台湾の思い出 さらば台湾 再見 2 出張という名の一人旅 最終話

翌日は11時半にサイ社長が迎えに来てくれる事になっていた。

最終日だからティーシャツに半ズボンじゃなくて、キチンとした格好
でお邪魔するかな。

意気込んでクローゼットを開け、台湾に来る時に着てきたシャツとパ
ンツを取り出し準備を進めた。。。あれっ????

キ、キツイ。。。パンツがキツい!!!!

約3ヶ月の台湾滞在中、毎日のように中華料理を食べていたので身体
が大きくなってしまったのだ!

帰国後、体重を計ったら6キロほど増えていた!

中華料理恐るべし。

仕方なくいつものティーシャツと半ズボンでサイさん家族とのランチ
へ。

時間より少し遅れてサイ社長が迎えに来てくれ、車に乗ってサイさん
の家に向かう。

真夏の台湾にやってきたのが夏。
今は10月下旬。
南国の台湾も10月になるとやや肌寒い日もある。

車の窓を開けて外の空気を感じながら車窓から街や田畑を眺める。

今日でお別れか。。。

すぐにサイさんの家に到着。
車を止めたサイ社長が「ドウゾ」と日本語で家に入るよう促してくれ
た。

玄関から居間へ。
特に仕切りがある訳でもなく、そのまま大きな丸テーブルに座った。

いつの間にか私の座る席も決まっていた。
毎日毎日、真面目君が来た日以外はサイ社長の家、このテーブル、こ
の椅子、この位置でお昼をご馳走になっていた。

それも今日で終わりだ。

奥さんと娘さん2人で料理を作り、出来上がったものからテーブルに
運ばれてくる。

いつもと変わらない台湾の家庭料理だ。
そして大好物の水餃子も作ってくれていた。
単なる偶然かも知れないけど。

簡単な会話をしながら舌鼓を打つ。
美味しい!

「サイ社長の家の水餃子。本当に美味しい。大好きだよ。水餃子の店
でも出してみたら?」と冗談を言いと。

「やってたんだよ、料理屋」

「えっ?」

サイ社長が珍しく冗談を言っているのかと思ったが、冗談を言う人で
はない。顔は至って真面目だった。

「ちょっと待ってて」と席を立つサイ社長。

しばらくすると立て看板を持ってきた。

料理の写真やメニューが印刷された立て看板だった。

水餃子も印刷されてる!

「本当に????」

「うん。この工場を始める前、ウチは料理屋だったんだよ」

絶句した。

料理屋さんが転職して工場経営。。。全然違う分野への転業だ。

お金が好きな台湾人。
そして日本ほど社会が安定していない台湾では、旬な商売、儲かる
商売にサッサと転身してしまう人が多い。

実直なサイ社長でさえそうなのだ。
でも、異分野への転業でも支えてくれる人と情報、真面目に仕事を
していれば、運と仕事を引き寄せる。

片田舎の小さな工場が私の所属する会社との取引を成立させ、日本
最大手のコンビニエンスストアへ商品の供給をしてしまうのだから、
人生って面白い。

「今日、キチンとした格好で来たかったんだけど、服が入らなくな
ちゃってさ」私が言うと

サイ社長の奥さんが
「あなたがどんどん大きくなるのが面白くて、黙って見ていたのよ」
と大笑い。

「なんだよ~、酷いなぁ」

サイ社長の娘さんも大笑いだった。

3ヶ月で6キロだ。
そりゃ大きくなるのが分かるよなぁ~。
ラフな格好をしていたので自分では全然気が付かなかった。

食事が終わり、ホテルへ戻る時間が迫っていた。
タクシーを手配して台北のオフィスへ行かなければならない。

もっと一緒に居たい。
夕方までいろいろ話していたい。
でも、台北でも仕事があるのだ。
行かないと。

「そろそろだね。ホテルまで送るよ」とサイ社長。
「うん、ありがとう」

奥さんと娘さんとは工場でお別れ。
「ありがとう。ベイビーにも宜しく伝えておいてね!」

「ハイ。アリガト」奥さんが始めて日本語を話した。

「謝謝 再見」
私は中国語で挨拶をした。

笑顔で手を振ってくれた奥さんと娘さん。

サイ社長が車のエンジンをスタートさせる。
ゆっくりと車を走らせる。

奥さんと娘さんの姿がどんどん小さくなっていった。

サイ社長が運転する車内では特に会話をする間もなくホテルへ到着。
昨日と同じだ。
話そう、話したい。
そう思うと言葉が浮かばない。

ホテルに到着した。

「再見!」サイ社長が右手を差し出す。
「再見!」私がその手を握り返す。

車から降りて、再度「再見!」と笑顔で挨拶を交わす。
笑顔のままサイ社長が車をゆっくり発進させた。

ホテルの前でサイ社長の車が見えなくなるまで見送った。

長かったようで短かった竹南ノ夏が終わろうとしている。

出会ったみんな、ありがとう。
みんなとまた会いたい。

あ~、真面目君だけは別だけど。。。。

また戻ってくるよ!

