台湾のキング 2

ある日のこと。
私は彼の商売が終わる頃に彼の店に行き、一緒に後片付けをした。


「へっへっへ。今日は結構儲かったんだよ」とピーナッツ。

「お~。良かったな!」

普段の倍ほどの売上があり、上機嫌のピーナッツだった。

「今日は飲むぞ~~~!お前も来いよ。付き合ってくれよ。もちろん
 俺の奢りだよ」
「おい、せっかく儲かったんだから、ちゃんと資金をプールしておけ
 よ」

「何言ってんだよ!こんな端金で俺が喜ぶと思ってるのかよ!俺はな
 もっともっと儲けるんだ。儲ける才能ってものがある。お前には分
 らいないだろうけどな(笑)凡人よ天才の誘いを断るなよ!」

1人気勢を上げていた。
よほど嬉しかったのだろう。

片付けが終わり、店の鍵を閉め、彼のバイクの後ろに乗る。

行き先はいつもの屋台だった。

安くて美味しい評判の屋台。
品数も多く、時々ピーナッツと一緒に食事する、私も好きな店だった。

上機嫌のピーナッツは普段より多くの料理をオーダーした。

そしてビールとウィスキーも。

「おいおいピーナッツ。こんなに食べられないだろう。俺たち2人だぞ」

「いいのいいの!今日は儲かったんだ。俺の奢りだよ。だったら文句な
 いだろ?」

ピーナッツは食事より酒。
私は酒より食事。

こんな2人だから相性も良かったのかも知れない。
しかし今日は料理が多すぎだ。料理担当の私の胃袋には収まり切らない
ぞ。

冷えてないビールの栓を抜き、氷の入ったグラスにドクドクとビールを
つぎ込ぐピーナッツ。
泡がグラスからダボダボと溢れる。
美意識の欠片もない。

「カンパイでしょ!」
大きな声でグラスを持ち上げるピーナッツ。

このフレーズがなぜか台湾人の間では浸透していた。

「はいよ」

まずは1杯。
ビールが苦手な私はここまで。
あとはコーラを注文だ。

そして食事。

サラダやエビや魚の海鮮料理。
チャーハン、餃子にステーキまで。

どれも美味しい。

むしゃむしゃと食べる私をビールを飲みながら楽しそうに見ているピ
ーナッツ。

「ビールはもういいや。ウィスキーを開けるぞ!」

すでに酔いが回っているピーナッツ。
普段と比べても飲むペースが早い早い。

「おい、明日も仕事だろ?店を開けるんだろ?もうその辺にしとけよ」
と私は注意した。

「何だと~。俺を誰だと思ってるんだ」
酔い始めたピーナッツ。

「ピーナッツだろ。弱虫ピーナッツ」
そんな風にしてピーナッツをからかう。

「弱虫だと~!俺はな、この台湾のキングだ!王様だぞ!!臆病者な
 んかじゃない!台湾にいる全ての人間が俺にひれ伏すんだぞ!」

「ハイハイ」
はた始まってしまった。

お調子者のピーナッツ。
酔うと胸を張る。口から出る台詞が芝居じみてくる。
段々手に負えなくなってくる。

普段より飲むペースが早いピーナッツ。
短時間の間でベロンベロンになってしまった。

「おい。そろそろ帰ろうぜ!」
ちょっとキツい口調で帰宅を促した。

「もう帰るのかよ~。付き合いが悪いな~日本人!」

「だって、もう夜中の12時だぞ」
「本当かよ?俺の時計はまだ10時だぞ」

「遅れてるんだろ、その時計。どうせ屋台で買ったコピー品だろ」
「そうかな。もう壊れちゃったのかな?」とピーナッツが腕時計と
睨めっこ。

ピーナッツの時計は合っていたけど、このまま深酒すると明日の仕事
に支障を来す。と言うか、ピーナッツは店を開けないかも知れない。

「オヤジ~!もう帰るから会計会計!幾ら~~?」

ピーナッツがそう言って椅子から立ち上がった。。。。ヨロけた!

