台湾の思い出 香港社長 5 出張という名の一人旅 34話

台北のステーキハウス、そしてホテルのラウンジへ

香港でオフィスを構える小野田社長との出会い。

そして香港から台湾の片田舎にある小さな工場へ電話を
かけてきてくれた小野田社長。

飛び上がるほど嬉しかった。

「ほいで給料やけど、今の倍までは出せんけど、1.5倍だったら
出すよ。基本、勤務地は香港や。俺の片腕になって香港と中国
を駆け回ろうや」

憧れの香港の地。
そして給料アップ。

頭の中でミスターブーの主題歌が流れ出す。。。

でも、、、、行けない。
香港へは行けない。。。

自分の中には今いる会社を退職し、自分で会社を設立する計画が
あり、すでに準備を進めてしまっていたのだ。

そして旗揚げに参加してくれる相棒もいた。
国内にいる相棒が会社設立に向けた準備を単身進めてくれていた。

まだ時間はあったものの、小野田社長の会社に移ったとしても働
ける期間は1年強しかない。

私を引き抜くとなると、長年続いた私の上司や私が所属している
会社の関係にも影響が出るだろう。

小野田社長がそこまでのリスクを取り、私を引き抜き、それを足
蹴にして時がきたらサッサと独立するという訳にもいかない。

迷惑をかけてしまう。。。

小野田社長には魅力を感じていたし、仕事もやり甲斐がありそう
だった。

もし事情を話し、私が独立するまでの短期間でも構わないと言っ
てくれたとしても、今度は私が香港での仕事に魅了され、独立の
道を諦めてしまうかも知れない。

「どや?来てくれるよな?一緒に仕事しようや~」
小野田社長の言葉が続く。。。揺らぎ始める自分の心。。。。

「す、すみません。せっかくの有り難いお話しなのですが。。お
受けすることが出来ません。。。。」

「なんでや~。今の会社の事が気になるなら、俺に任せてくれや
。絶対君に嫌な思いはさせないから」
とまで言ってくれた。

「すみません、事情は今ここでは話せないのですが。。。今回の
話は。。。すみません」

しばらく沈黙が続いた後。。。

「はっはっはっはっ!そうか~。フラれてしもうたな~」小野田
社長が大きな声で笑いながら話し始めた。

「すみません。せっかく良いお話しをいただいたのに。。。」

「気にするなよ。そういう頑固なところも良いんやけどな。しゃ
~ないわな。君には君の人生がある。今回は諦めるわ」

「ありがとうございます」

「もし会社を辞めるような事があったら、すぐに連絡くれや。そ
こまでいかんでも、相談事があったら連絡してくれや。そして
香港、絶対来いよ。待ってるからな」

泣き出したかった。
本当に有り難くて有り難くて。。。有り難さを突き抜け、大きな
声で泣き出したかった。

「はい。香港、必ず行きます!約束します。ありがとうございま
した」

「おぅ!驚かしてごめんな。また美味いもん食べ行こうや。ほな
な~」

小野田社長が電話を切った。

断ってしまった。
あんなに良い条件を出してくれたのに。。。断ってしまった。

ちょっと後悔した。

でも、自分の夢がある。
そしてすでに動き始めていた。
相棒を裏切る訳にはいかない。

これで良かったのだ。

数年後、私は会社を辞め、予定通り相棒と会社を設立。
会社を立ち上げたものの経験不足がたたり、売上を上げ、会社を
軌道に乗せ、安定させるまでかなりの時間が掛かっていた。

悪戦苦闘が続く中、都内にある大手ディスカウントストアとの取引
が決まり、売上が伸び、会社に安定的な利益が出るようになってい
た。

そのディスカウントストアの担当者から、店舗数のスケールメリッ
トを活かし、今後は海外からの直輸入を増やしたい。中国か香港に
知っている日本人はいないか?との相談があった。

ミスターブー!
小野田社長しかいない!

