M 7

Mとはまだ会えてはいないものの徐々に彼女の状況が見えてきた。

彼女が経営する市内の3店舗目に行くと店内に商品を運び込むス
タッフたちを発見。

そこには現場で指揮を取るスカイの姿が。

ビッグモーとの再会と彼の口から語られた話。

想像以上にMの状況は厳しそうだ。

Mが店舗に来る前にお茶でもしましょうと声を掛けてくれたスカ
イと一緒に、店の近くにあるカフェに行くことに。。。


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「ここっスよ」
と言いながら、スカイがカフェのドアを開けてくれた。

洒落たカフェ。
2ヶ月前にオープンしたばかりだという。

「ウィ~ッス!」とカフェスタッフたちに敬礼のようなポーズを
取って挨拶をするスカイ。

「あ~!スカイさん!いらっしゃませ!!」

3人ほどいるフロアースタッフたちが一斉に振り向いて、私たちに
笑顔を向けてくれた。

「お~!みんな今日も最高に可愛いね!」とスカイ。

「も~。冗談ばっかり!でも嬉しい。ありがとう」
とスタッフの1人が笑顔で返す。

いやいや、冗談ではなく本当に可愛い。

「俺、コーヒーね。何飲みますか?」

「ミルクティーはある?ホットがあると良いんだけど」

「はい。ありますよ」とスタッフさん。

「じゃあホットのミルクティーで」

「はい。ありがとうございます」

オーダーを済ませて窓側の席に付いた。

「スカイ、あの子達、本当に可愛いな」

「でしょ?モロタイプなんじゃないっスか?ははは」

「ど真ん中だよ、ははは」

そんなやり取りをしている間に

「お待たせしました~」とスタッフが注文したドリンクを運んで
くてくれた。

「ありがとう。ここのコーヒー、美味いっスよ~」
と冗談っぽい口調で話すスカイ。

「はは。ありがとうございます。味音痴のスカイさん!」
接客になれた感じのスタッフがそう返す。
スカイとも中が良さそう。
会話のテンポが良い。

「お客様はホットのミルクティですね。ポットでお持ちしちゃい
 ましたけど」

「いいよ。ありがとう。払いはスカイがしてくれるからね」と下
手な中国語で私が応対すると。

「あの~。お客様は台湾人ではないですよね?」

「ははは。そうだよ。俺の中国語、やっぱり下手かな?」

「いえ。ちゃんと通じてますよ。ただ発音が独特だなって。香港
 の方?」

(やはり日本人?とは聞かれないんだなぁ~)

すかさずスカイが
「いや。彼は日本人。俺の友達だよ。君の事を話したら、是非会わせろ
 って言い出してさぁ~」

「え~~~~!」と口に手を当てて驚くスタッフ。

「おいおい。今、初めて会ったばかりなのに。。。でも、想像の遙か上を
 行く可愛さだねぇ!」と私も調子に乗る。

「も~~~。からかわないで下さいね!」

ほっぺたを膨らませて怒った表情。でも、目は笑っている。
なっ、なんて可愛いんだろう~!

「スカイさんの友達もスカイさんと同じ感じ。類友ですね!」

「ははは。だから仲良くなれるんじゃん!」とスカイがこちらを
見て笑う。

「違いない。類友は国境を越える!」

「はいはい。分りました~。もう大人なんですから、しっかりして下さいね。
 ではごゆっくり」

「ありがとう」

テーブルから離れていくスタッフに手を振る私とスカイ。

( 本当に可愛いなぁ~ )

と思いつつ、Mが来るまでの時間、スカイに聞ける事は聞いておきたい。早速、
聞けそうなところから聞いてみよう。

「あの大きな倉庫付きのオフィス。契約更新しなかったんだ?」

「そうなんですよ~。僕ら耳にピアスしてるし、タトゥーが入っ
 てるスタッフが多いじゃないですか。どうやら麻薬密売者と勘
 違いされて、大家が契約更新してくれなかったらしいんですよ
 ね~」

