヒースの3人になった店の中。

どことなく気まずい空気になった。

「ちょっとお茶でもしましょうよ」とM。

「そうだな。コーヒーブレイクにしよう」とヒース。

「忙しいんじゃない?店の事は大丈夫なの?」と私が聞くと

「スカイがいるわ。心配ない」とM。

私たち3人は店を出る。

いつもならMが運転する車に乗り込むところだが。。。スカイが話した通り
Mたちはすでに車を売ってしまっていた。

特に会話もなく、3人でトボトボと人通りの少ない道を歩く。

3人で道を歩くなんて初めてかも知れない。

私の前を歩くMとヒース。

2人は手を繋ぎ、Mがヒースに寄り添って歩いていた。

アスファルトに映る2人の影が寂しそうだった。

Mもヒースも不安なのかも知れない。

しばらく歩くと

「ここにしましょう」とMが足を止めて私の方へ振り返った。

「うん。いいね。台湾っぽくて」と私は答えた。

カフェではなく、ほぼ屋台。

店先で女性オーナーらしい人が1人でコーヒーやお茶を作っている。

折りたたみ式のテーブルが3卓だけ。

テーブルの横には日よけのパラソルが立てられている。

以前のMだったら、こんなところでお茶しないだろうな。

「お姉さん、私はミルクティーを。ヒースはホットね?あなたもミ
 ルクティね?」とMが3人のオーダーをまとめて伝える。

「ここのミルクティ。なかなかイケるのよ」とM。

「あぁ。俺もここのコーヒーが好きでね」味音痴のヒース。
説得力がない。

「そうなんだ」と返事する私。

ギクシャクしたままの空気。
どうにも変えようがない。

「驚いたでしょ?」とM。

「うん?何が?」
トボけた調子の私。

「あのオフィスね。。。」

「契約を更新してくれなかったんだってね」とMの言葉を遮るように
私がそう言った。

「あら。良く知ってるわね」

「あぁ。さっきスカイからね。僕たちのせいで契約更新出来なかったって」

「そうなのよ~。ほら、あの子達。ピアスやらタトゥーやら。見た目が。
 。。。ね」と笑うM。

「麻薬密売組織に間違われたって」と私。

「そう。大家は真面目な人でね。古い人間だから。更新はこっちから断っ
 てやったわ。私の大切なスタッフを極道呼ばわりするんだもの。こっち
 からお断りよ」

自分たちの経営的な問題で更新出来なかったというのにスカイたちスタッ
フに責任をなすりつけている。。。ちょっと腹が立った。

スカイの気持ちを。。。。この女は知っているのだろうか。。。

知っていたとしても、こういうセリフが言える女。。。それがMだ。

「○○路の店。。。閉めちゃったんだ?」

Mの口ぶりに怒りを覚えた私が、やや強い口調でそう言うと

「あら?あの店の事も知ってるの?」

ヒースがバツの悪そうな表情をして道路を走るバイクや車の群れに視線を
移した。

「あぁ。久々だったから、スタッフさん達の顔が見たくてさ。そしてらシ
 ャッターが閉まってて。近くの店の人に聞いたら閉店したと教えてくれ
 てね」

「オッホッホッホ。あなたって凄いわね。何でも調べちゃうんだ。怖いわ
 」
からかうような口調のM。
でも、表情に少し焦りの色が現れていた。

「仕事の方はどうなの?○○路はMの会社の旗艦店だったじゃない?今後
 は違う場所に店を出すの?」

「あなた。。。覚えてないの?」とわざと目を大きくするM。

「覚えてないって。。?何を?」

「やだわ~。半年前、私たちタイのバンコクで会ったでしょ?その時に話
 したことよ」

「あぁ。あの話か。。。」

「そうよ~。私たちの実力を試すには台湾は小さ過ぎだわ。これからは東
 南アジアよ。台湾の事業規模をコンパクトにして、ここの仕事はスカイ
 に任せるの。そして私とヒースはバンコクを拠点にして、マレーシアや
 ベトナム、チャンスがあればシンガポールにも進出するわ。私の友人が
 シンガポールに住んでいてね。いつでも協力するって。あの人、私と組
 めば、大もうけが出来るって知ってるのよね~」

「そんな友達がいるんだ?シンガポールに」

「いるわ!彼女は私を信用しているわ」

「そう。心強い助っ人がいて良かったね」

顔の広いMのこと。

シンガポールに1人くらいは友達がいるのかも知れない。

「で、会社の引き継ぎはスカイに伝えてあるの?」

「えぇ。もちろん。彼も大喜びよ。一介の営業マンがあれだけの規模の会
 社の社長になるのよ。なんの苦労もなくね。大金と地位と名誉。欲しが
 らない訳ないじゃない」

(嘘だ。。。。本当だったらさっきのカフェでスカイの口からその報告が
 あったはずだ。。。)

「社員やバイト、店舗も全てスカイに引き継いでもらうの?」

「う~ん。何人かの使えない社員やスタッフには辞めてもらうわ。ジョー
 ジやビッグモー。。。彼ら、全然使えないから。。。」と両手の平を上
に向けて肩をすくめたM。

(使えないって。。。ジョージは街でも評判のスタッフだぞ。理由も伝え 
 ず給料を払ってない癖に。。。)

「スカイは彼らと仲が良いでしょ?だから、スカイが会社を引き継ぐ前に
 私たちから彼らに引導を渡すわ。はぁ~、経営者って大変よ~。人に嫌 
 われ、憎まれることも率先してやらなければならない。これは私とヒー
 スの義務よ。スカイの負担を少しでも減らしてあげないと。。。ねぇ、
 ヒース」と視線をヒースに向けたM。

「あぁ。そうだな。ワイフの言う通りだ。辛いよ。。。」と目を伏せたヒ
ース。

ヒースはもう私と目を合わせようとはしなかった。

不器用で嘘が下手なヒースは私に見抜かれるのが嫌だったのだろう。

辛いよ。。という彼のセリフは別の意味で本音かも知れない。


「本当に行くの?タイへ?そんなに簡単じゃないと思うよ」

Mの即興作り話に腹が立った私は少し吐き捨てるような口調で言ってしま
った。

「あら?私とヒースの力じゃ無理だって言いたいの?」

Mの表情が厳しくなった。

私の口ぶりにカチンと来たようだった。
目が釣り上がっている。

「簡単じゃないって言ってるだけさ。だって現地で協力してくれる人はい
 るの?現地で何をするのさ?」

「これから考えるわ。私とヒースなら何だって出来る自信があるわ。ねぇ
 ヒース?」とヒースへ視線を送るM。

「うん?あぁ。いろいろね」力ない笑顔のヒース。

相変わらず視線は外したままだ。

Mの話は口から出任せで、ヒースとは何の打ち合わせもしていないようだ
った。

不器用なヒースは相づちを打つのが精一杯だった。

Mは釣り上がった目のまま私を睨み付けたままだった。

Mの作り話に付き合っているのが辛かった。

ひとつの嘘をつく事によって、また大きな嘘をつく場面を引き寄せてしま
う。

口の上手いMだが、ジョージやジャッキーたちから話を聞いてしまってい
た私には薄っぺらな。。。まるで子供の作り話のようにしか聞こえなかっ
た。

Mとは喧嘩もしたけれど、これまでの関係は概ね良好だった。

ジーパンの小売り店を切り盛りする毎日。
ヒースとの出会い。
アメリカのブランド品を輸入することよって会社を急成長させた行動力。

人脈の広さ。

仕事に没頭するパワフルな1面を持ちながらも、週末はヒースとの時間
を最優先。とても大切にしていた。

個人的にも食事からプライベートなことまで、とても良く面倒を見てく
れてもいた。

私の前で即興作り話を並べるMに失望した。

そして寂しさも感じ始めていた。

(これ以上、ここでMからこんな嘘八百を聞いているのは辛い。。。)


