チェンライラーメン

チェンライのラーメン屋台

約2年ほど働いた会社を辞め、いざ独立準備へ!
と、その前にタイへ旅行したくなったので、約4年振りに
タイへ飛んだ。

2回目の訪タイだった。

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バンコク到着の翌日、夜行バスに乗ってチェンマイへ。
数泊した後、更に北にあるチェンライヘ向かった。

小さな町。
目立った観光施設もない街だけど、静かでのんびりしてい
る。
特にやることはなく、朝夕街をぶらぶら。
日中はホテルのロビーにあるソファに寝転び、本を読む毎
日だった。

5日ほどの滞在。
当時はあまりタイ料理が好きではなく、昼はバスターミナ
ル近くにある麺料理の屋台、夜はホテルの前に出ているぶ
っかけご飯を食べていた。

どちたもタイ料理だけど、辛さはなく食べやすかった。

屋台の麺は何種類ある中から好きなものを選ぶ。

ローカル屋台なので日本語はもちろん、英語も通じない。
でも、そこは観光地。
写真と値段が書いてあるメニューを持ってきてくれる。

私は毎回、チャーシューが乗ったたまご麺をオーダーして
いた。

料理担当のおじさんはいつもニコニコ。
接客をしてくれる女の子達が3人ほど働いていて、彼女達
もニコニコしている。
とても雰囲気の良いお店だ。

私にメニューを持ってきてくれる子はいつも同じ女の子だ
った。

浅黒い肌に深い彫りの顔立ち。
髪の毛をポニーテールにして、笑顔で接客。
店内を忙しく走り回っていた。
額に写る汗がキラキラと輝いていた。

出来上がった麺を私のテーブルに運んでくると、何かを話
しかけてくるのだが、タイ語なので全く分らない。

笑顔で応えるしかないので微笑み返す。
その子は何かを話して仕事に戻っていく。

笑顔が素敵な働きもの。
そんな印象の子だった。


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毎日ぶらぶら、ごろごろしている間に
チェンライからチェンマイへ移動する日になった。

午後一番のバスに乗るために、バスターミナルへ。
着替えなどの入った大きめのバッグを担いで歩く。

チェンライ最後の食事は屋台のラーメンが良いな。
そう思った私は昼前にホテルをチェックアウトして、いつ
もの屋台へ向かった。


いつものようにおじさんがニコニコ笑顔で迎えてくれた。
そして。。。。あれ?今日に限ってあの子の姿が見えない。

店内にはニコニコおじさんと、2人の女の子たちの姿だけだった。

休みなのだろう。
毎日仕事じゃ疲れちゃうもんな。
最後だし、会ってサヨナラを伝えたかったけど仕方がない。

別の女の子がメニューを聞きにきてくれた。
いつもの麺料理を指さすと、その子がニコリと微笑んでくれた。

オーダーを受けた際、私の足下にある大きなバッグに気が
ついたようだった。

料理担当のおじさんにオーダーを伝えると、同僚の女の子
の肩を叩き、私を指さして、バッグを担ぐジェスチャーを
した。

話しかけられた女の子も驚いた表情で私の方へ視線を向け
てきた。

私はニコリと笑い、バイバイと手を振った。

数分後、出来上がったラーメンを運んできた女の子が走っ
って店を出ていった。

買い出しにでも行ったのかな?
店にはおじさんと女の子の2人だけになってしまった。
最終日なのにちょっと寂しいな。。。

そう思いながらラーメンをすすっていた、その時だった。

いつもの女の子が走って店にやってきたのだ。

大きなバッグを担ぐ私を見て街を出ることを察知した女の子が
彼女を呼びに行ってくれたらしい。

当時は携帯もなく、屋台なので電話もない。
走って伝えに行くしかなかったのだ。


息を切らしながらも笑顔で、私のテーブル近くまで来てくれた
女の子。

結構な距離を走ってきたのだろうか。
肩で息をしていた。

タイ語で何かを話しかけてきたけれど、さっぱり分らない。
「日本へ帰るのですか?」とでも聞いてきたのかな?

