久々に訪れた台湾。
そしてチェンとの再会。
その夜に開かれた私の歓迎会は街の警察署に勤務する
警官達の集まりだった。
大声を張り上げながら歌う警察官たち。
肩を組み、左右に揺れながら台湾の古い歌を歌って
盛り上がっている。
ウィスキーなども用意されていたけど、ほとんどの人が
ビールを飲む。
台湾ビールが人気。
当時はビールをトマトジュースで割る飲み方が流行って
いた。
「これを飲むとゲップが出ないから」とチェンは話して
いたけど本当なのかな?
飲んでも飲んでも、飲み干しても。。。。ビールが次から
次へと運ばれてくる。
顔色ひとつ変えずに飲み続けている者。
べろんべろんになっている者。
大声で冗談を言い合っている。
賑やかな場だ。
「日本朋友!」とガラスのコップとトマトジュースで割っ
たビールが入ったピッチャーを持ってくる警官達。
仲良くしたいけど、そんなに飲めない!
「カンパイデショウ!」(乾杯という日本語を知っている台湾人は多い)
と誰かが私の肩を叩く。
振り返るとチェンの元教え子だ。
「無理だよ。飲めないよ。」と日本語で言いながら、両手
を彼の前に尽きだし、飲めないアピールをした。
「カンパイデショウ!ダイジョウブ ダイジョウブ!」
さっきまでキリッとした表情だったのに。。。。完全に酔
ッ払っている。
全くの別人になっている。
怖っ!
仕方ないなぁ。。。と彼が手に持つグラスを受け取り、ビ
ールを一杯飲み干す。
「一気!一気!一気!」彼が騒ぎ始めた。
逃げる私、追いかけてくる彼。
警官達は大爆笑だ。
最後は捕まり、2杯一気させられた。
ったくも~~~。
2時間ほどが経過したとき、署長が手を叩き、何か大声で
叫んだ。
警察官達は歌うのを止め、騒ぐのを止め、署長の言葉に耳
を傾けた。。。相変わらず大音量のカラオケは流れたまま
だった。
「はぁ~、ようやく終わるみたい」とチェン。
楽しくて嬉しいけど、大音量が鼓膜を襲い、大声での会話。
普段は飲まないビールを飲まされて、ちょっと疲れていた。
「疲れたんじゃない?」とチェンが聞いてきた。
「そうだね~。でも、嬉しかったよ。初対面の人ばかりだ
けど、こんなに盛大な飲み会を開いてくれて。」
チェンが笑顔を見せた。
再び署長が大声を出すと、いままで部屋でお酒をついでい
た女性スタッフが部屋から出ていった。
チェンが「ママを呼びに行ったんだよ」と通訳してくれた。
会計だ。
台湾では客人には絶対にお金を払わせない。
ほとんどの歓迎会ではチェンが支払いをしている。
今回もチェンが財布を手に取った。
これだけの大人数が飲みっぱなし。
たくさんの空き缶が部屋のあちらこちらに転がっている。
一体、代金は幾らになるのだろう。
いつもいつも会計してくれるチェンに申し訳ない気がして
きた。
突然、警察署長が大声でチェンに何かを言っている。
チェンが何かを言い返す。
喧嘩ではなく、この場の支払いをどちらが持つかの押し問答
のようだった。
台湾では割り勘の習慣はなく、その場にいる年長者や裕福な
者が支払いを受け持つ。
メンツがあるので支払いを渋ることはなく、気前よく財布か
らお金を出す。
何回かのやり取りのあと、チェンが「謝謝」と言って財布を
仕舞った。
「今夜は署長が場を仕切ったから払わなくていいって言うん
だよ」チェンが申し訳なさそうな表情をした。
私も署長とは面識がないのになぁ~。
私も申し訳なくなってきた。
部屋のドアが開いた。
店のママさん登場した。
綺麗な黒いドレスと束ねた髪。
とても雰囲気のある人だった。
署長の横に座る。
署長が大きな声で周囲に聞こえるよう何かを話し出した。
他の警察官たちは黙って署長の言葉を聞いている。
ママもこくりこくりと何度か頷いていた。
「 OK !」
と話を切り上げた署長が立ち上がる。
頭を下げるママ。
署長が部屋を出る。
他の警察官達も後に続く。
あれ?