「そう。ちょっと疲れたから、俺、ホテルに戻って休むよ」と私が立ち
上がる。

「珍しいわね。あなたが疲れるなんて」

「俺も人間だもん。たまにはこんな日もあるよ。また連絡するよ」

「分ったわ。私たちからも連絡する。タイのビジネスが軌道に乗ったら
 バンコクのホテルでパーティよ」

「うん。待ってるよ」
そう言いながら、Mとヒースに軽く手を振り、屋台カフェから立ち去ろ
うとした瞬間。

Mがカバンから小さなギフトボックスを出してきて「はい」と言いながら
その箱を私の方へ差し出した。

「うん?何これ?」

「あなたの。。。あなたのお母様へ。。。渡してちょうだい」

「うん。いいけど。。。どうして?」

「私たちがタイへ行ったらしばらく会えなくなるわ。だから少し早い
 けど、お母様への誕生日プレゼントを用意しておいたの」

「そっ、そうなんだ」

Mは若い頃に母親を亡くしていた。

2度ほど会った私の母を本当の母のように思い、とても大切に接して 
くれていた。

「オカアサン」慣れない日本語で私の母をそう呼んでくれていた。

どこへ行くにも手を繋ぎ、いつも気に掛けてくれていた。

「ありがとう。日本に帰ったら母に渡すよ」

「きっとよ」

「うん。必ず」

「お母様のこと大切にね」

初めから終わりまで全て嘘で塗り固められた話ばかりだったけど、M
の母に対する思いだけは本物だったのかも知れない。

「ありがとうM。ヒースも。。元気でね」

「アリガトウ」とヒースが笑顔で応えてくれた。

「SEE YOU. 再見」Mが笑顔で右手を振った。

この日が彼らと会う最後の日になってしまった。

その後のMとヒースの話は台湾の友人知人たちからメールで知らされる
ことになる。

(Mとヒース 後日譚へつづく)




M 7

Mとはまだ会えてはいないものの徐々に彼女の状況が見えてきた。

彼女が経営する市内の3店舗目に行くと店内に商品を運び込むス
タッフたちを発見。

そこには現場で指揮を取るスカイの姿が。

ビッグモーとの再会と彼の口から語られた話。

想像以上にMの状況は厳しそうだ。

Mが店舗に来る前にお茶でもしましょうと声を掛けてくれたスカ
イと一緒に、店の近くにあるカフェに行くことに。。。


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「ここっスよ」
と言いながら、スカイがカフェのドアを開けてくれた。

洒落たカフェ。
2ヶ月前にオープンしたばかりだという。

「ウィ~ッス!」とカフェスタッフたちに敬礼のようなポーズを
取って挨拶をするスカイ。

「あ~!スカイさん!いらっしゃませ!!」

3人ほどいるフロアースタッフたちが一斉に振り向いて、私たちに
笑顔を向けてくれた。

「お~!みんな今日も最高に可愛いね!」とスカイ。

「も~。冗談ばっかり!でも嬉しい。ありがとう」
とスタッフの1人が笑顔で返す。

いやいや、冗談ではなく本当に可愛い。

「俺、コーヒーね。何飲みますか?」

「ミルクティーはある?ホットがあると良いんだけど」

「はい。ありますよ」とスタッフさん。

「じゃあホットのミルクティーで」

「はい。ありがとうございます」

オーダーを済ませて窓側の席に付いた。

「スカイ、あの子達、本当に可愛いな」

「でしょ?モロタイプなんじゃないっスか?ははは」

「ど真ん中だよ、ははは」

そんなやり取りをしている間に

「お待たせしました~」とスタッフが注文したドリンクを運んで
くてくれた。

「ありがとう。ここのコーヒー、美味いっスよ~」
と冗談っぽい口調で話すスカイ。

「はは。ありがとうございます。味音痴のスカイさん!」
接客になれた感じのスタッフがそう返す。
スカイとも中が良さそう。
会話のテンポが良い。

「お客様はホットのミルクティですね。ポットでお持ちしちゃい
 ましたけど」

「いいよ。ありがとう。払いはスカイがしてくれるからね」と下
手な中国語で私が応対すると。

「あの~。お客様は台湾人ではないですよね?」

「ははは。そうだよ。俺の中国語、やっぱり下手かな?」

「いえ。ちゃんと通じてますよ。ただ発音が独特だなって。香港
 の方?」

(やはり日本人?とは聞かれないんだなぁ~)

すかさずスカイが
「いや。彼は日本人。俺の友達だよ。君の事を話したら、是非会わせろ
 って言い出してさぁ~」

「え~~~~!」と口に手を当てて驚くスタッフ。

「おいおい。今、初めて会ったばかりなのに。。。でも、想像の遙か上を
 行く可愛さだねぇ!」と私も調子に乗る。

「も~~~。からかわないで下さいね!」

ほっぺたを膨らませて怒った表情。でも、目は笑っている。
なっ、なんて可愛いんだろう~!

「スカイさんの友達もスカイさんと同じ感じ。類友ですね!」

「ははは。だから仲良くなれるんじゃん!」とスカイがこちらを
見て笑う。

「違いない。類友は国境を越える!」

「はいはい。分りました~。もう大人なんですから、しっかりして下さいね。
 ではごゆっくり」

「ありがとう」

テーブルから離れていくスタッフに手を振る私とスカイ。

( 本当に可愛いなぁ~ )

と思いつつ、Mが来るまでの時間、スカイに聞ける事は聞いておきたい。早速、
聞けそうなところから聞いてみよう。

「あの大きな倉庫付きのオフィス。契約更新しなかったんだ?」

「そうなんですよ~。僕ら耳にピアスしてるし、タトゥーが入っ
 てるスタッフが多いじゃないですか。どうやら麻薬密売者と勘
 違いされて、大家が契約更新してくれなかったらしいんですよ
 ね~」

「本当かよ?」

「と、まぁ、これはMさんの説明なのですが。。。少しは知って
 るんでしょ?」

「うん。全部じゃないけどね。○○路の店は閉店してるし、スタ
 ッフの何人かは給料が貰えてない。普通の状況じゃないよね?」

「そうっスネ」

スカイが砂糖の入ったスティックを封を切り、コーヒーカップに
入れながらため息をついた。

「僕らが麻薬密売者っぽいから契約更新してくれなかったって説
 明もね(笑)そう聞いた時、口元が緩んじゃいましたよ。だっ
 て僕ら、あそこで働いてるんっスよ。デパートのとんずらされ 
 たことだって、最近売上が落ちていて在庫がなかなか回転して
 いないことも。。。多分、Mさんよりも僕らの方が感じてたと
 思う」

「そうだよね~。しっかし麻薬密売者って。。。ははは。ごめん
 、そんなこと言ったんだ」

「はい。ちょっと失望しました」
顔は笑ってはいたものの、少し寂しそうな表情を見せてスカイ。

「ここ数ヶ月でこんな状況になってきたの?」

「いや。もう数年前からです。流行廃りってあるじゃないですか
 ?以前はアメリカのブランドが1番って感じでしたけど、今は
 日本なんっスよね。台湾のイケてる連中が欲しいのは」

当時、日本では裏原宿から発信されるファッションは日本だけで
はなく、台湾、香港、そしてアメリカやイギリスなどでも評価さ
れていた。

細かいところにも凝ったデザインの服、わざと穴を空けたり色落
ちさせたダメージジーンズ。

日本製のダメージジーンズは1本で数十万で取引される事もあった。

取引先からは「もうアメリカじゃない。日本からの商品が欲しい
」との声を聴いていたスカイは何度もMとヒースに日本のブラン
ドとのコンタクトを勧めていたそうだ。

「でも。なかなか動いてくれなかった。ヒースはアメリカ人で日
 本にコネがある訳じゃないし。。。。Mさんもねぇ~。2人共
 、このビジネスをやりには歳を取り過ぎているのかも」

「そうかぁ。頭では分っていても実際に動こうとすると腰が重く
 て動けない。そうこうしている間に売上は落ちていく」

「はい。それにプライドっスよね。2人のプライド。数年で会社
 をあそこまで大きくしたんだっていうプライドが現実と向き合
 う事を許さなかったんだと思います」

ブランドビジネスの過酷さもスカイが語ってくれた。

「どのブランドもそうだと思うのですが、年間の取引額の最低ラ
 インを超えていかないと翌年の契約が解除されちゃう場合が多
 いんですよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スカイの説明によると

