久々に台北桃園国際空港に落ち立った。
空港でタクシーに乗り込み、新竹へ向かった。
空港からタクシーを飛ばすと約1時間で新竹の街に着く。
ホテルで荷物を下ろす。
M達と会うのは翌日だ。
今日は新竹の街をブラブラしながら、知人達の店を訪れて
みよう。
身体が落ち着く前に着替えを済ませ、私は街へ繰り出した。
小さな飲食店の社長さんたち、ティースタンドの店員さんたちが
私の姿を見るなり「お帰り~!」と声を掛けてくれる。
「ただいま!」と返す私。
あれ?俺って日本人なんだけど。。。。(笑)
顔馴染みの焼き鳥屋の前を通る。
焼き鳥を焼いていた社長が私の姿を見るなり、こちらへ掛けてき
た。
「こんにちは社長!帰ってきたよ。今日も儲かってるんじゃない
?」と冗談交じりに挨拶すると
「おい。どうなってんだよ。あいつ」と社長がいきなり質問をぶ
つけてきた。
質問の内容を理解出来ない私は
「あいつって?」と逆に社長に質問をする。
「あいつってあいつだよ。Mだよ!」
この社長はクセが強いけど面倒見が良く、私はとても仲良くさせ
てもらっている。
でも、彼はMのことが大嫌い。
「M?何かあったの?」
「あいつの家、売りに出されてるぞ」
「えっ?そうなの?」
一瞬驚いたけど、Mとヒースはタイでの事業立ち上げに向けて動
いている。
もう台湾で大きな家に住む理由がないと判断したのだろう。
彼ららしい決断だ。
Mたちからはそんな話は聞いてないけど、多分、それが理由だろ
うと私は思った。
「そうなんだね。引っ越しでもするのかな?」
今後のMたちのプランをペラペラと話す訳にはいかないので、適
当に話をはぐらかす。
「あいつらの行動はいつも怪しいからな。今回も何か企んでいる
に違いないんだよ。お前、いつも一緒にいるけど気を付けろよ
な。あいつら台湾人の恥さらしなんだから」
焼き鳥社長がなぜこんなにMの事が嫌いなのかは分らないけど、
他にもMを嫌っている人をたくさん知っている。
彼らに共通しているのは「嫉妬」という感情のような気がする。
話に付き合っていると街歩きする時間がなくなるので
「社長、また新しい情報が入ったら教えてね。ちょっと女の子に
会いに行く途中なんだよ」
と嘘をでっち上げて立ち去ろうとする。
「お前またこっちの女の子に惚れたのかよ!ちゃんと男と付き
合える子を選べよな!」
人の古傷を。。。
「はいはい。今回は大丈夫だよ」
と手を振りその場から離れた。
「到着早々参ったなぁ~」
フレンドリーな台湾人。
でも、ちょっとグイグイ感があり過ぎるので、時々疲れる。
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市内にある日系デパートの前に到着。
デパート1Fにあるスタバでお茶でもしようかな?
そう思った時だった。
「あ~!お久しぶりです!」と声を掛けてくれたのはジョージ。
俳優のムロツヨシに似た顔でいつもニコニコしている。
穏やかで優しく、とても気を配ってくれ、礼儀も正しい好青年。
彼はMが経営する直営店で働いている。
「お~!ジョージ!久しぶり!元気だった?」
「はい。お陰様で」とニコニコ。
「休憩中?」
「いえ、今日は休みなので街をブラブラしてるんです」
「そう。良かったらスタバ、付き合わない?」
「えっ?いいんですか?」
「いいよ。もちろんだよ」
「でも、スタバは高いから、あのカフェでどうです?」
とデパート近くにあるローカルな、でもちょっとオシャレなカフ
ェを指さすジョージ。
「オーケー!良い感じのお店じゃん」
「はい。あの店ならスタバの半額でコーヒーが飲めるので」
堅実なジョージは見栄っ張りなところがない。
スタバに入れば私がジョージの分まで支払う。
その負担を掛けたくない。
そんな心配りが出来るのがジョージなのだ。
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オシャレカフェ内に入り、席に付く。
ホットカフェオレを2つオーダーした。
「元気そうだな。ジョージ。変わりない?」
「はい。元気でやってます」とニコニコ。
「仕事の方は?そろそろ店を任される頃なんじゃない?」