「知り合いが香港で会社を経営しています。彼と連絡を取ってみま
す」

ディスカウントストア担当者にそう答え、すぐに小野田社長の携帯
へ電話した。

そして2ヶ月後、ディスカウントストア担当者と社長の息子さんを
コーディネイトする形で初めて香港へ飛んだ。

ゴミゴミとした町並み。
飛び交う言葉。

時代が経過していたけど、ミスターブーのオープニングで観た、香
港の喧噪の中を歩いていた。

小野田社長のオフィスは港を見下ろす高層ビルにあった。
ビルの入り口、各階のエレベーター付近にはガードマンが立ってい
た。

ドアのベルを鳴らす
ゆっくりとドアが開いた。

現地香港の女性が微笑みながら英語で迎えてくれた。

そして。。。「お~よう来たな~。何年ぶりやろか」
あの笑顔。
ミスターブーのそっくりさん、小野田社長が大きく手を広げて「さ
さ、入れや!待ってたでぇ」と笑顔で立っていた。

久々の再会だった。

オフィスは広く、大きな窓から港が一望出来た。
同行したディスカウントストアの2人もちょっと驚いていた。

その日は商談を交えながら、昼食と晩ご飯をご馳走になった。

当時、小野田社長の会社は飛ぶ鳥を落とす勢い。
業界2番手、3番手のコンビニチェーンと取引のある業者と組み、
販路を拡大、自社商品を開発、それをベースにキャラクター商品
の版権も獲得していた。

大阪の冴えない小さなメーカーさん。
お父さんが毎晩会社の金庫からお金を持ち出してしまい、いつも
会社の金庫にはお金がなかったと話していた。

それが今では香港にオフィスを構え、小野田さんは中国、香港、
大阪を駆け巡る忙しさ。
社員もどんどん増えていた。

もし小野田社長に世話になっていたら。。。。そんな事も脳裏を
過ぎったりもした。
でも、時間を逆行させる事は出来ない。

残念ながら取引の話はまとまらなかった。
「いつでも連絡してや。こっちの人間も紹介したるからな。頑張
りや!」

忙しい時間を半日も割いてくれた小野田社長。
本当に有り難かった。

小野田社長とはその後も何度がお会いする機会があった。

その後も彼の会社は成長を続けていたのだが、片腕だった弟さん
が病気で急死された。

そして大学を卒業した小野田社長の息子さんが会社に入ると、社
内の雰囲気は一変したという。

息子さんの横暴な態度に嫌気がさした社員さん達が大量に退社し
てしまった。

息子さんは小野田社長が海外から帰国している間だけ真面目な仕
事振りを装っていた。

また大学時代の学友数名を会社に入社させ、益々独裁的な立場を
固めていったそうだ。

誰もそのことを小野田社長に告げ口出来ない環境になっていた。

現在でも会社は残ってはいるものの、良い噂は聞かなくなってし
まった。

私も小野田社長の会社に転職していたら今頃は。。。

人生は長い。
そして未来のことなど誰にも分からない。

自分の人生は自分で開拓していくのがベストなのだろう。

このエピソードを書きながら、そんな思いが頭を過ぎった。

台湾の思い出 香港社長 4 出張という名の一人旅 33話

台北で出会ったミスターブーにそっくりな香港社長こと
小野田社長。

その仕事っぷりは逞しく、またどこか爽やかな風を纏
っていた。

上司から「台北で会おう」との電話を受けた際、面倒
臭いとしか思えなかったけど、小野田社長との出会い
はとても価値のあるものだった。

台北から竹南へ向かう急行列車の中。
香港のオフィスで忙しく働いている小野田社長の姿を
想像した。

「香港かぁ。。。いつか行ってみたいな」

香港。

ブルース・リーやミスターブーが好きだった私には特別
な場所でもあった。

ゴミゴミとした街中で忙しく動き回る香港の人達。
活気がありそうだなぁ。

帰国後、もしまとまった休みが取れそうだったら行って
みようかな?
台湾に来てからほとんど休んでないし、有給も全然消化
出来てない。4~5日、週末も入れれば3日くらいなら
会社も休めるかも知れないな。。。勝手に想像を膨らま
していた。