 ☆年間最低取引額のクリア

  その額は年々上がっていく場合もある

  数字をクリアする為、そして実力を示す為、無理をした仕入
  を繰り返し、売れない商品が在庫の山となっていく

  ブランドのご機嫌伺いの為、台湾では売れなさそうなデザイ
  ンもオーダーする。当然、売れないのでこれも在庫になって
  いく

 ☆マーケットの変化

  アメリカのものではなく、日本のブランドへ
  マーケットが急速に変化してしまっていた

  
 ☆サイクルの早いマーケット

  ストリートウェアを着るのは高校生、大学生がほとんど。
  卒業を機にファッションが変化するので、流行の変化が早い

  ブランド単体のアメリカンブランドではなく「日本」という
  パッケージを背景にした文化としての日本ブランドへ関心が
  移りつつあった

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「アメリカからはもっと売れ!と言われ、仕入れる商品が増える
 一方で、僕らのお客さんたちからはこれじゃないと言われて取
 引が減っていく。。。ここ2~3年はそんな傾向に歯止めがか
 からなっくなっていたんスよ。あの2人も感じていたハズなの
 に。。。」

「そうかぁ~。そんな状況下でデパートにとんずらされて。。。」

「はい。弱り目に祟り目ですよね~。まぁ、Mさんたちも新しい
 事にトライしようとしてたのは知ってます。ほら、途中で放り 
 出してしまった雑貨屋」

「あのキャンディが暴れちゃった店だよね?」

「はい。彼女には本当に申し訳なかったっス。それとお願いして
 いた日本のギャルブランド。あれも中途半端な感じで。。。」

「そうだよ。せっかく日本のブランドも興味を持ちだしていたの
 にさ」

「もうあの頃には会社の体力が。。。新しい事業を立ち上げる資
 金が無かったんだと思います」

「Mたちの家、売りに出してるらしいね」

「そっ、そんなことまで知ってるんスか?外人なのに凄いネット
 ワークっスね!」
目を丸くして驚くスカイ。

「はい。家も。。。最近は車も売ってしまったので、スタッフが
 送迎をしてますよ。でも、引っ越した先は高額家賃のマンショ 
 ンで。。。そんな金があったらスタッフに給料を払って欲しい
 っスよ」とスカイが続けた。

「あの車も売ってしまったんだ!」

「そうなんスよ~」

「スカイは今後、どうするの?」

「俺っスか? 俺は最後まで。。。最後まで残ってMさんを支え
 ます。と言うか、そうならないよう頑張ってみます」

そう言いながら胸を張ったスカイの言葉にはブレが無かった。

「大丈夫なの? 給料を貰えてないスタッフの食事まで負担して
 るって聞いてるけど」

「はっはっは!良く知ってますね~!そんなことまで知ってるん
 スね~」と無邪気な笑顔を見せるスカイ。

「仲の良い子たちもいるからさ。耳に届いてしまうんだよね」

「へぇ~。でも、俺もこうして外国人のあなたに話してしまって
 るもんなぁ~。苦しい時や悩みのある時に話を聞いてくれる人
 の存在って有り難いっスよ」

と言ってコーヒーカップを口にしたスカイ。

そこでスカイの携帯が鳴る。

「はい。もう着きました?はい、一緒にいますよ。はい。じゃあ
 これからそっちへ戻りますね。は~い。また後で!」

電話を切ったスカイが
「Mさん、到着したみたいです。そろそろ戻りましょうか?」と
言ってレシートを持って席を立つ。

「スカイ。いいよ。ここは俺に奢らせてくれよ」
と私がスカイの手からレシートを取ろうとするのをすり抜けたス
カイが

「ここは台湾。外国人のあなたはお客さんです。お客さんにお金
 を払わせてたら台湾人である僕の面目丸つぶれじゃないっスか
 。ほら、彼女たちも見てることだし、ここは僕に格好を付けさ
 せて下さいよ」

多少財布の中が寂しかろうと見栄を張る。

見栄と言うより心意気という方が的確な表現だろう。

「分ったよスカイ。。。もし君が日本に来た時は俺に奢らせてく
 れよ」

「はい。落ち着いたら日本に行きたいっス。俺、まだ行ったこと
 ないから。。。渋谷の109でギャルをナンパしたいっス!」

そう言っていたずらっぽく笑うスカイだった。

オシャレなカフェを出た私とスカイはMが待つ店に向かった。


つづく。

M 6

Mが会社の経理全般を請け負っていたジャッキーの口からは
次々と衝撃的な事実が語られた。

瀕死の状態。
Mの会社は正にそんな感じだった。

ジャッキーと別れた私はMが経営する3店舗目に急いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


人通りは少ないが、一部の若者の間では支持のある道。

一方通行の通りにはストリートウェアを売る小売店が並ぶ。

立地の関係で家賃が安く、固定費を掛けずに一旗揚げる若者たちが
次々と店をオープンさせては半年ほどで消えていく。

Mの取り扱うブランドはアメリカンブランドが多く、雑誌などでも
かなりの広告費を使っていたので知名度は抜群だったので、この通
りの中では比較的安定した業績を維持していた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そのMの店が見えてきた。

「!」

店の前に横付けされたトラックから、次々と荷物が店内へ運ばれて
行く。

大小様々な段ボールを店内に運ぶMの会社のスタッフ達。

彼らに支持を送るのはスカイだった。

社員やバイトたちのリーダー的存在。

明るく面倒見の良い彼は社員達からの人望もあり、良く現場をまと
めていた。

近づいてくる私に気が付き、笑顔を見せて手を振るスカイ。
半袖のティーシャツからはタトゥーが見えていた。

「台湾に帰ってきたんですね!お帰りなさい!」

「スカイ!元気そうだね」

「もちろんっスよ!」
と力こぶを作って見せるスカイ。
人を引きつける笑顔だ。

「何やってんの?」

「引っ越しですよ。ウチ、オフィスと倉庫の契約を更新しなかったん
 で」

更新しなかった?
出来なかったのではないだろうか?

「あの倉庫の商品を全部ここに?」

「古くなった商品はセール品にして売ってしまい、まだ新しい商品は
 この店の地下室に運び込みます」

多分、スカイは会社の状況を知っているはず。
でも、彼の口からは言えないだろう。
彼はMを尊敬していたし、長年働かせてもらっていたいたことや同年
代の社会人と比べて多くの収入を得ることも出来ていた。

「地下、見てみます?」とスカイ

「えっ?いいの?」

「平気っスよ!」

「じゃあ、ちょっとだけ見せてもらおうかな?」

「これ、お願い出来ますか?」とスカイが小さな段ボールを私に持つ
ようお願いしてきた。

「なんだよ~。人出が欲しかったのかよ!」

「そうです」と笑うスカイ。

この流れでは断れない。
スカイに頼まれると嫌な気がしない。

大きな段ボールを持つスカイの後に続き、店内に入る。

広い店内だ。

「お帰りなさい!」
「わぁ~。帰ってきたんですね!」と販売を担当している女性スタッフ
たちが声を掛けてくれる。

「ただいま~」って台湾に住んでいる訳でもないのにそんな挨拶を返す
私。

「階段、気を付けて下さいね」とスカイが振り返りながら声を掛けてく
れた。

やや薄暗い廊下を下り、地下室へ降りる。

山積みになっている商品や段ボールを数人のスタッフが棚に振り分けた
り、段ボールを片付けたりしていた。

意外と広い地下室だけど、以前の大きな倉庫に比べたら。。。ここに全
て収まるのだろうか?