好青年ジョージは20代後半。
バイトから入社してそろそろ4年目。
スカイからは「ジョージは仕事が出来る」と聞いているし、私の知人
たちからも「ジョージの接客は丁寧。まるで日本で買い物をしている
気分になれる」と聞いていた。
そろそろ年齢と実績に見合ったポジションが必要な頃だろう。
改めてジョージに目を向けると、目線を落とし、顔からは笑顔が消え
ていた。
「どうした?ジョージ?悪いことでも聞いちゃったかな?」
Mの会社と社員のこと。
外国人の私が口だしすることではない。
安易な行動だったかも知れない。。。
「実は。。。あなたにこんな話をして良いのか分らないのですが。。」
そこまで言って、口を真一文字に閉じたジョージ。
「うん?どうした?仕事のこと?」
「はい。。。」
「俺じゃ役に立たないだろうけど、話を聞くくらいなら。。。話して
みろよ」
「はい。でも。。。でも、この話はまだ内緒でお願いします」
「もちろん。俺を信用して話してくれるんだろ?誰にも言わないさ」
「はい。ちょっと愚痴っぽい話になるのですけど。。。」
「うん。いいよ」
「実は仕事を辞めようかと」
服と接客が大好きなジョージ。
でも、30歳を目前にして自分の中で限界でも感じたのだろうか?
将来を考えてオフィスや工場で働く道を模索し出すタイミングなのか
も知れない。
しかし、ジョージからは意外な事を知らされた。
「実は。。。お給料が。。。」
「給料?ジョージの給料?」
「はい。。。2ヶ月ほど貰えてなくて。。。」
「えっ?給料が出てないの?」
「はい」
「Mとは? Mとは話をしたの?」
「はい。でも、何度聞いてももう少し待ってと言われるだけで。。。」
「本当かよ?」
「はい。そうなんです」
「他の社員やスタッフ達は?」
「貰えてる子とそうでない子がいて。。。そうでない子はもう何人か
店を去ってしまってます」
どうなってるんだ?
ジョージの話を聞きながらもジョージの話がうまく理解出来ない。
頭が混乱している。
事業をタイに移すから、台湾の事業を縮小していく気なのか?
でも、こんなやり方って。。。でもMなら。。。やりかねないな。
でも待てよ。
台湾の事業がスカイに引き継がせ、継続すると話していたよな。。。
頭を抱えるジョージを見ながら、Mへの不信感が改めて頭を持ち上げ
てきた。
その一方で
「今、ジョージから聞いている話は嘘であって欲しい」
と願う私もいた。
つづく
M 2
Mとの再会。
たった数ヶ月時間が空いただけだったけど、随分時間が経過して
いたように感じた。
Mの存在感。
当時のMと私の距離感がそう思わせたのかも知れない。
再会の場所はタイの首都バンコク。
まさか彼らがバンコクまで来るなんて。
しかもバンコクで仕事を立ち上げるつもりらしい。
ヒースからのメールには
「現地の工場や材料調達先、海運会社。将来的には現地法人を立
ち上げる予定なので、可能であれば弁護士など、現地の法律に
詳しい人間を知っていたら紹介して欲しい」
と書いてあった。
まだ具体的な案はないようだけど、今回の出張でトライアル的に
何かを仕入れて台湾へ送ってみることも考えているようだった。
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待ち合わせ当日。
私はMとヒースが宿泊しているバンコク市内にある米国系ホテル
へ向かった。
Mとヒースにとっては初めて訪れるタイのバンコク。
交通網が整理されている大都市とは言え、移動に関しては不安が
あったのだろう。ホテルまで迎えに来て欲しいとの連絡があった
のだ。
ホテルのロビーに入ると、椅子に座って英字新聞を読んでいるヒ
ースが目に入った。
ヒースに向かって歩き出した私。
その気配に気が付き、顔を上げたヒース。
ニッコリとした笑顔で手を上げ「元気だったか?」と声をかけて
くれた。
「久しぶりだね、ヒース。ありがとう。元気だったよ」
「そりゃ良かった。Mも来たよ」とエレベーターホールを指差す
ヒース。
我々に気付いたMが笑顔でゆったりと歩いてくる。
立ち上がってMを迎える私。。。と突然、Mが抱きついてきた!