「本当かよ?」

「と、まぁ、これはMさんの説明なのですが。。。少しは知って
 るんでしょ?」

「うん。全部じゃないけどね。○○路の店は閉店してるし、スタ
 ッフの何人かは給料が貰えてない。普通の状況じゃないよね?」

「そうっスネ」

スカイが砂糖の入ったスティックを封を切り、コーヒーカップに
入れながらため息をついた。

「僕らが麻薬密売者っぽいから契約更新してくれなかったって説
 明もね(笑)そう聞いた時、口元が緩んじゃいましたよ。だっ
 て僕ら、あそこで働いてるんっスよ。デパートのとんずらされ 
 たことだって、最近売上が落ちていて在庫がなかなか回転して
 いないことも。。。多分、Mさんよりも僕らの方が感じてたと
 思う」

「そうだよね~。しっかし麻薬密売者って。。。ははは。ごめん
 、そんなこと言ったんだ」

「はい。ちょっと失望しました」
顔は笑ってはいたものの、少し寂しそうな表情を見せてスカイ。

「ここ数ヶ月でこんな状況になってきたの?」

「いや。もう数年前からです。流行廃りってあるじゃないですか
 ?以前はアメリカのブランドが1番って感じでしたけど、今は
 日本なんっスよね。台湾のイケてる連中が欲しいのは」

当時、日本では裏原宿から発信されるファッションは日本だけで
はなく、台湾、香港、そしてアメリカやイギリスなどでも評価さ
れていた。

細かいところにも凝ったデザインの服、わざと穴を空けたり色落
ちさせたダメージジーンズ。

日本製のダメージジーンズは1本で数十万で取引される事もあった。

取引先からは「もうアメリカじゃない。日本からの商品が欲しい
」との声を聴いていたスカイは何度もMとヒースに日本のブラン
ドとのコンタクトを勧めていたそうだ。

「でも。なかなか動いてくれなかった。ヒースはアメリカ人で日
 本にコネがある訳じゃないし。。。。Mさんもねぇ~。2人共
 、このビジネスをやりには歳を取り過ぎているのかも」

「そうかぁ。頭では分っていても実際に動こうとすると腰が重く
 て動けない。そうこうしている間に売上は落ちていく」

「はい。それにプライドっスよね。2人のプライド。数年で会社
 をあそこまで大きくしたんだっていうプライドが現実と向き合
 う事を許さなかったんだと思います」

ブランドビジネスの過酷さもスカイが語ってくれた。

「どのブランドもそうだと思うのですが、年間の取引額の最低ラ
 インを超えていかないと翌年の契約が解除されちゃう場合が多
 いんですよ」

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スカイの説明によると

 ☆年間最低取引額のクリア

  その額は年々上がっていく場合もある

  数字をクリアする為、そして実力を示す為、無理をした仕入
  を繰り返し、売れない商品が在庫の山となっていく

  ブランドのご機嫌伺いの為、台湾では売れなさそうなデザイ
  ンもオーダーする。当然、売れないのでこれも在庫になって
  いく

 ☆マーケットの変化

  アメリカのものではなく、日本のブランドへ
  マーケットが急速に変化してしまっていた

  
 ☆サイクルの早いマーケット

  ストリートウェアを着るのは高校生、大学生がほとんど。
  卒業を機にファッションが変化するので、流行の変化が早い

  ブランド単体のアメリカンブランドではなく「日本」という
  パッケージを背景にした文化としての日本ブランドへ関心が
  移りつつあった

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「アメリカからはもっと売れ!と言われ、仕入れる商品が増える
 一方で、僕らのお客さんたちからはこれじゃないと言われて取
 引が減っていく。。。ここ2~3年はそんな傾向に歯止めがか
 からなっくなっていたんスよ。あの2人も感じていたハズなの
 に。。。」

「そうかぁ~。そんな状況下でデパートにとんずらされて。。。」

「はい。弱り目に祟り目ですよね~。まぁ、Mさんたちも新しい
 事にトライしようとしてたのは知ってます。ほら、途中で放り 
 出してしまった雑貨屋」

「あのキャンディが暴れちゃった店だよね?」

「はい。彼女には本当に申し訳なかったっス。それとお願いして
 いた日本のギャルブランド。あれも中途半端な感じで。。。」

「そうだよ。せっかく日本のブランドも興味を持ちだしていたの
 にさ」

「もうあの頃には会社の体力が。。。新しい事業を立ち上げる資
 金が無かったんだと思います」

「Mたちの家、売りに出してるらしいね」

「そっ、そんなことまで知ってるんスか?外人なのに凄いネット
 ワークっスね!」
目を丸くして驚くスカイ。

「はい。家も。。。最近は車も売ってしまったので、スタッフが
 送迎をしてますよ。でも、引っ越した先は高額家賃のマンショ 
 ンで。。。そんな金があったらスタッフに給料を払って欲しい
 っスよ」とスカイが続けた。

