M 1

「ねぇ。あたながタイへ行くのはいつ? 予定はあるんでしょ?
 私とヒースを案内なさい」

突然掛ってきた国際電話。
こんな唐突な話を切り出すのは。。。そうMだ。

案内なさいって。。。そんな頼み方があのかよ!
と内心ムッとした。

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Mとは数ヶ月連絡を取り合っていなかった。

Mが途中で放り投げてしまった雑貨屋とキャンディの事で言い合いに
なってしまい、少し距離が出来てしまっていた。

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キャンディが警察に連行されてしまったと聞いたあと、私はMの携帯
へ電話した。

Mは何事も無かったかのような口調で
「時間を作るわ。食事しながら話をしましょう」
とディナーをしながら話をすることになった。

場所はホテル内にあるレストラン。

キャンディと初めてランチした、市内にある外資系ホテルのレストラ
ンだった。

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「M、なんだよ。あれじゃビジネスにならないじゃん!全然連絡取れ
 ないし、仕事はほったらかし。キャンディの事も全然面倒見なかっ
 たんだろ?」

やや強い口調で私はMを問い詰めた。

「キャンディねぇ~。私も見る目がなかったわ。あんな馬鹿な子だと
 は思わなかったわ。あなたにも迷惑をかけたわね」

「そうじゃないだろう!キャンディはちゃんと仕事をしていたんだよ
 !店をほったらかし、売れている商品の手配もしない。あのアパレ
 ルブランドだった、もう少しで口説けた筈だよ。これまで協力して
 くれてた日本企業にもどう説明したら良いんだよ。出来ないなら出
 来ないって」

そこまで言って時だった。

バシーン!

Mがテーブルを強く叩き
「おだまりなさい!ここは台湾よ。そして私はM。外国人のあなたに
 何かを言われる筋合いなんてないわ」

腹が立った。

ヒースの反対を押し切り立ち上げた事業。

販売員としての人気と地位を確立していたキャンディに声をかけたに
も関わらず、彼女の人生をぶちこわしてしまった責任を感じてないと
いうのか?

キツい目で私を睨み付けるM。
私も視線を外すことなく睨み返した。

私のことはともかく、キャンディの人生をぶちこわしておいて、彼女
を馬鹿扱いしたMが心底憎らしかった。

自分の事を押えられず、何かを言おうとした瞬間だった。

「そこまだにしろ!」
今度はヒースがテーブルを叩いた。

初めて聞いたヒースの大声だった。

「今回の件は申し訳なかったよ。Mは。。入院してたんだ。過労が原
 因で倒れてしまったんだよ」

ヒースが連絡が途切れ途切れだったことや仕事を進める事が出来なか
った事を詫びながら、当時の状況を説明してくれた。

そしてキャンディに対しては自分の責任を認め、訴訟は起こさず、穏
便に済ませることを約束してくれた。

怒りの炎で燃えていた私の心が静まっていく。
Mの表情も少し緊張から解放された様子だった。

「じゃあ、そう言ってくれれば良いのに」と私が言うと
「私が倒れたなんて言える訳ないわ」とMが反論。

少し冷静な口調で
「キャンディの事を馬鹿だなんて言うもんじゃないでしょ。Mの話に
夢を乗せて移籍してくれた子を。。。馬鹿だなんて」

「我慢が足らないのよ。台湾人の悪い癖だわ」とM。
「私の評判をどうしてくれるのよ。あの子のせいで私のプライドが傷
 ついたわ。この顔に泥を塗ったのよ」と続けたM。

「Mのプライドの問題じゃないだろ!これはビジネスだろ!自分の事
 ばかりじゃなく、従業員やスタッフ、関係しているパートナーたち
 の事も考えてくれよ!」
と再び私はヒートしてしまった。