「なっ!なんだよM!どうしたんだよ?」と驚く私から身体を
放して、「久しぶり!」と嬉しそうな笑顔を浮かべたM。
そこにはもう雑貨屋で出来てしまったわだかまりのようなものは
消えていた。
と言うか、Mのペースに乗せられているだけなのか?
「元気そうじゃない?」とM。
「あぁ。ここバンコクに来ると元気が出るんだよ」
「うふふ。こっちに可愛い彼女でもいるんじゃないの?」
「まさか」
「バンコク。綺麗な女性が多くてびっくりしたわ」
「でしょ?」
「オフィスを開いたら可愛い女性を雇って、あなたに紹介するわ」
「本当?じゃあ、すぐに会社を設立しないとね」
そんな会話を楽しむ私とMを笑顔で見つめているヒース。
いつもと変わらない会話。
笑顔と笑いが絶えないいつもの3人組。
懐かしいなぁ。。。この感覚。
そう思った。
けど。。。
「ねぇ、2人とも少し痩せた?ちょっと疲れているような感じだ
けど。。。もしかしてタイの食事が合わないとか?」
「タイの料理は大好きよ。昨日も屋台でタイ料理を食べたんだか
ら」
「そう。それは良かった。仕事、忙しいの?」
「あぁ。台湾の仕事はとても良い感じだ。その中でタイでのビジ
ネスを進めたい。仕事をしながら市場調査などもしていたし、
今後はスカイを社長に据える予定だから、その引き継ぎなども
しなければいけなくてね」
いつもの冷静な口調でヒースがそう説明してくれた。
「そりゃ大変だったね。今回は少し休めるの?」
「えぇ。そのつもりよ。だから携帯はオフにしておくのよ」とM。
「大丈夫なの?」
「もうスカイが現場を指揮してるわ。朝晩、スカイがメールで報
告メールを送ってくることになっているわ。大丈夫。久々にヒ
ースとバケーションを楽しむわよ」
「分った。じゃあ、市内を案内するよ。時間がない。行こうか!」
と立ち上がった私。Mとヒースも腰を上げて続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アメリカや日本の若者向けブランドを輸入し、販売しているMたち。
タイから雑貨や衣料品を輸入している私のビジネスとは全く違う分
野になる。
3日ほどかけて私の仕入先や仲の良い現地の友人達を訪れた。
海運会社は普段ヒースが関係している関係者からタイ国内の業者を
紹介してくれたようだ。
現地法人化に詳しい知人(日本人)がいたので、彼を紹介したりも
した。
日本人である私。
台湾人のM。
アメリカ人のヒース。
そして打ち合わせの相手はタイ人。
こんな日常を過ごすことになったら、これはこれで面白そうだな。
そう思った。
インターナショナルで刺激的な数日間だった。
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「ヒース。どう?ビジネスになりそう?」
「あぁ。まだ台湾国内のマーケットを調べる必要があるけど、何
か出来そうな気がするよ」
「そう。良かった。何かあったら手伝うからさ。何でも言ってく
れよ」
「あぁ。そう言ってくれると嬉しいし、頼もしく感じるよ。あり
がとう」
少しやつれた表情が気になったけど、タイでのビジネスに期待を
抱いている様子のヒース。
Mは仕入先を歩き周り、少し疲れたようだったけど、仕事の後は
ショッピングを楽しんでいた。
買いすぎた服やアクセサリー。
とてもハンドキャリーじゃ運べない。
現地で買い付けた荷物と一緒に航空便で台湾の自宅へ送る手配を
済ませた。
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帰国前日。
ホテルでのディナー。
「今夜はたくさんお食べなさい」とM。
「ありがとう。でも、もうそんなに食べられないよ」と笑う私。
バンコク市内を駆け回った数日間。
とても充実した時間だった。
リラックスしながら食事を済ませ、綺麗なカフェに移動してゆっ
たりとした時間を過ごしていた。
「来月か再来月。時間が出来たら台湾へ行くよ」と私が言うと
「いいわ。でも、こっち(バンコク)での再会でも良いんじゃ
ない?」とM。
「そうだね。でも、夏が過ぎると仕入れるものがないからさ」
「そうなの?」
「うん。日本には冬があるけどタイは常夏の国。合う商品が少
ないからさ」
「そうなのね」
「だから久々に台湾へ行こうと思う。俺もバケーションしたい」
「うふふ。そうね。今回は私たちの事に付き合わせてしまった
ものね」
「気にしないで。俺たちの仲だろう。それは気にしなくて良い
よ」
「ありがとう。頼りになるわね」
笑顔でM、そしてヒースと握手を交わす。
3人とも、とてもリラックスした良い笑顔だった。
日が沈み、涼しい風がバンコクに流れていた。
つづく
M 1
「ねぇ。あたながタイへ行くのはいつ? 予定はあるんでしょ?