昼前に工場へ到着。

到着と同時にサイ社長が「ご飯、食べよう」と笑顔で迎
えてくれた。

小野田社長との出会い。
興奮冷めやらない私は誰かに話したくて仕方がなかった。
でも、それをサイ社長に話すほど中国語が上達していな
かった。

美味しい水餃子をほおばりながら、香港を闊歩している
自分の姿を想像した。

小野田社長と出会ってから10日ほど経過したある日。

工場の電話が鳴った。

サイ社長が受話器を取り、「ホ~ホ~」と頷き、私に受
話器を渡す。

上司かな?と思い電話に出ると。

「お~、元気でやってるかい?俺や俺、小野田や。覚え
てる?」

なんと小野田社長からの電話だった!

「はい。もちろんですよ。忘れる訳ないじゃないですか!」

「ホンマかいな~」
と小野田社長。

「あの日はありがとうございました。とても刺激になりま
した。実は社長の話を聞いたら香港へ行ってみたくなり
まして。。。帰国したら会社に休みを申請してみようと
思ってるんですよ」

私は夢中で思いを告げた。

「ホンマか!嬉しいな。1度、見においでよ」
「いいんですか?はい!ありがとうございます!」

「で、いつにする?」
「えっ?とりあえず会社に休みの申請をして。。。」

「もし良かったら来週にでも香港に来ないか?2~3日後、
何だったら明日でもいいよ。俺がチケット買うからさ」

そ、そんなに早く???

行きたい。
今すぐにでも飛びたい!
でも、仕事がある。

そろそろ仕事も終盤。
出来上がった商品を陸送会社へ渡し、船会社へ運ばなければ
ならない。

「ちょっと仕事が。。。もうすぐシッピングなので現場を放
り出す訳には。。。」

「香港、見にこいや~。2人で中国国内の工場も見に行こう
や。君に見て欲しいねん。見て、判断して欲しいねん」

判断????

小野田社長の言う「判断」の意味が分からなかった。

どう返事をして良いのか分からず、しばらく無言でいると

「いやな、君と会ってから、君の事が気になって仕方がない
ねん。もし良かったら香港へ来て欲しい。そして俺の片腕と
として、この香港で一緒に働いて欲しいんや」

えっ??

「そ、そんなこと。。突然言われても。。」

「そやろな。でも、俺から君の上司には話をつけたる。心配
すんな。俺とあいつの仲や。あいつを納得させたる」

嬉しかった。
飛び上がりたいほど嬉しかった。

小野田社長の下、香港で仕事が出来る。
そのチャンスが舞い込んで来たのだから。

つづく

台湾の思い出 香港社長 3 出張という名の一人旅 32話

台北で私の上司に紹介されたミスターブー。。。
いやいや、小野田社長に誘われて、ホテルのラウンジで
話をうかがうことに。

大阪の本社は弟さんに管理を任せ、単身香港でオフィスを
開き、中国での生産に乗り出しているという話だ。

「ウチは大阪で代々続くおもちゃメーカーなんよ」
小野田社長の話が続く。

興味深い話に私の興味もかき立てられた。

「2年ほど君の会社にお世話になって、その時に散々遊んだ
からな~。もう遊びはいらん。仕事、男は仕事せにゃな」

お~。
小野田社長、格好良い!