支払いは????
もしかすると今夜はツケにして、後でママが警察署に行って
集金するのかな?
そんな私に向かいチェンがこちらに顔を向けながら話し始めた。
「お金、払わないみたいだ」
えっ?
お金を払わない????
あれだけ飲んだビール代を。。。払わない????
どういう事なんだ????
「払わないの? どうして?」
と私が聞くとチェンが会話の内容を話してくれた。
台湾の飲み屋さん、特にちょっと高級な飲み屋さんは地元の極道
につけ込まれたり絡まれたりすることが多いそうだ。
それを避ける為に極道者のボスに月々お金を払ったり、接待した
り結構な手間とコストが掛かる。
詳しくは知らないが、以前の日本も同じような習慣があったのだ
ろうか?
でも、「この店は警察署長が通う店」との評判が広がると、極道
達は店に来ない。
要は「俺がこの店を守っている。その俺が支払いをする必要があ
るのかい?」とのやり取りをしていたようだ。。。。
なんともエゲツない。
台湾では
極道は「黒道」
警察は「白道」
と呼ばれ、どちらも同じようなものだと皮肉交じりに語られる事
がある。
「ここは台湾。こういうもんなんだよ」とチェンが申し訳なさそ
うな表情を浮かべた。
2人で店を出ると署長を始め、他の警官達が我々を待っていた。
「謝謝」と私がお礼を言うと笑顔を見せた署長。
お迎えのパトカーが来ていた。
「チェン、送ろうか?」と署長が声を掛けると
「いえ、車があるので大丈夫です」とチェンが答えた。
普通に答えているけど、チェンも相当飲んでいた。
教師が酔っ払い運転。。。
「そうか。じゃあお先にな。日本朋友!再見!!」と署長が別れ
の挨拶をしてくれた。
「再見 台湾朋友!」と答えると「ワッハッハツ!」と大声で署
長が笑っいながら迎えのパトカーに乗り込んだ。
周囲にいた警官達が「この日本人、署長相手に冗談言ったぞ」み
たいな顔をしていた。
署長を乗せたパトカーがゆっくりと走り出す。
我々全員でそのパトカーを見送った。
プライベートな飲み会なのに送り迎えはパトカー。。。。
ちょっと乗ってみたかったかも。
と、突然後ろから「ダイジョウブデスカ!」と背中を叩かれた。
「痛っ?」と振り返るとチェンの元教え子がいた。
相当に酔っていて、足下がふらついている。
しかも声がデカい!
力も強い!
大丈夫ですかって、お前が大丈夫じゃないじゃんか!
元教え子がチェンを会話を交わし、敬礼をした。
1人では歩けない状態だ。
仲間のバイク。。。これも警察のバイク。。が彼の近くに止まり、
仲間の警官が彼をバイクの後部座席に座らせた。
飲み過ぎて身体がグニャングニャンで危ない。
「ダイジョウデスカ!」
この台詞を何回も繰り返している。
もう行け行け!
とチェンが促すと、彼をバイクの乗せた同僚がチェンに挨拶をす
る。
彼もかなり酔っているけど大丈夫なのかな?
まぁ、チェンの元教え子よりは飲んでないから。。。大丈夫な訳
ないな。。。
べろんべろんに酔った警察官を乗せたバイクが走り出す。
しかもヘルメットを被ってない。
警察に捕まったらどうするんだろう?
酔っ払い2人を乗せたバイクが走り去って行く。
「チェン、あの2人、大丈夫かな?ちゃんと家に帰れるか心配だ
よ」と言うと、チェンが笑い出した。
「なんで笑ってるの?」
「ははははは。彼ら、これから出勤だよ。夜勤担当なんだってさ」
はっ???
仕事に。。。。ならんだろう。。。。
今では台湾の道路交通法が厳しくなり、ヘルメットを被らないと
すぐに逮捕されてしまうけど、当時の台湾は大らかだった。
でも、交通事故が多かったので、たくさんの命も失われていた。
チェンの教え子であり、私の友達だった人も亡くなっている。
それ以来、チェンと彼の友人知人たちは酔っ払い運転をしなくな
った。