私とヒースを案内なさい」
突然掛ってきた国際電話。
こんな唐突な話を切り出すのは。。。そうMだ。
案内なさいって。。。そんな頼み方があのかよ!
と内心ムッとした。
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Mとは数ヶ月連絡を取り合っていなかった。
Mが途中で放り投げてしまった雑貨屋とキャンディの事で言い合いに
なってしまい、少し距離が出来てしまっていた。
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キャンディが警察に連行されてしまったと聞いたあと、私はMの携帯
へ電話した。
Mは何事も無かったかのような口調で
「時間を作るわ。食事しながら話をしましょう」
とディナーをしながら話をすることになった。
場所はホテル内にあるレストラン。
キャンディと初めてランチした、市内にある外資系ホテルのレストラ
ンだった。
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「M、なんだよ。あれじゃビジネスにならないじゃん!全然連絡取れ
ないし、仕事はほったらかし。キャンディの事も全然面倒見なかっ
たんだろ?」
やや強い口調で私はMを問い詰めた。
「キャンディねぇ~。私も見る目がなかったわ。あんな馬鹿な子だと
は思わなかったわ。あなたにも迷惑をかけたわね」
「そうじゃないだろう!キャンディはちゃんと仕事をしていたんだよ
!店をほったらかし、売れている商品の手配もしない。あのアパレ
ルブランドだった、もう少しで口説けた筈だよ。これまで協力して
くれてた日本企業にもどう説明したら良いんだよ。出来ないなら出
来ないって」
そこまで言って時だった。
バシーン!
Mがテーブルを強く叩き
「おだまりなさい!ここは台湾よ。そして私はM。外国人のあなたに
何かを言われる筋合いなんてないわ」
腹が立った。
ヒースの反対を押し切り立ち上げた事業。
販売員としての人気と地位を確立していたキャンディに声をかけたに
も関わらず、彼女の人生をぶちこわしてしまった責任を感じてないと
いうのか?
キツい目で私を睨み付けるM。
私も視線を外すことなく睨み返した。
私のことはともかく、キャンディの人生をぶちこわしておいて、彼女
を馬鹿扱いしたMが心底憎らしかった。
自分の事を押えられず、何かを言おうとした瞬間だった。
「そこまだにしろ!」
今度はヒースがテーブルを叩いた。
初めて聞いたヒースの大声だった。
「今回の件は申し訳なかったよ。Mは。。入院してたんだ。過労が原
因で倒れてしまったんだよ」
ヒースが連絡が途切れ途切れだったことや仕事を進める事が出来なか
った事を詫びながら、当時の状況を説明してくれた。
そしてキャンディに対しては自分の責任を認め、訴訟は起こさず、穏
便に済ませることを約束してくれた。
怒りの炎で燃えていた私の心が静まっていく。
Mの表情も少し緊張から解放された様子だった。
「じゃあ、そう言ってくれれば良いのに」と私が言うと
「私が倒れたなんて言える訳ないわ」とMが反論。
少し冷静な口調で
「キャンディの事を馬鹿だなんて言うもんじゃないでしょ。Mの話に
夢を乗せて移籍してくれた子を。。。馬鹿だなんて」
「我慢が足らないのよ。台湾人の悪い癖だわ」とM。
「私の評判をどうしてくれるのよ。あの子のせいで私のプライドが傷
ついたわ。この顔に泥を塗ったのよ」と続けたM。
「Mのプライドの問題じゃないだろ!これはビジネスだろ!自分の事
ばかりじゃなく、従業員やスタッフ、関係しているパートナーたち
の事も考えてくれよ!」
と再び私はヒートしてしまった。
Mは自分の指で耳を塞いで目を瞑った。
私の話は聞きたくない。。。という意思表示なのだろう。
Mの子供じみた態度には本当に腹が立ったけど、もう感情を言葉にす
ることは止めた。
何を言っても無駄だ。
そう感じた。
そしてMに対して失望した。
入院していたならそう言って欲しかった。
「台湾に来て手伝って欲しい」そう言ってもらえたなら、私は喜んで
台湾へ飛んでいただろう。
Mの店舗でキャンディの後方支援くらいは出来た筈だし、入院中のM
や看病をしていたヒースと連絡を取り合いながら、日本へのオーダー
も進められた筈だ。
すでに無くなってしまったビジネスだけど、やり切った感覚がないま
まに終わってしまった仕事に未練を感じていた。
反面、Mが途中で仕事を放り投げた訳ではないことが分かり、少し安