東京にある私が在籍していた会社で2年間の修行を終えて
大阪へ戻った小野田社長。

猛烈に仕事をしたそうだ。
朝から晩まで仕事して、取引先へ通い、商談をたくさんま
とめた。。。でも、一向に楽にならなかったそうだ。

その原因は。。。。
「ウチの親父や」

どれだけ売上を伸ばしても酒と女が大好きな小野田社長の
お父さんが会社の金庫からお金を持ち出して、飲みに出て
しまう。

業界が縮小しているにも関わらず、派手な遊びから抜け出
す事が出来なかったらしい。

会社の金庫や銀行口座はいつもギリギリ。
月末の支払いなどはヒヤヒヤの連続だったそうだ。

そしてある日。。。突然お父様が亡くなってしまった。

まだ30歳そこそこだった小野田社長が社長に就任。
銀行に勤務していた弟を会社に向かえての再出発。

お父さんを亡くした悲しみは大きかったけど、会社を建て
直すチャンスでもあった。
弟と当時会社に残ってくれた社員たちで必死に働いた。
そして始まった快進撃。

取引先を次々に開拓し、弟に経理を任せて、香港へ。
中国国内のメーカーと接触、生産を委託し、コストを下げ
つつ日本の品質を教えていく。

見る間に力を付けていく中国企業。
日本の要望にも応えられるようになっていく。
仕事が増え儲けが増えると中国人経営者との信頼も深まっ
ていく。

小野田社長に快進撃を見て、台湾での生産から中国へシフ
トするメーカーも増えていく。
その過程で小野田社長に舞い込む相談も増えていく。

「だったらウチに任せない?完璧な仕事したるで」
小野田社長の決め台詞。
香港で受注する仕事も日に日に増えていったという。

独学で習得した中国語も大いに武器になったそうだ。

「結構話しちゃったな。俺の話ばかりやったけど。ごめん
な」

「いえ、とても刺激になりました。こんな話、なかかな聞
けないですよ。ありがとうございました」

もう少し話を聞いていたかったけど、小野田社長は翌日の
飛行機で香港へ戻るのだ。

忙しい人だなぁ。
この業界に入って始めて出会った仕事をする人。
ちょっとリスペクト。

小野田社長がホテルのエントランスまで送ってくれ、タクシ
ードライバーに私が宿泊しているホテル名を告げる。
流暢な中国語で台湾人とのやり取りも難なくこなしていた。

格好良いなぁ~。

ミスターブーなのに
マイケルホイなのに

格好良い。

翌日、私と私の上司が宿泊しているホテルのロビーに下りて
いくと小野田社長が待っていた。

「最後やからな。君と飯、食べよ思うてな」と小野田社長。
「オイオイ、ウチの新人を引き抜くなよな」と上司が笑いな
がら小野田社長の胸を突く。

3人でホテルのお粥セットをいただいた。

1時間後、小野田社長は空港へ。
私と上司が見送りに出た。
颯爽とタクシーに乗り込む小野田社長。

「ほな、また会おうや。香港、1度見にこいや。美味しいもん
食べ行こうな!」
手を振りながら去って行った小野田社長。

ミスターブーが香港へ。。。。

「君はどうする。オフィスへ行く?」と上司。

「いえ、工場へ戻ります。心配なので」と答え、私は台北駅へ
向かった。

さて、俺も仕事しよう!
男は仕事だよな!

駅で切符を買い、電車に飛び乗り田舎町の竹南へ。。。。。

つづく

台湾の思い出 香港社長 2 出張という名の一人旅 31話

上司に呼び出され台北へ

市内のステーキハウスへ向かうと
上司の友人が先に席についていた。

上司の後について、その男の席へ向かう。
どこからどうみてもミスターブーのマイケルホイだ。
やはり中華圏。
同じような顔をした人っているんだな。

我々が席に近づくと、その男は満面の笑みを浮かべて
椅子から立ち上がった。

「どうもどうも、待ってたよ~。遅いわ~」
あれ?
日本語だ?
綺麗な日本語、しかも関西弁だ!

「この子が例の新人君。頑張ってるみたいやね~。噂は
聞いてるよ~」

流暢な日本語だ!