「あの車も売ってしまったんだ!」

「そうなんスよ~」

「スカイは今後、どうするの?」

「俺っスか? 俺は最後まで。。。最後まで残ってMさんを支え
 ます。と言うか、そうならないよう頑張ってみます」

そう言いながら胸を張ったスカイの言葉にはブレが無かった。

「大丈夫なの? 給料を貰えてないスタッフの食事まで負担して
 るって聞いてるけど」

「はっはっは!良く知ってますね~!そんなことまで知ってるん
 スね~」と無邪気な笑顔を見せるスカイ。

「仲の良い子たちもいるからさ。耳に届いてしまうんだよね」

「へぇ~。でも、俺もこうして外国人のあなたに話してしまって
 るもんなぁ~。苦しい時や悩みのある時に話を聞いてくれる人
 の存在って有り難いっスよ」

と言ってコーヒーカップを口にしたスカイ。

そこでスカイの携帯が鳴る。

「はい。もう着きました?はい、一緒にいますよ。はい。じゃあ
 これからそっちへ戻りますね。は~い。また後で!」

電話を切ったスカイが
「Mさん、到着したみたいです。そろそろ戻りましょうか?」と
言ってレシートを持って席を立つ。

「スカイ。いいよ。ここは俺に奢らせてくれよ」
と私がスカイの手からレシートを取ろうとするのをすり抜けたス
カイが

「ここは台湾。外国人のあなたはお客さんです。お客さんにお金
 を払わせてたら台湾人である僕の面目丸つぶれじゃないっスか
 。ほら、彼女たちも見てることだし、ここは僕に格好を付けさ
 せて下さいよ」

多少財布の中が寂しかろうと見栄を張る。

見栄と言うより心意気という方が的確な表現だろう。

「分ったよスカイ。。。もし君が日本に来た時は俺に奢らせてく
 れよ」

「はい。落ち着いたら日本に行きたいっス。俺、まだ行ったこと
 ないから。。。渋谷の109でギャルをナンパしたいっス!」

そう言っていたずらっぽく笑うスカイだった。

オシャレなカフェを出た私とスカイはMが待つ店に向かった。


つづく。

M 6

Mが会社の経理全般を請け負っていたジャッキーの口からは
次々と衝撃的な事実が語られた。

瀕死の状態。
Mの会社は正にそんな感じだった。

ジャッキーと別れた私はMが経営する3店舗目に急いだ。


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人通りは少ないが、一部の若者の間では支持のある道。

一方通行の通りにはストリートウェアを売る小売店が並ぶ。

立地の関係で家賃が安く、固定費を掛けずに一旗揚げる若者たちが
次々と店をオープンさせては半年ほどで消えていく。

Mの取り扱うブランドはアメリカンブランドが多く、雑誌などでも
かなりの広告費を使っていたので知名度は抜群だったので、この通
りの中では比較的安定した業績を維持していた。

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そのMの店が見えてきた。

「!」

店の前に横付けされたトラックから、次々と荷物が店内へ運ばれて
行く。

大小様々な段ボールを店内に運ぶMの会社のスタッフ達。

彼らに支持を送るのはスカイだった。

社員やバイトたちのリーダー的存在。

明るく面倒見の良い彼は社員達からの人望もあり、良く現場をまと
めていた。

近づいてくる私に気が付き、笑顔を見せて手を振るスカイ。
半袖のティーシャツからはタトゥーが見えていた。

「台湾に帰ってきたんですね!お帰りなさい!」

「スカイ!元気そうだね」

「もちろんっスよ!」
と力こぶを作って見せるスカイ。
人を引きつける笑顔だ。

「何やってんの?」

「引っ越しですよ。ウチ、オフィスと倉庫の契約を更新しなかったん
 で」

更新しなかった?
出来なかったのではないだろうか?