心した。
クセのあるMだけど、信頼はしていたし、尊敬もしていた。
でも、その日はお互いに強い口調で言い合ってしまい、ギクシャクし
た空気の中で食事を済ませ、別れてしまった。
それから数ヶ月、お互いに連絡を取り合うことはなかった。
もう会うことはないかも知れない。
まぁ、それならそれでも良いかな。。。と思いながらも、ヒースから
のメールやMからの電話を待っていた。
心の片隅で。。。
そこへ掛ってきたMからの電話。
Mに対する反発と懐かしさが心の中で巻き起こった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「タイへ?タイへ何しに行くの?バケーションのお伴ならお断りだか
らね」と言うと
「何馬鹿な事を言ってるの?仕事よ」とM
「仕事?タイで何をするの?台湾の仕事もあるだろ?」
「台湾の仕事はもちろん継続するわ。でも、私とヒースはこの台湾マ
ーケットからは一線を引くわ」
「会社はどうするの?」
「継続するわよ。スカイの事、覚えてるでしょ?彼はもう立派に成長
した。彼を社長にして国内のマネジメントを任せるのよ。そして私
とヒースは東南アジアにその拠点を移し、新しいビジネスにトライ
するのよ」
スカイ。
Mの会社で営業を担当している社員。
若手のまとめ役。
従業員からの信頼はもちろん、取引先からの信頼も絶大だった。
あいつなら出来るだろう。
もしかするとM以上に会社を大きくすることが出来るかも知れない。
「新しいビジネスって。。。」
私の脳裏にはあの雑貨ビジネスの事が過ぎった。
入院していたとは言え。。。出来るのかよ?
と思う反面、Mなら何かやってしまうかも知れない。
そう思わせるだけのカリスマ性がMにはあった。
「とりあえず俺に出来ることなら何でも協力するけど。。。来月タイ
へ飛ぶ予定があるから、予定を合わせてもらえるなら。現地集合で
良いでしょ?」
「もちろんよ。詳細はヒースにメールさせる。あなたのスケジュール
をヒースにメールして。すぐにチケットを取るわ」
「あぁ。分った。ヒースには連絡しておく」
「うふふ。ありがとう。やっぱり頼りになるわね。私たちのビジネス
に興味があれば協力しなさい。今度はちゃんと儲けさせるから」
「話半分に聞いておくよ。現地では俺も仕事があるんだから、そこは
理解してくれよ」
「もちろんよ。でも、あなたの仕入先を一緒に回りたいし、現地の製
造業や海運会社なども紹介して」
「タイからの輸入を考えてるってこと?」
「現地での生産も含めて、タイでの展開を考えてるのよ」
まだ具体的な事が思いついていない様子。
まずは現地を見て「出来る」「出来ない」の判断をするのだろう。
「分ったよ。タイの仲間や仕入先は紹介する。でも、絶対に彼らに迷
惑をかけないでくれよ」と念を押すように言った。
「迷惑って何よ。私を誰だと思ってるの?」と冗談交じりに返してき
たMだった。
「ははは。Mは変わらないな」
「そうよ。私はわたし。変わりようがないわ」
相変わらずのM。
短いやり取りだったけど、少しだけ以前の関係に戻れたような気がし
た。
Mの話に飛びつくことはないし、パートナーシップを結ぶにしろ、前
回の経験から少し慎重に、そして距離を取りながら関係を維持してい
こう。これから先、また良い話、良い縁に恵まれたなら、その時はま
た改めて、パートナーとして一緒に仕事が出来れば良いのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして翌月。
私は日本から。
Mとヒースは台湾から。
待ち合わせ場所であるタイの首都バンコクへ飛んだのだ。
つづく
キャンディ 4
待望の新規事業を立ち上げたM。
そしてMが語るビジョンに夢を見たキャンディ。
しかし事態は思わぬ方向へ。。。。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まさか、あのキャンディが。。。。
ニッキーからの説明を聞きながら
「お願いだから夢であってくれ。。。」
そう思ったが、現実は現実だ。
起きた出来事は変えようがない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Mの新規事業が立ち上がり、商品の手配が十分でないにしろショップが
オープン。
最週の売上は想像以上だった。
Mはカリスマ経営者。
キャンディはカリスマ販売員。
街ではちょっとした有名人だった彼らが一体何を立ち上げるのか?