「スカイ。このスペースで収るの?」

「いや、無理です。この店舗でもセール販売をしながら、僕も仲の良い
 取引先に頼んで商品を買ってもらってます。入りきらない在庫がこの
 ビルの3階に運びます」

「3階?」

「はい。そこはMたちのオフィスになります。店舗と同じスペースがあ
 るので、半分以上は倉庫として使います。でも、古いビルでしょ?エ
 レベーターがないんスよ」

「じゃあ、皆で手分けして運ぶの?」

「はい。でも、皆嫌がちゃってて」と舌を出すスカイ。

Mからの指示とスタッフたちからの不満を一手に引き受けている男の辛
さが垣間見えた。

スカイの携帯が鳴る。

「あっ。Mからだ。ここ電波が悪いので、俺、上に上がりますね」
そう言って階段を駆け上がっていくスカイ。

見送る私の肩を叩く者がいた。

振り返るとビッグモーがいた。

ビッグモー。
大きな身体がそのままあだ名になっている男で、Mの会社のセールスを
担当していた。
スカイとの付き合いも長いようだ。

「お~。モーじゃん!元気だった?」

「はい。お陰様で。お久しぶりです」

「社員総出で荷物の搬入。大変そうだね?」

「イヤァ~、参っちゃいましたよ」と不満な口ぶりだった。

モーは英語が堪能。
日本のミュージシャン、Dragon Ashを尊敬していた。

「Mの会社、大丈夫なの?」
モーにもそんな事は聞けないよなぁ~と思っていたら

「俺、この会社辞めます」

「えっ?どうして?」

「先月の給料、貰えてないんですよ~」

「本当かよ?」

「はい」

「実はジョージからも同じような話を聞いてさ」

「あいつ、あんなに一生懸命仕事してたのに2ヶ月分も貰えて
 ないでしょう?可哀想に。。。なんて思ってたら俺も貰えな
 くなって」

「Mとヒースとは話したの?」

「ええ。もう少し待ってくれの一点張り。。。もうやってられ
 ないです。俺、地方から出てきてて一人暮らしでしょう?家
 賃も払わないといけないし。。。」

「飯代とかは大丈夫なのか?」

「飯代もないです。今はスカイが全部面倒見てくれてて。。」

「スカイが?」

「はい。俺だけじゃない。給料を貰えてないスタッフ。。毎食
 とはいかないけど、昼の弁当代や飲み物など。スカイが自腹
 を切って面倒見てくれてるんです」

「あいつの給料は?」

「出てるみたいです。なんであいつが貰えて俺が貰えないのか
 。。。もう訳が分らないんですよ」

給料が出る出ないはMへの忠誠心の度合いやMとヒースの好き
嫌いで決められているような気がしてきた。

「辞めてどうするの?」

「田舎には何もないから帰りたくないので、取引先を頼って台
 北で仕事を探そうと思ってます」

「そうなのか~」

「Mとヒースは売上売上って言うんだけど、これから秋冬が来
 るのに新作が入荷しないんですよ。台湾だって冬は寒い。そ
 れなのに半袖のティーシャツや短パン。誰が買うんですか?」

「新作の入荷がないの?」

「はい。夏は凌げましたけど。。。これから本当にヤバくなり
 ますよ、この会社。だから早めに逃げます。スカイにも伝え
 てあります。あいつとはもっと一緒に居たかったけど。。」

そう言ってモーは下を向いてしまった。

後日聞いた話だが、給料を貰えない事に腹を立てたモーはこの
地下室から商品を盗み出し、取引先に格安の値段で売りさばい
ていたようだ。

悪い奴ではない。
むしろ人懐っこくて良い奴だったので衝撃的な話だった。

人は置かれた環境によってどうにでも変化してしまう弱い生き
物ということか。。。悲しい話だった。

タンタンタンタン!
スカイが降りてきた。

私とモーは話を切り上げた。

「Mとヒースがこっちに来ますよ。会います?」とスカイ。

「そうだね。是非!」

「あと30分で来るみたいなので、ちょっとお茶でもどうっス
 か?」

「いいね!」

「可愛いスタッフのいるカフェ、見つけておきましたよ!」

「お~!さすが。俺の好みも知ってるもんね」

「はっはっはっ!芸能人の愛人でしょ?」

「あれには参ったよ~」

以前参加した芸能人のパーティーでの話を持ち出すスカイ。

「ここから歩いてすぐなので」

「オッケー。モー、これで」と私は右手を差し出す。
「はい。会えて嬉しかったです」と大きな分厚い手で握り返す
モー。

SEE YOU AGAIN.

2人のそんな気持ちが込められた握手だった。

つづく




M 5

久々に訪れた台湾の地方都市 新竹

Mの出身地でありビジネス拠点がある街。

郊外にあるハイテク系企業と取引する日本企業も多く
駐在している日本人も多い。

現地の特産品のビーフンは日本にも輸出されていて、
デパートなどで見かけるとこともある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Mのビジネス環境に変化が起きている。

2ヶ月分の給料を貰えていないジョージ。

対照的にいつもの明るい笑顔だった小白。

3店舗ある直営店のうち、1店舗はシャッターが閉まって
いたが、小白が勤務する店は通常通り。
売上も好調だと小白が話していた。

そして3店舗目へ。。。

向かう途中で再会したジャッキー。

現地で大きな会計事務所を経営する女性経営者。

Mは彼女のクライアントであり、仕事を通してプライベート
での仲も良かった。

そんなジャッキーから衝撃的な話を聞くことになるとは。。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「Mからビジネスの話を持ちかけられたら断った方が良いわ」

「そこなんだけどさ。彼女のビジネスは上手く行ってないの?」


「彼女は長年私のクライアントだったし、ここ数年は友人と
 してもとても良い関係を築けていたわ。でも。。。でもね、
 ここ半年ほど毎月の契約料を払ってくれなくて。。。」

「えっ?半年も?」


「そうなのよ。ビジネスは良い時もあれば苦しい時もある。
 だから、何かあれば相談して欲しかったし、契約料が払えな
 い状況なら、何か説明をして欲しかったわ。私にも手伝える
 事があると思うし。。。」

大手デパートから露天商まで。
ジャッキーの人脈は幅が広く、多くの人に慕われている。

彼女は誠実だし友情にも厚い。
Mから頼まれれば人や企業の紹介もしてくれただろう。

「コンタクトは取れてるの?」

「未払いが発生してから最初の2~3ヶ月は連絡が取れていた
 わ。でも、それ以降は私の電話には出てくれない。ヒースに
 は何度かメールしたけど返答は無かったわ」


「そんな状況なんだね」

「えぇ。だから先月、クライアント契約を打ち切らせてもらっ
 たのよ。まぁ、お金を払わない彼女には何の影響もないので
 しょうけど。。。」


ジャッキーの表情は悲しそうだった。
信頼していた友人に裏切られた。。。それ以上に何の相談もし
てくれなかったMに対しての悲しさが顔に表れていた。


私は給料が貰えていないジョージの話をした。

「そうね。お給料の件で何人かのバイトはすでに店を去ってい
 るらしいわ。それは私も聞いている」

「あんなに羽振りが良かったのに。。。信じられないな」

「詳しく調べた訳ではないけれど、彼女が取引していた大きな 
 衣料品問屋が倒産した。その影響が大きいと思うの」


「売掛金は?」

「全く回収出来てないと思う。その問屋のオーナーはアメリカ
 へ逃げてしまったし。彼の愛人とね」


「Mはその問屋に引っかかってしまったのかぁ~。銀行とかに
 相談すれば何とかなったんじゃないかな?だってMの会社の
 業績は良かったんでしょ?」

「あなた。。。無理もないわね。。。。Mの会社の状況はもう
 ボロボロだったのよ」


「えぇ?だって芸能人のスポンサーをしたり派手な広告を打っ 
 たりしてたよね?」

「もうあんな事をして状況を変えられる段階は過ぎていたわ。
 規模縮小してコンパクトなビジネスから立て直すよう何度も
 進言していたのよ。。。でもMは。。。あの性格でしょ?
 私のアドバイスなんて聞いてくれないし、むしろどんどん派  
 手でお金の掛ることばかり仕掛けてしまって。。」


「あの派手な戦略にコストが掛り過ぎて、会社の資金繰りを悪 
 化させたのが一番の原因なのかな?」

「それもあるけど、原因はもっと基本的なものよ」


「基本的なもの。。。。物販だから在庫過多とか?」

「そうなのよ。私は衣料品の専門家ではないから流行の事など
 は分らないけど、決算書を作り上げる過程で年々在庫の量が
 増えていくのが気になっていたわ。売上と在庫量がアンバラ
 ンスだったわ。年々売上も落ちていたし。。。」