「あの倉庫の商品を全部ここに?」

「古くなった商品はセール品にして売ってしまい、まだ新しい商品は
 この店の地下室に運び込みます」

多分、スカイは会社の状況を知っているはず。
でも、彼の口からは言えないだろう。
彼はMを尊敬していたし、長年働かせてもらっていたいたことや同年
代の社会人と比べて多くの収入を得ることも出来ていた。

「地下、見てみます?」とスカイ

「えっ?いいの?」

「平気っスよ!」

「じゃあ、ちょっとだけ見せてもらおうかな?」

「これ、お願い出来ますか?」とスカイが小さな段ボールを私に持つ
ようお願いしてきた。

「なんだよ~。人出が欲しかったのかよ!」

「そうです」と笑うスカイ。

この流れでは断れない。
スカイに頼まれると嫌な気がしない。

大きな段ボールを持つスカイの後に続き、店内に入る。

広い店内だ。

「お帰りなさい!」
「わぁ~。帰ってきたんですね!」と販売を担当している女性スタッフ
たちが声を掛けてくれる。

「ただいま~」って台湾に住んでいる訳でもないのにそんな挨拶を返す
私。

「階段、気を付けて下さいね」とスカイが振り返りながら声を掛けてく
れた。

やや薄暗い廊下を下り、地下室へ降りる。

山積みになっている商品や段ボールを数人のスタッフが棚に振り分けた
り、段ボールを片付けたりしていた。

意外と広い地下室だけど、以前の大きな倉庫に比べたら。。。ここに全
て収まるのだろうか?

「スカイ。このスペースで収るの?」

「いや、無理です。この店舗でもセール販売をしながら、僕も仲の良い
 取引先に頼んで商品を買ってもらってます。入りきらない在庫がこの
 ビルの3階に運びます」

「3階?」

「はい。そこはMたちのオフィスになります。店舗と同じスペースがあ
 るので、半分以上は倉庫として使います。でも、古いビルでしょ?エ
 レベーターがないんスよ」

「じゃあ、皆で手分けして運ぶの?」

「はい。でも、皆嫌がちゃってて」と舌を出すスカイ。

Mからの指示とスタッフたちからの不満を一手に引き受けている男の辛
さが垣間見えた。

スカイの携帯が鳴る。

「あっ。Mからだ。ここ電波が悪いので、俺、上に上がりますね」
そう言って階段を駆け上がっていくスカイ。

見送る私の肩を叩く者がいた。

振り返るとビッグモーがいた。

ビッグモー。
大きな身体がそのままあだ名になっている男で、Mの会社のセールスを
担当していた。
スカイとの付き合いも長いようだ。

「お~。モーじゃん!元気だった?」

「はい。お陰様で。お久しぶりです」

「社員総出で荷物の搬入。大変そうだね?」

「イヤァ~、参っちゃいましたよ」と不満な口ぶりだった。

モーは英語が堪能。
日本のミュージシャン、Dragon Ashを尊敬していた。

「Mの会社、大丈夫なの?」
モーにもそんな事は聞けないよなぁ~と思っていたら

「俺、この会社辞めます」

「えっ?どうして?」

「先月の給料、貰えてないんですよ~」

「本当かよ?」

「はい」

「実はジョージからも同じような話を聞いてさ」

「あいつ、あんなに一生懸命仕事してたのに2ヶ月分も貰えて
 ないでしょう?可哀想に。。。なんて思ってたら俺も貰えな
 くなって」

「Mとヒースとは話したの?」

「ええ。もう少し待ってくれの一点張り。。。もうやってられ
 ないです。俺、地方から出てきてて一人暮らしでしょう?家
 賃も払わないといけないし。。。」

「飯代とかは大丈夫なのか?」

「飯代もないです。今はスカイが全部面倒見てくれてて。。」

「スカイが?」

「はい。俺だけじゃない。給料を貰えてないスタッフ。。毎食
 とはいかないけど、昼の弁当代や飲み物など。スカイが自腹
 を切って面倒見てくれてるんです」

「あいつの給料は?」

「出てるみたいです。なんであいつが貰えて俺が貰えないのか
 。。。もう訳が分らないんですよ」

給料が出る出ないはMへの忠誠心の度合いやMとヒースの好き
嫌いで決められているような気がしてきた。

「辞めてどうするの?」

「田舎には何もないから帰りたくないので、取引先を頼って台
 北で仕事を探そうと思ってます」

「そうなのか~」

「Mとヒースは売上売上って言うんだけど、これから秋冬が来
 るのに新作が入荷しないんですよ。台湾だって冬は寒い。そ
 れなのに半袖のティーシャツや短パン。誰が買うんですか?」