危ないな、こりゃ!

「ピーナッツ。お前、大丈夫かよ?」

「大丈夫だ!俺を誰だと思ってるんだ。俺様は。。」
「はいはい。台湾のキングだろ。飲み過ぎだよ。タクシーで帰れ。
 俺は歩いて帰るよ」
私は店のおじさんにタクシーを呼んでもらおうとしたのだが。。。

「おい。帰るぞ!俺が送ってく。早く後ろの乗れよ!ノロノロ日本
 人!」

酔っ払ったピーナッツはすでにバイクのエンジンを掛けてしまって
いた。

「そんな危ないバイクに乗れるかよ!殺す気かよ!」と怒鳴りつけ
ると

ブーブーブーブー!!!!

屋台の店先でバイクのエンジンを吹かし始めるピーナッツ。
爆音と排気ガス。
店のオヤジや屋台に来ているお客さん達も不機嫌な顔でこちらを睨
みつけている。

「分った分った!お前のバイクに乗るからエンジン回すなよ!」

「分ればいいんだよ。さっさと俺の、台湾キングの俺様のバイクの
 後ろに乗れ!」

周囲の人達の表情など一切眼中にないピーナッツ。
満面の笑みだ。
そして寄っている。

「コケたら終わりだな。。。」
そう思いながらピーナッツのバイクの後ろに乗った。

走り始めるとユラユラしながらもゆっくりと進むバイク。
少しは気をつけて走っているのかな?

「さぁ、答えてみろ?俺様は誰だ?」
「はいはい。台湾のキングです」

そう答えると
「そうだ~俺様は台湾のキング!王様だ~~~!」
雄叫びを上げるピーナッツ。

酔った勢いでスピードが上がる。
そしてゆらゆらし始める。
怖っ!
俺、今夜死ぬのかな?

そんな私の気持ちなど微塵にも感じていないピーナッツは更にバイ
クを加速した。

「俺はキング!台湾のキングだ~~~!」
雄叫びを上げる台湾のキング。

と、その瞬間。

ウ~~~~~~。
赤色灯を回したパトカーが私たちの後ろからスピードを上げて迫っ
てきた。

「そこのバイク!止まりなさい!」
スピーカーで停止を呼びかけられた。

これはヤバいぞ!
酔っ払ったピーナッツ。
バイクを止めずに逃走するかも。。。。と思っていたら、ピーナッ
ツはバイクの速度を落とし、路肩に停車した。
案外従順だ。

パトカーからは厳つい警察官2人が降りてきた。

「お前、ヘルメットを取れ。うん?酒臭いぞ。バイクもふらふらし
 てたし。。。酒を飲んで酔っ払ったまま運転してたな?」

大きな身体から発する大きな声。
物凄いプレッシャーだった。

酔っているピーナッツ。
警官に楯突かなければ良いのだけど。。。

「すっ。。。すみません。酔ってます」
蚊の鳴くような小さな声で、ピーナッツがそう答えた。

「お前、かなり飲んでるだろ?」
「すみません。もう帰るところなんです。見逃して下さい」

「そうはいかないよ。俺たちは警察官だ」
「そっ、そこを何とかお願いしますよ。もうしません。もうしない
 から~」
半泣きだった。

さっきまで「台湾のキングだ!」と雄叫びを上げていた男の背中は
丸まっていた。
声、小っさ。。。。

「お前、これから警察署に行くぞ。」
強い口調。そして強引にピーナッツの腕を掴む警察官。

「ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。もうしません、今日だけ。。今日
 だけは見逃して下さい」
ペコペコ頭を下げるピーナッツ。

おいおい、台湾の王様!