「それに追い打ちを掛けるように取引先の社長がアメリカへト 
 ンズラして。。。」

「あれは悲劇だったわ。同情する。でもね、Mの場合はそれ以
 前の問題だっと思う。ヒースにさえコントロール出来ない彼
 女の性格。派手で見栄っ張り。もちろん優しい面や好きな人
 の面倒をとことん見たりもする良い面もたくさん持ち合わせ
 ている素敵な女性だと思うけど。。。」


「Mの店を見に行ってきたんだけど、○○路にある店は閉まっ
 てたんだ」

「あの店の契約はとっくに破棄してると思うわよ。契約満了前
 に勝手にね。大家さん、カンカンになってウチに電話してき
 たわ」

Mに店のオーナーを紹介したのはジャッキーだった。

「でも○○路の店は健在だったよ」

「あの店は土地ごと権利を持っているから家賃は発生しないか
 らだと思うわ」

少しずつMと彼女の会社の状況が見え始めた。

「そう言えばさ。今日、あの焼き鳥屋の社長と道でバッタリ会
 ってさ。知ってるでしょ?Mのことが大嫌いな」

「はい。あの社長さんね。もちろん知ってるわよ」


「あの社長がね、Mの家が売りに出されてるって言ってたんだ」

「えっ?そっ、そうなの?」
ジャッキーもそこまでは知らなかったようで、とても驚いていた


「あの社長はMの事が大嫌いだからネガティブな情報を言いふら
 しているのかと思って相手にしなかったんだけどさ」

「あの社長は顔が広いから。。。もしかすると本当かも知れない
 わね」

Mの家。

給料を貰えていないジョージ。

○○路の店。

顧問契約を解除したジャッキー。

点と点が繋がり始め、Mの状況が見えてきた。

「最後に会ったのはいつ?」

「半年ほど前だったわ。電話でのやり取りだったけど、これから
 タイへ行くので帰国したら電話をすると約束をしていたのだけ
 ど。。。何もなかったわ」

「タイ?半年ほど前?」

それは私の出張に合わせてMとヒースがタイに来た時期だ。

現地での事の顛末をジャッキーに話をすると。

「もしかしたら。。。負債を放り出して海外へ逃げる準備がした
 かったのかも知れないわね。。。」

「海外。。。逃亡?」

「えぇ。Mとヒースの負債は相当な額に登っているわ。銀行から
 も手を引かれたと聞いているし。。。あんな額、個人で返済出
 来る額じゃないもの」

ジャッキーの話を聞きながら、タイで合流したMとヒースの表情
や交わした言葉などが次々と頭の中に蘇ってくる。

台湾ではもうやることがない。
新しいチャレンジの場として東南アジアのタイ、バンコクで事業
を起こす。

全てが嘘ではないだろう。
でも、現状でMとヒースが打てる最後の賭けだったのかも知れな
い。

「ごめん。アポイントが入っているの。そろそろ行かないと」
とジャッキー。
忙しい女性だ。

「あぁ。気にしないで。会えて良かった。話してくれてありがと
 う」

「私も嬉しかったわ。ありがとう。Mの誘いには乗っちゃだめよ
 。分ったわね」

「うん。絶対に乗らないよ」

そう私が答えると、笑顔で右手を差し出すジャッキー。
その手を握り返す私。

「また会いましょう」

「うん。ジャッキーのオフィスで働く女性スタッフさんを見に行
 かないとね」


「まぁ。忘れてなかったのね」

「忘れる訳ないさ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ジャッキーがカードで支払いをしてくれ、再び彼女のBMWに乗
った。

繁華街付近で降ろしてもらい、Mの3軒目の店舗を見に行くこと
にした。

やや人通りの少ない道だが、その分家賃が安い。
Mが展開するようなストリートウェアの店舗が10店舗ほど並ぶ
道なので、ある程度の売上があり、利益も確保しやすいとMが話
していた。

あの店はまだあるのだろうか?

少し早足でMの店に向かう私だった。


つづく

M 4

約半年降りに訪れた台湾の地方都市 新竹

街中で久々に再会したジョージ。

もう2ヶ月も給料が支払われていないことを聞き
愕然とした私。

嘘であって欲しい。

しかしあのMならやりかねないかも知れない。

再びMに対する猜疑心と不信感。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ジョージを別れた私はMの経営するお店に行ってみることにした。

Mのメイン事業は海外ブランドの輸入卸。

そして本社のある新竹では3店舗の直営店を運営していた。

「何か分るかも知れない。。」

そう思いながら早足でMの店に向かった。

1店舗目。

新竹市内でも家賃の高い通りに面している。
道路は石畳。カフェや日本式焼き肉屋や寿司屋が並ぶ、市内でも
品のある通りだ。

店が見えてきた。。。。

シャッターが閉まっている。

「売上はそれほどないけど、この通りに店を出すことがブランド
 イメージも上げるのよ」と話していたM。

外観も店舗内も良く作り上げられていた、彼女の自慢の店だった。

その店のシャッターが。。。閉まっている。

「やはり。。。何かあったのかな?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2店舗目に向かった。

この店は学生が多く歩いている道。

人通りの割には客単価が低いのだが、日に多くの来店客があり、
3店舗のうちで一番売上げが良かった。

開いているのか。。閉まっているのか。。。
出来れば開いていて欲しい。
と思い店に近づくと。。。開いてたい。

店の中を覗くとスタッフの小白がいた。

私の姿に気が付くと「あ~っ!戻ってきたのね!」と大きな声で
上げて手を振ってくれた。

小白は英語が話せるので、Mの会社のスタッフの中でも比較的よ
く話す間柄だった。

「お~!小白じゃん。元気だった」

「あ~ったりまよ~!」
目鼻立ちの整った顔で元気な女の子。

好きなサーフィンで日焼けしている。
サーフィンを始める前は色白が自慢だった。

台湾人としてはとても白かったので「小白」と呼ばれるようにな
ったそうだけど。。。今では信じられないくらい日焼けしている。

「どう?商売は?」
「うん。お陰様でね」

小白は口達者で商売上手。
誰とでもすぐに友達になってしまう。

そして何より美人だった。

この店は彼女の接客とキャラクターで成り立っている要素も強か
った。

「ちょっと外で話そうよ。タバコ。。。。吸いたくなちゃった」
と笑いながら小白が店の外に出る。

彼女は相当なヘビースモーカー。
オマケに酒も強い!

久々の再会。
冗談を交えながら、再会の時を楽しんだ。

会話している間、小白は常にたばこに火を付けていた。
チェーンスモーカーってやつだ。

会話が弾む一方でMの会社の事が頭から離れない。

なぜジョージに給料を払っていないのか?
Mの会社は一体どうなっているのか?

小白の表情を見ていると以前と変わりない。

お金にうるさい台湾人は給料未払いなどがあるとすぐに話し出
すはずなんだけど。。。

「ねぇ。Mの会社なんだけどさ。最近、おかしなこととか起き
 てない?」
思い切ってそう切り出してみようかと思ったけど、踏みとどま
った。

給料が貰えてないのはジョージだけかも知れない。
ジョージが何か問題を起こした可能性もない訳ではない。
最初に訪れた1店舗目は定休日だったのかも知れないし。。



タバコを吸いながら大声で笑う小白の笑顔を見ていたら、迂闊
に変な質問をして彼女に不安を抱かせてはいけない。
そう思った。

30分ほど話しをしてから
「そろそろ行くよ」と小白に別れを告げた。

「うん。暇だったか顔出して。そうだぁ~、今度こそ飲みに行
 こうよ」
「いやぁ~。小白は酒飲みだからなぁ」

「はっはっは!あんたはウーロン茶飲んでれば良いじゃん。私
 に奢らせてよ」
「分った分った。時間を見てまた寄らせてもらうよ」

「うん。絶対だよ!」
「うん。じゃあ行くね」

「うん。気を付けてね~」と笑顔で手を振る小白。

私は手を振りながら店から離れた。

2店舗目は賑わっている様子だし、小白の様子からも以前と変わ
らなかった。

ジョージから聞いた話をそのまま受け止めてはいけないのかも知
れないな。。。
もしかしたらジョージが大きな失敗をやらかしたのかも。。。

そう思いながら3店舗目に向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

3店舗に向かう為に大通りへ出た。

やや早足で3店舗目に向かっている時だった。

「あら!」
早足で歩く私の前に1人の女性が立ち止まって声をかけてきた。

「あっ!こんにちは!」

「あらぁ。台湾へようこそ!再会出来て嬉しいわ」

彼女はジャッキー。
新竹で大きな会計事務所を経営している。

1度彼女のオフィスにお邪魔した事があるのだが、事務所の経営
は彼女が取り仕切り、旦那さんがサポート役として副社長をして
いた。

陽気で外交的。
バリバリのキャリアウーマンだが、とても心配りが出来るジャッ
キーとシャイな旦那さん。

そして彼女のオフィスで働くスタッフ40人ほどは全員が女性だ
った。

クライアントはほぼ大企業のようだったけど、気さくな性格で面
倒見が良いので中小の小売店や個人経営の飲食店の仕事も受けて
いた。

Mの会社も彼女のクライアント。
その関係でジャッキーとも知り合った。

Mとジャッキー。
タイプは違えど出来るビジネスウーマン同士。
仲が良く、そしてお互いにリスペクトしあっている。

2人の会話や仕草からそう感じ取れた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「今回は仕事?観光?それともお嫁さん探し?」とジャッキー。
「わははは!どれでもないけど、どれも正解のような」と私が答
える。