Mは自分の指で耳を塞いで目を瞑った。
私の話は聞きたくない。。。という意思表示なのだろう。

Mの子供じみた態度には本当に腹が立ったけど、もう感情を言葉にす
ることは止めた。

何を言っても無駄だ。
そう感じた。
そしてMに対して失望した。


入院していたならそう言って欲しかった。
「台湾に来て手伝って欲しい」そう言ってもらえたなら、私は喜んで
台湾へ飛んでいただろう。

Mの店舗でキャンディの後方支援くらいは出来た筈だし、入院中のM
や看病をしていたヒースと連絡を取り合いながら、日本へのオーダー
も進められた筈だ。

すでに無くなってしまったビジネスだけど、やり切った感覚がないま
まに終わってしまった仕事に未練を感じていた。

反面、Mが途中で仕事を放り投げた訳ではないことが分かり、少し安
心した。

クセのあるMだけど、信頼はしていたし、尊敬もしていた。

でも、その日はお互いに強い口調で言い合ってしまい、ギクシャクし
た空気の中で食事を済ませ、別れてしまった。

それから数ヶ月、お互いに連絡を取り合うことはなかった。

もう会うことはないかも知れない。
まぁ、それならそれでも良いかな。。。と思いながらも、ヒースから
のメールやMからの電話を待っていた。
心の片隅で。。。


そこへ掛ってきたMからの電話。

Mに対する反発と懐かしさが心の中で巻き起こった。

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「タイへ?タイへ何しに行くの?バケーションのお伴ならお断りだか 
 らね」と言うと

「何馬鹿な事を言ってるの?仕事よ」とM

「仕事?タイで何をするの?台湾の仕事もあるだろ?」
「台湾の仕事はもちろん継続するわ。でも、私とヒースはこの台湾マ
 ーケットからは一線を引くわ」

「会社はどうするの?」
「継続するわよ。スカイの事、覚えてるでしょ?彼はもう立派に成長
 した。彼を社長にして国内のマネジメントを任せるのよ。そして私
 とヒースは東南アジアにその拠点を移し、新しいビジネスにトライ
 するのよ」

スカイ。
Mの会社で営業を担当している社員。
若手のまとめ役。
従業員からの信頼はもちろん、取引先からの信頼も絶大だった。
あいつなら出来るだろう。
もしかするとM以上に会社を大きくすることが出来るかも知れない。


「新しいビジネスって。。。」
私の脳裏にはあの雑貨ビジネスの事が過ぎった。
入院していたとは言え。。。出来るのかよ?
と思う反面、Mなら何かやってしまうかも知れない。
そう思わせるだけのカリスマ性がMにはあった。

「とりあえず俺に出来ることなら何でも協力するけど。。。来月タイ
 へ飛ぶ予定があるから、予定を合わせてもらえるなら。現地集合で
 良いでしょ?」
「もちろんよ。詳細はヒースにメールさせる。あなたのスケジュール
 をヒースにメールして。すぐにチケットを取るわ」

「あぁ。分った。ヒースには連絡しておく」
「うふふ。ありがとう。やっぱり頼りになるわね。私たちのビジネス
 に興味があれば協力しなさい。今度はちゃんと儲けさせるから」

「話半分に聞いておくよ。現地では俺も仕事があるんだから、そこは
 理解してくれよ」
「もちろんよ。でも、あなたの仕入先を一緒に回りたいし、現地の製
 造業や海運会社なども紹介して」

「タイからの輸入を考えてるってこと?」
「現地での生産も含めて、タイでの展開を考えてるのよ」

まだ具体的な事が思いついていない様子。
まずは現地を見て「出来る」「出来ない」の判断をするのだろう。

「分ったよ。タイの仲間や仕入先は紹介する。でも、絶対に彼らに迷
 惑をかけないでくれよ」と念を押すように言った。

「迷惑って何よ。私を誰だと思ってるの?」と冗談交じりに返してき
たMだった。

「ははは。Mは変わらないな」
「そうよ。私はわたし。変わりようがないわ」
相変わらずのM。

短いやり取りだったけど、少しだけ以前の関係に戻れたような気がし
た。

Mの話に飛びつくことはないし、パートナーシップを結ぶにしろ、前
回の経験から少し慎重に、そして距離を取りながら関係を維持してい
こう。これから先、また良い話、良い縁に恵まれたなら、その時はま
た改めて、パートナーとして一緒に仕事が出来れば良いのだから。

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そして翌月。

私は日本から。
Mとヒースは台湾から。

待ち合わせ場所であるタイの首都バンコクへ飛んだのだ。

つづく



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