「そんな事出来る訳ないだろ。詳しい話は署で聞く。ほら、パトカ
 ーに乗れ!」
大声で命令する警察官。

「勘弁して下さい。お願いします。お願いします。もうしませんか」
台湾の王が。。。

「本当にごめんなさい。勘弁して下さい」
頭をペコペコ

「家に帰して下さい。もうしませんから」
何度も下げる

台湾のキングの。。。いやいやピーナッツの醜態をしばらく眺めてい
た私だったけど、あまりの情けなさに身体が動いた。

警察官に近寄り

「あのう~。私は彼の友達です。彼、酔っているので、私も同行し
 ます」
私が警察官にそう話しかけてみた。

「一緒に飲んでいた責任もありますし。。。」
私がそう付け加えると。

「あなたは日本人ですね。発音が台湾人のものではない」
「はい」
「お仕事でこちらへ?」
「はい。そうです」

台湾のパトカーに乗るのも良い思い出になりそうだ。
警察署には知人の警官も何人かいるし、事態収拾の為に親友のチェン
に連絡を取れば彼が警察署長に掛け合ってくれるだろう。

そんな事が頭を過ぎっていた。

「いや、あなたは結構です。お帰り下さい」
「えっ?でも!」

「歩いて帰れますか?タクシーを呼びましょうか?」
「いや、近くなので歩いて帰れるのですが、、、彼が心配なので私も」

「いや。あなたは帰りなさい」
厳しい口調の警察官が私をにらみつけた。
これは温情だ。これ以上刃向かうなよ。
そんなメッセージが読み取れた。

「はぁ。。。」私はそう答えるしかなかった。

泣き出しそうな顔の台湾キング。
「乗りたくない。乗りたくないです。パトカーになんて。。。」
「さぁ!乗りなさい!」

「嫌です。警察署になんて行かないです!」
「言う事を聞かないと逮捕だぞ!」
「も~~~。なんで飲んじゃったんだろ~~~」
泣き出す寸前だ。

可哀想なピーナッツ。
でも、可笑しかった。
気が付いたら笑いを堪えるのに必死になっていた。

台湾の王様が警官に捕まった途端に声が小さくなり、背中が丸まり、泣
き出しそうになっている。

抵抗虚しくパトカーに乗せられたピーナッツ。
ピーナッツのバイクはもう1人の警官が運転して警察署に行くようだ。

警官は私に敬礼し、ピーナッツを載せて警察署へ。。。


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ピーナッツはその日のうちに釈放された。

彼の父親の友人は警察関連に顔が利いたらしい。

酔っ払い運転程度なら「許してやって」の一言で何もなかったことになる
ようだ。

あの時のピーナッツの表情。
警察官とのやり取り。
その辺のコントよりよほど面白かったなぁ~。

今でも時々、あの時の事を思い出す。

台湾のキング
ピーナッツ。

元気にしてるかなぁ

“台湾のキング 2” への2件の返信

  1. 台湾の屋台でワイワイと楽しそうですね〜!!
    「俺のお金で奢るんだからいいだろ!」って、思いっきり注文して、上機嫌の友人と飲み食いするの、いいなぁ!!

    台湾の警官の方から、温情配慮が受けられて良かったです。

    お友達も、飲酒運転だけは、頂けないですね!

    再会したら、本当に「台湾の王」?!になっていたりして!!✨✨

    1. うさぴょん さん

      うわぁ!
      こちらへも来ていただいたのですね!
      とても嬉しいです

      なかなかコメントを残して下さる方がいなくて寂しい思いをしてました(笑)

      台湾人は客人をもてなす気持ちが強いので、どこへ行っても外国人の私には
      絶対に負担を掛けさせないよう配慮してくれます

      飲酒運転は本当になくなって欲しいです
      私も台湾の友人を1人亡くしてしまいました

      ピーナッツは店を廃業してから姿をくらませてしまったのですが、風の噂では
      保険の外交員をしていると聞いています
      王様の器ではないのですが(笑)、元気に暮らしていてくれたらそれで十分で
      す。

      ありがとうございました

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