2人の心棒者、ファンたちの間で大きな期待が膨らんでいく。
オープン当日と2日目は
Mや彼女のオフィスに勤務する内勤スタッフがヘルプしないとお客さん
に対応出来ない。まさに活況を呈していた。
3日目。4日目。
売り切れる商品が出てくる。
キャンディは店の状況を逐一Mへ報告し、売れ筋商品の追加をお願いし
ていた。
「分ったわ。すぐに動くから。商品が来るまで頑張って!」
当初はMもそう対応していたようだ。
5日目。6日目。
店内の売場がガラガラになってくる。
しかし相変わらず訪れるお客さんの数は多く、噂を耳にした人達も大勢
押し寄せていた。
携帯で撮った写真を見せながら
「同級生の子がここで買ったって教えてくれたんです。同じもの、あり
ますか?」と笑顔で買い物に来てくれる学生たちも多くいた。
「キャンディ。早く日本の服が見たいわ。中国の偽物じゃなくて、本物
の日本の商品なんでしょう?お薦めの服があったら、私、試着したい
!」
そんな言葉を掛けてくれるキャンディのファンも多かった。
その度に
「ごめんね。衣料品の入荷が遅れてるの。でも、デザインはもちろん、
品質も佳い日本からの商品が入ってくるの。もう少し待っていて」
丁寧に、そして笑顔で接客するキャンディ。
代わりに店内にある雑貨を勧めたりして、売上に貢献していた。
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2~3週間が経過した。
雑貨の再入荷もなく、衣料品も入って来ない。
「キャンディ。日本からの服はまだ。。かな?」
「キャンディのオススメの服を買いたかったけど。。。」
そんな声に対応する日々がキャンディを苦しめていく。
たくさんのファンの期待に応えなければ。
来てくれたお客さんを満足させて帰してあげたい。
日に何度もMへ電話をした。
とにかく急いで欲しい。
「分ったわ。もうすぐだから」
と最初のうちはそう対応していたMだったが、電話に出る事が少なく
なり。。。ついには何度電話しても無視されるようになった。
毎日来店してくれていたキャンディのファンたちも徐々に顔を見せな
くなっていく。
ガラガラになっったままの店。
遠のく客足。
落ちていく売上。。。
開店後1ヶ月も経過していないにも関わらず、廃業寸前のような状況
になってしまっていた。
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そして悲劇が起きてしまう。
当日はキャンディと2人の学生バイトが店で勤務していた。
面倒見の良いキャンディはバイトにも優しく接していたが、その日は
笑顔がなかった。
様子がおかしいなと思いつつも、ガラガラになった店内の掃除を終え、
すっかり客足が遠のいてしまった店内で雑談を始めたバイトたち。
その時だった。
「もういい加減にして!」
大きな声で叫び声を上げたキャンディがレジを叩き始めた。
一瞬、目の前で何が起きているのか理解出来ずに立ちすくむバイト2
人。
怖い。怖い。怖い。怖い。
恐怖から身体が動かなくなっていた。
ただ、鬼のような形相でレジを叩きまくるキャンディを見ているしか
なかった。
しばらくレジを叩いていたキャンディの動きが止まる。
そして毎日出勤時に持ってきていた自分のバッグを開けた。
次の瞬間、キャンディの手に握られていたのはナイフだった。
キャ~~~
その場に座り込み、叫び声を上げるバイトたち。
もう動くことは出来なくなっていた。
ナイフを手にしたキャンディがナイフを見つめながら
「私の。。。私の服はどこなのよ!」
次の瞬間、大きくナイフを振り回し始めた。
その恐怖に再び叫び声を上げたバイトたち。
「さぁ、どこなのよ!私の服。服を出しなさい。今すぐに、今すぐ
ここに持って来なさい!私の服を持って来いって。。。言ってる
のよ~!」
そう叫びながら鬼の形相をしたキャンディが店内にある雑貨を切り
刻み始めた。