「新作の入荷がないの?」

「はい。夏は凌げましたけど。。。これから本当にヤバくなり
 ますよ、この会社。だから早めに逃げます。スカイにも伝え
 てあります。あいつとはもっと一緒に居たかったけど。。」

そう言ってモーは下を向いてしまった。

後日聞いた話だが、給料を貰えない事に腹を立てたモーはこの
地下室から商品を盗み出し、取引先に格安の値段で売りさばい
ていたようだ。

悪い奴ではない。
むしろ人懐っこくて良い奴だったので衝撃的な話だった。

人は置かれた環境によってどうにでも変化してしまう弱い生き
物ということか。。。悲しい話だった。

タンタンタンタン!
スカイが降りてきた。

私とモーは話を切り上げた。

「Mとヒースがこっちに来ますよ。会います?」とスカイ。

「そうだね。是非!」

「あと30分で来るみたいなので、ちょっとお茶でもどうっス
 か?」

「いいね!」

「可愛いスタッフのいるカフェ、見つけておきましたよ!」

「お~!さすが。俺の好みも知ってるもんね」

「はっはっはっ!芸能人の愛人でしょ?」

「あれには参ったよ~」

以前参加した芸能人のパーティーでの話を持ち出すスカイ。

「ここから歩いてすぐなので」

「オッケー。モー、これで」と私は右手を差し出す。
「はい。会えて嬉しかったです」と大きな分厚い手で握り返す
モー。

SEE YOU AGAIN.

2人のそんな気持ちが込められた握手だった。

つづく




M 5

久々に訪れた台湾の地方都市 新竹

Mの出身地でありビジネス拠点がある街。

郊外にあるハイテク系企業と取引する日本企業も多く
駐在している日本人も多い。

現地の特産品のビーフンは日本にも輸出されていて、
デパートなどで見かけるとこともある。

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Mのビジネス環境に変化が起きている。

2ヶ月分の給料を貰えていないジョージ。

対照的にいつもの明るい笑顔だった小白。

3店舗ある直営店のうち、1店舗はシャッターが閉まって
いたが、小白が勤務する店は通常通り。
売上も好調だと小白が話していた。

そして3店舗目へ。。。

向かう途中で再会したジャッキー。

現地で大きな会計事務所を経営する女性経営者。

Mは彼女のクライアントであり、仕事を通してプライベート
での仲も良かった。

そんなジャッキーから衝撃的な話を聞くことになるとは。。

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「Mからビジネスの話を持ちかけられたら断った方が良いわ」

「そこなんだけどさ。彼女のビジネスは上手く行ってないの?」


「彼女は長年私のクライアントだったし、ここ数年は友人と
 してもとても良い関係を築けていたわ。でも。。。でもね、
 ここ半年ほど毎月の契約料を払ってくれなくて。。。」

「えっ?半年も?」


「そうなのよ。ビジネスは良い時もあれば苦しい時もある。
 だから、何かあれば相談して欲しかったし、契約料が払えな
 い状況なら、何か説明をして欲しかったわ。私にも手伝える
 事があると思うし。。。」