私は両手を広げて「マイカオチャイ」(分らない)と伝えた。

ニコニコするしかない2人。

長いような短いような時間が過ぎ去っていった。

チェンマイへ向かうバスの時間が迫ってきた。
そろそろバスターミナルへ行かなきゃ。

女の子に代金を手渡す。

「バイバイ」と言うと
「see you again. サヨナラ」と女の子が笑顔で小さく手を
振ってくれた。

その後ろでおじさんと他のスタッフさん達が笑顔で頷く。

屋台を出て何度か後ろを振り返ると、その度に女の子たちが
手を振ってくれた。

ターミナルへ向かいながら、タイ語を勉強しておくべきだっ
たかな?と思ったりもしたけれど、言葉が通じてしまったら
私はこの街に居続けてしまうかも知れない。


言葉も通じず、恋にも満たない思いだったけど、今でもたま
に思い出す。

元気にしてるかな?
きっと幸せな家庭を築いていることだろう。

北の街、チェンライでの思い出。


おわり

ムエタイ少年 タイ 

ムエタイ少年

長い付き合いになったタイ王国

最近では回数が減ったけど、多いときには年間で12回。
つまり毎月現地へ飛んでいた時期もある。

そんなタイに初めて訪れたのは大学2年生が終わった3月。

約1ヶ月掛けて、北のチェンライから南のプーケット、ピピ
島を巡る1人旅だった。

このエピソードはそんな1人旅の途中で立ち寄った街での話だ。


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カンチャナブリ。

あまり聞き慣れない街の名前だけど、戦中この街には日本軍が築いた
外国人捕虜収容所があったし、その収容所を舞台にした「戦場にかけ
る橋」という映画もあった。

バンコクから比較的近い土地なので、ツアーに組み込まれている場合
もある。

バンコクに住む人達も「あの街は暑いよ」と口にするくらい、気温が
高い街。


映画「戦場にかける橋」の舞台にもなった橋を見に1泊立ち寄ってみ
た。

実際の橋を見ると映画で見たような大きさはなく迫力に欠けたけど、
南国独特の景色は趣があった。

現地の人達や観光客がその橋を歩いて渡る。
時々蒸気機関車が警笛を鳴らして橋を渡る。

のどかな田舎町。
のんびりとした景色。

私も橋を渡り、写真撮影の為に訪れていた欧米人たちと旅の情報交換
をしながら、タイの田舎町での時間を楽しんだ。

大学を卒業して社会人になったら、こんな時間なんて取れないんだろ
うなぁ。
今のうちに楽しんでおかないと。
そんな事を思ったりもした。

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夕方になる前に橋の見学を終えた私はホテルに帰ることにした。

旅行本を片手に地図を見ながらとぼとぼと田舎道を歩いていると、広
い原っぱに出くわした。

そして原っぱの中心にはやぐらが組まれていた。
やぐらの下にはリングが組まれており、数人のファイター達が練習を
していた。

ビシッ!
バシッ!
リングからはサンドバッグを叩く音、蹴る音。

エィッ!
シュツ!