「いつも来るのが早いんだよ。せっかちなだな~」
と上司が笑いながら私の方を振り返り、

「紹介するよ。大阪の小野田社長だよ」

えっ?日本人なの???
どこからどうみても香港のミスターブー、マイケルホイ
なのに。。。。

「どもども!」と右手を差し出してきたので握手した。

「ささ、早く座ろうや~」と私を急き立てた。

「ありがとうございます」と小野田社長の向かいに座らせて
もらった。

「ささ、何食べる。何でもいいよ」と私の上司。
そう言われると「これ」とは言えなくなる。

「一番良いコースにしとこうや~。酒も飲むやろ?」
酒は飲めないのだが「は、はい。ありがとうございます」
と答えてしまうあるあるな展開。

そこから約2時間、次々と運ばれてくる海鮮ものやステーキ
を楽しんだ。

上司と小野田社長は本当に仲が良く、若い頃の話で盛り上がっ
ていた。

次々と酒を飲み小野田社長と上司。

小野田社長と私の会社は血縁という訳ではないものの兄弟のよ
うな関係で、先々代からのお付き合い。

小野田社長は若い頃、上司の会社で2年ほど修行。
歳が近かったので毎日遊び歩いていた仲だそうだ。

私は食べる係。
2人は飲む係。

無理矢理酒を勧められる事もなく、2人の若い頃の話を聞きな
がら、久々に日本人との食事を楽しんだ。

最後の方になると上司は呂律が回っていなかった。

「もうダメだ~。ホテルで寝る」と上司がカバンから財布を取
り出しながら会計の準備を始めた。

「今夜はご馳走になっとくわ。前回、俺がおごったんだからな」
と小野田社長。

「了解了解。次ぎ、香港に行ったらおごれよな」

香港?

マイケルホイの顔が頭を過ぎった。

「君、酒飲んでないやろ?ちょっと付き合わん?なぁ、この子
ともう少し話したい。借りてもええやろ?」と小野田社長。

「あんまり変な遊びを覚えさせるなよ。みんなそれでダメにな
っちゃうんだからさ」と上司。

明日、ホテルの朝食には絶対間に合うこと。食事が終わったら
即竹南の工場へ帰る事を条件に、私は小野田社長と一緒に店を
出た。

二人でタクシーに乗り、小野田社長が宿泊しているホテルのラ
ウンジへ。

「いやぁ、飲んだ飲んだ。うるさかったやろ。ごめんな~」
小野田社長は相当酒が強いらしい。あれだけ飲んだのに全然酔
っていない。

少し酔ってはいるようだけど、他社に入社したての新米社員に
対してとても丁寧な対応をしてくれている。
笑顔のマイケルホイ。

二人でアイスコーヒーをオーダーした。

「さっき、私の上司が香港で会おうと言ってましたけど。。。」
と私が切り出した。

「そうそう、俺、大阪の会社の他に香港でも会社を立ち上げてな
。中国での生産が増えていくことを見込んで、現地で孤軍奮闘
してるんだよ。昔はここ台湾でも生産してたけど、これからは
中国や。将来的にも中国は大きなマーケットになるから、それ
を見込んで今から動いてるんだよ」

香港にオフィスがあり、小野田社長は1年のほとんどを香港で過
ごしていて、大阪の会社は銀行に勤務していた弟を口説いて入社
させ、経理を中心に管理してもらっているとのこと。