「台湾の女性はお薦めよ。私のオフィスには女性がたくさん働い
 ているから、今度また遊びに来なさいよ。お薦めの子を紹介す
 るわ」
「はいはい。是非行かせてもらいますよ」とその気がないような
フリをして半分本金の私だった。

「今回はどんな予定なの?」
「いつもと同じですよ。明日、Mとヒースに会う予定です」

「そ。。そう。Mとヒースね。。。」
ジャッキーの口調がやや重くトーンダウンした。

「ねぇ。何か。。。あったの?」
ジャッキーの表情の変化に気が付き、私はそう質問した。

「ねぇ。今、時間はあるの?」とジャッキー。
「はい。ありますよ」

「お茶しない。立ち話しでは。。。ちょっと。。。」
「はい。今日はフリーなので大丈夫です」

「悪いわね。じゃあ、ちょっと付き合って」
「はい」

道路に駐車してあったジャッキーのBMWに乗ると、市内にある
外資系ホテルのカフェへ。

カフェの席に付くとジャッキーが
「私はコーヒー。あたなは。。。コーヒーが飲めなかったわね。
 じゃあ、ミルクティをひとつ。ポットで持ってきて」

さすがキャリアウーマンのジャッキー。
1度食事をしただけなのに、細かいことまで覚えている。

当時の私はコーヒーが飲めなかったのだ。

「ジャッキー。話ってMとヒースの事だよね?」
「うん。そうよ」

「あなたは今、Mたちと取引はしているの?」
「いえ。何度かビジネスの話はあったのですが、立ち消えになっ
 たままで。台湾が好きなので、彼女たちとビジネスが出来れば 
 いいな。。なんて事も考えているのですけどね」

「そう。。。。こんなことを話して良いのか分らないけど、もし
 彼女たちからビジネスの話を持ちかけられたら断りなさい」

ジャッキーの口調はやや強かった。

あれほど仲の良かったMとの関係に何があったのだろうか?

つづく









M 3


久々に台北桃園国際空港に落ち立った。

空港でタクシーに乗り込み、新竹へ向かった。

空港からタクシーを飛ばすと約1時間で新竹の街に着く。

ホテルで荷物を下ろす。

M達と会うのは翌日だ。

今日は新竹の街をブラブラしながら、知人達の店を訪れて
みよう。

身体が落ち着く前に着替えを済ませ、私は街へ繰り出した。

小さな飲食店の社長さんたち、ティースタンドの店員さんたちが
私の姿を見るなり「お帰り~!」と声を掛けてくれる。

「ただいま!」と返す私。
あれ?俺って日本人なんだけど。。。。(笑)

顔馴染みの焼き鳥屋の前を通る。
焼き鳥を焼いていた社長が私の姿を見るなり、こちらへ掛けてき
た。

「こんにちは社長!帰ってきたよ。今日も儲かってるんじゃない
 ?」と冗談交じりに挨拶すると
「おい。どうなってんだよ。あいつ」と社長がいきなり質問をぶ
つけてきた。

質問の内容を理解出来ない私は
「あいつって?」と逆に社長に質問をする。

「あいつってあいつだよ。Mだよ!」

この社長はクセが強いけど面倒見が良く、私はとても仲良くさせ
てもらっている。
でも、彼はMのことが大嫌い。

「M?何かあったの?」
「あいつの家、売りに出されてるぞ」

「えっ?そうなの?」
一瞬驚いたけど、Mとヒースはタイでの事業立ち上げに向けて動
いている。
もう台湾で大きな家に住む理由がないと判断したのだろう。
彼ららしい決断だ。
Mたちからはそんな話は聞いてないけど、多分、それが理由だろ
うと私は思った。

「そうなんだね。引っ越しでもするのかな?」
今後のMたちのプランをペラペラと話す訳にはいかないので、適
当に話をはぐらかす。

「あいつらの行動はいつも怪しいからな。今回も何か企んでいる
 に違いないんだよ。お前、いつも一緒にいるけど気を付けろよ
 な。あいつら台湾人の恥さらしなんだから」

焼き鳥社長がなぜこんなにMの事が嫌いなのかは分らないけど、
他にもMを嫌っている人をたくさん知っている。

彼らに共通しているのは「嫉妬」という感情のような気がする。

話に付き合っていると街歩きする時間がなくなるので
「社長、また新しい情報が入ったら教えてね。ちょっと女の子に
 会いに行く途中なんだよ」
と嘘をでっち上げて立ち去ろうとする。

「お前またこっちの女の子に惚れたのかよ!ちゃんと男と付き
 合える子を選べよな!」

人の古傷を。。。
「はいはい。今回は大丈夫だよ」
と手を振りその場から離れた。

「到着早々参ったなぁ~」
フレンドリーな台湾人。
でも、ちょっとグイグイ感があり過ぎるので、時々疲れる。

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市内にある日系デパートの前に到着。

デパート1Fにあるスタバでお茶でもしようかな?
そう思った時だった。

「あ~!お久しぶりです!」と声を掛けてくれたのはジョージ。

俳優のムロツヨシに似た顔でいつもニコニコしている。
穏やかで優しく、とても気を配ってくれ、礼儀も正しい好青年。

彼はMが経営する直営店で働いている。

「お~!ジョージ!久しぶり!元気だった?」
「はい。お陰様で」とニコニコ。

「休憩中?」
「いえ、今日は休みなので街をブラブラしてるんです」

「そう。良かったらスタバ、付き合わない?」
「えっ?いいんですか?」

「いいよ。もちろんだよ」
「でも、スタバは高いから、あのカフェでどうです?」
とデパート近くにあるローカルな、でもちょっとオシャレなカフ
ェを指さすジョージ。

「オーケー!良い感じのお店じゃん」
「はい。あの店ならスタバの半額でコーヒーが飲めるので」

堅実なジョージは見栄っ張りなところがない。
スタバに入れば私がジョージの分まで支払う。
その負担を掛けたくない。
そんな心配りが出来るのがジョージなのだ。

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オシャレカフェ内に入り、席に付く。

ホットカフェオレを2つオーダーした。

「元気そうだな。ジョージ。変わりない?」
「はい。元気でやってます」とニコニコ。

「仕事の方は?そろそろ店を任される頃なんじゃない?」
好青年ジョージは20代後半。
バイトから入社してそろそろ4年目。

スカイからは「ジョージは仕事が出来る」と聞いているし、私の知人
たちからも「ジョージの接客は丁寧。まるで日本で買い物をしている
気分になれる」と聞いていた。

そろそろ年齢と実績に見合ったポジションが必要な頃だろう。

改めてジョージに目を向けると、目線を落とし、顔からは笑顔が消え
ていた。

「どうした?ジョージ?悪いことでも聞いちゃったかな?」
Mの会社と社員のこと。
外国人の私が口だしすることではない。

安易な行動だったかも知れない。。。

「実は。。。あなたにこんな話をして良いのか分らないのですが。。」
そこまで言って、口を真一文字に閉じたジョージ。

「うん?どうした?仕事のこと?」
「はい。。。」

「俺じゃ役に立たないだろうけど、話を聞くくらいなら。。。話して
 みろよ」
「はい。でも。。。でも、この話はまだ内緒でお願いします」

「もちろん。俺を信用して話してくれるんだろ?誰にも言わないさ」
「はい。ちょっと愚痴っぽい話になるのですけど。。。」

「うん。いいよ」
「実は仕事を辞めようかと」

服と接客が大好きなジョージ。
でも、30歳を目前にして自分の中で限界でも感じたのだろうか?
将来を考えてオフィスや工場で働く道を模索し出すタイミングなのか
も知れない。