大手デパートから露天商まで。
ジャッキーの人脈は幅が広く、多くの人に慕われている。

彼女は誠実だし友情にも厚い。
Mから頼まれれば人や企業の紹介もしてくれただろう。

「コンタクトは取れてるの?」

「未払いが発生してから最初の2~3ヶ月は連絡が取れていた
 わ。でも、それ以降は私の電話には出てくれない。ヒースに
 は何度かメールしたけど返答は無かったわ」


「そんな状況なんだね」

「えぇ。だから先月、クライアント契約を打ち切らせてもらっ
 たのよ。まぁ、お金を払わない彼女には何の影響もないので
 しょうけど。。。」


ジャッキーの表情は悲しそうだった。
信頼していた友人に裏切られた。。。それ以上に何の相談もし
てくれなかったMに対しての悲しさが顔に表れていた。


私は給料が貰えていないジョージの話をした。

「そうね。お給料の件で何人かのバイトはすでに店を去ってい
 るらしいわ。それは私も聞いている」

「あんなに羽振りが良かったのに。。。信じられないな」

「詳しく調べた訳ではないけれど、彼女が取引していた大きな 
 衣料品問屋が倒産した。その影響が大きいと思うの」


「売掛金は?」

「全く回収出来てないと思う。その問屋のオーナーはアメリカ
 へ逃げてしまったし。彼の愛人とね」


「Mはその問屋に引っかかってしまったのかぁ~。銀行とかに
 相談すれば何とかなったんじゃないかな?だってMの会社の
 業績は良かったんでしょ?」

「あなた。。。無理もないわね。。。。Mの会社の状況はもう
 ボロボロだったのよ」


「えぇ?だって芸能人のスポンサーをしたり派手な広告を打っ 
 たりしてたよね?」

「もうあんな事をして状況を変えられる段階は過ぎていたわ。
 規模縮小してコンパクトなビジネスから立て直すよう何度も
 進言していたのよ。。。でもMは。。。あの性格でしょ?
 私のアドバイスなんて聞いてくれないし、むしろどんどん派  
 手でお金の掛ることばかり仕掛けてしまって。。」


「あの派手な戦略にコストが掛り過ぎて、会社の資金繰りを悪 
 化させたのが一番の原因なのかな?」

「それもあるけど、原因はもっと基本的なものよ」


「基本的なもの。。。。物販だから在庫過多とか?」

「そうなのよ。私は衣料品の専門家ではないから流行の事など
 は分らないけど、決算書を作り上げる過程で年々在庫の量が
 増えていくのが気になっていたわ。売上と在庫量がアンバラ
 ンスだったわ。年々売上も落ちていたし。。。」


「それに追い打ちを掛けるように取引先の社長がアメリカへト 
 ンズラして。。。」

「あれは悲劇だったわ。同情する。でもね、Mの場合はそれ以
 前の問題だっと思う。ヒースにさえコントロール出来ない彼
 女の性格。派手で見栄っ張り。もちろん優しい面や好きな人
 の面倒をとことん見たりもする良い面もたくさん持ち合わせ
 ている素敵な女性だと思うけど。。。」


「Mの店を見に行ってきたんだけど、○○路にある店は閉まっ
 てたんだ」

「あの店の契約はとっくに破棄してると思うわよ。契約満了前
 に勝手にね。大家さん、カンカンになってウチに電話してき
 たわ」

Mに店のオーナーを紹介したのはジャッキーだった。

「でも○○路の店は健在だったよ」

「あの店は土地ごと権利を持っているから家賃は発生しないか
 らだと思うわ」

少しずつMと彼女の会社の状況が見え始めた。

「そう言えばさ。今日、あの焼き鳥屋の社長と道でバッタリ会
 ってさ。知ってるでしょ?Mのことが大嫌いな」

「はい。あの社長さんね。もちろん知ってるわよ」


「あの社長がね、Mの家が売りに出されてるって言ってたんだ」

「えっ?そっ、そうなの?」
ジャッキーもそこまでは知らなかったようで、とても驚いていた


「あの社長はMの事が大嫌いだからネガティブな情報を言いふら
 しているのかと思って相手にしなかったんだけどさ」

「あの社長は顔が広いから。。。もしかすると本当かも知れない
 わね」

Mの家。

給料を貰えていないジョージ。

○○路の店。

顧問契約を解除したジャッキー。

点と点が繋がり始め、Mの状況が見えてきた。

「最後に会ったのはいつ?」

「半年ほど前だったわ。電話でのやり取りだったけど、これから
 タイへ行くので帰国したら電話をすると約束をしていたのだけ
 ど。。。何もなかったわ」

「タイ?半年ほど前?」

それは私の出張に合わせてMとヒースがタイに来た時期だ。

現地での事の顛末をジャッキーに話をすると。

「もしかしたら。。。負債を放り出して海外へ逃げる準備がした
 かったのかも知れないわね。。。」

「海外。。。逃亡?」

「えぇ。Mとヒースの負債は相当な額に登っているわ。銀行から
 も手を引かれたと聞いているし。。。あんな額、個人で返済出
 来る額じゃないもの」

ジャッキーの話を聞きながら、タイで合流したMとヒースの表情
や交わした言葉などが次々と頭の中に蘇ってくる。

台湾ではもうやることがない。
新しいチャレンジの場として東南アジアのタイ、バンコクで事業
を起こす。

全てが嘘ではないだろう。
でも、現状でMとヒースが打てる最後の賭けだったのかも知れな
い。

「ごめん。アポイントが入っているの。そろそろ行かないと」
とジャッキー。
忙しい女性だ。

「あぁ。気にしないで。会えて良かった。話してくれてありがと
 う」

「私も嬉しかったわ。ありがとう。Mの誘いには乗っちゃだめよ
 。分ったわね」

「うん。絶対に乗らないよ」

そう私が答えると、笑顔で右手を差し出すジャッキー。
その手を握り返す私。

「また会いましょう」

「うん。ジャッキーのオフィスで働く女性スタッフさんを見に行
 かないとね」


「まぁ。忘れてなかったのね」

「忘れる訳ないさ」


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ジャッキーがカードで支払いをしてくれ、再び彼女のBMWに乗
った。

