母の赤飯 2

赤飯を作る決意をした母。
少し不安を抱えつつもリトライしたい気持ちの方が勝っている様子が表情から見て取れた。

体調が回復し畑にも一人で行くようになり近所の人たちに声をかけたりお手伝いをして感謝されたり。
少しずつゆっくりと母の心と身体が整ってきていた。
リトライするには良いタイミングだったのだろう。
母本人も「今ならもしかして。。。やれるかも」
そう思えたのだろう。
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私は母と行きつけの米屋に行きもち米などを買い求めた。

食材を選んでいるときの母の表情は活き活きとしていた。
「これとこれ。。。こっちの方が良いかな?」
「うん。これでいいんじゃない?」

母の買いたいものをカゴに入れ店の中を歩く。
買い物をしている間、母は赤飯の話ばかりしていた。
(その話、さっきもしてたよなぁ~)なんて思いながら
私は母の話を聞いていた。
高齢者あるあるですよね(笑)
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翌日いよいよ赤飯作り。
約1年降りになる母の再挑戦。
見届けたかったけど私はヨガの練習があったのでスタジオへ向かった。

玄関で靴を履いている私に
「じゃあやってみるよ。失敗したらごめんね」と母。
靴を履きながら
「失敗したっていいじゃない。多分大丈夫だと思うよ」
と私は答えた。
「行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
私は玄関をあとにした。
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「出来上がったよ。赤飯、出来上がったよ」
夕方帰宅すると母が台所から大きな声をかけてきた。
(ちょっ、ちょっと待ってよ。まだ靴を脱いでないんだけど。。。💦)
私が家に上がるのを待っていられなかったのか母が玄関近くまで歩いてきていた。
手には箸。
箸の先には赤飯が乗っている。
「ちょっと水の量を間違えちゃったよ。久々だったから勘が戻らなかったよ」と母。
「どれどれ」と私は手の平で赤飯を受け止め口に運んだ。

「おっ、美味しいよ。ちゃんと炊けてるよ!」
確かにちょっと水分を含み過ぎている感じはしたけど美味しい赤飯が炊き上がっていた。

母の顔が明るくなる。
「そうかい?大丈夫かい?」
「うん。大丈夫だよ。美味しいよ」
「良かった」
「うん。良かった」
安堵した母。
その母の表情を見て私は安心した。
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辛かったと思う。
結婚する前から得意だった料理が作れない。
なんでだろう?
火加減?
水分量?
米が悪いのか?
いや、全部自分が悪いんだ。
すぐに自分を責めてしまう癖がある母。

自分を責める悪いループにはまったまま抜け出せなくなり、
もがけばぼがくほど底なし沼にはまってしまう。

母が体調やメンタルを崩した際に何度も見てきた光景だ。
普段の生活でも何か失敗すると全て自分のせいだと思い込
んでしまうことが多々ある。
これは母の思考の癖なのだろう。
生まれた家庭や育ってきた過程で知らず知らずの間に身に
つき沁み込んでしまった厄介な癖で本人も気が付いていな
いのかも知れない。

そして得意料理だった赤飯に失敗した出来事は母に暗い影
を落としていたと思う。
もう料理も作れない。
自信喪失でありある意味自分の存在価値を疑うような傷を
残してしまっていたのだろう。
とても辛かったと思う。

母がもう1度赤飯を焚く決意をし、その決意を私に伝えて
きたとき私は何も否定しなかった。
母には100%の自身は無かったと思うけど私は母を信じ
た。
心配するより信じることが大切だと思ったから。

人は何度でも立ち上がることが出来る。
と言い切ることは簡単ではない。
でも本人が再び立ち上がる意志を見せたのなら周囲の人間
は側で暖かく支える存在でありたい。

再び赤飯を焚けるようになった母は年末にもう1度練習し
年始に遊びに来る妹夫婦と妹の義理のご両親へ赤飯を焚く
計画を立てている。

もう80歳を超えた母ですが赤飯以外にもこれまで作った
ことがなかった料理に挑戦するようにもなりました。

トラウマから立ち直った人間は更に高見を目指した成長を
遂げると言われています。

これから母がどんな成長を遂げるのかとても楽しみです。
側で眺めていたいと思う。

読んでいただきありがとうございました

母の赤飯 1

「どうだろうね?美味しいかな?」
不安げな表情を浮かべた母が箸でつまんだ赤飯を持って
私の近くへやってきた。
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赤飯は母の得意料理のひとつ。
親類やご近所さんにも評判で妹の嫁ぎ先のご両親はいつ
も母の赤飯を楽しみに待っていてくれるほど。
もちろん私も小さなころから母の作る赤飯が大好き。

そんな母が昨年赤飯作りで大失敗をしてしまう。
「もう1回作ってみれば?たまたま上手くいかなかった
だけだよ」と励ます私の言葉を信じて再度挑戦。。。
が結果は同じだった。
何度か作ってみたけれど以前の赤飯は帰ってこなかった。
「なんか。。。ダメ。作れなくなちゃったよ」
肩を落としてそう言った母。
かなり落胆している様子だった。
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昨年(2022年)
母は突如体調を崩しその影響でメンタルバランスも崩し
てしまった。

病院を何か所か変えたくさんの検査を受けたけど結果は
良好。特に問題はないとのことだった。

数カ月後に体調は徐々に回復していったがメンタルが追
いついてこなかった。
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「お母さんの赤飯。また食べたいよ」
妹からの電話に
「うん。じゃあ作ってみるよ」と母が答えた。
でもちょっと躊躇している様子。
また失敗してしまうのではないか?
そんな不安が母にはあったと思う。

体調を崩し台所に立たなくなってしまった母の調子が回復
しつつある中で何か出来ることをして自信を回復させたい。
妹にはそんな想いもあったに違いない。
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期待に応えるべく台所でせっせと赤飯を作る。
何回も作ってきた得意料理。
慣れた手つきだった。
私も台所で赤飯作りに励む母の姿を見て安心した。
しかし。。。
「ダメだった。。。失敗しちゃったよ」母が小さな声でそ
う言いながらうなだれていた。

「そんなことないでしょう。どれ食べてみるよ」と台所へ
足を運んで蒸し器の中を覗いてみるとそこには普段母が作
っていた赤飯とは全くの別物のような赤飯があった。

「ダメだった。。。捨てよう」と母。
「いいよ。食べようよ。大丈夫だってば」と私と私は母を
うながした。

その日二人は無言で赤飯を食べた。
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あれから1年近く経過したある日。
「赤飯、食べたい?もう1度だけ作ってみようかな」
母が言う。
「うん。作ってよ。久々に食べたいよ。お母さんの赤飯」
「じゃあ、作ってみるよ。ダメだったらごめんね」
「謝らなくていいんだって。この前作った赤飯だって食べ
られない味じゃなかったじゃん」と私は母の背中を押した。

つづく