サンドバッグを蹴るタイミングで選手達が発する独特の声も聞こえて
くる。

ムエタイ。

パンチとキックが中心の技術体系。
相手の首を掴んでの膝蹴りや一発で顔を切り裂く肘打ち。

タイの国技だ。

門も囲いもないやぐらの下。
練習は通行人に丸見えだけど、彼らの練習を見学している人はいない。
きっとこの街では当たり前の光景なんだろう。

格闘技好きな私は原っぱの中に入り、リングが組まれたやぐらに近づい
た。

「ハロー」と笑顔で手を上げると、何人かのファイターが笑顔で頷いて
くれた。

ムエタイファイター。
ファイターだけど、彼らはまだ幼い。
多分13~15歳くらいだっただろうか。

タイでは貧困家庭に生まれた子供がムエタイファイターになるケースが
多いと聞いていた。

目の前で練習している少年たちも、きっとそんな家庭に生まれたのだろ
う。

幼いファイターたちの中で、1人だけ技術の高い少年がいた。

キックやパンチ。
時折見せる肘も早くて鋭い。
無駄のない動きは美しい。

思わず彼の動きに見入ってしまった。

時折コーチらしき人が彼の指導をする。
真剣なまなざしでコーチの話を聞き、すぐにサンドバッグを叩き始める。

ひとつの事に集中する目。
当時私は大学生だったけど、大学生活をちんたらを過ごす毎日。
もうあんな目はしていないのだろうなぁ。。。

真剣にサンドバッグと向き合うムエタイ少年を見ながら、
「何とかしないとな」
「取り戻せるかな、あんな気持ち」

ついつい自分と比較してしまったりもした。

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カーン!
練習終了を知らせるゴングが鳴った。


リング上に流れていた緊張感が溶け、コーチがにこやかに練習生たちに
声を掛ける。
冗談でも言っているのだろうか。
ケラケラと笑い出す少年たち。

鋭い動きを見せていた少年が私を見つけ笑顔を見せてくれた。
そして「リングに上がって一緒に練習しようよ」
そんなジェスチャーを見せて笑ってくれた。

私が首を横に振り「ノーノー」と言うと少年はケラケラと笑った。

そして少年と彼の友達が近寄ってきた。

「ねぇ、日本人?」
「そうだよ」

ムエタイ少年がややぎこちない英語で話しかけてきた。
少しだけ英語が話せるのだ。

私が日本人だと分ると少年とパートナーが顔を見合わせて笑った。

街で日本人を見かける事はあっても、話をするのは初めてとのことだ。

年齢は13歳。
学校には通わず、このジムでムエタイファイターとしてデビューする
ことを目標に練習している。

毎日の練習は厳しいけど、新しい技術を覚えるのは楽しい。
そしてデビューして有名になって、たくさんのお金を稼いで、家族を
楽にさせたい。
そう話していた。

13歳の少年が家族を楽にさせるために。。。
20歳を過ぎた私は日本でちんたらとした大学生活を送っているとい
うのに。。。偉いなぁ。

そう思いながら、日本にいる父と母の顔を思い浮かべた。

「将来はどんなファイターになりたいの?」
私が質問をすると

「早くバンコクのリングで戦えるファイターになりたい!」
ムエタイの殿堂、ルンピニーとラジャダムナン。
この2つのリングのどちらかでベルトを巻く事が出来れば、お金だけ
ではなく、名誉も手に入れることが出来る。
ムエタイファイターの目標となるリングだ。

少年の目は眩しいばかりに輝いていた。
夢を持っている人だけが放てる光。
褐色の肌からオーラのようなものが放たれていた。


「目標にしているファイターはいるの?」

「うん。ハルク・ホーガンさ!」

えっ???
ハルク。。。。ホーガン????

ホーガンはムエタイファイターじゃなくてプロレスラーじゃん!

大声で笑ってしまった。
真面目に答えた少年も釣られて笑っていた。

ハルク・ホーガンはアメリカのプロレスラー。
世界的な知名度を持ち、プロレスばかりではなく映画にも出演したり。
稼ぐ金額も半端ではなかった。

テレビで悪役レスラーをバッタバッタとなぎ倒すホーガンに憧れる。
違和感を感じたけど、まだ13歳の少年だ。
格好良いヒーローへの憧れが強いのだろう。

少年らしい姿に少しホッとした。

「じゃあ、そろそろホテルに戻るね。楽しかったよ。ありがとう」
「アリガト」
少年が日本語で応えてくれ、その他の少年たちと一緒にが笑顔で手を
振り見送ってくれた。

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良い出会いだったな。

観光地巡りもしたいけど、現地の人達と話がしたい。
ツアーではなく、街に住む人達と自然に出会い、触れあってみたい。

それが私の旅の目標でもあった。

原っぱを抜け出してしばらく歩いていると、ピッピッ!とバイクの警笛。
振り返るとバイクに乗ったムエタイ少年だった。

「ホテルどこ?」
「うん、このホテルなんだけどね。ここから歩いて10分くらいかな」

「良かったらバイクで送るよ。後ろに乗って」
「いいの?」
「うん。家の方角と一緒だし」

なぜか13歳がバイクに乗っていたのだけど、そのときは深く考えずに
彼の好意を受け入れ、バイクに乗せてもらった。

少年が運転するバイクに2人乗り。
しかも2人ともヘルメットなし。

風は生ぬるかったけど開放感があって楽しかった。
アジアだな!