しかし、ジョージからは意外な事を知らされた。

「実は。。。お給料が。。。」
「給料?ジョージの給料?」

「はい。。。2ヶ月ほど貰えてなくて。。。」
「えっ?給料が出てないの?」

「はい」
「Mとは? Mとは話をしたの?」

「はい。でも、何度聞いてももう少し待ってと言われるだけで。。。」
「本当かよ?」

「はい。そうなんです」
「他の社員やスタッフ達は?」

「貰えてる子とそうでない子がいて。。。そうでない子はもう何人か
 店を去ってしまってます」

どうなってるんだ?
ジョージの話を聞きながらもジョージの話がうまく理解出来ない。
頭が混乱している。

事業をタイに移すから、台湾の事業を縮小していく気なのか?
でも、こんなやり方って。。。でもMなら。。。やりかねないな。

でも待てよ。
台湾の事業がスカイに引き継がせ、継続すると話していたよな。。。

頭を抱えるジョージを見ながら、Mへの不信感が改めて頭を持ち上げ
てきた。

その一方で
「今、ジョージから聞いている話は嘘であって欲しい」
と願う私もいた。

つづく

M 2


Mとの再会。

たった数ヶ月時間が空いただけだったけど、随分時間が経過して
いたように感じた。

Mの存在感。
当時のMと私の距離感がそう思わせたのかも知れない。

再会の場所はタイの首都バンコク。

まさか彼らがバンコクまで来るなんて。

しかもバンコクで仕事を立ち上げるつもりらしい。

ヒースからのメールには
「現地の工場や材料調達先、海運会社。将来的には現地法人を立
 ち上げる予定なので、可能であれば弁護士など、現地の法律に
 詳しい人間を知っていたら紹介して欲しい」
と書いてあった。

まだ具体的な案はないようだけど、今回の出張でトライアル的に
何かを仕入れて台湾へ送ってみることも考えているようだった。

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待ち合わせ当日。

私はMとヒースが宿泊しているバンコク市内にある米国系ホテル
へ向かった。

Mとヒースにとっては初めて訪れるタイのバンコク。

交通網が整理されている大都市とは言え、移動に関しては不安が
あったのだろう。ホテルまで迎えに来て欲しいとの連絡があった
のだ。


ホテルのロビーに入ると、椅子に座って英字新聞を読んでいるヒ
ースが目に入った。

ヒースに向かって歩き出した私。
その気配に気が付き、顔を上げたヒース。
ニッコリとした笑顔で手を上げ「元気だったか?」と声をかけて
くれた。

「久しぶりだね、ヒース。ありがとう。元気だったよ」
「そりゃ良かった。Mも来たよ」とエレベーターホールを指差す
ヒース。

我々に気付いたMが笑顔でゆったりと歩いてくる。

立ち上がってMを迎える私。。。と突然、Mが抱きついてきた!

「なっ!なんだよM!どうしたんだよ?」と驚く私から身体を
放して、「久しぶり!」と嬉しそうな笑顔を浮かべたM。

そこにはもう雑貨屋で出来てしまったわだかまりのようなものは
消えていた。

と言うか、Mのペースに乗せられているだけなのか?

「元気そうじゃない?」とM。
「あぁ。ここバンコクに来ると元気が出るんだよ」

「うふふ。こっちに可愛い彼女でもいるんじゃないの?」
「まさか」

「バンコク。綺麗な女性が多くてびっくりしたわ」
「でしょ?」

「オフィスを開いたら可愛い女性を雇って、あなたに紹介するわ」
「本当?じゃあ、すぐに会社を設立しないとね」

そんな会話を楽しむ私とMを笑顔で見つめているヒース。

いつもと変わらない会話。
笑顔と笑いが絶えないいつもの3人組。

懐かしいなぁ。。。この感覚。
そう思った。

けど。。。
「ねぇ、2人とも少し痩せた?ちょっと疲れているような感じだ
 けど。。。もしかしてタイの食事が合わないとか?」
「タイの料理は大好きよ。昨日も屋台でタイ料理を食べたんだか
 ら」

「そう。それは良かった。仕事、忙しいの?」
「あぁ。台湾の仕事はとても良い感じだ。その中でタイでのビジ
 ネスを進めたい。仕事をしながら市場調査などもしていたし、
 今後はスカイを社長に据える予定だから、その引き継ぎなども
 しなければいけなくてね」
いつもの冷静な口調でヒースがそう説明してくれた。

「そりゃ大変だったね。今回は少し休めるの?」
「えぇ。そのつもりよ。だから携帯はオフにしておくのよ」とM。

「大丈夫なの?」
「もうスカイが現場を指揮してるわ。朝晩、スカイがメールで報
 告メールを送ってくることになっているわ。大丈夫。久々にヒ
 ースとバケーションを楽しむわよ」

「分った。じゃあ、市内を案内するよ。時間がない。行こうか!」
と立ち上がった私。Mとヒースも腰を上げて続いた。

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アメリカや日本の若者向けブランドを輸入し、販売しているMたち。

タイから雑貨や衣料品を輸入している私のビジネスとは全く違う分
野になる。

3日ほどかけて私の仕入先や仲の良い現地の友人達を訪れた。

海運会社は普段ヒースが関係している関係者からタイ国内の業者を
紹介してくれたようだ。

現地法人化に詳しい知人(日本人)がいたので、彼を紹介したりも
した。

日本人である私。
台湾人のM。
アメリカ人のヒース。

そして打ち合わせの相手はタイ人。

こんな日常を過ごすことになったら、これはこれで面白そうだな。
そう思った。

インターナショナルで刺激的な数日間だった。

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「ヒース。どう?ビジネスになりそう?」
「あぁ。まだ台湾国内のマーケットを調べる必要があるけど、何
 か出来そうな気がするよ」

「そう。良かった。何かあったら手伝うからさ。何でも言ってく 
 れよ」
「あぁ。そう言ってくれると嬉しいし、頼もしく感じるよ。あり
 がとう」

少しやつれた表情が気になったけど、タイでのビジネスに期待を
抱いている様子のヒース。

Mは仕入先を歩き周り、少し疲れたようだったけど、仕事の後は
ショッピングを楽しんでいた。

買いすぎた服やアクセサリー。
とてもハンドキャリーじゃ運べない。

現地で買い付けた荷物と一緒に航空便で台湾の自宅へ送る手配を
済ませた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

帰国前日。
ホテルでのディナー。

「今夜はたくさんお食べなさい」とM。
「ありがとう。でも、もうそんなに食べられないよ」と笑う私。

バンコク市内を駆け回った数日間。
とても充実した時間だった。

リラックスしながら食事を済ませ、綺麗なカフェに移動してゆっ
たりとした時間を過ごしていた。

「来月か再来月。時間が出来たら台湾へ行くよ」と私が言うと
「いいわ。でも、こっち(バンコク)での再会でも良いんじゃ
 ない?」とM。

「そうだね。でも、夏が過ぎると仕入れるものがないからさ」
「そうなの?」

「うん。日本には冬があるけどタイは常夏の国。合う商品が少
 ないからさ」
「そうなのね」

「だから久々に台湾へ行こうと思う。俺もバケーションしたい」
「うふふ。そうね。今回は私たちの事に付き合わせてしまった
 ものね」

「気にしないで。俺たちの仲だろう。それは気にしなくて良い
 よ」
「ありがとう。頼りになるわね」

笑顔でM、そしてヒースと握手を交わす。

3人とも、とてもリラックスした良い笑顔だった。

日が沈み、涼しい風がバンコクに流れていた。



つづく




M 1

「ねぇ。あたながタイへ行くのはいつ? 予定はあるんでしょ?
 私とヒースを案内なさい」

突然掛ってきた国際電話。
こんな唐突な話を切り出すのは。。。そうMだ。

案内なさいって。。。そんな頼み方があのかよ!
と内心ムッとした。

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Mとは数ヶ月連絡を取り合っていなかった。

Mが途中で放り投げてしまった雑貨屋とキャンディの事で言い合いに
なってしまい、少し距離が出来てしまっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キャンディが警察に連行されてしまったと聞いたあと、私はMの携帯
へ電話した。

