キャンディ 1


「ねぇ。私、日本の服や雑貨を売る。そんな店にトライしようと思うの。
 あなた、強力しなさいよ。あなたも儲けられるかもよ」

そう言ってウィンクしたのはMだった。

本業はアパレル。
なので目の付け所は悪くない。

でも、彼女が手がけているのは男性向けブランド。
社員、スタッフを増員。
乗りに乗っているこの時期に、新しい事にトライしたい。

Mの気持ちは理解出来た。

「いいけど。。。女性向けの店を立ち上げるの?」
「ええ、そうよ。若い世代の女性に向けた事業を立ち上げるの」

Mの頭の中にはボヤ~としたイメージしかなかった。

横でMの話を聞いているヒースがオフィスの天井を見上げて両手を広げる。
賛成しかねるという意思表示だ。

「ワイフ。良く聞いてくれ。俺たちには若い女性向けのビジネスを展開す
 るノウハウなんてないだろう。マンパワーだって足りない。今、我々の
 ビジネスが順調だ。この事業1本で進むべきだ。新しいトライアルはも
 う少し先にすべきだよ」

「あなた、何を尻込みしてるのよ!私たちがモタモタしてたら、他の誰か
 が同じ事を始めてしまうわ!」
Mの言葉には焦りとトゲがあった。

いつも冷静で慎重なヒース。
指摘が的確だった分、Mは頭に来たのかも知れない。

「ワイフ、冷静になれって。現状では無理だよ」
「話にならないわね!」とバッグを肩に掛けて席を立つM。

「さぁ、行きましょう」
「行きましょうってどこへ?」
「店舗を探しに行くわよ。そして働いてくれるスタッフもね」
「いっ、今から?」
「そうよ。何をボヤッとしてるの。行くわよ」

私がヒースに視線を向ける。
ヒースはたばこに火を付けながら笑顔を見せる
「悪いな。一緒に行ってやってくれ」
そう言っているような感じがした。

巻き込まれた。。。

プライベートでは仲の良い夫婦で一緒に食事を作ったりもするけれど、
ビジネスではこうして時々意見が衝突する。
そして私は板挟みになる。

今回も最終的にはヒースが折れるんだろうなぁ~

そう思いながらMがエンジンを掛けた車に乗り込んだ。
そして街の繁華街へ向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当然のことだけど、その日は具体的な収獲はない。

でも、Mの仕事に対する情熱。。というか執着は物凄いものがあった。

良さそうな立地にある店を見つけると車を止めて、店に入る。

そして「ねぇ、この店、私に譲る気はない?」と躊躇なく話を切り出す
のだ。

営業している店にとっては何とも失礼な振る舞い。

あとで
「ねぇ、なんであんなことを聞くの?失礼なんじゃない?」と聞くと。
「経営なんて表から見るのと裏から見るのとでは全然違うわ。理由は
 様々だけど、閉店を考えてる、考え始めてるという人は多いのよ。
 特に浮き沈みの多い台湾ではね」

聞かなきゃ何の分らない。
聞くだけ、話をするのはタダだから。。。確かにそうかも知れない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

数ヶ月後、再び台湾へ行く機会に恵まれた私。

Mから電話で連絡を受けた。

「人通りの多い場所にある物件があったわ。一緒に見に行かない。も
 っとも、もう押えちゃったんだけどね」とM。

「もう押えちゃったって。。。まだ何を売るかも決めてないのに?」
「えぇ、そうよ。ヒースはカンカンだけど。。。ウフフ」

ウフフじゃないだろう。。ヒースが怒るのも無理はない。

「スタッフとして来てくれそうな子も見つけたわよ。今日は彼女と軽
 く食事するの。だからあなたも来て」

私のスケジュールが勝手に埋まっていく。。。いつものことだけど。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

午前11時にMの車が私の宿泊しているホテルに到着。

「例の子とは12時から○○ホテルでランチするの。予約はしてある
 わ。その子、この街ではちょっと有名なスタッフなのよ」

「へぇ~。来てくれそうなの?」
「分らないわ。彼女が働いている店の売上は相当なもの。お客のほと
 んどが彼女に憧れていて、彼女のようになりたくて店に来る。お給
 料も良いでしょう。オーナーもそう簡単には手放さないと思うわ」

Mの車が止まる。
「ここよ」とM。

人通りのある店舗だった。
たまたま見つけた空き物件。
すぐに借り手が見つかってしまうと思ったので、即断即決。すぐに契 
約を交わしたそうだ。

常に人が歩いている。
「夕方から夜にかけては学生たちがたくさん買い物に来る通りよ。タ
 ーゲットドンピシャよ」

Mが展開しようとしている日本の衣料品や雑貨。
台湾の学生達は大好きだ。
ビジネスになるかも知れない。。。そう思った。

「来週から店舗の内装工事が始まるわ。ねぇ、日本から商品を送って 
 ね」
「えっ?送るって。。。何を売るのさ?ミーティングもしてないじゃ
 ん」

「大丈夫よ。何でも売ってみせるわ」自信満々のMだ。
向かうところ敵無しの快進撃を続けていたM。
そう言い切れるだけの自信と確信があったのだろう。

しかし。。。。
何でも良いから送ってってのは。。。ビジネスなのだろうか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「車に乗って。スタッフとして迎える子とのランチに行くわよ」
「あっ、はいはい」

もう完全にMのペースだ。

意外と慎重なMが運転する車は市内にある外資系ホテルに到着した。

ホテル地下にある駐車場に車を止めて、エレベーターでロビーフロア
へ上がった。

エレベーターのドアが開く。
Mと2人でフロアに出た。
辺りを見回すM。
そして「ハ~イ!」と笑顔で大きな声。

ロビーにいた人達が一斉にこちらに視線を送る。
ひやぁ~、みんなこっちを見てるじゃん。
恥ずかしいしな~。。。

そして1人の女性が笑顔でこちらへ向かって歩いてきた。

「待った?ごめんね」とMが親しげに話しかける。
「いえ。それほどでも。」と笑顔の女性。

台湾人っぽくない彫りの深い顔。
目や鼻のパーツに南国情緒を感じてしまった。
綺麗だ。

「こちらが私の日本のパートナー。彼が日本から衣料品や雑貨を送
 ってくれるのよ」
「初めまして」と女性が静かな口調で挨拶をしてくれた。
「初めまして。よろしくね」と挨拶を返す私。

「さぁ、ご飯にしましょう」とM。
ホテル内にあるレストランへと向かった。

大人しいけど、笑顔を絶やさず、気品があって台湾人っぽくない顔
立ち。
立ち姿や歩き方も美しい。

きちっとしているけど、押しつけがましくなく自然な感じだ。

仕事も出来そうな感じだ。

これは女性からの支持もあるだろうなぁ~。

レストランのスタッフに案内され、我々3人は席に付いた。

果たして彼女はMの話を受け入れてくれるのか?
Mは彼女を口説けるのか?

楽しみになってきた。

つづく


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です