繁華街付近で降ろしてもらい、Mの3軒目の店舗を見に行くこと
にした。

やや人通りの少ない道だが、その分家賃が安い。
Mが展開するようなストリートウェアの店舗が10店舗ほど並ぶ
道なので、ある程度の売上があり、利益も確保しやすいとMが話
していた。

あの店はまだあるのだろうか?

少し早足でMの店に向かう私だった。


つづく

M 4

約半年降りに訪れた台湾の地方都市 新竹

街中で久々に再会したジョージ。

もう2ヶ月も給料が支払われていないことを聞き
愕然とした私。

嘘であって欲しい。

しかしあのMならやりかねないかも知れない。

再びMに対する猜疑心と不信感。

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ジョージを別れた私はMの経営するお店に行ってみることにした。

Mのメイン事業は海外ブランドの輸入卸。

そして本社のある新竹では3店舗の直営店を運営していた。

「何か分るかも知れない。。」

そう思いながら早足でMの店に向かった。

1店舗目。

新竹市内でも家賃の高い通りに面している。
道路は石畳。カフェや日本式焼き肉屋や寿司屋が並ぶ、市内でも
品のある通りだ。

店が見えてきた。。。。

シャッターが閉まっている。

「売上はそれほどないけど、この通りに店を出すことがブランド
 イメージも上げるのよ」と話していたM。

外観も店舗内も良く作り上げられていた、彼女の自慢の店だった。

その店のシャッターが。。。閉まっている。

「やはり。。。何かあったのかな?」

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2店舗目に向かった。

この店は学生が多く歩いている道。

人通りの割には客単価が低いのだが、日に多くの来店客があり、
3店舗のうちで一番売上げが良かった。

開いているのか。。閉まっているのか。。。
出来れば開いていて欲しい。
と思い店に近づくと。。。開いてたい。

店の中を覗くとスタッフの小白がいた。

私の姿に気が付くと「あ~っ!戻ってきたのね!」と大きな声で
上げて手を振ってくれた。

小白は英語が話せるので、Mの会社のスタッフの中でも比較的よ
く話す間柄だった。

「お~!小白じゃん。元気だった」

「あ~ったりまよ~!」
目鼻立ちの整った顔で元気な女の子。

好きなサーフィンで日焼けしている。
サーフィンを始める前は色白が自慢だった。

台湾人としてはとても白かったので「小白」と呼ばれるようにな
ったそうだけど。。。今では信じられないくらい日焼けしている。

「どう?商売は?」
「うん。お陰様でね」

小白は口達者で商売上手。
誰とでもすぐに友達になってしまう。

そして何より美人だった。

この店は彼女の接客とキャラクターで成り立っている要素も強か
った。

「ちょっと外で話そうよ。タバコ。。。。吸いたくなちゃった」
と笑いながら小白が店の外に出る。

彼女は相当なヘビースモーカー。
オマケに酒も強い!

久々の再会。
冗談を交えながら、再会の時を楽しんだ。

会話している間、小白は常にたばこに火を付けていた。
チェーンスモーカーってやつだ。

会話が弾む一方でMの会社の事が頭から離れない。

なぜジョージに給料を払っていないのか?
Mの会社は一体どうなっているのか?