商品が、そして店舗が破壊されていく。。。
「おい!何やってんだ!」
バイトたちの叫び声を聞きつけた屋台のおじさんたちが店に来る。
「危ない!危ないだろ!ナイフを置け!」
キャンディを説得しようとするものの
「私の服は。。。。どこなのよ~~!!」
そう叫びながら店の商品を切り刻んでいくキャンディ。
おじさんたちの声はキャンディには聞こえていないようだった。
店にあった商品の半分ほどを切り刻んだところで、キャンディの
動きが止まり、その場に座り込んでしまった。
手にはまだナイフが握られていたが、もう力は抜けていたようだ
った。
そして
「私の。。。私の人生を。。。どうしてくれるのよ。。。」そう
言ってから号泣し始めたキャンディ。
その姿を見て、恐怖に怯えていたバイトたちも鳴き出した。
近くにいて、キャンディの苦労と苦悩を見てきた彼らだ。
心情を察したのだろう。
誰かが通報したのだろう。
やがてパトカーがやってきた。
警察官にうながされ、パトカーに乗るキャンディ。
街で人気のカリスマ店員キャンディが警察署に連行されていく。
そん姿、想像したくもなかった。
好条件だったとは言え、Mの語った夢に自分の夢を重ね、仕事を
辞めてまで移籍してくれたキャンディ。
それがどうだろう。
店がオープンして1週間も経たずに店はガラガラ。
毎日期待を胸に店を訪れてくれるお客さんたちには謝るばかり。
期待に応えられない自分。
期待を裏切ってしまっている自分。
そんな自分に絶えられなくなっていたと思う。
悔しかっただろうな。
悲しかっただろうな。
もう少し早く私が台湾に来る事が出来ていれば。。。こんな状況は
避けられたかも知れない。
そう思ったりもした。
ガラガラの店内。
店のあちらこちらにはナイフで切りつけられた小さな傷が残ってい
た。。。。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2年ほど経過したある日。
私は台湾のとあるデパートに入ってブラブラとしながら時間を潰し
ていた。
そして。。。。「!」
キャンディだ!
キャンディを発見した。
デパート内の女性服売場で楽しそうに働いているキャンディ。
笑顔はあのときもままだ。
声をかけたら当時のことを思い出させてしまうかも知れない。
そんなためらいもあったけど、挨拶だけでもしておきたい。
そう思った私はキャンディ近づいて行った。
私の姿に気が付くキャンディ。
一瞬、目を背けたけど、笑顔で「ハロー」と手を振ってくれた。
「久しぶり。元気だった?」
「はい。お陰様で」
「今はこの店で働いてるんだね?」
「はい。もう半年くらいになります」
「こんな話をすると。。。。何て言ったら良いのかな。。。あの
時は本当にごめんね」
「いいえ。あなたの責任ではないですよ」
「そう言ってくれると。。。助かるよ」
「私も大人気なかったなって。。。ダメですよね」
「そんなことないさ。あんなことされたら、誰だった頭に来るさ」
「ありがとうございます」
「このお店は働き易い?」
「はい。毎日新作の服が入ってきますし、当時のお客様たちも少
し大人になったのでデパートで買い物をするようになっていて、
私に会いに来てくれるんですよ」
「へぇ~!それは凄いなぁ~。当時のお客さんとも良い関係のま
まなんだね」
「はい」
「さすがだよ、キャンディは」
「いいえ。みなさんのお陰ですよ。ここの社長さんもとても良い
人で、私たちスタッフをとても大切にしてくれます。それもこ
れも、あの出来事を経なければ。。。ようやくそう思えるよう
になっったんです」
多少の傷は残っているだろうけど、笑顔でそう話してくれたキャ
ンディの姿を見ることが出来て嬉しかった。
どんな人間にでも良いときもあれば悪いときもある。
傷を傷のままにして過ごすのか?
ひとつの学びとして次のステージへ活かす事が出来るのか?
綺麗な女性から綺麗で強い女性へ。。。彼女の成長を感じた。
おわり