カンチャナブリの風景を楽しんだ。

その時だった。
私たちの後ろから
ウ~ッ!という警告音

振り返ると白バイだった。

私たちが乗るバイクを楽々と追い越したところでスピードを緩めた白バイが
バイク停車するようジェスチャーで命令してきた。

バイクを止めると警官が近寄ってきて、少年に何かを話しかけている。

二人乗りしてたし、ヘルメットも被ってない。
ヘルメットは仕方ないにしても、少年は私を送る為に2人乗りをしてしまっ
たのだ。
私から警察官に事情を説明しなければ、ムエタイ少年に申し訳ない。

警察官に近づき、

「すみません、私は日本人なのですが。。。」と話し始めると警官が手で
話を遮った。

少年はかなり怒られていた。
何度も何度も頭を下げていた。

悪いことしちゃったなぁ~~。

罰金を取られるような事になったら、私が負担してあげよう。
そんな事も考えていたけど、警官は注意をしただけで立ち去ってしまった。

去って行く白バイを見ながら、少年は下を出して笑顔を見せてくれた。

「大丈夫だったの?」
「うん。良くあることさ。単なる嫌がらせ。さっ、ホテルへ急ごう」

警官の注意を受けた後にもかかわらず、私と少年はノーヘルで二人乗りの
ままホテルに到着。

「ありがとう」
「you are welcome。またタイに来る事があったら練習を見に来てね」
「うん。必ず」
そう答えながら、この先、タイへ来ることなんてあるのかな?と思った。

「バイバイ」
ムエタイ少年が笑顔のままバイクに乗って立ち去って行った。

少年の姿が見えなくなるまで、彼の後ろ姿を見送った。

あの少年。
ムエタイファイターとしてデビューしたのかな?

ファイターとして成功することが出来ていなくても、
幸せな暮らしを手に入れる事が出来ていると良いな。

カンチャナブリのムエタイ少年。

おわり





ニューオリンズ 僕の荷物はどこですか?

アメリカ南部の街
ニューオリンズ

ジャズの街としても有名で、観光エリアへ行くと
ストリートミュージシャンがあちらこちらで演奏を披露
していた。

好きな事をして生きている人たち。
足を止めて彼らの演奏を楽しむ観光客たち。
集う人々は皆笑顔。
歓声を上げたり、演奏に合わせて踊り出したり。

音楽と街。
そして人生を楽しんでいる。
底抜けに明るい街だ。

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1日中、街を歩き。
夕飯を終えてバスターミナルへ戻る。

再び夜行バスに乗り、次の街へ向かう為だ。

ターミナル内にある案内所でバスの出発時間を確認。
一息付いているときだった。

「あのう~、すっ、すみません。日本人ですよね?」
と日本語で声を掛けられた。

振り返ると気の弱そうなメガネの男性が立っていた。
日本人だ。

「はい。そうですよ」
そう返事をすると、

「ちょっと良いですか?」

「は、はい。大丈夫ですよ。座って話しましょうか」

「あ、ありがとうございます」
おどおどとした表情で彼はベンチに腰を下ろす。

超弱気な感じ。
緊張しているのか、ベンチに浅く腰掛けていた。

何かトラブルにでも遭ったのかな?

「あのう。。。僕の。。。僕の荷物がないんです」

置き引きにでも遭ったのかな?