Mは何事も無かったかのような口調で
「時間を作るわ。食事しながら話をしましょう」
とディナーをしながら話をすることになった。

場所はホテル内にあるレストラン。

キャンディと初めてランチした、市内にある外資系ホテルのレストラ
ンだった。

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「M、なんだよ。あれじゃビジネスにならないじゃん!全然連絡取れ
 ないし、仕事はほったらかし。キャンディの事も全然面倒見なかっ
 たんだろ?」

やや強い口調で私はMを問い詰めた。

「キャンディねぇ~。私も見る目がなかったわ。あんな馬鹿な子だと
 は思わなかったわ。あなたにも迷惑をかけたわね」

「そうじゃないだろう!キャンディはちゃんと仕事をしていたんだよ
 !店をほったらかし、売れている商品の手配もしない。あのアパレ
 ルブランドだった、もう少しで口説けた筈だよ。これまで協力して
 くれてた日本企業にもどう説明したら良いんだよ。出来ないなら出
 来ないって」

そこまで言って時だった。

バシーン!

Mがテーブルを強く叩き
「おだまりなさい!ここは台湾よ。そして私はM。外国人のあなたに
 何かを言われる筋合いなんてないわ」

腹が立った。

ヒースの反対を押し切り立ち上げた事業。

販売員としての人気と地位を確立していたキャンディに声をかけたに
も関わらず、彼女の人生をぶちこわしてしまった責任を感じてないと
いうのか?

キツい目で私を睨み付けるM。
私も視線を外すことなく睨み返した。

私のことはともかく、キャンディの人生をぶちこわしておいて、彼女
を馬鹿扱いしたMが心底憎らしかった。

自分の事を押えられず、何かを言おうとした瞬間だった。

「そこまだにしろ!」
今度はヒースがテーブルを叩いた。

初めて聞いたヒースの大声だった。

「今回の件は申し訳なかったよ。Mは。。入院してたんだ。過労が原
 因で倒れてしまったんだよ」

ヒースが連絡が途切れ途切れだったことや仕事を進める事が出来なか
った事を詫びながら、当時の状況を説明してくれた。

そしてキャンディに対しては自分の責任を認め、訴訟は起こさず、穏
便に済ませることを約束してくれた。

怒りの炎で燃えていた私の心が静まっていく。
Mの表情も少し緊張から解放された様子だった。

「じゃあ、そう言ってくれれば良いのに」と私が言うと
「私が倒れたなんて言える訳ないわ」とMが反論。

少し冷静な口調で
「キャンディの事を馬鹿だなんて言うもんじゃないでしょ。Mの話に
夢を乗せて移籍してくれた子を。。。馬鹿だなんて」

「我慢が足らないのよ。台湾人の悪い癖だわ」とM。
「私の評判をどうしてくれるのよ。あの子のせいで私のプライドが傷
 ついたわ。この顔に泥を塗ったのよ」と続けたM。

「Mのプライドの問題じゃないだろ!これはビジネスだろ!自分の事
 ばかりじゃなく、従業員やスタッフ、関係しているパートナーたち
 の事も考えてくれよ!」
と再び私はヒートしてしまった。

Mは自分の指で耳を塞いで目を瞑った。
私の話は聞きたくない。。。という意思表示なのだろう。

Mの子供じみた態度には本当に腹が立ったけど、もう感情を言葉にす
ることは止めた。

何を言っても無駄だ。
そう感じた。
そしてMに対して失望した。


入院していたならそう言って欲しかった。
「台湾に来て手伝って欲しい」そう言ってもらえたなら、私は喜んで
台湾へ飛んでいただろう。

Mの店舗でキャンディの後方支援くらいは出来た筈だし、入院中のM
や看病をしていたヒースと連絡を取り合いながら、日本へのオーダー
も進められた筈だ。

すでに無くなってしまったビジネスだけど、やり切った感覚がないま
まに終わってしまった仕事に未練を感じていた。

反面、Mが途中で仕事を放り投げた訳ではないことが分かり、少し安
心した。

クセのあるMだけど、信頼はしていたし、尊敬もしていた。

でも、その日はお互いに強い口調で言い合ってしまい、ギクシャクし
た空気の中で食事を済ませ、別れてしまった。

それから数ヶ月、お互いに連絡を取り合うことはなかった。

もう会うことはないかも知れない。
まぁ、それならそれでも良いかな。。。と思いながらも、ヒースから
のメールやMからの電話を待っていた。
心の片隅で。。。


そこへ掛ってきたMからの電話。

Mに対する反発と懐かしさが心の中で巻き起こった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「タイへ?タイへ何しに行くの?バケーションのお伴ならお断りだか 
 らね」と言うと

「何馬鹿な事を言ってるの?仕事よ」とM

「仕事?タイで何をするの?台湾の仕事もあるだろ?」
「台湾の仕事はもちろん継続するわ。でも、私とヒースはこの台湾マ
 ーケットからは一線を引くわ」

「会社はどうするの?」
「継続するわよ。スカイの事、覚えてるでしょ?彼はもう立派に成長
 した。彼を社長にして国内のマネジメントを任せるのよ。そして私
 とヒースは東南アジアにその拠点を移し、新しいビジネスにトライ
 するのよ」

スカイ。
Mの会社で営業を担当している社員。
若手のまとめ役。
従業員からの信頼はもちろん、取引先からの信頼も絶大だった。
あいつなら出来るだろう。
もしかするとM以上に会社を大きくすることが出来るかも知れない。


「新しいビジネスって。。。」
私の脳裏にはあの雑貨ビジネスの事が過ぎった。
入院していたとは言え。。。出来るのかよ?
と思う反面、Mなら何かやってしまうかも知れない。
そう思わせるだけのカリスマ性がMにはあった。

「とりあえず俺に出来ることなら何でも協力するけど。。。来月タイ
 へ飛ぶ予定があるから、予定を合わせてもらえるなら。現地集合で
 良いでしょ?」
「もちろんよ。詳細はヒースにメールさせる。あなたのスケジュール
 をヒースにメールして。すぐにチケットを取るわ」

「あぁ。分った。ヒースには連絡しておく」
「うふふ。ありがとう。やっぱり頼りになるわね。私たちのビジネス
 に興味があれば協力しなさい。今度はちゃんと儲けさせるから」

「話半分に聞いておくよ。現地では俺も仕事があるんだから、そこは
 理解してくれよ」
「もちろんよ。でも、あなたの仕入先を一緒に回りたいし、現地の製
 造業や海運会社なども紹介して」

「タイからの輸入を考えてるってこと?」
「現地での生産も含めて、タイでの展開を考えてるのよ」

まだ具体的な事が思いついていない様子。
まずは現地を見て「出来る」「出来ない」の判断をするのだろう。

「分ったよ。タイの仲間や仕入先は紹介する。でも、絶対に彼らに迷
 惑をかけないでくれよ」と念を押すように言った。

「迷惑って何よ。私を誰だと思ってるの?」と冗談交じりに返してき
たMだった。

「ははは。Mは変わらないな」
「そうよ。私はわたし。変わりようがないわ」
相変わらずのM。

短いやり取りだったけど、少しだけ以前の関係に戻れたような気がし
た。

Mの話に飛びつくことはないし、パートナーシップを結ぶにしろ、前
回の経験から少し慎重に、そして距離を取りながら関係を維持してい
こう。これから先、また良い話、良い縁に恵まれたなら、その時はま
た改めて、パートナーとして一緒に仕事が出来れば良いのだから。

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そして翌月。

私は日本から。
Mとヒースは台湾から。

待ち合わせ場所であるタイの首都バンコクへ飛んだのだ。

つづく