小白の表情を見ていると以前と変わりない。

お金にうるさい台湾人は給料未払いなどがあるとすぐに話し出
すはずなんだけど。。。

「ねぇ。Mの会社なんだけどさ。最近、おかしなこととか起き
 てない?」
思い切ってそう切り出してみようかと思ったけど、踏みとどま
った。

給料が貰えてないのはジョージだけかも知れない。
ジョージが何か問題を起こした可能性もない訳ではない。
最初に訪れた1店舗目は定休日だったのかも知れないし。。



タバコを吸いながら大声で笑う小白の笑顔を見ていたら、迂闊
に変な質問をして彼女に不安を抱かせてはいけない。
そう思った。

30分ほど話しをしてから
「そろそろ行くよ」と小白に別れを告げた。

「うん。暇だったか顔出して。そうだぁ~、今度こそ飲みに行
 こうよ」
「いやぁ~。小白は酒飲みだからなぁ」

「はっはっは!あんたはウーロン茶飲んでれば良いじゃん。私
 に奢らせてよ」
「分った分った。時間を見てまた寄らせてもらうよ」

「うん。絶対だよ!」
「うん。じゃあ行くね」

「うん。気を付けてね~」と笑顔で手を振る小白。

私は手を振りながら店から離れた。

2店舗目は賑わっている様子だし、小白の様子からも以前と変わ
らなかった。

ジョージから聞いた話をそのまま受け止めてはいけないのかも知
れないな。。。
もしかしたらジョージが大きな失敗をやらかしたのかも。。。

そう思いながら3店舗目に向かった。

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3店舗に向かう為に大通りへ出た。

やや早足で3店舗目に向かっている時だった。

「あら!」
早足で歩く私の前に1人の女性が立ち止まって声をかけてきた。

「あっ!こんにちは!」

「あらぁ。台湾へようこそ!再会出来て嬉しいわ」

彼女はジャッキー。
新竹で大きな会計事務所を経営している。

1度彼女のオフィスにお邪魔した事があるのだが、事務所の経営
は彼女が取り仕切り、旦那さんがサポート役として副社長をして
いた。

陽気で外交的。
バリバリのキャリアウーマンだが、とても心配りが出来るジャッ
キーとシャイな旦那さん。

そして彼女のオフィスで働くスタッフ40人ほどは全員が女性だ
った。

クライアントはほぼ大企業のようだったけど、気さくな性格で面
倒見が良いので中小の小売店や個人経営の飲食店の仕事も受けて
いた。

Mの会社も彼女のクライアント。
その関係でジャッキーとも知り合った。

Mとジャッキー。
タイプは違えど出来るビジネスウーマン同士。
仲が良く、そしてお互いにリスペクトしあっている。

2人の会話や仕草からそう感じ取れた。

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「今回は仕事?観光?それともお嫁さん探し?」とジャッキー。
「わははは!どれでもないけど、どれも正解のような」と私が答
える。

「台湾の女性はお薦めよ。私のオフィスには女性がたくさん働い
 ているから、今度また遊びに来なさいよ。お薦めの子を紹介す
 るわ」
「はいはい。是非行かせてもらいますよ」とその気がないような
フリをして半分本金の私だった。

「今回はどんな予定なの?」
「いつもと同じですよ。明日、Mとヒースに会う予定です」

「そ。。そう。Mとヒースね。。。」
ジャッキーの口調がやや重くトーンダウンした。

「ねぇ。何か。。。あったの?」
ジャッキーの表情の変化に気が付き、私はそう質問した。

「ねぇ。今、時間はあるの?」とジャッキー。
「はい。ありますよ」

「お茶しない。立ち話しでは。。。ちょっと。。。」
「はい。今日はフリーなので大丈夫です」

「悪いわね。じゃあ、ちょっと付き合って」
「はい」

道路に駐車してあったジャッキーのBMWに乗ると、市内にある
外資系ホテルのカフェへ。

カフェの席に付くとジャッキーが
「私はコーヒー。あたなは。。。コーヒーが飲めなかったわね。
 じゃあ、ミルクティをひとつ。ポットで持ってきて」

さすがキャリアウーマンのジャッキー。
1度食事をしただけなのに、細かいことまで覚えている。

当時の私はコーヒーが飲めなかったのだ。

「ジャッキー。話ってMとヒースの事だよね?」
「うん。そうよ」

「あなたは今、Mたちと取引はしているの?」
「いえ。何度かビジネスの話はあったのですが、立ち消えになっ
 たままで。台湾が好きなので、彼女たちとビジネスが出来れば 
 いいな。。なんて事も考えているのですけどね」

「そう。。。。こんなことを話して良いのか分らないけど、もし
 彼女たちからビジネスの話を持ちかけられたら断りなさい」

ジャッキーの口調はやや強かった。

あれほど仲の良かったMとの関係に何があったのだろうか?

つづく