初めての台湾。
初めての海外出張。
異国の田舎町で孤軍奮闘した日々が終わりを告げた。
いた、孤軍奮闘したのは最初だけ。
最後はひとつのチームになっていた。
一体感を感じるようになっていた。
私は半分台湾人になっていた。

会社の仕事。
会社の命令で来た台湾。
こんなにこの国の事が好きになるなんて思ってもみなかった。

ありがとう、みんな!
ありがとう竹南
さようなら竹南

いつかまた。。。。きっと。

劇終

台湾の思い出 さらば台湾 再見 1 出張という名の一人旅 35話

小野田社長からのお誘いを断り、再び工場での仕事に集中する。

日本での発売日が決まっていて、国内問屋、物流会社とのスケジュールも
決まっているので、遅れる事は許されない。

土壇場で不良品などが出ないよう、出来上がった商品はもちろん、そこで
働く人たちにも目を配る。
私同様、ちょっと飽きっぽいところのある台湾人。
木が抜けないよう適度に声をかけたり、冗談で笑わせたりしながら、私も
検品を続ける

会社に入社したばかりの新米社員が入社40日後に命じられた海外出張。
出張先は初めて訪れる台湾。

その台湾の田舎町、竹南。
街にはコンビニが数軒、マクドナルドなどのファストフォード店はなく、
地元ローカルな店があるばかり。

住宅街と田畑に囲まれたこの小さな工場で製造されたクリスマスツリーが
日本の大手コンビニエンスストアの店頭に並ぶのだ。

それを思うと改めてプレッシャーを感じる。

輸送中の衝撃で商品が壊れないか?
箱詰めした商品を一定の高さから落として耐久性を確認する。
落としては開封し、商品が破損していないか?
ICから流れる音楽に問題ないかもチェックした。

サイ社長やパートのおばちゃんたちも真剣な顔でその様子を見つめて
いた。
「日本の品質管理はここまでするのか?」
サイ社長はそう思ったと後日語っていた。

印刷された商品説明文に間違いや印刷不良がないかも再度確認。

工場からの出荷日が迫るにつれ、作業量が増え、工場内の緊張感も高ま
っていった。

一方で仕事に関わってくれた地元のメーカーさん達が別れの挨拶に来て
くれる。
ICチップの社長さんには映画に連れて行って貰ったけど、字幕なしの香
港映画の内容は全然分からなかった。

印刷屋社長さんと彼の家族には地元のお祭りや山の上の料理屋へ連れて
行ってもらった。
小さな娘さんに懐かれてしまい、別れる度に大きな声で泣かれた。

元日本人のおじいちゃん達の家には時々お邪魔していた。
いつも優しい笑顔と大きな声で迎えてくれた。
台湾の田舎で日本語が通じる。
私にとって癒やしの時間だったし、おじいちゃん達にとっても懐かしい
日本語を使える滅多にないチャンス。
子供や孫を呼び寄せては、日本語を話す勇姿を見せていた。

途中で連絡が取れなくなってしまった南国美少女。。。どうしているだ
ろう。。。?
結局再会する機会には恵まれなかったけど、竹南のどこかで元気にして
いるのだろう。
希望する台北の大学に無事入学出来る事を祈った。。。けど、心残りだ
ったなぁ~。

工場での生産が無事に終わった。

後半は生産ピッチを上げる為、残業までして頑張ってくれたパートさん
たちには本当に助けられた。

商品を全て箱に入れ、工場に来た運送屋のトラックに箱を詰め込む。

サイ社長から「力仕事は手伝わなくて良いよ。疲れただろうから座って
みてれば」と言われたけど、最後まで手伝った。
そうしたかった。

これがサイ社長やパートさんたちとの最後に仕事になってしまうのだか
ら。。。

最後の1箱をトラックに載せる。
サイ社長がトラックの運転手に話しかけ、運転手はこちらに手を振りト
ラックに乗り込んで行く。

「無事、港まで届きますように」
心の中でそうお願いした。

全ての仕事が終わった。
サイ社長とがっちり握手。
普段は大人しいサイ社長が大きく目を見開き、本当に嬉しそうな表情
を見せてくれた。

夕陽が傾き出していた。
退社時間だ。

工場を後にするパートのおばちゃん達1人1人にお礼を言って見送っ
た。
お礼と言っても「謝謝」としか言えなかったけど。

みなさん
「これからも頑張ってね」
「またここにおいでよ」
「アリガトウ」(日本語で)
と労ってくれた。

異国で異国の人達との
一体感と達成感。

いや、異国だからこそ感じるのかも知れない。

工場を後にする時、サイ社長が「明日はもう台北へ行くの?何時?も
し時間があるなら、ウチで最後の水餃子を食べていってよ」

「えっ?いいの?竹南を午後出れば良い事になってるから」
嬉しかった!

「よし、じゃあお昼にしよう。ホテルへ迎えに行くよ」
とサイ社長。

最初は言葉も通じず、意思の疎通が出来ず、ちょっと険悪な雰囲気に
なってしまったこともあったけど、今では気さくに言葉を交わせる関
係になっている。

毎日工場への通勤に使っていた自転車はサイ社長の家で預かってくれ
ることになった。
「もし、来年も来るようなら必要になるでしょ?」とサイ社長が申し
出てくれたのだ。

そして宿泊しているホテルまで車で送ってくれた。

もっと話したいのに言葉が出てこない。
それはサイ社長も同じようだった。

ほとんど会話もないままサイ社長の運転する車がホテルに着いた。。。
着いてしまった。

車を降りると車内から「明天見」(また明日)と声を掛けてくれた。

「ハイ、明天見!」と手を上げて答える私。

サイ社長の車が動き出す。
サイ社長の車が見えなくなるまで見送った。

疲れていたけど、すぐにホテルの部屋に戻りたくなかった。
竹南最後の夜。
良く買い物したスーパーや小売店の人達の顔を見に行く。
話せる余裕がありそうな人には声を掛け、日本に帰る事を告げる。

「再見!」
みんな笑顔でそう言ってくれた。

ホッとした、と同時に疲れを感じた。

「そろそろホテルへ戻るかな」

竹南にしては賑やかな通りを歩き、ホテルへ戻った。
いよいよ明日、竹南を後にする。

つづく