さっきまで大笑いしながら冗談ばかり言っていた小野田社長の顔
が少しキリリとしてきた。

なんか。。。。格好良い
ミスターブーなのに。。。。

つづく

台湾の思い出 香港社長 1 出張という名の一人旅 30話

台湾の夏休みが終わり、工場から子供達が
いなくなった。

相変わらずパートのおばちゃん達に笑い声が工場内
で飛び交っている。

日本にある本社からはファックスがあり、取引先で
あるコンビニチェーン全店での導入日が決まったと
の内容だった。

導入日に商品が店頭に並ばないなんて事はあっては
ならない話。

サイ社長とも細かい打ち合わせをして、台湾から日
本へ輸出する船便の日程から逆算し、この工場から
商品を出荷する日、運送会社を決めていく。

おばちゃん達と冗談まじりの会話を交わしながら、
仕事が滞らないよう、彼女達の気持ちが緩まないよ
う連帯感を深める。

仕事はやや遅れ気味だったので、夕方5時に一旦ラ
インを止め、協力者を募り、夜6時から8時までの
2時間、ラインを動かす事にした。

普段のコミュニケーションが上手く行っていたから
なのか、パートさん全員が協力を申し出てくれた。

1日も遅らせることが出来ない。

気持ちが引き締まる。

そんなある日、工場へ1本の電話が掛かってきた。

電話に出たサイ社長が「日本のあんたの上司からだ
よ」と受話器を私に向けた。

「はい、もしもし」
「よっ、元気?」
「はい、お陰様で」

元気?って。。。あんたが何も打ち合わせをしてこな
かったから、こっちは大変な目に合ったんだそ!

そんな事は言えないので電話口で愛想笑い。
情けない。。。

「実は今、台北にいるんだよ。これから来なよ」
「えっ?これから台北にですか?」

「うん。久々に飯でも食べようよ。美味いもん食べて
元気出して、仕事頑張って欲しいからさ」
「はぁ~。。。でも、仕事が。。。」

「大丈夫だよ、1日くらい。紹介したい奴もいるからさ。
業界に顔を売る、覚えてもらう。これも仕事だぞ」

なにがこれも仕事だぞだよ~。肝心な仕事してね~じゃん!
とも言えず。。。情けない。

「はい。分かりました。これからバスで向かいます。」
「オフィスで待ってるからさ。ホテルも予約してあるから
今夜はゆっくり酒でも飲もう」
「はい、ありがとうございます」

オイオイオイオイ、仕事、間に合わなくなっちゃうよ~。

サイ社長に事情を話すと
「大丈夫だよ。サラリーマンは大変だよね。工場の事は任
せて、たまには都会の空気を吸ってきなよ」

サイ社長の笑顔が後押しを受け、私は台北行きのバスに乗り
込んだ。

竹南から台北までは高速バスで2時間弱。
午後早い時間だったので台北市内も空いていて、夕方までに
は台北オフィスに到着することが出来た。

オフィスの重い鉄の扉を開くと台湾オフィスの社長テイさん
とスタッフのワンさんが笑顔で迎えてくれた。

その奥に私の上司が椅子に腰掛けていた。
私の顔を確認すると手を上げて「早かったね!」と声をかけ
てくれた。

「1人で大丈夫だった?君の頑張りは凄いよ。感謝してる」
それが本音なのかどうか分からなかったけど、悪い気がしなか
った。

「じゃあ少し早いけど食事に行こう」
あれ?打ち合わせも何もしないの???

しないのだ。
この人、本当に仕事しない。

「今夜はステーキハウスに行こう。本店は日本の六本木にある
店でさ。ステーキが美味しいんだよ。そこで知人と待ち合わ
せしてるんだ。もう長い付き合いでね。信頼出来る友人でも
ある。君に紹介しておきたいと思ったんだ」

タクシーに乗り込み、比較的高級ホテルが並ぶエリアへ向かっ
た。

10分ほどで店に到着し店内へ。

「お~い、着いたよ!」と上司が手を上げて大きな声を出す。
先に到着していた男性がこちらを確認し、笑顔で手を上げた。

あれ?
日本人じゃないのか。
台湾の人だ。
誰かに似ている。。。。

そうだ!
私がまだ小学生の頃に人気だった香港映画、ミスターブーの
主役、マイケル・ホイに似てる!