「荷物がないって。。。盗まれたの?」

「いえ。今朝、この街に到着してバスを降りた時、バス会社
 の人が近寄ってきたんです。。。。」

彼が言うには、そのバス会社の人は
「ようこそニューオリンズへ!」
と笑顔で話しかけてきたそうだ。

バス会社の人と名乗る男はは街の観光名所やお薦めのレスト
ランやバーの店名や場所を丁寧に話してくれたそうだ。

親しみのある笑顔と優しい物腰。
質の良いサービス。
日本人の彼は説明を聞いている間にバス会社の人への信用を
深めていった。

「この街には何日間の滞在予定ですか?」
と聞かれた彼は

「今日の夜には街を出ます。夜のバスで」
そう答えたそうだ。

「そうですか。1日だけとはちょっと残念ですが、1日だけで
 もこの町を心ゆくまでお楽しみ下さい。
 あっ、大きなお荷物があるのですね。お荷物を持ったままで
 の観光は大変でしょう。ターミナル内ではお荷物を預かるサ
 ーブスがございまして、私はその担当なんです。もし宜しけ
 れば、私がお預かりしますよ。こちらにチケットがあります。
 街を出る際、このチケットをカウンターへお持ち下さい」

と言って、その男性からチケットを受け取り、大きなバッグを
バス会社の人に預けた。
そしてニューオリンズへ出た。

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観光を終えてターミナルへ戻ってきた彼はサービスカウンター
へ行き、チケットを出した。。。。

「すみません。僕の荷物をお願いします」

しかし。。。

「何これ?」
サービスカウンターの担当からはつれない返事。

「こっ、これは僕の荷物を預かってくれたバス会社の人から貰
 ったチケットです。あなたの会社が荷物を預かってくれるっ
 て。。。」

「ウチはそんなサービスしてないよ。ほら、あそこに見えるコ
 インロッカー。荷物を預けるのはあそこだけだよ」

「えっ?じゃ、じゃあ、僕の荷物は。。。?」

「そんなこと、僕が知る訳ないじゃん。あんた、欺されたんだ
 よ。ったく、日本人はよく欺されるんだよなぁ~。それを俺
 たちに言われてもさ~」

「じゃあ、僕は。。。僕はどうすれば良いですか?」

「知らね~よ。警察にでも相談したら。ったく、こっちは忙し
 いの!」

対応してくれないばかりか話も聞いて貰えず。
警察への連絡もしてくれなかったそうだ。


彼がターミナルに到着した際、たまたま私を見かけたのを覚え
ていたので、、もしかすると同じような被害に合ってないか?
同じ男から声を掛けられなかったか?
そう思い、声を掛けてきたそうだ。

藁にもすがる思いだったのだろう。

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荷物は出てこないだろう。
とは思ったけど、バス会社の人に話をしてみよう。

そう思った私は近くを歩いていたバスターミナルの警備員に話
しかけてみた。

「すみません」

黒人の警備員は笑顔で「何かご用でしょうか?」
とても丁寧は応対をしてくれた。

「実は。。。。」

一通りの説明を終えると
「恥ずかしいことにこの街で多発している事件なんですよ。
 我々も注意を呼びかけているのですが、被害は後を絶ちませ
 ん」

警備員は対応も良く、熱心に話を聞いてくれた。

「残念ですが荷物は出てこないでしょう。でも、警察に被害届
 を出しますか?」

「はっ、はい。荷物は。。。出てこないのでしょうけど。。。」

と気弱な青年。

そして私の方を向き
「大切なお時間を。。。ありがとうございました」
と言って深々と頭を下げてくれた。

「警察まで付き合おうか?」と言ったが
「いえ、僕のミスであなたの時間を奪う訳にはいきません。多少
 英語も出来るし大丈夫です。今夜のバスに乗るんですよね?」

「うん。本当に大丈夫?」

「はい」
少しだけ笑顔になった青年は
「お気を付けて。ありがとうございました」と私にお礼の言葉を
伝えてくれた。

「いいえ。お役に立てず申し訳ない」

「そんなことないですよ。久々に日本人と話せて良かったです。
 ありがとうございました」

そこで彼とは別れた。

幸い財布や飛行機のチケット、そしてパスポートは身に付けて
いたので、旅を続けること、そして日本へ帰ることは出来ると
話していた。

冷静に考えるとあり得ない話だ。でも英語で話しかけられて気
が動転したり、完全に理解しないまま相手のペースに乗ってしま
うと隙を突かれる事がある。

旅は楽しい。
でも、自分の身は自分で守るしかない。
リスクもあることを忘れてはいけない。
それが1人旅。


おわり