上司の後について、私はマイケル・ホイのそっくりさんが座
るテーブルへ向かった。

つづく

台湾の思い出 南国での出会い 8 出張という名の一人旅 29話

彼女が工場に来なくなってすでに1週間以上が経過した。

相変わらず彼女の姿は工場にない。

もう彼女は工場に来ない。
本当なのだろうか?

塾の夏期講習が終わればまた出勤してくる可能性がある。。。
いや、その頃には夏休みも終わり、学校が始まっているだろう。

私だっていつまでも台湾に、この工場にいる訳ではない。

会えなく。。。なってしまう。。

夏休みも終盤に入った。
彼女の2人の妹達は相変わらず工場へ出勤している。
ちょくちょく話しかけているけど、相変わらず距離は縮まらない
ままだった。

その妹達が仕事をするのを長めながら、思いついた。
最後の手段。
あの2人の妹たちに彼女への手紙を託そう。

毎日持ち歩いているノートとペンを使って、彼女へ手紙を書き、
妹たちに届けてもらうことにしよう。

私は変わらず元気で過ごしていること。
勉強のお陰でサイさん達と中国語で会話が出来るようになったこと。
仕事の進行状況などを書いた。

そして

「もし私との勉強会の件でご両親から怒られていたとしたらごめん
なさい。でも、もしそうでなかったら、君に時間があるのなら、
また中国語を教えて欲しい」

と書いた。

けど

「君にもう1度会いたい」とは書けなかった。。。

相手が高校生だったから。。。いや、私にその一言を書く勇気がな
かっただけ。

工場の片隅で手紙を書き上げ、就業に2人の妹たちに近づいて手紙
を渡した。

「これ、お姉さんに届けてくれる?」

2人の妹たちは私を見上げ、表情を変えずに手紙を受け取り、コク
リと頷いた。

律儀な彼女のこと。
すぐに返事をくれるだろう。

1日
2日

待てど暮らせど返事は来なかった。

妹たちに手紙を託して3日後、私は妹たちに問いかけた。

「お姉さん、元気?」
コクリと頷く妹たち。

「そう。勉強してるの?」
再びコクリと頷く妹たち。

会話が続かない。
仕方がないな。

私の顔を無表情に見上げる妹たち。

「バイバイ」と笑顔で彼女達を見送った。

とうとう夏休みが終わり、子供達全員が工場から姿を消した。
2人の妹達の姿もない。

そして。。。彼女が工場に来る事はなかった。

小さな田舎町。
そのうちどこかで会えるかも。。。。

そんな微かな期待が叶う事はなかった。

食事をしたり映画を観に行ったり。。。誘ってみるべきだった
かな。

私が帰国したら会社に事情を話し、有給を使い、毎月彼女に会
いに来る。。。馬鹿な妄想をしたもんだ。。。

工場に来なくなる前に一言、さよならでもいいから何か言って
欲しかった。。。。

過ぎ去った時間は決して元には戻らない。

でも、彼女と勉強した小学校の校舎は町に。
彼女が用意してくれたテキストは私の手元に。
そして彼女と共に過ごした時間は私の記憶の中に存在し続けて
いる。

あの夏、台湾の片田舎で出会った南国美少女。

素敵な思い出。
ありがとう。

台湾の思い出 南国での出会い 7 出張という名の一人旅 28話

台湾の片田舎にある小さな工場で出会った
地元の高校生の女の子

彼女に中国語を教えてもらうようになって数週間
少し、ほんの少しだけ中国語での会話が出来るように
なっていった。

工場の社長サイさんや彼の息子ベイビーとも簡単な会話
を交わせるようになった。

難しい話は相変わらず筆談かそれでも分からない場合が
台北オフィスに電話した。

簡単な会話や冗談。
これだけでも人と人の距離はとても縮まるものだ。

ある日の朝、ベイビーが駆け寄ってきた。

「どうしたの?」と私が聞くと
「夏休みがもう終わる。終わったら、俺、軍に帰るんだ」と
ベイビー。

そうだった。
ベイビーは夏休みで帰省中だった。

「いつ?」
「明日」

私は目を大きく見開いて驚いた。
「明日?」
「そう。明日」

8月も中旬を過ぎたのだ。
そろそろ夏休みが終わりに近づいていた。

「そうかぁ~。寂しくなるな。せっかく仲良くなったのに」
「うん。でも俺、来年の夏には軍から戻れるからさ。その後は
親父の工場を手伝おうかなと思ってる。だから、また遊びに来
てよ」

「うん。必ず会いに来るよ。来年もまた仕事を発注する可能性
もあるしね。決まれば、また品質管理としてこちらにお世話に
なると思うからさ」

そんな会話を交わした。

「随分、話せるようになったね」とベイビー。

そう言われれば。。。ベイビーが話している内容が分かるし、
私も中国語で応えていた。

これも彼女が時間を割いて私に中国語を教えてくれた結果だ。
感謝しなくちゃな。

ベイビーと会話している間に始業を告げるベルがなる。

さて、仕事仕事。
今日も働くぞ~!

といつも彼女が座っている場所へ目を向ける。。。
あれ、いないな。
今日は休みかな?
体調を崩したりしてなきゃいいんだけどな。

翌日。
あれ?
また欠席だ。
体調崩しちゃったかな?
心配だ。

翌日。。。欠席。
翌々日も欠席。

どうしたんだろう?
なぜ彼女は来ないんだろう?

彼女の2人の妹達は相変わらず出勤している。

2人に近づき「ねぇ。お姉さんは?仕事には来ないの?」
と聞くと、2人は顔を見合わせた後、私の方を向き首を横に
降った。

「病気なの?」と聞いたが、首を横に振るだけだった。

あまり問い詰めてもと思い、作り笑顔で「バイバイ」と言って
見送った。

一体、彼女に何が起こったのだろうか?
もしかして見知らぬ外国人の私と2人っきりで学校に居ることが
両親にバレて出勤を止められてしまったのかな?

1週間。彼女は出勤して来なかった。

もし私との事で彼女が両親から怒られているとしたら申し
訳ない。。。。

それとも病気か何かかな。。。。

なぜ彼女は来なくなってしまったのか。。。。
理由を知りたい。

彼女が来なくなって8日目。
意を決してサイさんに切り出した。

「サイさん、あの英語が話せる女の子。最近、来なくなっちゃった
ね。病気かなにかなの?何か聞いてない?」

「そう言われれば。。。。いや、何も聞いてないよ」
サイさんは何も聞いてない。
しかも彼女が休んでいることに気が付いてなかった様子。。。。

「ほ、ほら、彼女は英語が得意でさ。何か問題があった時、彼女が
いてくれると助かるじゃない」と適当な理由を続けた。

「そうだな。困るよね。ちょっと電話してみる」
とサイさんが受話器を上げながらノートをめくる。

工場で働いている人たちのリストで住所と電話番号が書いてあるら
しい。

ノートを確認しながら電話のボタンを押す。

しばらくしてサイさんが話し出す。
彼女の実家と繋がったようだ。

早口に聞こえる中国語でしばらく話していたサイさんが受話器を下ろ
した。

「彼女のお父さんが言うには塾の夏期講習が始まったので、勉強に集
中させる。だからもう工場には来ないって」

一瞬、いや、もっと長い時間、私は言葉を失った。

つい1週間ほど前まで、いつも工場に来ていた彼女。
夕方の小学校校舎で中国語を教えてくれていた彼女。
いつも近くに感じていた彼女の笑顔。

一瞬にして全てが過去になってしまったような。。。
その事実を受け入れる事が出来ない私。。。。。。。

もう。。。会えないのかな。。。?

つづく